2009年8月 9日
貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ!
● 快気祝いに中華を食べに行ったらお腹を壊したりと、胃腸の調子があまりよくない今日この頃。これも胆のう摘出による影響なのか、油っこい食事をするとてきめん消化不良ですよ。
「胆のうがなくなっても肝臓が代替機能をするようになるから無問題」とは手術前から言われていたのだけど、わたしの肝臓が、
「あれ?いつの間にか胆のうないじゃん。ちょ、俺の仕事増えたのかよ!」
と気づくようになるまでにはまだしばらくかかりそうです。
また更新の間が開いたので、かなり前に書いたゲームの話でもUPしときますね。
2009年7月 6日
腹に石ができたシリツ日記(2)
<前回までのあらすじ>
ナツ子は体の中に石ができてしまい、生まれてはじめて手術をされて痛い目に遭う。そればかりか手術後にベッドから起き上がれなくなり、導尿カテーテルで強制的におしっこさせられて大変な屈辱感を味わうのだった。もう駄目わたしお嫁に行けない!
しかし友人に得意げに吹聴し、果てはブログでカテーテルの話ばかり書いているナツ子を見て「何が嫁入り前だ」と周囲は冷たい目線を注ぐのであった。
(詳しくは前編を読もう)
2009年6月30日
腹に石ができたシリツ日記(1)
<前回までのあらすじ>
ナツ子は日頃から、必要もない薬を山のように処方され、患者を薬漬けにしながら医者と医薬業界が肥え太り、厚生労働省から役人が業界に天下りするような医療システムに荷担するのは問題であるというポリシーから病院を忌避していたので、胃の痛みと39度の発熱に三日も耐えて病院に行かずにがんばっていた。しかし母親に「注射がいやなだけでしょ。言い訳はやめなさい。馬鹿じゃないの?」と一喝される。本心を見抜かれてうろたえながら仕方なく病院へ行くと、「胆石があります。胆のう炎を起こしてます。胆のうの中はもう膿でぐちゃぐちゃです」と医者に診断され、突然シリツ(手術)を宣告されたのであった。
胆石発作に三日も耐えた努力と根性は誰にも評価されなかった。
2009年6月15日
腹をかっさばかれました\(^o^)/
長らく放置してましてまことに相済みません。
ここ数ヶ月いろいろあったのですが、とりあえず、ネタになりそうなこととしては
入院したり、手術したり、してました(笑)
「下手すれば手遅れで死ぬこともあり得た」とかお医者さんに言われたので、まぁ、一時は結構ヤバかったんじゃないかなと思います。病院行くのを延ばしてたわたしが悪いんだけども。
入院中はネットも出来ずあまりにもヒマだったもんで、入院日記みたいなものをぐちゃぐちゃと書いていたのですが(ベッドの上で)、それがうまくまとめられればUPしたいと思っております。
でも今読み返してみると、らくがき帳にわたし以外誰も読めないような悪筆で、「痛くないって言ったのに痛かった。みんな嘘つきだ死ねばいいのに」とか「もう帰る」とか「オシッコの管入れられた。屈辱なので死にます」とか「看護婦さんが美人」とか意味不明なことが書きなぐってあり、これをエントリに仕立て上げられるかどうかは神のみぞ知るです。
まだリハビリ中なので体力ないしね。
というわけでとりあえずご報告まで。
2009年3月 6日
妻という名の母親たち
「家事をしてくれないダンナ」話の憂うつ【独女通信】
http://news.livedoor.com/article/detail/4030263/
「周りの既婚者の友達を見ると、今どき、ほとんどの子が仕事を続けているんですよね。子どもを育てながらの人もいるし。で、どの子のダンナも、恋人時代はそこそこマメ男だったくせに、結婚したとたん、ゴハンは作らないわ、掃除はしないわ、洗濯なんて言うに及ばずって感じで。しかも、家事をやらない理由は、特にないらしいところがまた納得いかないんですよねー」続きを読む "妻という名の母親たち"
2009年2月 6日
「時計」と「時間」の呪術的関係
「時計の読み方」ないしは、「時計」と「時間」の関係性を理解した瞬間はいつだったか、覚えている人はいるだろうか。わたしは忘れてしまったのだが、時計の読み方がいつまでたってもわからなくて苦しんだことだけは明確に覚えている。
と言ってもずっと覚えていたわけではなくて、大人になってから母がこう言ったから思い出したのだ。
「あんたは時計の読み方を覚えるのだけは遅くて、付きっきりで教えても全然わからないようだった。これじゃ学校でも困ると思って何時間もかけて説明したけれど、『わかった?』と聞いてもまったく手応えがなくて・・・。一時は本当に心配したわ。言葉を覚えるのは早かったのに、どうして時計だけはあんなに苦手だったんだろうねえ」
2009年1月11日
駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは自称フェミニスト
● 男はフェミニストたりうるか?を読んで考えたこと。
例えば、かつて東大に入った頃に、僕をガッカリさせたことの一つは、いわゆる「東大女子」という生き物が、案外フェミニストではないということだった。男子校で育った僕は、東大に入ったら眼鏡をかけた気の強い「東大女子」が難しい議論をふっかけてくるに違いないというステレオタイプに毒されていて、それを半ば楽しみにもしていたので、ゼミのような授業(基礎演習)で「東大女子」たちの多くが、なるべく目立たないように大人しくしているのを見て、なんだかガッカリしたのである。「男も女も関係ない。女子も、もうちょっと発言したらどうか?」とけしかけるハタ迷惑な東大男子であった。続きを読む "駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは自称フェミニスト"









