男性の日記サイトは自虐系が多く、女性の日記サイトは怒り系が多い、という指摘をどこかで読んだ。
実はわたしは日記サイト自体あまり見て回ってなくて、読み物系と日記サイト系の違いもなんだかよくわかんねーよーウチはどっちなんだ、とかいうくらい無知なので、ホントにそれほどくっきり分かれているのかは知らないんだけど、ウチに関しては完全に怒り系なので、反論の余地なし。あと、自虐系(?)の男性のページもいくつか知っているので、これも反論できなくなった。
なんでそーなのかなーと考えてみるに。
やっぱり日記と言えばつい真情を吐露してしまいがちだから、みんな本音というか、抑圧された部分が出てきてしまうんだろう。んでもって、現在の社会において男性の抑圧されたエゴ(自我)というのは、「弱くてぐずぐずしててダメダメで『どーせオレなんか』とかいってる自分」であり、女性の抑圧されたエゴは逆に「言いたいことを言いたいように言い、誰にも媚びないし阿らない自分」である、ということじゃないのかね。
いかに男性は「強くて賢くて自信に満ちていなければならない」という役割を押しつけられることに疲れ、女性は「素直でバカっぽくてなるべく意志のないお人形」という役割を押しつけられることにうんざりしているか、という・・・なんだかありがちな結論だなぁまた。
でも、そうだとしたら日記サイトの隆盛ってのは画期的なことかも。男女がお互い抑圧された部分をサイトでこれでもかとさらけ出し続ければ、「こうあるべきだ」という論調は無意味になってしまうので、「もう、そんなに疲れてるんならお互いムリはやめようよ」と言わざるを得なくなってくる。
つまりお互い異性に対する過剰な幻想や期待など捨てて、対等にならざるを得ないって事だ。
「保母さん」という呼び方を「保育士」に変えろとか、スチュワーデスが女だけなのは男女差別だとか、枝葉末節にこだわっているうちに、ネットの一般市民の日記サイトからジェンダー的意識改革が始まるかもだよ。いやマジで。
これが「一般市民の」ってところがポイント。
今は大衆も賢くなっているから、その辺の本や雑誌にいくら「異性の本音」と銘打って何か書いてあっても、いくばくかの情報操作は必ず入っているとわかっているから、そうそう全部鵜呑みにはしない。マスコミの情報操作を受けていない普通の人々が、思ったことをありのままに直接情報発信しているネット日記だからこそ、「なるほど、普通の女性(男性)は、こんなことを考えて生きているのかー」と素直に感心できるわけで。
その点で、やっぱりネット、利害のない個人の自由な情報発信、というのは、今までに全くなかった新しい状況をもたらすかもしれんなーと。勝手な予感だけど。
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