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2000年12月18日

母子像

掲示板でみつよさんの書き込みにレスしてたら、長くなりすぎてしまったので、どうせだからと雑記に持ってきてしまった。一応、「みつよさんに宛てて」という形を取っているけど、まぁ母子家庭における親子関係つーものをちょっと考えてみたので、他の人も興味があれば読んでみて下さい。
 

 

幼少のころにきちんとした愛情を与えてもらえなかった子が今精神不安で
犯罪とか起してる気がするんですよね。


愛情の多寡は、片親かそうでないかにはあまり関係がないし、両親そろってても、その夫婦が家庭内離婚で家の中が冷え切っていれば離婚しているのと同じ。
というわけで、少年犯罪と家庭の欠損にはあまり関連性はないと思ってます。
ただ、子供ってのは、思春期に入って人生最初の挫折なんか経験するようになったら、家庭環境の欠落が、この挫折の原因だという風に責任転嫁する場合があります。
今現在うまくいかないことが、自分ではなく他の何かのせいだってことにすれば、見たくない現実を見ないで済みますから。その点、人とちょっと違う家庭環境に育ったことは格好の理由になります。(両親そろった家の子はまた別の所に責任転嫁するんですけど)
でも実のところ、本人もバカじゃない以上それは八つ当たりだとわかっているので、そんな時に子供に責められても、本気でショックを受けたり、罪悪感を感じすぎたりしないでください。
少し大人になれば「バカなことを言ったな」と後悔するようになりますから。
子供は親が思うほどには不幸を感じてません。愛情さえ与えていれば。


いくら4歳の子供でもある程度自立してもらわないと困るのですけど、それが成長過程ではなく、
甘えることができないから自分でするのだと思うと不憫に思います。
だからって私は「自分のことは後にしてなんでもやってあげたいくらい愛情爆裂!!」
とまでは思わないんです。
いい加減な母で申し訳ないです。


それは当然じゃないでしょうか。「不憫だ」という過剰な憐れみと罪悪感は、子供を増長させてしまいにはダメにする可能性があると思います。
(新潟女性監禁事件の犯人がその典型。父親が歳を取ってからの子供だったので、父というより祖父のような年齢だということに苛立ちとコンプレックスを感じ、「なんであんなジジイと結婚したんだ!」と母親を責め続けていたらしい。
両親も愚かなことに罪悪感を感じ甘やかしたので、あんな人間が出来上がってしまった。
「親の年齢なんかなんの関係がある。夫婦が愛し合っているからお前が生まれたんだ!」と一喝できればよかったんだけど、親が負い目を感じながら子供に接することで結果的に、「この結婚はやっぱり失敗だった。失敗した結婚から生まれた自分も失敗作なんだ」という確信を深め、世界全部に対して絶望と敵意を覚えるようになったんじゃないかと。勝手な解釈ですが。)


もちろん、親の勝手な都合で子供の運命まで左右してしまったことは罪なんだけど、そんなことをいつまで言っていても始まらないし、とにかく今は二人でこの人生の荒波を乗り切っていこう、そのためには親子ではあるけども対等な同志として助け合わなければ、ということを自覚させて、責任感を持たせる。
(そのかわり子供だからと言って軽視しない。)
また、人生は長いんだから「普通の家の子に対してひけめを感じさせないように」と気負うと、疲れが出ちゃうと思うんですよ。
一番難しくてかつ大事なのは、機嫌のいいときも悪いときも、死にたくなるような日も幸せな日も、「あなたを産んでよかったということだけは変わらない」ってことを子供に信じさせてあげられるかどうか、なんじゃないかと。
つまり日常の中の、淡々としたコンスタントな愛情です。
機嫌のいいときだけやさしくすることなら他人にだってできます。でも、自分が一番しんどい時に、まず子供のことを考えるというのは、とても難しいと思う。孤軍奮闘の中でのことだし。
それでもこれをクリアしていれば、猫かわいがりなんかしなくても、普段あまりかまってやれなくても、その子は幸せでいられると思います。間違いなく。


以上は、母子家庭で育ったわたしの経験論です。
親になったことはありませんが、子供の立場での経験を元に意見を述べてみました。えらそうですみません。現役おかあさんに。



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投稿者 : ナツ at 2000/12/18 | カテゴリー : 心理
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