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2001年2月28日

鬱々

最近、鬱病だとか神経症だとかいう管理人さんがやってるページを見たんですが。
やはりというかなんというか、見事に四六時中「死にたい」と、自分の病気のことしか書いてない日記だった。こういうのを「精神系」と称するらしいけど。


不特定多数に対してこういう日記を公表するってのはわたしから見るとまことにおそろしい、というか無謀だと言わざるを得ない。
というのは、世の中には精神病に対して知識や理解のある人たちばかり存在するわけではないし、「甘えている」としか見ない人も多いってことだ。そういう悪意を持った視線にさらされて嘲笑されうる場合もある、という覚悟があってやってんのかな〜と思うわけ。
しかしどうもそのへんの覚悟が欠けている人も多いらしく、叩かれたら即閉鎖してしまったり、やはりというかなんというか、病気が悪化して薬の量が増えてしまう場合もあるらしい。あああ。


叩かれたらむかつくのはわたしだって同じだけど、ただ不思議に思うのは、このタイプの人たちってのは、世の中や人間を否定して悲観的になっているもんだと思っていたのに、それにしては、悪意を持って自分の日記を読んでいる人間の存在に少しも思い至らないというか、叩かれて初めてその存在に気がついて驚愕し、ショックのあまり鬱が悪化したりするらしいんである。


わたしなんか時々気分の悪いメールや書き込みに遭遇すると、「来た来た来た。とうとう出てきたな」と思う。
相手は、特にメールだと、「いい気になりやがって。肯定的なメールや書き込みばかりだからショックを受けただろう。自分のように、違う物の見方をする人間だっているんだ」とばかりに、否定的な文を書いてきてくださいますが、というか「否定者」としてのおのれの個性をわたくしに対してアピールしようとなさいますが、ものすごく頭に来たりうんざりしたりはするけどショックは受けません。
「無言だった悪意の人間が声を出して所在を明らかにしたな」と思うだけです。
面白がって読んでいる人がいれば、必ずその逆もいるのだ。普段は黙っているから見えないだけである。


で、鬱の人たちの日記を読んでいると、ものすごーく悲観的で厭世的で、世界は悪意と汚濁に満ち満ちている、もうこんな世の中には耐えられない、死んでしまいたい的論調ばかりなので、本当にそう思っているんだろうとこっちも思って読んでいるわけだ。
ところが、いざ叩かれてみると、「こんな悪意に満ちた人が私の日記を読んでいたなんて!」と、自我崩壊寸前まで激しく動揺しているらしいので、なんだよ世の中は悪人だらけじゃなかったのかよあんたそう書いてただろうあーわたしより厭世的で猜疑心の強い人がいてよかったとひそかに感じていたわたしの優越感はどうしてくれる結局わたしの方が病的だってオチかい!
と、非常に気分が悪くなったのざます。←人のせいにするな


やっぱり、「どうせ人間は」とか「どうせ世の中は」とかいう人ほど、実際は世の中や人間に対して甘い見通しを抱いているし、根拠のないなんらかの期待や甘ったるい希望を持っているものである。というわたしの仮説は証明された。って今作ったんだけど。
死ぬ死ぬ言ってたら赤の他人が慰めてくれたり心配してくれたりするものだと何の根拠もなく期待できるというのは、相当幸せな人生を送ってきた証拠だよ。鬱になることなんかないって。




・・・・・・・・・鬱だ。死のう。



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投稿者 : ナツ at 2001/02/28 | カテゴリー : 散文的日常
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