loading ...

2001年3月19日

今ごろ銀英伝

銀河英雄伝説銀河英雄伝説 黎明編 上
田中芳樹

徳間からデュアル文庫なるものが創刊され、ファイナルバージョンとして銀河英雄伝説が発売になっている。わたしは実を言うと、図書館で大昔に最初の方しか読んでなかったので(あとマンガとアニメ)、この機会にちゃんと読んでみようと思って買い始めたんですが。


おもしれー。なんだかんだ言っておもしろいよ。何度も何度も新しい表紙と挿絵で出しなおすんじゃないよしかも今度は一冊分の内容を少なくして冊数を増やす気かぼったくりだよな商業主義ってキライ、と思いつつも面白いからいーや。キャラが立っている。
なんだって今ごろ急に読み返そうと思ったかというと、ネットで田中芳樹氏が叩かれているのを読んで、その容赦のなさに鼻白みつつも議論が興味深かったので、つい。


わたしも創竜伝は冷や汗をかきつつ読んでいたので、批判ページを見つけたときもむべなるかなと思ったんだが(結局、3巻くらいまでしか買ってない)、銀英伝は好きだな。
もっとも、ヤン・ウェンリーというキャラは非常にはっきりとした思想を持っていて、実質的に作者の分身と思われるので、彼と対立する思想を持っている場合、読んでいて煙たいだろうなーとは思う。薀蓄たれだし。
でもわたしは思想はともかく、ヤンのあの自虐的とすら言える、軍人としての自分に対する目線が好きだ。「本来、名将と愚将との間に道義上の優劣はない。愚将が味方を100万人殺す時、名将は敵を100万人殺すという違いがあるだけで、どちらも大量殺人者である」とかね。
チャプリンも「一人殺せば殺人犯だが、百人殺せば英雄」と言っていたし、使い古された考え方だけど、そこに自覚的で常にうしろめたさを抱えている軍人を描いた英雄伝って、他にはあまりなかったんじゃないかな。「英雄伝」なのに、英雄が敵を屠るたび鬱になってちゃ、読み手としては興醒めだもんな。
もっとも、「うしろめたさ」というのは便利なもので、これさえ持っていればなんとなく自分の良心に対する言い訳が立つというか、『うしろめたく思える自分を確認して、まだ理性的・良心的であると安心する』ための方便であったりもするけど。


で、わたしのうんちく。
殺し合いをするくらいなら金でも権謀術数でも使えるものは何でも使って必要ならば土下座外交でもして、戦争を回避した方がずっとましだも〜ん♪ という考え方は常に誹られる。しかしこういう考え方こそ実のところ究極のヒューマニズムじゃん、と思う。
特に日本なんかキャラ的には「商人」の役回りであり、「勇者」でも「戦士」でも「僧侶」でもないので、戦いは金と術策でやり、思想も信仰もなければ当然武力もないんだよねーだってあきんどだもんしょーがないじゃん、ということをしっかり自覚して外交すればうまくいくと思う。同じようなことを筒井康隆も書いてたような気がするが。
下手に国家の威信とかにこだわりすぎてカッコつけるとろくなことにならない。だってそういうキャラじゃないもん日本って。ダーマ神殿に行ってもせいぜい「遊び人」くらいにしか転職できなさそうだし。
「世界の警察である」とかゆってる勇者気取りのアメリカを横目で見ながら、「だっさー」「寒っ」「勇者ってほんと俺様だよねー」とか言いつつ、勇者が倒したモンスターのふところを漁って金を集めるずうずうしい商人・日本。


ああ、ダサ卑怯カッコイイ。


アメリカ、かっこいい。それに比べて俺は・・・」とか嘆き出して無理に勇者を演じようとするのは邪道。商人が嫌われ蔑まれるのはシャイロックの頃からのお約束だが、役割を自覚して演じ切れる奴は強い。ネットで国粋的・陶酔的書き込みを見てて思うのは、きっとうっかり八兵衛役がいやで黄門様を演じたがるような人たちなんだろうなあ、ってことだ。
国民がうだうだネットでうんちく垂れていられるだけの平和が金と土下座で買えるなら買えばいいと思います。威信よりプライドよりまず平和。


話がずれたけど。わたしはヤンの実存主義の書生みたいな青臭いところがむしろ好きなので、面白く読んでますね銀英伝。でも、キャラ的にはやっぱりミッターマイヤーとキルヒアイス萌えー。



 blogランキング参加中

投稿者 : ナツ at 2001/03/19 | カテゴリー :
コメント


コメントする


トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL: