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2001年4月 9日

嫌な話

「○○に金を貸した。返って来ない。恩を仇で返しやがって」
「××に金を貸した。いつまでたってもなしのつぶてだ。訴訟を起こして思い知らせてやる」
という話ばかり、毎回飽きもせず繰り返している人がいる。どうやら、あちこちの知人・友人に金を貸しては借り逃げされているらしい。


最近この人、とうとう堪忍袋の緒が切れて、かなりの金額を貸した一人に対して訴訟を起こした。借りた側は結局裁判所命令で、毎月少しずつ返済していくことになった。
「訴えられる前に返せばいいものを。俺をなめているからそうなるんだ」と、裁判の結果にご満悦の彼。しかし、他の人に貸した数万円程度の借金については、さすがにいちいち訴え出るわけにもいかない。悔しさのあまり歯噛みする毎日。
「100万200万ともなれば話は別だけど、数万円程度を友人に貸す場合、『あげたもの』と覚悟することも必要だよ。返って来たら儲けもの、ぐらいの気持ちでいないと」とアドバイスする人がいれば、「なんで俺がタダであいつらに金をくれてやらなければならないんだ? そんな義理はない。借金してでも返せばいいんだ」などと、逆に食ってかかる始末。


この人はまぎれもなく被害者である。しかし、なぜか全く同情できない。


第一に、たった一週間前に貸した5千円が返って来ないと言ってキャンキャン騒ぐような男が、なぜそう頻繁に人に金を貸すのか。
第二に、貸した金の回収率も常識からいってかなり低そうなのだが、どうしてそんな非常識な人間ばかり友人・知人に持っているのか。
どうひいき目に見ても、この人に問題があるのだ。


頻繁に人に金を貸すのは、貸してくれと言われたら断れない性格だからではない。金を貸したら、貸した相手に対して心理的に優位に立てるからだ。
金も惜しいのは確かだろうが、「返せといっても返さないのは、俺をなめているからだ」という発言のあたりに最大の怒りの原因がある。金を貸してやることによって確保したはずの優越的立場が、「金をむしり取られたまぬけ」という役回りにいつの間にかすり替わってしまい、その認識がこの人にとっては耐えがたいのだ。
「ものごいのような人間に、なぜ(めぐんでやった)このおれが馬鹿にされなければならないのか」という心理状態である。
そこには、「友人が困っているのだから助けてやりたい」という視点がまったく欠けている。


また、このタイプの人は、基本的に自分が優位に立てそうな相手としかつきあわない。非常識な友人・知人が多いのはそのせいだ。結果として迷惑をこうむることが多いわけだが、人に借りを作らないようなしっかりした人、つまりつけこむ隙のない精神的に自立した人とは、安心してつきあえないので無意識的に避ける。自分に自信がないためだ。


そして金を返さない、非常識な友人・知人連中だが、彼らは十中八九この人の性格を見抜いて、逆手に取っていると思う。いつも金の話ばかりしている上、あきらかに吝嗇なタイプだとわかりきっているのに、わざわざ借りに来る人が絶えない理由はそれしか考えられない。ちょっと下手に出て、優越感をくすぐってやったら金を引き出せることを知っているのだ。
彼らは初めからまともに金を返す気などないだろう。この人が、「なんで俺がタダであいつらに金をくれてやらなければならないんだ? 借金してでも返せばいいんだ」と吐き捨てるような人間であることを知っているからだ。
こんな人間であればこそ、迷惑をかけても良心が痛まないというものである。


つまり、完全に自業自得。聞きたくないのでもう金の話は止めろと言いたい。



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投稿者 : ナツ at 2001/04/09 | カテゴリー : 散文的日常
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