しばらく前から覗いて見ている某女流小説家のサイトがますます痛がゆくなっている模様。ファンの人に、「グイ○・サー○で検索して飛んできちゃいましたぁ♪」とか言われたらどうにもコメントしづらいので、作家名は伏せとく。しかしもう、ここまで話題になっていたら今更だよな。とっても探しやすいので、興味があれば検索してみてください。
で、この方、先日はサイトで「キレてオヤジ狩りする若者の気持ちが分かる」とか、「下品なエロ親父は死ねばいいのに」などという、今どき、狂犬系若造のなんでもいいから大人や社会や権威に吠えたり噛みついたりしたいサイト(うちのサイト含)でもめったにお目にかかれないような直截なお言葉を述べられていて、非情に興奮した。(誤変換じゃありません)
何と言っても、ぜんぜん理屈もへったくれもなくいきなり「死ねばいいのに」という結論なのがすばらしい。わたしなんか姑息だから、私憤を公憤に見せかけようとしてあらゆる理屈を駆使してみるもやっぱり私憤だったり、「この苛立ちはどこから来るんだろう」と思って根っこをずるずる手繰り寄せてみるんだけど、ひとつズレた隣の根っこを持ってきたり、「こういう理由でこれがむかつく」と書いた瞬間から少なくとも何分の一かはウソになるような気がしてしょうがない。憤りのための憤り、理屈のための理屈だよねーとか思いながらだらだら理屈を書き連ねていたりする。
それを思うと、「下品だから死ねばいいのに」つーのは潔いわ。これには生理的嫌悪感しかないもんね。いっさい理論武装しないところがいいです。
でも、どうせなら長編ヒロイックファンタジーがやおい化したことについても、「私はすべての虐げられた人々のためにやおいを書いている」なんて鼻息荒く理論武装しなければよかったのに。
「萌えたからやおっただけですが何か?」で充分なのに。
生理と反射と感覚で生きている人間が、そのことを忘れるととてもかっこ悪いことになるのに。(ふと虚空を見つめる)
それにつけても思うのは、先生は多分ネットの個人ページを一切読んでないんじゃないかということ。かのサイトの一文をここにコメントなしでコピペしたら、10人中8人までは「え? 10代か20代の自意識過剰サイトの日記でしょ?」と言うのは明白なくらい内容がアレなのだけど、ご本人はネットの日記サイトの現状を知らないらしいので、すごく斬新で衝撃的な事を書いていると思っているふしがある。狂犬あるいはドグマ系テキストサイトなんて珍しくも何ともないんだけど。ここにもひとつあるし。
こうして、「プロ」か「アマ」かではなく、書いているテキストの内容で分類されてしまうネットの特殊性というものも、あんまりピンと来てないんじゃないかと思われる。作家の文章というだけでありがたみが出るものだと、わたしもいままで漠然と思っていた。あのサイトを実際に目にするまでは。
でも、ネットってやっぱり特殊な場所だ。あれだけの物語をつむぎだせる作家のサイトだと分かっていてさえ、本当にただの自意識過剰な人の作っている痛いサイトにしか見えなかったもん。
こういう視点で人に読まれることを想定していないと、どんどんやばい方向へ転がり落ちていくような気がするですよ。そして、あれはまったく想定していない人の文章だと思う。「死ねばいいのに」とか無防備に書いていないでもっと自分を守ればいいのに。
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