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2001年6月18日

ある人との会話


Tさん 「職場の誰にも嫌われたくない。誰か一人にでも嫌われていると思うと、ぞっとする。怖くて気が狂いそうになる」
わたし 「そんなの不可能だよ。全部の人に好かれるなんてことが出来るわけがないじゃん。職場で仕事がやりにくくなるほど嫌われるのは困るけど、とりあえず普通に仕事ができればいいでしょ。仲良くなれる人もいれば、虫の好かない人もいるよ」
Tさん 「それは頭ではわかってるよ。でも駄目なの。もしその人が、全く態度に出さないとしても、心の中で憎まれているのは絶対に嫌だ」
わたし 「ふうん。わたしはそんなこと思ったこともないけど。職場の上司や同僚なんて気があった友人ってわけでもないし、最初からそれほど期待なんかしてないな」
Tさん 「Nさんは、そうだろうね」
わたし 「人の意志とか自我とかって、自分にはどうにもならないもんじゃない。 世の中の人はみんな、わたしを嫌う権利を持っている。わたしにはそれをどうすることもできない。人の気持ちなんてコントロールできないよ。それを『絶対に嫌われたくない』というのは、おこがましいというか、他人への支配欲のあらわれだという気がする。相手の気持ちを完璧にコントロールしたいんでしょ。自分に好意を持つように」
Tさん 「・・・そうかもしれないけど。でも、みんなに好かれようと努力することは、やめられないんだよね。どうしても」



努力するのはいい。だけど、他のことと違って、それだけは努力次第で報われるものではない。『話せば絶対に分かってくれる』とか、『自分のことを理解してくれれば、この人は絶対に自分を好きになってくれる』とか、なんの根拠もないのに確信している人に出会うと、どす黒い憎悪で胸がいっぱいになる。どうしてその人がそんなに無邪気に確信できるのかといえば、人の気持ちをどうにかできると信じているからだ。
話しても分からない人はいるとか、「あんたに興味はないのでそもそも理解する気がない」という仕打ちを受けることが、彼らに想像できるだろうか。そう言われて叩きのめされたことのない人だと分かると、ぞくぞくする。言われた時の相手の顔を想像して楽しむのだ。人生で最初の完全な絶望を知った人間の顔。自分の顔は見られない以上、人にそんな顔をさせて観察するしかないじゃないか。



こんなダークなことを妄想する性格だから、嫌われるんです。だからTさんは安心してください。人に好かれようと一生懸命努力する人は、そうそう嫌われません。



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投稿者 : ナツ at 2001/06/18 | カテゴリー : 散文的日常
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