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2001年7月 9日

貴族的人生

ファンション・ファデファンション・ファデ
名香 智子

● 「ファンション・ファデ」の文庫本を見つけたので、懐かしくなって2巻まで買ってきた。子どもの頃読んだ古いマンガなんだけど(叔母がファンだったのでうちに置いてあった)、この人は昔から絵のうまい人なので、今読んでも絵柄の古くささ・ヘタレさに萎えるということがない。


この人のマンガは大抵、美形で金持ちの男女がわんさと出てきてくっついたり離れたりの恋愛模様ばかりなんだけど、ぜんぜんドロドロしてないので、「恋愛マンガを読んだ」という気分にならない。そういえば浮気症の身勝手な美青年キャラてのも彼女のマンガの十八番だが、腹が立たないんだよな。女の子が受け身ではなく積極的で能動的なので、「征服する男・される女」という構造にならないのと、恋愛やセックスを描きながら、結局それには重きを置いていないせいだろうか。男女の関係が親友同士みたいで、さっぱりあっさりしている。
この人に女の情念なんて一生描けねーだろうなー、と思っていたが、やっぱり何を読んでも描けていなかった。(笑)


「ファンション・ファデ」は、いちおう上流階級の出身ではあるが、家を飛び出してデザイナーとして独り立ちしようとする女の子が主人公の話。しかし一番魅力的なのは、脇役の貴族の少年・アンリであったりする。
食うため、ビッグになるため、才能を試すためにあくせくしている他のキャラ達の中で、一人悠然とほほえみ、「うまくいくことばかりが世の中じゃないからね。いいんじゃない。結局ぼくは傍観者なんだし」などと小憎らしいことを言い、「貴族め!」と平民キャラに罵られてしまう。
生計を立てることについて生涯悩まなくて済むご身分のお人は結局、自分の人生に対しても傍観者でいられるらしい。ヨーロッパの貴族は退屈だからこそボランティアに熱中するっていうもんな。


こういう「ガツガツしたところのないキャラ」が名香智子の真骨頂であり、アンリをはじめとした貴族たちが主人公の「シャルトル侯爵シリーズ」なんかの方が、生き生きと描けているなあと思うゆえんだ。あ、そうか。だからガツガツした恋愛関係も描けないんだ。
依存とか執着とか抑圧とかトラウマとか、そーいううざい要素がいっさい出てこない上流社会の大人の恋愛コメディが読みたい人には、名香智子はおすすめです。


● 貴族つながりで思い出したけど、中世ヨーロッパ貴族には「ノーブレス・オブリージ(高貴なる義務)」とかいうのがあってですね。平民から搾取する権利を有する代わりの義務というのが、「戦争をすること」であったという。
知っての通り中世ヨーロッパと言えば小国乱立の時代で、小領主から大領主まで、時に同盟したり時に裏切ったりして自分の領地と領民を守っていかなければならなかった。戦争が起きて負ければ、負けた国の領民は捕虜になったり奴隷として売られたりという運命が待っていたわけで、自分たちの領主が強くないと彼ら平民にしてみれば困るわけだ。「我々を守るために戦ってくれているのだから、尽くすのは当然」という意識もあったらしい。


15世紀に、「串刺し公」と恐れられたワラキアの領主、ヴラド・ツェペシュ(吸血鬼ドラキュラのモデル)も、小国の領主だからこそ、わざと悪魔と恐れられるような振る舞いをしたという説が有力。「多数のトルコ兵を生きたまま串刺しにして野ざらしにするようなサイコ野郎」、「何をやり出すかわからない魔物」と、敵に原始的恐怖を抱かせびびらせることが必要だったんだよね。
領民もその残酷さにおののきながら、「ご領主様がこういう基地外・・・、大胆な方だからこそ、おいそれと敵も戦争を仕掛けてこられないのだから」と言って支持していたらしい。小国の領主っていろいろ大変だね。領民もだけどさ。


今はそういう「高貴なる義務」からも解放されて、「人生の傍観者」として生きている貴族が大半なんだろうけど。「戦うために生まれてきた」人々を先祖に持っているくせに、彼らの攻撃本能って、いったいどこに行ってしまったんだろう。



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投稿者 : ナツ at 2001/07/09 | カテゴリー : コミックス
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