● 髪を切りに美容院行った帰りに近所のパン屋で「めんたいフランス」を買って帰ろうと思ったら、もう売っていなかった。売り切れではなく、どうやら置いていないらしい。
小型のフランスパンに切れ目を入れて、からし明太子をたっぷり塗りつけてあるという代物なんだけど、ゲテモノかと思いきや癖になるおいしさ。いっぺんに2,3個食って胸焼けしたこともある(自慢)。
でも店頭から消えたところを見ると、やはり大方の人にはまずかったのだろう。甘いものがダメなわたしとしては、チョコレートだの生クリームだのを塗りつけてあるパンがほとんど食えないので、あれは久々のヒット商品だったんだけどな。残念。
● 美容院で髪に色を入れてる間、読んでいた週刊誌におもしろいエッセイが載っていた。
女性のエッセイストが書いていたのだが、昨今のタリバンの問題などに絡めて、「作戦を思いついて命令する人と、実際に行動に移す人とが同じであれば、あそこまで過激なことは現実には起こらなかっただろう」なんて話を展開している。
その証拠としてあげられたエピソードが痛快で、40代〜50代くらいのオッサンが数人集まって呑めば、必ずひどい下ネタになる。セクハラがどうのなんて話は通用せず、若い女の子はからまれて被害を受けっぱなし。
でもご安心。こう言ってやれば一発で黙るから。というのだ。
「人間ってさあ、自分が年取って実際に刺激のあることができなくなると、とたんに妄想ばっかたくましくなって、口だけ達者になるものなんだよね」。
きっつ〜・・・・。
つまり、旅客機ハイジャックして罪のない乗客もろとも自爆、(しかも針の穴を通すような高度な操縦技術を「自殺のために」身につけることまでやってのける)なんてことは、自分では過激なことが出来なくなり、無意識下に欲求不満をため込んだおっさんの妄想の産物である。
だからこそ一見、用意周到で冷酷冷静な行為に見えながら、その実悪夢のように無茶苦茶で偏執狂的なのだ、という話。実際に自分ではそれができない、となると、人間は際限なくどろどろとした妄想ばかりふくらませていくものらしいね〜みたいな。
確かになー。ビンラディンが実際に命令したかどうかはともかく、自爆したテロリストは若い下っ端なんだろうし、国家や思想的集団において、頭と手足が同じってことはないよな。
年寄りのどろどろした妄執を、「大義のため」という言葉でコーティングさえしてやれば、血気盛んな若い衆はその言葉に酔って妄想を現実にしてしまう。妄想した本人である年寄りが、「言い出しっぺのあんたがやれよ」と言われれば、まずできっこねーんだから、妄想は妄想のままで終わり、世界は平和なのにな。
そういう法律作ろうよ。全世界的に。「言った本人が必ず率先してやる」つーの。
自分で実行できないことを言うやつは死刑。
コマンダー「A君、君に重大な任務を与える」
部下A 「はっ、なんでありますか司令官」
コマンダー「だからその・・・なんだ・・・アレをアレして最終的にアレするんだよ。わかるだろう?」
部下A 「わからないであります!」
コマンダー「だから、民間機をアレして、アレにアレするんだ。ここまで言ってもまだわからないのか」
部下A 「わからないであります!」
コマンダー「ええい、この、だから民間旅客機をハイジャックして巨大ビルに乗客もろとも突っ込むんだよ!自爆して男を上げろ!カミカゼ!大都市のど真ん中で死に花を咲かせろといってるんだ!!」
部下A 「あ・・・、言っちゃった・・・」
部下B 「すごい妄想抱えてますね。俺たちじゃとても考えつきません」
部下C 「そんなことで男が上がるかどうか知らないけど、やる本人が言ってるんだから確かですよね。立派に死に花咲かせてくださいね」
コマンダー「・・・・・・」
つまんね〜4コマのネタのようなもんを妄想してしまった。
まあ、「自分の妄想くらい自分で責任もって処理しましょうよ」つーオチで。
他人を使って自分の暗く鬱屈した妄想を実現しようとする前に、自分でやってみたらどうなるかを常に考えんの。で、できそうにないと思ったらその時点で、「これは俺の妄想だったな。てへっ」と、即、我に返る。
世界中の人がそうやって生きていけばいいとおもいます。
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