「M・R・ジェイムズ怪談全集・2」(紀野順一郎訳・創元推理文庫)
「洞窟」(ジェイムズ・スターツ/津森優子訳・ハヤカワ文庫)
の二冊を買ってきたんだけど放置中。その前に買ってきて放置したままどっか行っちゃった本も何冊かある。「とりあえず欲しいものを買って所有しておくと安心してそのことを忘れる」(どうでもよくなる)という、この心理は一体。
人のスニーカーをくわえてきて穴掘って埋めて安心してそのことを忘れてしまうわんこの気持ちが、わたしにはよくわかる。
というわけで、どっちも怪談なんだけど未読なので感想書こうと思っても書けません。仕方がないので、昔読んだ「アルフレッド・ヒッチコック監督が語った、今まで聞いた中で最も恐ろしい実話」というのでも書いておこう。
あるアメリカ人男性が、地図にもちゃんと載っていないような無人の荒野を車で旅していて、エンジントラブルを起こした。
大変なことになった、と思いながら、なんとか車をなだめてよろよろと運転していくと、幸いなことに砂漠の中にぽつんと、ガソリンスタンドが立っているのを発見した。そこにいたのは、年齢のよくわからない男の店主たった一人。
その男は、熱病か何か悪い病気にかかっているらしく、皮膚がぶよぶよにただれ、鼻や指などの欠けたすさまじい姿をしている上に、とてつもない悪臭を放っていた。
男性は一目見て辟易し、早いところ車を修理してもらって早々にここを立ち去ろう、と思っていたのだが、店主は「修理には少なくとも明日の朝までかかる」という。
そうなるとここで夜明かしするしかない。しかしこの、何の病気かわからない男の側で一晩過ごすことなど、死んでもごめんだ、と思っていると、その心を読んだかのように店主は言う。
「ここから少し行った先に、屋敷が一軒建っている。そこなら、困っている旅人を一晩くらい泊めてくれるだろう」
本当にこんなへんぴな場所に屋敷が? と不審に思いながらも、野宿や、病気の男との同宿よりはましだとばかりに、男性は教えられた場所に向かう。
かなりの距離を歩き、疲れ切ってたどり着いてみると、相当に裕福そうな大きな屋敷で、迎えに出た老人の執事はあっさりと彼を招き入れてくれた。
こういうことがよくあるらしく、すぐに部屋を用意してくれ、泊めてもらえることになり、男性は心底ほっとする。
夕食の時間を告げられ、着替えて広間の食卓につくと、主人である壮年の紳士、40そこそこにしか見えない美しい妻、そして20代のはっとするほど美貌の娘が座っていて、彼の災難をねぎらってくれた。鄙にはまれな上品で知的な家族と、感じのいいそのもてなしぶりに、すっかり男性は安心する。
家族の他には執事くらいしか人がいなさそうなことと、裕福で、充分社交界に出るにふさわしい家族なのに、こんな無人の地に隠遁しているのはなぜだろう? という点が少し気になったが、昼間の疲れもあり、部屋に戻るとそのまま倒れ込むようにして眠ってしまった。
夜中過ぎ。ドアの開く気配がして彼が目を覚ますと、暗闇の中で衣擦れの音がし、誰かがベッドに素早く入ってきた。
甘くただれたような、きつすぎる香水の匂い。女だ。
女は覆い被さるように彼に口づけ、体をまさぐってくる。これはあの上品で美しい奥方?それとも若く清楚な美貌の娘?
どちらかはまったくわからないまま、男性は誘惑に身を任す。これももてなしの一環か、それとも、へんぴな場所でくすぶっている女性の気晴らしの火遊びだろう、と思いながら。
ことが終わると、女は無言のまま暗闇の中で蒼惶と部屋を立ち去っていった。
翌朝。男性が昨夜と同じテーブルにつくと、家族はそしらぬ顔で食事をしている。
いったい、昨夜のすばらしい女はどちらなのだろう。なんとかその顔色から、昨夜の名残を読みとろうとしても、女二人はまったくそっけなく食事を続けるのみ。視線による合図すらよこさない。
そうこうしているうちに、
「今日は車の修理が終わっているでしょう。お気をつけて、どうぞよい旅を」
と、あっさり屋敷を送り出されてしまった。結局どちらの女が情事の相手か確かめられないまま、意気消沈して車を引き取りに向かう男性。
しかし二人の女、ことに娘の方は、一夜の遊びと割り切るにはあまりにも美しく、離れがたい。このまま二度と会えないなんて耐えられない。車を引き取ったら、もう一度屋敷に引き返して、あの娘に会わせてもらおう。・・・
ガソリンスタンドには陰気な店主が待っていて、「車は無事に修理を終えた」と告げる。何度見てもおそろしく醜悪な相貌、そして体から漂う抑えがたい臭気。ここまで体をむしばまれていては、もう長いことないだろう。
長居は無用、とばかりに、早々に立ち去ろうとしてふと、彼は思いついて男に訊ねた。
「そうだ。あの屋敷の主人には娘がひとりいるね。とても若く魅力的な女性だから、恋人か婚約者くらいいると思うんだけど、どうだろう?」
「いや。あの屋敷にいる娘は二人だよ。だんな。上の娘は病に冒されて、もう長いこと屋敷の奥に閉じこもっているって話だ。体の腐ってゆく原因不明の奇病さ。
一度この病にかかったら、薬も治療も効きゃしない。ゆっくりと死んでゆくのを待つのみさ」
男はそう答えると、欠けた歯でにやりと笑った。男性は、そこでようやっと気づく。昨夜、彼のベッドに入り込んできた女の体臭が、きつすぎる香水に弱められてはいたものの、この病んだ店主が放っているただれたような悪臭にそっくりであったことを。
● ・・・と、これでお話はおしまい。昔読んだきりの話を思い出し思い出しして書いたので、ディテールは違っていると思うけど。
これがヒッチコックの「この世で最も怖い話」?そんなに怖くないよ。
と、わたしなんかは思うんだが、それはきっとわたしが女だからなんだろうな。
立場が逆で、これがもし、旅人が女であるわたしだったとする。一夜の宿である屋敷にロマンスグレイのステキな中年のおじさまと、その息子である20代のすげえ美貌の青年がいる。「お、かなり好み。ラッキ〜♪」と思って目の保養をし、さてその夜ふと目を覚ますと、ベッドに見知らぬ男がもそもそと入り込んで来るではないか!
「おまえはいったいどういうつもりなんじゃゴルァ!まず手順を踏め!映画に食事だろ!ラブラブパラメーターを上げてからにしろ!!
・・・じゃない、まず最低、オヤジか息子の方か、どっちか確かめさせろ!!
・・・つーか、ジジイの執事だったらゲロゲロ〜〜。超ヤバ〜〜」
というのが、婦女子の一般的反応なのではないでしょうか。少なくともわたしは死ぬ気で抵抗します。即、灯りをつけて顔を拝んでやります。
だから、この話が「もっとも恐ろしい実話」だと言われたって、あんまリアリティがないというか、まず絶対そんな羽目には陥らないから、『へ〜。まあ、怖い話だよねえ』ぐらいなもん。
しかし多くの男性にとっては、非常にリアリティがある、身につまされるような恐ろしい話らしいです。理由は、まあ言わずもがなですけども。
blogランキング参加中はじめまして。
古い記事に遅すぎるレスなんですが……
このヒッチコックの怖がった話というのは、実話ではなく、「チョコレート工場の秘密」などで有名なロアルド・ダールの、
「来訪者」という短編集に載っている話ですね。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150712549/qid=1132290538/sr=1-21/ref=sr_1_2_21/249-3603401-7407555
↑このへん参考になさるとよろしいかも。
●まのさん
はじめまして。うわ、これロアルド・ダールだったんですか。ヒッチコック大嘘つきだなー。実話だとばかり思ってましたよ。怪奇小説アンソロジーかなんかに収録された彼の短編はいくつか読んでるんですけども。
確かヒッチコックが来日時のインタビューで「恐怖実話」をせがまれてこの話をしたと書いてあった記憶が。当時はロアルド・ダールなんて日本ではあまり知られてなかったでしょうし、それを見越して彼の茶目っ気から「実話」ってことにしたのかな?
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