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2002年10月10日

「イチロー・ヒロイン」説

● 最近WOWOWで、なんとなくブルース・ウィリス主演の「アンブレイカブル」を観たんだけど。今さらですが。
なんですか。アレは。
何を言わんとしているのかさっぱりわからなかった。「どんなに情けなく見えても、パパはボクのヒーローだ!」か? それとも逆に「息子にだけはカッコイイと思ってもらいたいふつうのオッサン」たる父親の願望映画か?


どっちにしてもただ「事故っても死なない・いつも生き残る男(アンブレイカブル)」というだけで、「アンタは無敵の正義のヒーローなのだ!」と宣告するのは論理の飛躍というものではサミュエル・L・ジャクソンよ。だって本人には正義感も使命感もポリシーもなんもないんだから。ヒーローの条件を満たしてないだろーが。
「やっぱりイ○バだ!百人乗ってもだいじょうぶ」な物置のCMを見ると、「いや、百人乗せる前に物置としてどこが優れてるのかまず説明してくれよ」といつも思うがそれと同じ違和感を感じる。


これをギャグでやるならわかるよ、ダイハードと同じノリで。でもシリアスサスペンス映画として無駄に重厚に撮りたがる監督の気持ちがまるでわからない。
そしてラストのどんでん返し(のつもりなんだろうなあれは)も、「ふーん。あっそう。だから?」という感想しか出てこないほど無意味で無駄だった。すべてが中途半端。


ハリウッド映画に見るアメリカ人の妄想って結局すべてが「ヒーローでありたい」「世界中でいちばん正しく強いと言われたい」というところに還元されると思うんだけど、どうせどんでん返しをやるなら、思いっきりそういう心理を嘲笑したり、「英雄にはなれない現実」「チンケで取るに足らない平凡な自分」を観客に突きつける終わり方にすれば良かったんだよな。
でもそれをやるとアメリカ人は怒りだすだろうな。
金返せとかつって。
自虐や自嘲のわからない国民性だから。


んじゃ日本人の妄想はどのへんにあるかというと、映画産業よりアニメ産業の方が隆盛してるからこっちで考えてみるに、「ダメダメな自分をありのまま受け入れてほしい」「あなたはそのままでいいのよと言ってほしい」このあたりだと思う。
のび太とか。シンジとか。アムロもそうかな。


強くなる(別のいい方をすれば“雄”になる)ことにあまり重きを置いていない。というか、どう逆立ちしても欧米人並みには強い雄になれないので、最初から試合を放棄してるように思える。
「弱い自分のまま」強い人間より一足飛びに超越することを夢みているふしがある。
主人公がみんな子供のくせに、大人に混じって大人以上の働きをしたり、すごい道具を手に入れたりして、大人(=強者。のび太にとってのジャイアンとか)をギャフンといわせる仕組みになってんだよね。


「アニメは子供の見るものだから子供がヒーローなのは当然だ」というなら、日本以上に子供しか見ないと言われているアメリカのアニメやコミックのヒーローが、完成されたムキムキの大人の男ばかりなのはどうしてかと思う。バットマンとかスーパーマンとかスパイダーマンとかX−MANもか?


わたしとしては、日本のアニメがこういう構造になっている理由は「子供が感情移入しやすいから」という理由の他に、「大人の集団の中に子供が入って活躍するのを見るのは、欧米人の群れの中に日本人が入って活躍するのを見るのと同様のカタルシスがあるから」だと推測する。


アニメを消費している人口の大半は「大人」だと言える現在、絶対この側面はあると思う。イチローや中田が海外チームで活躍するのをツアー組んで観に行っちゃうお国柄ですから。


余談だけど、イチローがマリナーズで活躍してる図は女のわたしでもぞくぞくする。「女だから」といった方が正しいか。あのMLBのドラム缶のような体格の闘犬どもの中で、華奢なイチローは絵的に優雅でひとりだけ猫科の動物が混じったみたいに見える。つまり、男の集団の中で女が活躍しているのを見るときと同様のエロティシズムとカタルシスを感じる。


要するに、イチローは役割的には「雌」なのだ。


「誰よりも完成されて、強く男らしいから」という理由ではなく、「弱者に見えて強者を翻弄するから」魅力的だし、カッコイイ、という時点でMLBという物語におけるヒロインなんである。ヒーローとは微妙に役割が違うのだ。


で、どーせ完成された「雄(ヒーロー)」にはなりきれないと諦めきってしまって、コドモにばっかり感情移入してアニメを見続けている日本人の男は、「雌」あるいは「子供」をセルフイメージとしていると言える。「強者になること」ではなく、「弱者が強者の鼻面を引きずり回し叩きのめすこと」が日本的願望であり、理想なんである。
これは「雄」の発想ではない。



それが悪いとは一概に思わないけど。
むしろ、マッチョ一辺倒のアメリカ的指向よりましかもしれないと思うけど。「それが悪い。惰弱だ。その精神が日本の男をダメにした。だから強くなれ」とか吠えてるよしりんあたりの論理は嫌いだし。
マッチョ指向だって別の意味で男をダメにすると思ってるからね。常に「勝者」「正義」でなければ存在が許されないっつー強迫観念で、力業で自分の正義を押しつけようとするようになるから。激しくウザい。
でも、「どっちのほうがまだましか」って話には変わりがないか。日本の幼児指向だって相当病んでるもんなー。



アンブレイカブルの話題から激しくズレたな。まあ、ヤンキーの考えるヒーロー像の一端がうかがえる映画ではあったんで、わたしもヒーローについて勝手に考察してみました。



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投稿者 : ナツ at 2002/10/10 | カテゴリー : 映画
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