● 最近だらだらと更新もせずにいたら、Tさんからのメール。更新が遅れているので心配してくれたのだが、そのついでに「今、こんなネットバトルが話題になっているのを知っていますか」と、とあるサイトを教えてくれた。(かなり話題になっているようなので知っている人も多いだろう)
ってなことが騒動の発端だったと。
んで、非難を浴びたAさんは全面的に謝罪してサイトを閉じたが、Cさん側の怒りは収まらず事態は泥沼へ。 ところが、謝罪した人間をいつまでも叩きすぎたせいで、某巨大掲示板の野次馬たちにも騒ぎが飛び火して逆にB・Cさん側への叩きが始まる。
結局BさんCさん他、関係者全員がサイトを閉じて謝罪。しかし、その謝罪に反省の色が見えないとの理由から、現在もなお騒動はおさまらない(※以下繰り返し?)。だそうだ。
うちの掲示板でもたまに殴り込みがあったりしてゴタゴタが起こるんだけど、管理人が着火型のわりには飽きっぽくてすぐうんざりするのと、常連さんが頃合いを見て消火に回ってくれるため、いつも事なきを得ている。
荒れている間は確かに野次馬が集まってくるが、上記のような大騒ぎにはなったことがないのは、冷静な常連が多いせいじゃないかと思っている。管理人がバカでカッとなりやすいので、これでバランスが取れているというか。
まあ所詮は弱小サイトだからなんだけど。危うい所でいつも助かっている幸運を今さらながらにかみしめた。失言と暴言ならAさんの比じゃないからなあ。
しかしこの事件の経緯を見てみると、常連がそろって火に油を注いでいるようなので理解しがたい。特にこの「BBS「ぱくられちゃったかも!」と訴えるサイト登場!」というのをBさんが設置した意図がさっぱり。
Aさんの作品をBさんを中心としたお仲間がみんなで貶して、「Aさんの作品よりCさんの作品が優れている」→「優れている方が劣る方をパクるなんてことはありえない」→「よって、Cさんの作品はパクリではない」という無茶苦茶な三段論法を用いて、パクリではないことを証明しようとしている。
いや、そもそも前提が間違っているので証明できっこないんだけど。しかも「Aさんの作品よりCさんの作品が優れている」という評価も、この小集団内における主観に過ぎないんだけど。それは言わずもがなとして。
Aさんが謝罪・閉鎖後にこの仕打ちはないだろうと思う。
もっと理解しがたいのはCさんの行動で、Bさんたちを止められる人が内部にいるとすれば、彼らの慕っているネット界の大御所・Cさんだけだったと思うのだが、完全に傍観している。(日記やBBSでAさんを叩いていることから見て、止める気はなかったんだと思うが)
べつに「責任回避だ」と咎めたいわけじゃなくて、わたしがCさんの立場だったら、こんなことが起これば自分のために慌てて鎮火に回ると思うからだ。論拠がムチャクチャだから見ていてどうしようもなく恥ずかしいので、いくら自分の作品の擁護だろうとやめてくれと泣いて懇願する。
つーか、たとえどんなに画期的な論法を発見して、「Cさんの作品はAさんのパクリじゃない」と証明できたとしても、Aさんが「自分の作品に似ている」と思ったことまでは変えられない。つまり、他人の感じたことまで変えさせる権利はない。
BさんCさんたちは「人目につく所に証拠もなしに疑惑を書いた」ことについてAさんに謝罪を要求できても、それ以上の権利、「パクリじゃないと確信しろ」と要求する権利まではないのだ。
(大体そんなことはCさんではない以上、Aさんにわかるわけがない)
しかるにAさんが軽率な記述をしたことを謝罪してサイト閉鎖した時点で引き下がらず、「誠意が見られない」「『似ている』と発言したことに対しての謝罪を要求しているのではない」と言って責め立てたり、上記のBBSでAさんの小説を貶めて、「レベルの低い小説の作者はパクリ疑惑を持つことすらおこがましい」という方向へ話を誘導したのは何故か。
わたしはどうしてもAさんに、「パクリだとか似てるとか思うこと自体許せない」と迫っていたようにしか見えない。
しかし思っちゃったからこそ日記に書いちゃったんであって、今さらそんなことを要求しても不可能なんである。無茶しよるなー。
いや、それはそれとして。「なんでCさんが常連を止めなかったのか」という抜きがたい疑惑は残るわけですが。責任者としてはもうどーでもいいので、あくまで自分の保身のために、あの三段論法にもなっていないパクリ検証という名の中傷だけでも止めるべきだった。
逆に、常連はなぜ火に油を注いで、Cさんのサイトを結果的に荒らすことに荷担したのか、というのも不思議なんだけどね。
一サイト持ちとしていろいろな教訓を得ましたわ。無名サイトだから大丈夫、とか言うてる場合じゃないな。
地獄の坂の敷石は〜善意・善意でできている、と。(この場合は「正義・正義」か)
補足。
現在も当事者の一人であるBさんが、自サイトに設置した特設掲示板で、閲覧者からの質問(と非難)に一人で答えている状態なのだが、ありゃ大変だろう。とても読み切れる量じゃない。(このことからも、どれだけ多くの人が注目している事件かがわかるんだけど)
どーでもいいけど、質問はともかく単に自説を展開したい人は、自分のサイトで書けばいいと思う。文章を書き慣れている人が多いようだし(全部読んだわけじゃないけど)、サイト持ちが多いんだろう。
最近忙しかったり体調も悪かったりで更新が途絶えがちなわたしとしては、他人事ながら勿体なくてしょうがない。そんな長文書くヒマがあったらサイト更新すればいいじゃん。匿名で持論をぶって楽しいものかなあ。
とまあ、自分ちのBBSでさえレスが滞りがちなわたしだからこその感想を抱きました。
あー、あんまり長文ばかり読んでると眼精疲労から頭痛が。
● 友人と電話で大岡越前の話をしていて(なんでそうなる)、有名な「大岡裁き」の話になった。前にも書いたかも知れないけどもう一度。
二人の女が赤ん坊を取り合って、私の子だと言い張り譲らないので、越前守は「お互い綱引きのように子供を引っ張り合って勝った方が母親」と無茶を言った。
ぐいぐい両側から引っ張られて子供が泣き出すと、片方の女は見ていられず、手を放した。越前は「子供を本当に愛しているのは手を放した方なので、おまえが母親」という裁きを下した。
という話なんだけどね。
「でもさー、『勝った方が母親だ』って言われたら本当の母親は必死になるに決まってるよね。だって、永遠に自分の子供を奪われるかもしれないんだもん。他人に取られた後の子供の運命とか考えれば、どんなに可哀想でも一時心を鬼にしてぐいぐい引っ張っちゃうかもね。大岡越前って母親の心理を解ってないよ」
と、一児の母親である友人はクレームをつけた。(わたしもそう思う)
しかしこの「大岡裁き」は、大岡越前の賢明さを語る時に引き出される逸話なので、「そんなのありかよ」「越前ずるい」と文句を言ってもしょうがないわけで。
つーか、これとそっくり同じ話が旧約聖書にあるってのも有名な話なんだけど。「列王記」におけるソロモン王の逸話。
イスラエルの王ソロモンのもとに、子供を取り合う二人の女が裁きを求めてやって来た。
ソロモン王は、「子供を二つに裂いて、一人に半分を、もう一人に他の半分を与えよ」と命じたところ、一方が驚いて、「殺さないでください。私はその子をいりません。もう一人の女に与えてください」と譲り、もう一方は「いい考えー。早く二つに裂いてよ」と喜んだので、譲った女を本当の母親だとした。
そのまんま。
時代から言ってソロモン王の方がオリジナルであることは確かなんだけど、やっぱ日本人には大岡裁きの方がなじみが深いよね。でもキリスト教ベースの欧米で、大岡越前の明哲なお裁きを証明するためにこの逸話を持ち出したら、鼻で笑われると思う。
ということでおともだちにも、「アレは聖書のパクリらしいよ」と教えておいてあげました。
つーかまったく関係ないけど。
「ソロモン王が大岡越前の裁きを噂に聞いて、『余の裁きと似ている』とポツリと漏らしたところ、越前守とそのシンパが『パクリって言っただろ?謝罪しろや』と怒りだし、ソロモン王が泣きながら謝罪してイスラエル王の座を退位しても、『退位して済むと思ってるの?』『追い込みかけますから』と宣言」
という展開が、頭の中をグルグルしてしょうがない。
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