[アレゴリーとしての痴漢] 03/06/10付
ナツ氏は一貫して性犯罪における加害者と被害者について述べています。「被害者が加害者を挑発した」という偏見に繰り返し抗議しているのは、つまりここがポイントだからです。「挑発した者」「挑発された者」という関係は相互的な、セクシャルな関係です。そんなものは存在しない、とナツ氏は主張しているわけです。
言及されてることに今日気がついたんだけど、わたしと徳保さんとの論点の違いを簡潔に説明してくれている。「
おまえらテキストが多すぎて何が言いたいのかわかりにくいんじゃ!」とお怒りの諸氏には、こちらのサイトさんに飛んでみることをおすすめします。
加害者に比較的寛容だった世間が不寛容になってきたということでは、痴漢と万引きは似てるかもしれません。
迷惑防止条例が一部改正されたのも、やっと平成12年度のことだしね。これでやっと痴漢行為の罰則が強化されたってわけで。
・・・つーかね。「魔が差した」なんて痴漢の言い訳をまともに聞いて寛容にするのはそれこそ馬鹿だと思うわ。
自分の話をしてもしょーもないんだけど、以前、比較的空いている地下鉄の車内で席に座っていたら、目の前を2〜3回ぐらい往復してる男がいた。空席はあるのに何をやっているんだろうと不審に思っていたら、そいつ、降りぎわの混雑にまぎれて、乗降口の所で
わたしのシリを思いっきりつかみやがりました。
ビックリして振り返ったら先刻目の前をうろうろしていたそいつだったわけだ。車内が空いていてチカンできないものだから、降りる時になるまで待ってたわけだな。
しかも、事前に車内を往復して獲物をゆっくり物色している。正に計画的犯行。やりなれている。(痴漢はほとんどこのタイプだというが)この変態が。
お前に触らせるシリなどない。
(しかしそいつは乗降の混雑にまぎれて姿を消した。こんなのにどうやって事前防衛しろというのだ)
ちなみに、その日のわたしの服装はスカートという他は特に露出的なわけではありませんでした。たしか春先だったし、そもそもわたしのワードロープに「派手!」って感じの服はない。
● 竹宮恵子といえば
マット・ソーン。アメリカ人男性でありながら、日本の少女マンガに惚れ込んで研究対象にしているばかりか(文化人類学者なんだそうだ)、日本人女性と結婚して日本に住み着いてる人。
なんでも、竹宮恵子が漫画を描くより大学の講師業にのめりこんだのも、この人の薦めがあったからだそうで。どうやらお友だちらしいです。
え、「
萩尾望都ファンは竹宮恵子を読まない」の? わたしはどっちも読んで育ったけどなあ。母とか叔母の買ったマンガがまわりにわんさとあったんで乱読気味に。どっちが好きだったかと言えば、小学校低学年の時は竹宮恵子で、大きくなるにつれて萩尾望都に傾倒。
「ファラオの墓」とかは子供でも楽しく読める冒険活劇だし、竹宮恵子の方が全体的にわかりやすい。(しかしこの人のケガの描写とかは痛すぎるんでなんとかならんものかと思った)
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(2007年09月03日)

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