更新休んでる間に徳保さんちのBBSがつまんない結末になっちゃってるー。
(1)私は好き嫌いの話に理屈を持ち込んでいるだけです。私は理屈を持ち込まないと話しができないのです。
(2)私は私の価値観に基づき、自由にふるまいます。これに対し、他人が批判するのもまた自由です。
結局徳保さんの言いたかったことはこのふたつに尽きるのか。最初からそういってくれればわたしも誰も痴漢の話なんかしなかったのに。
今となってはもうどうでもいいことだが。ツッコミ体質としてちょっとだけツッコんでしまう。
(1)は完全なひらきなおりで、自分がえんえん展開してきた理論が単なる屁理屈であったことを認めるものだが、徳保さんの理屈が他人に理解してもらうためのものではなく、自己満足の産物だということがあらためてわかって興味深い。
破綻したり矛盾している理屈など感情論と同じで説得力など持たないのだが、徳保さんはあくまで「理屈である」ということにだけこだわっている。他人に対してどの程度の説得力を持つかなど興味がないらしい。
理屈の持つ説得力をそもそも信じていないので、理屈のひとつひとつには執着を抱かないわけだ。(だから途中で捨てたり壊したりして、結果としてぐずぐずに破綻するのね)
その割に「結論の正しさ」にだけは根拠もなく執着と確信を持っているところが何だかなーと思うわけですが。懐疑主義とはいえども自説の結論には懐疑を抱かないタイプであるようだ。これが今回の騒動でつかんだ徳保さんの特徴だといえるかも。
(2)について。
徳保さんの求めてやまない「言論の自由」を完全に行使するということは、誰かの「不当に嘲笑・批判されたりせず、心穏やかに生きる自由」を侵害しなければ成立しない。「あなたも自由、私も自由」という主張の矛盾点はここにある。
言論の自由とプライバシー権が常にバッティングする原因もこのあたりにあるけど。
言論の自由なんかより、ひどいことを根拠もなく言われなくて済む自由を選びたい、という価値観の人の自由を制限しておいて、他人の自由を尊重しているというポーズを取るのは欺瞞じゃないのかな。
他人の価値観や自由を侵害しても自分の言論の自由を押し通す、という自覚があってやっているならいい。しかし、どーも徳保さんにはそういった自覚はないようだ。(「忠告を忠告と受け取れない被害者が悪い」という主張からそれがうかがえる。何を忠告と判断し、何を誹謗中傷と判断するかもそれぞれの価値観の領域だと思うのだが)
徳保さんが自分以外の人に認めているのはせいぜいが「嘲笑・批判に口答えする自由」くらいなものであり、落ち度を責められた性犯罪被害者が「傷つく自由」すら認めていないのだ。「弱さを克服しろ」「弱い人間が正しいとは思えない」と主張しているわけだからして。
「それすらも言うだけなら自由だ。自分の主張に何も強制力はない。自分もあなたも自由である」と徳保さんは言いたいのかもしれない。
しかし、本当にみんな自由ならば徳保さんはそもそも何を問題にしていたのだろう。
自分が自由にものを言う権利が多数派によって制限されていると感じたからこそ、しつこく反論して自由を獲得しようとしていたんではなかったんでしょーか。(>私は、少数派にも「根拠なく忠告する権利」を認めるべきだと考えます。)
徳保さんの言うとおりはじめから「みんな自由」だったのなら、徳保さんが問題視していることも、はなから存在しなかったことになる。
いったいぜんたい彼は何をそんなに怒っていたんだろうか。最後まで謎は謎を呼ぶのだった。
blogランキング参加中どうもこんばんは。はじめまして。
2003年の記事にコメントするのもアレだが、
痴漢議論というから、
「冤罪を生み出してでも被害者の証言により痴漢被疑者は全逮捕」するのか、
「やはり冤罪はいけないから、逮捕過程に何らかの正当性を確保」するのか
の議論かと勘違いしてしまった。
変態側から言わせてもらえば、痴漢被害者の人には全く何の落ち度もない。
ところで、警察のアンケートは多分質問内容が悪い。かなりの部分が「女性が好みのタイプだから」に収斂すると思う。
●saiさん
>かなりの部分が「女性が好みのタイプだから」に収斂すると思う。
それも大きいんだろうけど、やっぱり実行の際には「騒ぎ立てたり警察に突き出したりしそうかどうか」というリスクの有無がポイントになるんだと思います。痴漢は常習犯が多いので、突発的な性欲にかられてるわけじゃなくかなり冷静で計画的なんですね。
「変態側から言わせてもらえば」って、まさか痴漢行為をしたことがおありとか・・・。
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