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2004年7月16日

NOとしか言えない男

古館伊知郎のインタビュー番組に石原慎太郎が出演しているのをたまたま見た時のこと。
石原さんは男尊女卑だと思われていますが?と古館に水を向けられて、

「そんなことはない。僕は女性が大好きだし、尊敬してますよ。でも、馬鹿のくせに利口ぶる女は嫌いだね。男にもそういうやつはいるが、女の方がずっと鼻につく
ってなことを薄ら笑いながら語っていたんだけども。
今までに何度か、「馬鹿なのに利口ぶった」(石原フィルター)女性団体などから抗議を受けたとおぼしい。たぶん、彼女らに対する皮肉なんだろう。


男尊女卑でも自覚がない奴よりマシだとはいえ、わかりやすくもうざったいおっさんだなあと思う。
自分がなぜ男尊女卑に見えるか理由をちゃんと認識していながら、そのスタンスを売りにしている自意識がうざい。
フェミ系の女性が、「あなたのそういうところが男尊女卑だって言うんですよ」と食ってかかろうものなら、ここぞとばかりに、「ほらね。この程度の皮肉ですぐ挑発に乗る。こういうところが女は馬鹿だというのに、利口ぶるから良くないといっているわけですよ」とか答えてやろうと思って手ぐすね引いているのが見え見え。
こういうタイプの人がアイデンティティの拠り所にしている「父権」とか「リーダーシップ」とかの中味なんて、結局はこの程度、人を馬鹿にしたり貶めたりしないと保てないものなのかと思うと心底がっくりする。高倉“高潔な硬派”健はしょせん映画の中にしか居ないのだ。
(今こそ告白するが、わたしは「硬派な男」「本物の“男の中の男”」に対して夢を抱いている。そこがフェミニズムとは違うところかもしんない)


「NOと言える日本」とか言って大国にキャンキャン噛みついている(フリをしているがあくまで自国民に対する「ガツンと言える男」としてのデモンストレーションであって、肝心の米国に本気で楯突く政治力も影響力もない。つまり口だけ)政治家がいるけれど、侮蔑的な扱いをされても黙っているのが利口な人間のありかただというのなら、自分も黙っていればいいのにと思う。


米国の日本に対する扱いは、男尊女卑の男の女に対する扱いにも似ている。馬鹿にしつつも適当にアメをしゃぶらせて利用。日本がどんなに米国に尽くしても、決して対等のパートナーとして認めることはない。


石原氏にもその認識があるからこそ、「日米経済関係の虚構の持つ意味合いは、アメリカの大国としての保身のエゴイズムであり、そのためには日本を纏足された妾としてだろうが、奴隷としてだろうが、好きなだけ使って場合によったら捨てる。もっといい家来がいたら、それを使う。そういうアメリカの本音が感じられる。」などという喩えをわざわざ出してアジっているんだと思うが、自分がなめられていると感じた時はうるさく自己主張するくせに、女性が同じように自己主張すると、「利口ぶった馬鹿」扱いなんだから本当に面白い人ですね。


正直なところ米国は、たいした政治力もないくせに米国を批判するような日本の政治家に対して、
私は日本が大好きだし、尊敬してますよ。でも、馬鹿のくせに利口ぶる日本は嫌いだね。ヨーロッパ諸国にもそういう国はあるが、有色人種の国の方がずっと鼻につく
と思っているに違いないという気がするんだけど。
もっとも、石原氏もそこんところを身にしみてわかっているからこそ、日本を鼻であしらっている米国に対する苛立ちを、手近にいる社会的弱者をあしらうことによって憂さ晴らししてるだけかもしれないけども。



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    投稿者 : ナツ at 2004/07/16 | カテゴリー : ジェンダー
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