● ゴシカ−GOTHIKA−(★★★☆☆)
2003 アメリカ
監督 マチュー・カソヴィッツ
出演者 ハル・ベリー
ロバート・ダウニーJr
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なんだかんだと2ヶ月放置してしまった。やっぱりブログなんてもんは気分にむらのあるわたしには手に余るツールだったか。とりあえずコソコソ更新します。
サイトを放置してる間にも色々と映画を観たり本を読んでいたりしたのだけど、覚え書きをする前に大半は忘れ去ってしまって勿体ないことをした。思い出せる映画の感想を順にポツポツと書いていくことにする。
いつものことながらネタバレもありなので注意してください。なお、星の数はわたしの独断と偏見によるレイティングです。
優秀な犯罪心理学者のミランダは、夫が監督している女性専用刑務所の精神病棟で働いていた。患者の中には殺人犯クロエのように、事実とも作り話とも判断つかない恐ろしい拷問や暴力を告白し、彼女を混乱させる危険な女性もいた。ある夜、ミランダは帰宅途中に奇妙な少女と遭遇、そのまま記憶をなくしてしまう。やがて、意識を取り戻した彼女は、夫が惨殺され、自分がその容疑者となり、それまで働いていた精神病棟に収容されていることを知る。
ミランダは担当のグレアム医師に、自分は正気で、夫を殺してなどいないと懸命に訴えるのだったが…。
精神科医がある事件をきっかけに逆に精神病棟に収容され、何を訴えても信じてもらえない恐怖を描いたサイコ・サスペンス。
自分をレイプした義父を殺したため収容されているクロエという少女が、「悪魔が自分を犯しに来る」と訴えているが、担当医であるミランダも他の医師も、それは病気による妄想だと決めつけているエピソードが映画の冒頭で語られる。
もうこの時点でクロエは看守に犯されているに違いないと直感し、ミランダが夫を殺した容疑で収容されてからは、同じ目に遭うの決定だと思って嫌な気分になった。
ところがその後、クロエは看守ならぬ保安官にレイプされていたと判明するものの、ミランダはそんなことが起きる前にちゃっかり独房を脱出してしまう。
こういう設定ならぶっちゃけ、主人公が死んだ方がましという目に遭わされるに違いないと覚悟していたので、意外にあっさりとした展開に拍子抜け。
「腐った精神病院の実態を暴く」みたいな告発映画ではないので、当然といえば当然かもしれない。
まあそれはともかくいきなりラストにもの申してしまうが、黒人男性と白人男性の二人組が連続快楽殺人犯でした〜っていう結末はどうなのよ、と思った。(思いっきりネタバレ御免)
複数犯のシリアルキラーというのは現実に例がないわけじゃないらしいが、その場合でも同じ人種のはずだ。強姦(虐待)殺人という快楽を共有するからには、育った環境、思想、人種の違いによる社会的意識、知能程度、価値観や願望やコンプレックスや性的嗜好などが酷似していないと、一緒に人殺しを続けることは難しい。金目当てで共犯になった、というケースとはわけが違うからだ。
その上、連続快楽殺人の犯人というのは、9割以上が白人男性であるという厳然としたデータが存在する。
つまり、1・複数犯 2・白人と黒人の共犯 という不自然の二乗をやらかした上に、3・主犯の黒人が白人の少女を殺している というトリプル掟破り。快楽殺人の掟その三は、犯人が十中八九、自分と同じ人種を被害者に選ぶことである。
ジェフリー・ダーマーという例外も中にはいるが、(刑務所で黒人にレイプされてから有色人種にこだわるようになり、黒人や東洋人を選んで殺していったという白人の猟奇殺人犯)その他は大抵同人種ばかりを選んで殺している。
ひとつくらいなら特殊な例として納得しないでもないけど、ここまで重なるとありえなさすぎる犯人像で興ざめ。シリアルキラーのプロファイリング本を熟読してるわたしのような受け売り人間に、リアリティがないとクレームを付けられそうなもんだ。なんでわざわざこんな設定にしたのか。
意外性を出してどんでん返しにしたかったためだとしても、それでストーリーがリアリティを失ったら本末転倒である。
どんでんってのは、「あれだけ伏線があったのに気がつかなかった。そうだったのか!」という説得力があってはじめて意味を持つものだ。意外な犯人でありさえすればいいというならラストで唐突に宇宙人を出して、「地球人を生体実験するために猟奇殺人に見せかけて殺した」でも何でもありになってしまうじゃないか。
もうひとつ考えられる理由は、人種問題の深刻なアメリカでは、映画の中で黒人だけを犯人にしたら人種差別だとか、白人だけを犯罪者にしたら逆差別だとか、色々な人権団体からつまんないクレームが付いてウザいので、黒人と白人に公平に善人と犯罪者を割り振ったんじゃないかってことだ。
そんな裏事情まで勘ぐったら余計ラストがつまらなく思えてきてしまった。
それ以外にも、幽霊や人体発火現象は主人公の幻覚か、何らかのトリックがあるのだろうだと思っていたら、本当に怪奇現象というオチだったりして安易に過ぎる。超常現象や猟奇殺人などと要素を盛り込みすぎために、「昨日までの精神科医が今日は患者の立場に変わる恐怖」という心理劇からテーマが逸れ、話全体が散漫になってしまった印象がある。
結局旦那を殺したのがミランダなのか幽霊なのかという点も曖昧なままだった。
ちなみに、この映画を一緒に観た人はホラーがあまり好きじゃないせいか、連続殺人犯の特徴とこの映画の不自然さについて熱弁してあげたのにあんまり感銘を受けた様子ではなかった。
誰もわかってくれないんだ・・・。
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