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2005年1月14日

魔術的思考

「手かまれ、かっとした」小林容疑者が供述
大方の人が予想していたとおりの犯人像で、ものすごく納得がいった反面、ここまであからさまに想像どおりだと、警察が我々庶民の納得のいく男をあえて捜し出してきて犯人にしたてあげてるんじゃないだろうな、という不安すら覚える。それほどまでに犯人像ど真ん中だった小林薫36歳独身なわけですが。
(「俺には娘もいるんだ」と結婚歴があることを周囲に吹聴していたみたいだが、これは小林の見栄だったことが判明。戸籍にも結婚した事実はないそうです。当たり前だよお前みたいな奴が結婚できるか)

あんまりキモイので今すぐ死んで下さいとしか言葉が出ないんだが、そこをぐっと我慢して色々考察してみる。


奈良市の小1女児誘拐殺人事件で、わいせつ目的誘拐容疑で逮捕された毎日新聞販売所の元店員小林薫容疑者(36)が奈良県警奈良西署の捜査本部の調べに対し、「いたずらしようとしたら抵抗されて、手をかみつかれ、かっとなった。風呂場に連れて行き、顔を浴槽の水の中に押し込んだ」などと殺害に至る直接の動機について具体的に供述していることが、2日、わかった。

人間は、抵抗されるはずがないと考えている、つまり「なめている」相手から受ける抵抗や反撃がもっとも頭に来るもので、反撃を予想していた場合に比べて頭に血が上りやすく、暴力もより残酷になる傾向がある。それに加えてこの場合の「かっとなった」というのは単純な怒りの表出ではないと思う。


わたしはしょっちゅう血が出るほどうちの猫に噛まれてるのだが、それは機嫌が悪い時に無理矢理抱っこしようとするからであり、自分が全面的に悪いので自業自得である。
そういう自覚がある上に、何をされても可愛いという親バカな心理が相まって、どれだけ噛まれようが本気で「かっとした」ことは一度もない。
しかしこの、「何をされても可愛い」という心理を分析してみると、無償の愛情であることは確かだけれど、それと平行して、「自分が生殺与奪の権を握っていると確信しているから」可愛いのだ、という心理が隠れていることも否めない。

猫に手を噛まれたくらいでは、人間の優位性は動かない。自分が支配者であり、どれだけ懸命に反撃しても猫はこれ以上自分に逆らうことはできない。殺そうと思えばいつでも殺せる。
それが確かな事実だからこそ「安心して」可愛がれるのだし、怪我をさせられても遺恨なく許せる。
弱者に対する愛情の中には、そういったダークな側面が絶対にある。
わたしはこれを「釈迦と孫悟空コンプレックス」と呼んでいる。というか、今勝手に名付けたんだけど。
キツネリスに指を噛まれたナウシカにも多少はそんなダークな気持ちがあったに違いないと思いながらあのシーンを観ているわけだ。


話がまたずれそうなので元に戻す。
普通の人間は、ダークな心理も当然持ってはいるが、弱いものに対する芯から純粋無垢な愛情も併せ持っている。
もし本当にわたしが猫の生殺与奪権を握っているのだとすれば、殺したところで権利を行使しただけだから罪悪感など起きないはずだけど、実際には、誰が罰しなくてもまず自分に罰されて精神的に修復不可能な状態になるだろう。
そうであるからこそダークな側面に飲み込まれずに済んでいるといえる。
人間は自覚はなくても、そういう「純粋な愛情」と「支配的な愛情」とのバランスを取って生きているものだと思う。


でも、小林薫には、たぶん「支配的な愛情」しかない。それ以外に愛し方を知らない。
「子供なら大人の女と違って言いなりになるはず」という思い込みでいたずらしようとした時、思いもかけずに相手に抵抗されて小林の優位性がゆらいだ。
少女に対する「純粋な愛情」が欠片でもあるならば(ある種のロリコンのように)、「支配的な愛情」を抑えつける安全弁の役割を果たしたかもしれないけれど、小林には支配欲しかないので、支配者としての地位がゆらいでしまったら愛情らしきもの(可愛いと思う気持ち)も胡散霧消する。
自分の優位を脅かすような拒否反応を示した相手に対して恐怖する。
恐怖は怒りを呼ぶ。
今まで自分を拒絶してきた世の中とか成人女性に対する怒りも上乗せされて、殺意にまでふくれあがる。
「自分はこの子の生殺与奪の権を握っている」という、その権利を実際に行使しない限りは、ゆらいだ優位性が取り戻せないわけだ。
殺してしまい、抵抗も反撃もできなくなった従順な少女を前にしたときになって、はじめて自分の優位を確信し、やっと安心して思う存分愛情が注げる。どういった類の愛情を注いだかは想像したくもないけど。


小林は「悪いことをしたとは思っていない」と、ほとんど反省の色を見せていないと言う。これも例のあれだ。宅間と同じパターン。
「自分は世の中に拒否され続けた被害者だと思っている」ので、悪いのは自分を拒絶した世界である→これは正当な復讐である、という論法だと思う。現に、「別れた女に当てつけたくてやった」という供述をしているそうだ。
(結婚の話も嘘だったし、こんな男と付き合う女がいたとは信じられないので眉唾くさいが、小林が勝手に脳内で「付き合っていた」と思い込んでいたとも考えられる)


死刑囚ピーウィーの告白(D・ギャスギンズ&W・アール著)の序文で、コリン・ウィルソンはこう述べている。

あらゆる犯罪者は、サルトルが「魔術的思考」と呼ぶ、特有の不条理な思考パターンを共有しているようだ。すなわち、自分の感情に合わせて事実を反転させてしまうのである。女性専用ホステルで若い娘をレイプしたうえ首を切り落としたある殺人者は、「俺をうずうずさせる女どもに目にもの見せるため」犯行に及んだと説明した。英国の劇作家ジョン・オートンは、若者たちが渚に寝そべっているのを見て、彼らを全員ものにすることが許されないと思うと怒りがこみあげた、と語っている。

この告白本の著者であり、幼女レイプ殺人を含めて100人以上を殺したと言われている殺人鬼ピーウィー・ギャスギンズ自身も、「娘たちは、男が欲しがるものを持ってるくせに俺には見せてもくれない」、だから、彼女らが犯されたり殺されたりするのは当然の報いなのだ、と述べている。
コリン・ウィルソンは犯罪者の思考と呼ぶが、痴漢論議で色々な意見を聞いた経験から、こういった考え方が犯罪者だけの特別な思考パターンでないことはよくわかっている。
殺人は殺人犯が悪い、とほとんどの人は口をそろえて言う。しかし、そういう人たちの中にすら
「でも、痴漢されるのは女が派手な服装で挑発したからでは?」
「挑発しながら、いざ男が触われば痴漢と罵る。そんな女がひどい目に遭うのは、当然の報いなのでは?」
という論理を行使する人が存在する。
彼らは自分が不条理なことを言っているとは夢にも思っていない。(または、不条理さには気が付いていても女であるわたしに向かって言うことで鬱憤を晴らしているのかもしれない。どっちにしろ幼稚すぎる)


性欲や支配欲は正常な思考を曇らせ、不条理な怒りを呼ぶ。
一般人と小林薫との違いは、その怒りを胸の裡にとどめておくか、実際に行動に移すかの違いであって、「魔術的思考」と呼ぶほどには特別ではない―――むしろかなりありふれた感覚なのだと思う。



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投稿者 : ナツ at 2005/01/14 | カテゴリー : 心理
コメント

投稿者 : なめこ at 2006年8月 6日 15:34

「魔術的思考」ってなんか奥が深そうな感じがしますよね。
でも、この事件って簡単に言ってしまえば「野生の本能みたいなモノ」なんじゃないですか?
女性が派手な服をきるのも、男性を挑発してみせたりするのも言ってみれば「野性の本能みたいなもの」だと思うんですよね。
それによる男性も。
……あー、言ってる事なんかぐちゃぐちゃみたいですね(笑)
私は、その本能に出来る限り捕らわれたくないですねェ


投稿者 : とろろ at 2006年8月 7日 23:21

>魔術的思考
呪術的思考でもいいらしい。
〜原因と結果だけを直接結びつける思考のこと〜らしい。
wikiより。


投稿者 : ナツ at 2006年8月 7日 23:53

●なめこさん
>女性が派手な服をきるのも、男性を挑発してみせたりするのも言ってみれば「野性の本能みたいなもの」だと思うんですよね。

えーと。「女性が派手な服を着る=男性を挑発する目的=男性に見せつけて誘っている=本能」ということでしょうか。だとしたら同意しません。
・男の目より女の目(同性の目)を意識したおしゃれ
・ナルシシズムを満足させるためのおしゃれ(自分は綺麗だと感じて気持ちよくなるため)
・同胞意識を満足させるためのおしゃれ(ヤマンバメイクなど)
着飾る理由はいろいろあるし、「派手」ってどういう服が派手なんだ?という根本的な問題が・・・って、痴漢論議の時に何度も同じ話繰り返してるのでもうやめやめ。
男性側も、「派手な服を着た女を見たら本能で襲いたくなるんだろ?」と一律に決め付けられたらムッとすると思います。人間の男性はそんな単純な生き物じゃないですよ。少なくともひとくくりでは語れない。

で、このエントリは、「女性が派手な服を着るのを男性への挑発と決め付けて女性を糾弾する不条理な人間」の危険性について語っていた訳なんですが・・・。

●とろろさん
Wikiのページ見てみましたけど、これ、サルトル言うところの「魔術的思考」と同じものなのかな。どうも食い違ってる気がする。

>因果律に従った科学的な思考過程を省いた、原因と結果だけを直接結びつける思考のことである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94%E8%A1%93%E7%9A%84%E6%80%9D%E8%80%83

コリン・ウィルソンによるサルトルの「魔術的思考」はこっち。
>自分の感情に合わせて事実を反転させてしまうのである。


投稿者 : とろろ at 2006年8月11日 00:23

そうですね。ナツさんの言うとおりかもしれない。
突っ込んできた人が消息たったようで、
これ以上は無意味なので終了します。



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