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2005年11月13日

非モテと共同体

価値観の話を進めようとか思っていたのだけど、前のエントリコメント欄が活性化したので、お返事がてらいろいろ書いてみます。
わたしは非モテ関連問題に詳しくないし、実のところ非モテ自体にそんなに興味はなくて、「今の世の中は他人とつながるには恋愛を媒体とすることしか認められないような窮屈さを感じずにはいられない.」というkammy+さんの言葉にびっくりして前回のエントリを書きました。だから今回も、自分の興味あるテーマにしか突っ込んでなかったりします。あしからず。

kammy+さん曰く

女性にとって共同体に魅力がなくなろうが,男性にとっては生命線ともいえるものになりうるのです.繰り返しますが,共同体とは家族ではなく,まさに文字通りの団体のことです.

男である私には女性の思考に合わせがたい部分もあるのです.女性が男の思考に理解できない部分があるように.
男と女も歴史的にみればパワーゲームをくりひろげてるわけで,多くの女性が「生き易い」と感じるということは….


共同体の問題を「男vs女のパワーゲーム」と単純化するのは無理がありすぎます。個人主義の進歩や共同体の崩壊で生き易くなっている男性も大勢いるはずですから。
かつての共同体で先祖代々弱者の地位に押し込められていた人々や、(部落差別がその代表ですね。「キツネ憑きの家」なんて血統差別も民俗学関係の本を読んでるとよく出てきます)もともと個人主義的・人間性重視な人たちは特にそうです。これらに性別は関係ありません。


というわけで、個人主義の発達や価値観の多様化で生き易くなったとわたしが言ったのは、女としての立場からではなく人間としてです。むしろわたしは、共同体に夢を見すぎている男性は一部保守の人だけであり、多数派ではないと認識しているのですが。
だからといって共同体を全否定しているわけではなくて、作りたい者は作り、そこに属さないと安心できない人は属せばいいと思っています。その自由こそが価値観の多様化ってことですから。それを全体主義的に強制されるのが困るというだけの話です。(24条改憲問題に戻る)


と書いてきましたけど、保守系男性言うところの共同体が、「家制度」とそれを最小単位としたムラ社会のことだとしても、kammy+さん言うところの「共同体」が何なのかは依然として曖昧です。「文字通りの団体」と言いますけど、保守系男性と同じと考えていいのでしょうか?
わたしは先のコメントで述べたように、「相互扶助的な弱者連合的共同体」というものは事実上存在しなかったと考えています。そういう集団の中であらたな弱者が作られてきたからです。
(共産主義思想はまさにプロレタリアートという弱者がみんな平等になることを目指していたわけですが、それを現実社会に移せば机上の空論に過ぎなかったことが暴露されてしまいました。)


「女性から社会的権利をはぎとって、共同体の中の弱者に戻すことにより、非モテ男性を救済し、男性全体を平等にする」という方法でなら、「非モテ男性(恋愛弱者)はいなくなる」のかもしれません。でもそれは、「相互扶助的な弱者連合的共同体」とは到底言いがたいですよね? 「女という弱者」が存在しなければ目的を達成できない団体ってことになっちゃいますから。ローマ市民が平等で快適な生活を得るためには一家に一人奴隷が必要、みたいな話です。


(余談だけど、保守系男性が「昔は良かった。男は女を養い、女は家を守っていた。今の女は権利とか自立とかうるさいが、男性優位社会も悪いことばかりじゃない。自立したくない、できない女は男に守られる長所があったじゃないか」とか語るのを聞いていると、南北戦争に敗れた南部アメリカの白人が
「昔は黒人奴隷がいたから家も豊かでみんなが幸せだった。黒人だって白人に保護されていたんだから結構満足して暮らしていたし、無理に自立しなくても良いという長所があった。昔はあれでうまくいっていたんだ。奴隷制だって悪いことばかりじゃないんだ。あの戦争に負けなければ・・・。」
と愚痴っているのを聞くような気分になります。耳の穴から手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ(略)


だからkammy+さんが「相互扶助的な弱者連合的共同体」が必要だと考えているのならば、今まで存在しなかったものを新しいやり方で新しく作るということになると思いますけども。
わたしからみれば今のところ、女性の人権を侵害する方法でしか非モテ男性の願望は達成できないように思えます。一番手っ取り早いのは、「女性を平等に男性に分配する」ということですね。それがkammy+さんの目指す所なのでしょうか。
(「もちろん女性を犠牲にしたくはないけれど,それはあくまで自分の平穏があってこそですからね.」というあたりの意見を読んでいると、自分の満足のためには女性を犠牲にするのもやむなしと言っているようで心配なわけです。)


女性が「とりあえず結婚する」という行動パターンを「とりあえず結婚しない」へとシフトチェンジすることは,男にとっては笑ってみていられることではありません.ものすごく悲しいんです.過去の男と一緒に連帯責任を負わされている気分です.特に年上の女性と会話すると「今までの男が悪かったんだから今の流れは当然.」と平然とその下の世代の男性性まで否定しかねない勢いなので,せめてそのような窮屈さからは解放されたいです.

それはいまだに男尊女卑的な男性が存在するからだと思います。小林よしのり以降、若い男性にその手のが増えたし、非モテの一部の層とネットウヨ系がかぶっているのも事実だと思う。彼らは男女問題に関して旧態依然とした考えを持っていますが、過去ではなく現在の男性です。
ですから「一緒にするな」というのであれば、「昔の男のやり方は踏襲しない。男尊女卑には反対だ」ってスタンスをハッキリさせればいいと。「昔の男は羨ましいな〜(女がこんなに面倒くさくなかったんだろうな)」みたいな本音が透けて見えると、「結局それかよ」と思われてひとくくりにされてしまうんではないかと。


女性が「とりあえず結婚する」という行動パターンを「とりあえず結婚しない」へとシフトチェンジすることは,男にとっては笑ってみていられることではありません.ものすごく悲しいんです.

笑っていられないから何かしなければ、という気持ちから非モテの人が色々な主張をしてるのはわかりました。
わたしは70年代産ですが、同世代の男性が父権的共同体の復活とか、「今の女は生意気でワガママで身勝手で強欲な馬鹿ばっかり(だから俺が結婚できないんだ)」論を蕩々と展開しているのにぶつかると、「こんなことを本気で考えてる独身男ばかりじゃますます結婚なんかする気にならねーよ」とうんざりした気分になります。早い話がドン引きです。
(これが世代的にずっと上の男性なら、「勝手に言ってろバーカバーカ。おまえらにはもう何も期待しない」と思ってお終いですが。世代が違うから話にならないという諦めがあるわけですね。)
ただ女性を叩いてスッキリしたいだけとか、女性を十把一絡げに悪者にすることによって非モテ男性同士の連帯感を深めるのが目的ならばそれは非モテの人の自由なのですが、女性を結婚する気にさせるのが最終目的だとしたら、実にまずいやり方だと言わざるを得ません。
結婚願望の強い女性がたまたまそんなブログに行き当たったとしても、脱兎のごとく逃げてもっと性格の良さそうな男性を探すだけです。
(kammy+さんが女性を叩いてると言ってるわけではないですよ。リファラから非モテ系のブログや掲示板をザッと回ってみたら、そういう極端なところもあったので、あえて書きました。)


というわけで、結婚する方法より、愛される方法を考える方が先じゃないの?としか思えないわけです。でもkammy+さんはじめ非モテの人の多くは、「恋愛なんかしなくても(=相手の女性に愛されなくても、もしくは嫌われても?)結婚できるような社会がいい」と主張してるんですよね。女の趣味に合わせて自分を変えるのは女に媚びることだ、恋愛資本主義に踊らされてる、それは敗北だみたいな主張も見たし。今のままの自分で結婚できなければ意味はないと。(認識が間違っていたら訂正お願いします。)
仕方がないので、その方法をがんばって考えてみる。


1・家同士(親同士)の取り決めで結婚できるシステムにする
要は昔ながらの政略結婚。家の存続を第一目的とし、男も女も「家制度」を維持するための駒に過ぎないという価値観を共有すること。そうすれば、「家」の前に人はみな平等になり、好きだの嫌いだのという個人の感情は無関係になるってわけ。
(結婚しない男女を苦々しく思ってる保守系はこの観点から家制度を支持しているらしいね。)
2・集団結婚
言わずと知れた統○協会のアレ(よくある考えですが)。個人の意志に関係なく、教祖なり組織のトップなりが任意に男女をくっつける。これも好き嫌い、人間性完全無視。


しかし日本社会全体をそんなシステムにされるのは困るし、多数派のコンセンサスが得られるとも思えません。(特に1は血統差別などにもつながります。そういった暗黒の歴史があって崩壊した慣習ですから)


とすると、結婚めあてで例の協会に入信するか、非モテの人が新たにそういう協会を結成して、結婚できない非モテ女性なり恋愛結婚したくない女性の入信者(?)を獲得するか、ってことになりますね。
実際問題として、カルト的結社や自己啓発セミナーみたいな団体ならば、(世間一般的に見て)無茶な価値観もまかり通るわけで、宗教の利用ってのは一考に値すると思います。オウム以降新興宗教というと一般には拒否反応がありますが、出会いを求めてカルトに入信する若者も実際多いという話。若い男性信者を獲得するために若い女性信者に勧誘させる手口は有名です。


それに、非モテ男性が今の社会の価値観を全否定しているとすれば、自分たちであらたに価値観を作ってその価値観を最上のものとする集団を結成しなければ、野望は達成できないわけです。それはすなわちカルトに他ならない。(麻原みたいな小汚いオッサンが美女をまわりにはべらせることができたのも、カルト内の特殊な価値観ならではだし。)
その価値観を社会全体に敷衍することは今のところ無理なので、コミュニティ内だけで固まるしかないとはいえ、信仰の自由も布教の自由もあるわけですから。現代社会の価値観を恋愛資本主義と断じ、絶対に迎合しないと決意して背を向けるならば、それもひとつの生き方です。たいていの新興宗教は既存の価値観への反発から発生してるわけだしね。


想像力が貧困なので、「(非モテの)相互扶助的な弱者連合的共同体」と言われてわたしが思いつくのはこんなもんです。たぶんもう語りつくされた話ですね。
(何度も述べているように、そんな団体の中でもヒエラルキーが形成されるのは自明だと思ってますが。)
恋愛を含めた人間関係というのは人の心の問題です。恋愛というとトレンディドラマなどを連想して馬鹿にする人も非モテにはよくいるのですが、要は友達関係と同じで人と人とのつながりなわけだから、人の心を動かせなければどうにもならない。好きでもない人とは友達にも恋人にもなりっこないんで、これは差別の問題じゃないです。
こういったソフト面を無視してハード(システム)さえどうにかすればモテるようになると思っている人たちの考えがわたしには理解できないのですが、あえてその願望に沿って無理矢理考えてみました。


ここまで書いておいて何なんですけど、今の非モテの人の特徴というのは、「ルサンチマンを苗床にして右や左の政治思想に傾倒、あるいは宗教にハマる」という行動を取らないところじゃないかと。これがオウム以前だったら宗教に救いを求めたり、学生運動華やかなりし時代だったら左翼に身を投じていたのかもしれない。つまり、どんな時代にも非モテはいた。「恋愛でつながれないから思想(or信仰)でつながりたい」とか、「俺が正当に評価されない(モテない)のは社会が悪いせい。だったら思想で世の中を変えてやる」とかね。
今はそれらがどれもこれも信用ならないってことがわかってしまって受け皿がなくなってるんですね。それで信じるに足るものが見つからず迷走してるのが今日の非モテの状況じゃないかと思ったりもします。


(というかそれは非モテに限らず全般か。
ただ、一部ネットウヨだけはあやしいけどね。女にモテない恨みつらみを男権思想に変えて男性優位社会を提唱するタイプ。「俺は単に保守なだけだ」と言って思想問題にすり替えれば自尊心は傷つかないし、非モテというより保守派と言った方がカッコイイしってわけです。バレバレなのに。)


最後に。「他人事みたいに言うな」というツッコミが聞こえそうなので先にいっておきますけど、ぶっちゃけわたしだってモテてるわけじゃないですからね。モテまくりの友人を羨んだこともあります。恋愛とは限りませんが、「どうしてこう人付き合いがヘタなんだろう」というコミュ不全的悩みは今も昔も持ってます。好きな人に好かれないなんて状況はあまりにもよくありすぎる話です。
でもそれは結局自分の問題だとしか思わないんですよ。「社会を変えれば自分もモテモテに!!」などとは考えたこともないです。なれたらいいよなあ。



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投稿者 : ナツ at 2005/11/13 | カテゴリー : ジェンダー
コメント

投稿者 : ぽいんつ at 2005年11月13日 08:32

ナツさんこんにちは。
「女性を平等に男性に分配する」世界をうっかり想像してしまったのですが、結構本気でぞっとしました。「俺は女の悪口を言うが女にはモテたい、女に好かれるべきだ」みたいな人に分配されたらと思うとほんま怖いです。勘弁してください。
でもきっと数十年前はそんな「勘弁してください」な状況も己の身におこることがありえたのでしょうから、上の世代の女性の方々には、(男性に嫌がられても)この現状を作ってくれたことに感謝です。

最近自分でも非モテ話をうっかり扱ってしまったのですが、過去の経緯はどうであれ、現在他人(女)を同じ人間として扱わないから、自分も相手にされなかったりするところもあると思うんです、現在会った人はその人の過去なんて知らないですし。
自分から発奮して修正かければ(相手をちゃんと人として扱えば)イヤなことは減っていくのに、相手されないもの同士で一大「非モテ」勢力を作ってしまってる感があります。

敵とか迫害とか奴隷とかが存在して初めて成り立つコミュニティは私は気持ち悪いので、それならモテなくていいし1人でいい、と思ってしまいます。
「他人とつながるには恋愛を媒体とすることしか認められない」社会になっているのではなく、繋がりたくなければ繋がらなくていい自由ができた結果なのではないかなぁと。

うーん、なんかまとまってない気もします。話題とずれてたらすみません。


投稿者 : Leiermann at 2005年11月13日 11:18

 はじめまして。先日の記事に関してトラックバックを差し上げたものですが、少し誤解があるようですので一言よろしいでしょうか。

>ナツ様

 まず全体的に、「非モテ」の議論をしている者、殊に男性間である程度統一された見解があるという風にお考えのように思えますが、実はそうではないのです。
 当たり前の話ですが、「非モテ」男の中にも当然、社会全体と同様色々な立場の者がおりまして、伝統的家族観を支持する者、これを打破せんとする者、どちらの立場にも反対する者、こうした問題に関心がない者の四者が当然共存しております。恐らくそのあたりのことをご存じなかった為に、Kammy+ 様への批判と、「非モテ」全体への批判が混同されているのではないかという危惧がありました。
 例えば私などは「共同体」には関心がありませんし、そうした社会の枠組みを変えることでこの問題が解決するとは思っておりません。そのことはトラックバック先の記事に詳しく書きましたので、よろしければ目を通していただければ幸いです。無論、私は当該記事でも書きましたように、既存の性差別に関する議論に関心が低い(この問題自体に関心が低いわけではありません)者でありますから、認識不足の点なども多くあると思いますが、その場合はそれらの点にご指摘・ご批判など頂ければ幸いです。私は、自分の認識が低いことに安住したいと考える人間ではありませんので。当該記事にも書きましたが、「非モテ」問題は性差別問題と丁度隣り合っているものですので、注意を喚起すればこの問題に興味を持つ者は、潜在的には多いと思われるのです。

 その上で、恐らく私のことに言及されていると思われる記述がありますので、そこに言及を。

> 女の趣味に合わせて自分を変えるのは女に媚びることだ、恋愛資本主義に踊らされてる、それは敗北だみたいな主張も見たし。今のままの自分で結婚できなければ意味はないと。(認識が間違っていたら訂正お願いします。)

 恐らく私の
http://d.hatena.ne.jp/Leiermann/20051015/p1
http://d.hatena.ne.jp/Leiermann/20051019/p1
http://d.hatena.ne.jp/Leiermann/20051109/p1
これら記事のいずれかに反応されたものと思われますが、誤解を招いたのは申し訳ありませんが、実は私はもう少し広い意味でこれら記事を書いたつもりでした。これら記事、とくに上二者は、男性異性愛者たる私の個人的なことを中心に書きましたのでそのように読まれるのも無理もありませんが……。
 具体的には、「他人の趣味に『無理に』合わせること」は敗北だと考えていますが、ここでいう他人は「女性」に限ったことではありません。現に「服装に気を遣え」という圧力は同性からも異性からも強く感じられます。また、「自分を変えること」自体を否定しているわけではなく「納得できる理由の提示のないまま一方的な強制として自分を変えさせられること」のみを否定したつもりでした。
 そしてこれらの記事の意図としては、「恋愛資本主義」(この言葉に完全に賛成するわけではないのですが……)のみを批判するのみならず、同様のあらゆる社会の歪みに反対する視点を提供することがありました。ですので当然、「否が応でも結婚せよ、家族共同体を形成せよ」という言説にも、同様の観点から強く反対です。従ってこれら記事においては「自分が結婚したい」という個人的な願望は二の次のつもりでした。周囲の人が、社会の歪んだ価値観に無批判に従っている状況を是正してくれれば「結果的に」自分が結婚できる可能性が増えるかもしれないということを期待しているのは確かですが、それに関しては言わば「おまけ」のようなもので、それが見込み違いであったとしてもそれは仕方のないことだと思っております。

 長々と失礼しましたが、大体以上のようなこととご理解いただければ幸いです。
 ご指摘・ご批判お待ちしております。私の blog へトラックバックを下さるのも当然歓迎しております。

>ぽいんつ様

 横から失礼いたします。貴 blog の該当記事も拝見しておりましたが、一言だけ。

> 過去の経緯はどうであれ、現在他人(女)を同じ人間として扱わないから、自分も相手にされなかったりするところもあると思うんです

 ご承知かとも思いますが、「思うんです」と書かれているとおり、それはあなたの主観に過ぎません。上に書きましたとおり「非モテ」にも色々な立場の人間がおります。貴 blog に寄せられた、ぽいんつ様に批判的なコメントの中にもそういった内容を指摘されているものがあったかと思いますが、ぽいんつ様は「そうした事実があるとは認識していない」「そういう者はこうした言説の対象としていない」とお答えになるばかりでした。無論それならばそれで結構なのですが、上の貴コメントを見る限り、あなたは「非モテ」全般を「そういうもの」として十把一絡げに断罪しているようにしか読めません。失礼ですが、「見たいものだけを見ている」という点がありませんでしょうか?今一度お考えいただければ幸いです。


投稿者 : イカフライ at 2005年11月13日 12:16

ぽいんつさん、お初です_(._.)_

 ブログよませていただきました。頷けるところが多かったです。
kammy+さんの意見の矛盾についてはナツさんが私のいいたいことをうまくまとめてくれたようで。これに付け加えさせていただくならば、彼は世の中の構造の歴史的社会的な部分について、欠落しているように感じました。頭の良い方なのでしょうが、専門にかたよりすぎているのかな?かつて、なにがなんでも男女を結婚させる共同体が存在したのは、別にもてない弱者を結婚させてあげるためではなく今よりも乳幼児死亡率が高く機械化もされていなかった産業構造の中で労働力としての子供が必要だったこと、社会福祉が制度化されていなかったため老後の世話を子供に頼らざるを得なかったことが大きいんですよね。これは今でも途上国といわれる社会ではそうです。

 逆にいえば、社会(=共同体)の質が変わってそれにつれて結婚の必要性が薄れたからこそ恋愛イデオロギーが派生した、という考えもありかもしれないですが、まあ、このあたりは私の直感です。

 しかし、かつての非もて女(今もてるって事ではありません、40すぎた今となっては、そういう話そのものに縁がなくなってる)からすると、kammy+さんにしてもLeiermannさんにしても、今の人は弱くなっているのかな、と感じました。「もてなくってかわいそうな自分」をさらして、それを理解してほしい、なんてことは、自分の若い頃はこわくて出来なかった。私は20年前の若者ですが、80年代においてはもてない悩みなんてものをもつこと自体が、「暗い、うっとうしい」と叩かれたからね。もてない自分を弱者、被害者と認定できてしまう厚顔無恥さが、私には理解できない。まあ、それはもてない一難の原因だろうけれど。(おお、さんざ叩いてくれ。)


投稿者 : イカフライ at 2005年11月13日 12:29

 非モテに言いたいこと。
 自分を理解して欲しい、と訴える前に他人を理解しようとすること。相手にばかり求めないこと。

                   以上。


投稿者 : Leiermann at 2005年11月13日 12:36

>イカフライ様

 「叩いてくれ」とお望みのようなので叩いて差し上げましょう。具体的な問題点を文章に即して指摘もせず、上からの視線で「弱い」というレッテルを貼りそれによって侮蔑感を正当化するのは端的に申し上げて不快です。

>「もてなくってかわいそうな自分」をさらして、それを理解してほしい、なんてことは、自分の若い頃はこわくて出来なかった。

 根本的な誤解ですが、私は「モテない」ことを訴えている訳ではありません(Kammy+ 様がどうであるかは存じません)。「モテない」ことは人格的に劣っていることの証であると信じて憚らない、あなたのような(「まあ、それはもてない一難の原因だろうけれど」!!)言説を批判しているのです。

> 私は20年前の若者ですが、80年代においてはもてない悩みなんてものをもつこと自体が、「暗い、うっとうしい」と叩かれたからね。

 だからどうしたのですか?あなたはその 80 年代の価値観に全て同意しているのですか?当時は女性蔑視が現代より甚だしかったと存じますが、そういうことにも同意ですか?そういう言い方というのは単なる「抑圧の内面化」でしかありません。
 人間は根本的に暗くて鬱陶しいものです。モテない悩みを持つことが暗くて鬱陶しいなら、ベートーヴェンもシューベルトもキルケゴールも「鬱陶しい」の一言で片付いてしまいますが、いかがでしょうか。

> もてない自分を弱者、被害者と認定できてしまう厚顔無恥さが、私には理解できない。まあ、それはもてない一難の原因だろうけれど。

 そういうことを「厚顔無恥」と言って憚らないことこそ理解できません。そんなことを言えば、あなたが社会の女性蔑視で苦しんでいることを
「自分を弱者、被害者と認定できてしまう厚顔無恥さが、私には理解できない。まあ、それは生きづらさの原因だろうけど」
と切り捨てることも可能になってしまいますが、良いのですね?(念のため、私自身がそういう考えを持っているわけではありません。ただ、そういうことを言われても反論が不可能になってしまうということを指摘したまでです)

> 非モテに言いたいこと。
> 自分を理解して欲しい、と訴える前に他人を理解しようとすること。相手にばかり求めないこと。

 イカフライ氏に言いたいこと。自分を理解して欲しい、と訴える前に他人を理解しようとすること。相手にばかり求めないこと。以上。


投稿者 : Leiermann at 2005年11月13日 12:39

>イカフライ様

 追記です。

> 「もてなくってかわいそうな自分」をさらして、それを理解してほしい、なんてことは、自分の若い頃はこわくて出来なかった。

 語るに落ちるとはこのこと。「こわくて」できなかったんでしょう?本当はやってみたかったんでしょう?それを今の我々がやっていることに嫉妬しているだけなんでしょう?もっと自分に正直になられた方がよろしいですよ。


投稿者 : イカフライ at 2005年11月13日 14:52

これ以上、続けるとアレテしまいそうなので、変身はナツさんの許可を受けてからにしますが、ひとつだけ知識の訂正。

>当時は女性蔑視が現代より甚だしかったと存じますが

 80年代は戦前ですか?当時をどんな時代だと思っているのでしょうか?「なんとなくクリスタル」がベストセラーになり軽薄短小をコンセプトにしたテレビ局の女子大生番組「オールナイトフジ」が高視聴率を得、「ねるとん紅鯨団」の放送が始まり、「東京ラブストーリー」をはじめとするトレンディドラマがブームを呼び、六本木の「マハラジャ」「トウーリア」などのディスコでナンパすればそのまま六本木プリンスにしけこめる(実際それが出来た人っていたかどうか疑問だが)といわれた時代です。

 反論するのでしたら、一応その当時の世相くらいは調べた方が良いのでは? 今はネットもありますし、簡単に検索できると思うのです。


投稿者 : Leiermann at 2005年11月13日 15:26

>イカフライ様

 はい?失礼ですがお話が全くわかりません。東京のローカルネタが全国どこでも通じると思ってらっしゃるのですか?私のような「田舎者」には想像の埒外でございます。
 あのですね、そんな「上層階級」の話だけを念頭に置いていらっしゃるんだったら申し訳ないですが、全くの見当違いですよ。我々一般庶民は上の方で何をやっていようが知ったことではありません。もっと地に足のついたお話を伺いたいですね。
 どちらにしても、あからさまに女は装飾品だとしか思っていない田中康夫の小説が流行り、女子大生が軽薄短小という類型で捉えられる番組が流行り、世相の先端を行く人を描いたドラマが一世を風靡し、六本木だか赤坂だか知りませんが東京の都心部で放埒な風潮が流行っていたなんて話を聴いても、それのどこが女性にとって自由な社会なのだか全く私には理解が及びませんね。
 そういう贅沢が享受できるのが当然という前提で「非モテ」や「男社会」にものを申していらっしゃるのでしたら、とんだお門違いもよいところですよ。
 いずれにしても、私が何も知らずにものを言っているとお思いですか。当時は「セクハラ」なんて問題もさほど一般化していなかったし(つまり闇に葬られていたし)、フェミニズムなんてのはそれこそ「モテない女の僻み」扱いされて、「共同体主義に反対」などと言おうものなら、今のあなたが「非モテ」に向けているのと同様の嘲笑を受けた。それに比べたら今は随分改善された点もあるではないですか。それに関して私は「当時は女性蔑視が現代より甚だしかったと存じますが」と申し上げたのですよ。

 それはそれとして、確かにここであなたと対話するのはナツ様にもご迷惑ですから、反論は私の blog にでもどうぞ。あるいは leiermann@infoseek.jp にメールを下さっても構いません。ただし議論は私の blog に公開させていただきますのでその点はご了解を。

 以上です。


投稿者 : naozane at 2005年11月13日 17:53

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繰り返し言っているように、「男女に均等な成功機会を」という提案は、「成功」(端的に言えば「金があること」)こそが至上の価値であるという支配的なイデオロギーに同意することを意味している。そのようなイデオロギーに軽々に同意してよろしいのだろうかという懸念を私は何度も語ってきたが、あまり賛同の声が得られない。
http://blog.tatsuru.com/archives/001341.php
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投稿者 : naozane(保守反動か?ネオリベか?) at 2005年11月13日 18:03

「非モテは保守反動」
だとかいうレッテル貼りが流行ってるので、
「フェミニストはネオリベ」
だというレッテルを貼ってみる。
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ネオリベことネオリベラリズムは、「自己決定・自己責任」を原則とする。小泉チルドレンの女たちは、恵まれた出自に高い学歴、能力も実績もある。「才能と努力で」地位をかくとくした「勝ち組」の女たちだ。それなら、フリーター、ニート、パート、派遣労働の「負け組」の女たちは? それをもネオリベは「自己責任」というのだろうか?
(略)
男のようにふるまった少数の女だけが「名誉男性」として男から分け前を与えられる。フェミニズムは「こんな社会はいらない」、つまり社会のしくみを変えよと要求したはずだった。

上野千鶴子(うえの・ちづこ)
http://blog.goo.ne.jp/midorinet002/e/ef4e728ecffcdf0eaa64df3c8e075903
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とりあえずフェミニストは弱者切り捨ての
ネオリベということでよろしいか?
(上野千鶴子が一番ネオリベという噂があるよ。)



投稿者 : Kammy+ at 2005年11月13日 19:52

ブログでの私の個人的な心情の吐露がみなさんを不快にしてしまったようです.
私はこのような対立に加勢するつもりはありません.できれば私のコメントごとなかったことにしてしまいたいくらいです.

以前にも私のブログを舞台に,自分の個人的な心情を吐露したところに,年上女性から苛烈な攻勢を受け,コメント欄が「炎上」してしまったことがあります.今回の事の成り行きを見ていると,そのときのことを思い出しました.私の「個人的な心情の吐露」が一部の人間にとっては聞き捨てならないものを含んでいるということは,どうやら間違いないようです.

>ナツさん
「共同体」の話は,私の表現ミスでした.自分にとって都合のいいものを夢想しているだけでした.これは他人と議論するようなレベルものじゃない,頭の中のユートピアだったということで,忘れてください.

他の非モテの方は自分がモテない「原因」をいろいろな社会的要因と結びつけることで,「だからこれはオレのせいじゃない」と思いたがっているのではないかと思いますし,私もそのように考えたいのです.だけれど,私の場合はそれを主張して自分自身を省みないのはカッコ悪いと思うようになったので,そういうことは極力しないようにつとめています.

非モテとは個人的な問題であり,社会的な問題でもあるでしょう.しかし私がなんとかしなければならないのは個人のほうであり,社会的なことには興味を持ったところでどうしようもないと考えています.ですから前記事のコメントでイカフライさんが「ネットで個人の愚痴聞くのは、私は嫌いなんですよ。リアルでも愚痴はいいたくない人間だから。」と仰ってたとおり,私のブログの存在自体が個人の愚痴こぼし場なわけで,相手が嫌がっているものをわざわざ突きつけるようなことはしないですよ.

>イカフライさん

>だってさ、Kammy+ さんって、人の話し、全然読んでないなんだもん。
ネット上のいさかいで必ずと言っていいほどでてくるフレーズですね.
自分が伝えたかったことが上手く伝わらないときに,まっさきに相手のせいにしてしまうのはいかがなものでしょうか.
私は非モテの代表でもないし,男の代表でもありません.イカフライさんの矛先にあるべき相手ではないと思います.なぜ私がこれほどまでに非難されなければならないのでしょうか.はっきり言って苦痛です.当初から私は個人的な話しかしていないのですから.

>Leiermannさん
イカフライさんとやりあうのは,不毛な気がします.ご自身のブログで述べられているとおり,イカフライさんが振るっている「強者の理論」にイカフライさん自身が気づいていないのですから.それとも感情的な応報として相手にそれを気づかせるまでやりあうおつもりですか?私はあまりおすすめしません.イカフライさんもまた,私どもが属している「男」というカテゴリの人間から様々な腹立たしい仕打ちをうけているはずで,それを私たちが帳消しにすることはできないし,私たちは無罪だと主張しても通じないのではないかと思います.特に,我々は今「非モテ」としてひとくくりにされてるわけですからなお分が悪いかと.

もう,何がしたいのかよくわからなくなってしまいましたよ.絶望しました.


投稿者 : イカフライ at 2005年11月13日 21:44

やめると言いながら、お騒がせしてごめんなさい、ナツさん、および、ロムされている皆様。もしよろしければ、私のコメント削除されて結構です。

Kammy+ さん
 
 あたしがね、話全然読んでいない、ってのはさ

>実際、かつての「共同体」が真の弱者、たとえば障害者や異民族、部落民(と、あえて書きます)に行ってきた暴力の凄惨さは、もうやりきれないものです)
> いや、弱者だけではありません。かつて日本の男が強要された「あるべき男の姿」というのは、非常に重く辛いものだったと思いますよ(それこの、星飛雄馬並に)。

 という意見を書いていますよね。
 それに対して、というわけでもないでしょううがナツさんは
>かつての共同体で先祖代々弱者の地位に押し込められていた人々や、(部落差別がその代表ですね。「キツネ憑きの家」なんて血統差別も民俗学関係の本を読んでるとよく出てきます)
 とご自身の文章に述べられています。
 それをあなたはまったく読んでいない。
 いまだに

>私どもが属している「男」というカテゴリの人間から様々な腹立たしい仕打ちをうけているはず
 という矮小な個人レベルに貶めている。

 これはLeiermannさんも同様ですね。
>語るに落ちるとはこのこと。「こわくて」できなかったんでしょう?本当はやってみたかったんでしょう?それを今の我々がやっていることに嫉妬しているだけなんでしょう?

 嫉妬とは、自分より優れている、少なくとも同等と観とめられる相手に対してするものはないでしょうか?

 己の意見を強者の論理と言われたのははじめててカルチャーショックです。
 私自身は強者の論理にずっと懐疑的な立場です。 といってもここで強者・男なんてい単細胞な発想をしないでいただきたいのです。
 弱者とはなにか? そう考えたとき、真の弱者が観ててくると思えます。それは、長い差別意識の中で抑圧された部落民であったり、戦争や内戦で命を奪われていく幼い子供であったりします。
 勿論、不幸と言うのは相対的なものではなく絶対的なものです。生まれてから一滴の水も口にすることなく死んでいくアフリカの子供と、豊かな日本で最高学府で学問していられる人間は後者が明らかに恵まれている、と言われても、でも個人的な不幸は個人のものでしょう。
 けれど、個人の不幸が個人の不幸でしかない限り、所詮愚痴にしかならず、結局、個人の不幸は個人でしか解決できないのではないでしょうか?


投稿者 : Leiermann at 2005年11月13日 22:07

>イカフライ様

> 嫉妬とは、自分より優れている、少なくとも同等と観とめられる相手に対してするものはないでしょうか?
 あまりに無礼でしょう。私はあなたと同等未満であるとおっしゃるのですね。これは明確な侮辱なので、謝罪と撤回を求めます。

> これはLeiermannさんも同様ですね。
 「これ」が何を指しているのか全くわからない、典型的な悪文ですね。「これ」の指す内容を、Leiermann の書いた文章のいずれかに従って、1000 文字以内で述べよ(句読点含む)。解答は Leiermann にメールするか、Leiermann の blog に書き込むこと。なお、解答および講評は Leiermann の blog にて講評されることをあらかじめ熟知すべし。

> 己の意見を強者の論理と言われたのははじめててカルチャーショックです。
> 私自身は強者の論理にずっと懐疑的な立場です。
 であれば、ご自身の意見にも懐疑的になられてはいかがでしょうか。あなたの仰る通り「真の弱者」が存在するとするならば、あなたは「真の弱者」から見れば相対的にはまごうかたなく「強者」なのですから。

> けれど、個人の不幸が個人の不幸でしかない限り、所詮愚痴にしかならず、結局、個人の不幸は個人でしか解決できないのではないでしょうか?
 あなたがそんなことを仰るとは。あなたは「個人の不幸」を「個人の不幸」として飽くまで「愚痴」として語られている Kammy+ 様を、政治的な意見を語ったとして糾弾したのではないですか。
 また逆に、私は「個人の不幸」から非個人な問題を敷衍しているのに、あなたは私の意見を読みもせず、「個人の愚痴」として矮小化しているのではないですか。
 ご自身の都合で「個人」と「非個人」を使い分けるのはおやめ下さい。


投稿者 : 覚悟 at 2005年11月13日 23:10

Leiermannさんのコメントにほぼ前面同意します。
ただ、馬の耳に念仏といいまして、相手が相手ですから
もう諦めた方が良いかもしれませんね。


投稿者 : ナツ at 2005年11月14日 00:42

● ぽいんつさん
該当記事は読んでました。たぶん、ぽいんつさんのところから非モテ関連のブログや掲示板に飛んだんだと思う。ぽいんつさんのところの記事にもコメントしようかと思ったのですが、よくわからないのでまず別のサイトを見てみよう、と思ってこうなったと。

>「他人とつながるには恋愛を媒体とすることしか認められない」社会になっているのではなく、
>繋がりたくなければ繋がらなくていい自由ができた結果なのではないかなぁと。

これには同意です。たとえば女性の場合、一昔前は結婚に対して焦りがあったと思います。周囲からのプレッシャーも今よりずっと強かった。見合いで結婚といっても、会ってからある程度は好意なり愛情を感じなければ結婚まではいかないわけで、それら全てが苦痛だし愛情も感じられない、という場合もあったのではないかと思う。それでもなしくずしに結婚しなければならない時代があった。
そういうプレッシャーは男性にも絶対あったと思うんですけどね。結婚しなければ社会的信用が得られない、地位も上がらないという。今はそれがゆるくなってきているせいか、我が社にも40代50代未婚男性がちらほらいます。(昔は考えられなかったらしいけど)

● Leiermannさん
はじめまして。TBありがとうございました。
非モテの人にも様々なスタンスの人がいるということはわかっていました。kammy+さんはその文章から、「穏健で、男女問題に関しては保守寄り」という感じに見えたのですが、kammy+さんへの返答という形で書いた記事の中で攻撃派(女性や社会への恨みを吐露)や、ネットウヨ系非モテに言及したのは、誤解を受ける元だったかもしれません。もちろんkammy+さんがそのタイプだとは思っていないので、それはここで言明します。

>恐らく私のこれら記事のいずれかに反応されたものと思われますが、

TB元の記事は拝見していたのですが、挙げられたリンク先の記事は先ほどはじめて読みました。ですから恋愛資本主義云々はLeiermannさんのところではなく、別のブログで見かけた文章です。
「相手の趣味に合わせる」という問題に関しては、ちょっと書きたいことが出てきたので、しばらく考えてからお返事します。何だかまた長くなりそうなので。

● イカフライさん
揚げ足取りや感情的言い合いになって来ると、話が本論からそれるしただ荒れるだけなんですよね・・・わたし自身も大昔にそれで失敗してますんで。(ザッとコメントを読んでみて、本論が何だったかもうよくわかんなくなってきてるし、どちらがより弱者かという論争になると結論が出ない不毛なループに。)すみませんが、この話題に関しては、このあたりで切り上げていただくようお願いいたします。


投稿者 : ナツ at 2005年11月14日 00:54

● kammy+さん
>他の非モテの方は自分がモテない「原因」をいろいろな社会的要因と結びつけることで,
>「だからこれはオレのせいじゃない」と思いたがっているのではないかと思いますし,
>私もそのように考えたいのです.だけれど,私の場合はそれを主張して自分自身を省みないのは
>カッコ悪いと思うようになったので,そういうことは極力しないようにつとめています.

上記のコメントからもうかがえますが、わたしがkammy+さんのブログをはじめて読んで感じたのは内省的な人だということでした。(前のエントリでリンクした「被害者意識からの脱出」というエントリです。「承認書のハンコ」の話には非常に肯かされましたし、自分も人に肯定してもらいたかった時期はあったので)
わたしのブログは男女論やフェミニズム、男尊女卑などの問題をよく扱っていますが、非モテの話題にはノータッチでした。だから最初はkammy+さんの文章も非モテという「弱者(?)」ではなく一男性の意見として読み、「恋愛で人とつながるのが窮屈というのはどういう価値観からだろう」という疑問から引用させていただいたわけです。
というわけで、「人とつながる」ことによって作られる家族・共同体に関する問題(どんな形を理想とするか)を語りたいと思っていたのですが、「非モテ」に関連している限りはどうしてもうまくいかないようで残念です。これはわたしの書き方も悪かったのかも。

なお、共同体についての話は納得しました。
(関係ないですが札幌の方ですよね。実はわたしもそうです)

● naozaneさん
>「非モテは保守反動」
>だとかいうレッテル貼りが流行ってるので

非モテだろうがモテだろうが関係なく発言内容で判断してます。kammy+さんに関しては、「女を養ってこそ男」「共同体(家制度や村社会?)が男の生命線」「女性を犠牲にしたくはないが自分の平穏あってこそ」などの発言から最初、男尊女卑とまでは思いませんでしたが保守系と考えました。(今はkammy+さんのコメントを読んで納得したので、そうは思ってません。)
非モテ一般に関しては保守もいればリベラルもいる、わたしと同じノンポリ(?)も多いだろうと思っています。ただ、保守系を中心に語ることが多いのは、わたしのブログの性質の問題です。

>とりあえずフェミニストは弱者切り捨ての
>ネオリベということでよろしいか?

誰のどの発言に対しての言葉なのかわかりません。わたしの文章に対してでしたら、どの部分が「弱者斬り捨て」と思われたのか指摘して下さい。でないと意味がないです。


投稿者 : ぽいんつ at 2005年11月14日 07:01

なるほど、元はウチでしたか……何かこう色々とすいません。

私は、まずは「惚れた女を養」おうとする姿勢は良いと思ったクチでした。私に言われても嬉しくないかもしれませんが、何かを相手にちゃんと提供できる、ってまず言えるのは偉いと思うです。男として一人前かどうかなんて些細なことだと思ってるので。

ただ、そう思うのは、Kammy+さんと同年代なので、もしかしたら年代も関係あるかもしれませんし、私が「旦那がきっちり稼いできてくれるなら家で家事育児してる生活をしたいけど、金は生活の基本だから自分で稼ぐ方がリスクが低いし、確実に自分で稼げるし」という、隠れ保守なせいなのかもしれません。


投稿者 : イカフライ at 2005年11月14日 08:05

 ナツさんへ。

 お騒がせしてごめんなさい。


投稿者 : Leiermann at 2005年11月14日 10:20

>ナツ様
 「媚び」ということに最近よく言及しておりましたので、早合点をしてしまいましたようです。次回記事を書かれるとのこと、ぜひ期待しております。
 また、どうもお目汚し失礼しました。

>ぽいんつ様
 私が言うのもおかしな話ですが……。
 私はあなたの主張には強く批判的ですが、今回の件自体は、ぽいんつ様は言い争いの当事者ではないので責任を感じていただく必要はないと思います。ご心配をおかけしてすみませんでした。
 無用の補足をするのであれば、ぽいんつ様に関しては、事実認識とその方法について再考を促した(≒誤解を指摘した)つもりでこそあれ、態度自体が高圧的・侮辱的であると批判したつもりはありませんでした。

 最後になりますが再度、皆様、冷静さを保てず申し訳ありませんでした。


投稿者 : ナツ at 2005年11月14日 22:58

● イカフライさん
>お騒がせしてごめんなさい。

今回はわたしも書き方が悪かったからこうなったと思います。
色々ブログを回ってみると、非モテにも(思想に限らず)いろんな人がいるってことがわかります。たとえばわたしが以前から言及していたダメ男というのは「ドラえも〜ん、何とかしてよう」といういわゆるのび太タイプで、何らかの自尊心や自意識を守るため、自分から女性に働きかけないような人です。(死に物狂いになったことが一度もないのに、どーせ俺はと勝手に拗ねたりとか、何もしないのにモテたがり、期待が裏切られると女のせいにするとか。)

だから非モテというのも以前はそれを中心に考えていたんですが、対人恐怖症等で心療内科に通うほど鬱屈を抱えている人も中にはいるようです。メンヘル関係となると想定外ですから、「非モテ」という言葉で文章を書く時は注意しなければならないと思いました。どんな非モテを想定してるのか明確にするってことです。(「のび太タイプ」も当然いるらしい。)
イカフライさんにもわたしと同じ「ダメ男」のイメージの上で書いていると思われるコメントがありました。非モテが社会的弱者かどうかという問題に関しては、上記の「ダメ男」ならば昔の部落差別や障害者差別の犠牲者とは比べるべくもない、というのは同意見です。でもただそれだけじゃない、「女にモテるかモテないか」以外の問題(例えば虐待・いじめのトラウマ)を抱えて人間関係に絶望している人も「非モテ」と称している場合があるらしい。そこが複雑なところです。

まあ「非モテ」といわないで以前どおり「ダメ男」の話だけすればいいってことかもしれないですけども。


投稿者 : ぽいんつ at 2005年11月15日 08:05

なるほど、対人恐怖症等まで非モテと称してるんですね。

ウチで扱ったときの反応も見ていて思ったんですけど、女子と関わらない人はそもそもモテか否か判断できないと思うんですよね……。モテるかどうかは試行回数と成功確率で判断されるべきものなので、女子と関わらない=試行回数が少ない人、はあまりにもばらつきが大きくて評価できない。試行回数がある程度あって初めて、確率が高い=モテる、確率が低い=モテないという判断ができるものであって。

なので、すでに一部で定着してる「非モテ」という言葉と、「モテない」(モテるの否定形)という状態は別物なのかなと思っています。


投稿者 : 鳩子 at 2005年11月15日 09:52

纏まってからで申し訳ありませんが。

はてなダイアリーなどで非モテ関連の話題が活発だった時期をみていたことがあります。その際、はてなにおいては非モテは以下のように捉えられていたようです。

↓(はてなキーワードから抜粋)

一般には、モテないこと。また、その人のことを指す。

その一方で、「モテるための努力を回避する」という恋愛至上(資本)主義へ批判的態度およびその人のことを指す場合もある。

後者の非モテはさらに挫折型←→非挫折型、恋愛至上主義そのものからの退却←→恋愛(モテ)資本主義からの退却と大きく4つの型に分類できると思われる。

(本田透氏『電波男』は「挫折型・非−恋愛資本主義」であり、酒井順子氏『負け犬の遠吠え』は「挫折型・非−恋愛至上主義」、近年の若年世代のライト萌えオタク層は「非挫折型・非−恋愛資本主義」となる)


↑以上。よくわからない…。

非モテ以外に避モテなどの言葉も飛び出し、「非モテ」を分類していました。
ナツ様が「「どうしてこう人付き合いがヘタなんだろう」というコミュ不全的悩みは今も昔も持ってます。」と書かれていますが、こういった人間関係全般に関する苦手意識のようなものも「非モテ」ととれるかもしれません。


男性は「構造的強者」にされている点があるので…ひとりひとりの男性に「男性一般に対する批判」をすると「え?じゃあ俺どうすれば良いの…?」と戸惑ってしまうのかなぁとは思います。


投稿者 : イカフライ at 2005年11月16日 23:38

ご意見を書く前にまずメルアドをさらしておきますね。
ikafurai007@mail.goo.ne.jp

もし私に個人的にご意見がある方はご連絡下さい。アラシ的な内容ではなくきちんとしたお手紙なら出来る限り時間を取ってお返事いたします。
本来は,自分でブログでももっていればそこに書くべきでしょうが、あいにくそういうものがないので。ナツさん、返す返すお邪魔してごめんなさい。

>今回はわたしも書き方が悪かったからこうなったと思います。
 
 書き方,というより,お互いに話そうとしていることが違っていたことが原因だと思います。
 社会学と言うと大袈裟ですが,世相や一般論的に語ろうとした側と,個人的心情を語ろうとしたのすれ違い。
 たまたま日ごろ考えている主張したいことが、一部合致した側が、たまったものを吐き出してしまったことなど。
 ネットというのは、リアルなら相当長い付き合いでも滅多には話さない深い問題を通りすがりの人間同士が会話してしまうことが多く、その面白さがある反面,背景と言うのが全くわからないがための誤解も生じます。
 
 で、本題の「非モテ」についてですが。

 私の漠然とした条件として
まず現象的にカレカノいない暦=年齢(つきあったといっても数回のデートで相手から断られた疎遠になった等も含め)で青春期の人(具体的には20代前半以上)。
こういう人の中にはそれこそ心療内科に通っているとかその他深い事情のある人も居るでしょうが,そうなるともてるもてない以前に健康医学の問題なので,ここでは心身ともに健康で,環境的にも恋愛可能な人を前提にします。
で、上に書いたような人でも別に恋人が居なかったり恋愛経験が無いこともさほど苦にもせず趣味や友人付き合いに充実して日々を送り、結婚とかも将来設計として考えはするけれど,時期がくれば自然に,と思っている人はたくさん居ます。
こういう人は,「非もて」とは言わない,というか、ほとんど自分でも周囲でも意識しないでしょう。
一方で恋愛経験が無い,異性に(恋愛的な意味で)好かれないことを、非常に苦にしたりこだわったりする人達も居る。これが「非もて」かな、というのが私の定義です。
(これによるとオタクは非もてじゃなくなるはずだけど,なぜかおたくには拘る人が多い,その理由は,おいおい)
特に若い時は気になったり悩んだりするのは当然です。別に現代が恋愛資本主義のイデオロギーにどくされてるわけではなく、恋愛がご法度に近かった戦前ですら文学作品の多くは恋愛ですし(「野菊の墓」とか「風立ちぬ」とか,他にもイロイロあるでしょ)万葉集の時代から恋歌はある。
ただ、悩むなら恋人が出来るように努力すれば良いのに、それをする代わりに,自分がカレカノが出来ない理由を他に転化する人が多い。
私はこれが「んー?」と思うんですよね。一番多いのが対象となる異性、あとはフェミニズムだったり戦後民主主義だったり。あとモテル人を「軽薄,調子が良くてうわっらだけ」と否定的にしか見ない。
で、自分は何かの(これが転化先ですが)の被害者だと安易な弱者意識に逃げる人。
 こういうと「いや、努力している」と反論が返ってきそうですが、していないわけではないでyそうが、それが相手に伝わらなければ結局自己満足に終わってしまうのです。
 人間関係はなんでもそうですが、恋愛も相手あってのことです。
 これは別に媚びや妥協ではなく相手が何を求めているか,それに自分がどう対処するか,ではないでしょうか?
 非もての人(私が定義する)は繊細過ぎるほど繊細な人が多いように思えます。ただ、この繊細と言うのもくせもので、いきすぎると「自分に繊細,他人に無神経」に陥りがちです。繊細なあまり自分の受けた傷に必死になりすぎて周囲が見えなくなるんですよね。
自分がそういうつもりだったのに相手に伝わらなかった,自分が必死だったのに解ってもらえなかった、と傷ついてそれを相手にぶつけてしまう、直接言うので無くても態度で伝わります。
ネガティブな感情と言うとは,ぶつけられて良い気分の人は少ない。「あの位のことで」とたいていの人は引きます。
結果,より人が遠ざかる,より孤独になり愛情を求める,それが重くてより人は遠ざかる。の悪循環です。

 被害者意識、弱者意識に陥るとつらいようですが,実は楽です。
自分が被害者だと言うのは,責任は他にあることになるのですから。そして、被害者弱者なら加害者強者に何をしても良い,悪いのは向こうだから、自分は弱いのだから、と。
これは、実はいわゆる弱者それこそ障害者や被差別民のために活動をしている人たちにすらあります。

 確かに人間には持って生まれたさまざまな素質がある、努力だけではどうしようも出来ない面がある。
平等であるべきだか、同質ではないのです。
けれど、そんな自分を受け入れ,努力して少しでも向上していくことが、何かに責任転化したり、いじけることより大切ではないでしょうか?
そして、はたから見ると,恵まれている(この場合,もてもてな人)ように見える人も,実は,何倍も気を使い,見えないところでさmざざまな努力をしてるのです。

 自分だけが被害者ではありません。
また、自分の苦悩を人に押し付けるものでもないのではないでしょうか?


投稿者 : とおりすがり at 2005年11月17日 02:09

別に誰が何書こうがいいじゃん。他人の愚痴なんか放っておけばいいでしょ。いい大人なんだから。


投稿者 : るり at 2005年11月17日 03:00

イカフライさん、管理人さんにも言われたことですし、これ以上やりたければ上で口論のお相手のブログに出向くかご自分のブログを開設なさってはいかがでしょう。
ブログなんてメアドがあれば五分で出来ますし、普段から長文がお好きなようなので意見をまとめてトラバしたほうがいいような気が。
この話題を追っている一読者としては、メールより公開の場でやっていただいた方が嬉しいです。が、ここで続けるにはもとより少々話がずれていた感が。
ナツさんはKammyさんの話題が個人的心情に基づくものであると理解した上で興味をもった「共同体」などについて考察なさっていた訳で、イカフライさんはそれに対するコメントを「個人の愚痴をネットで語ること」や「非モテ」への批判にふりむけてしまったために話題がずれてしまったのではないでしょうか。
違う話題にそれるのもいいでしょうが、少し激しい言葉が多かったことやふりむけ方が少々乱暴であったことで、ここの論争自体が脱線したように思います。


投稿者 : Shuji Author Profile Page at 2005年11月17日 13:48

イカフライさんへ。

心療内科に通っている人を除外するのは無理があると思いますよ。

考え方として、そういう要素は誰しもが持っているし、むしろわかりやすく発症している人について考えるほうが問題の解決には近づくように思います。

人間の心というのはもっとややっこしいし、だからこんなにみんな悩んでいるのではないでしょうか?

あと、メルアドを公開する必要はないかと思います。それより「るり」さんのおっしゃるように、ご自分のブログを持たれてそこに意見を書き込むほうが、「身の安全」にもよいかと。


・・というのも、受容についてもう少し書いておきますが、それは自分を与えるということでもあるかと思います。しかし、本当にそれは難しいことです。

大切なものは隠しておくのが得策だし、それが奪われようとするときに拒絶するのは、当然の権利だと思います。

まあでもそこに問題の本質があるような気がしますが。被害者意識についても、共同体のありかたについても。


投稿者 : ナツ at 2005年11月17日 21:11

●鳩子さん
>人間関係全般に関する苦手意識のようなものも「非モテ」ととれるかもしれません。

「少数の人に好かれりゃいーよ」と開き直れれば楽なんですけどね。でも社会に出ると嫌な奴ともうまくやってかなきゃならんわけで、恋愛なんかよりそっちの方がずっと問題です。生活に関わるし。ネットならマジでムカつく相手には「うるせー馬鹿!お前とはもう話しない!」と突き放してしまえるんですが。
そういう全般的コミュ不全より恋愛スキルに重点を置かれているのは不思議な気がします。<非モテ

>男性は「構造的強者」にされている点があるので…ひとりひとりの男性に
>「男性一般に対する批判」をすると「え?じゃあ俺どうすれば良いの…?」と戸惑ってしまうのかなぁとは思います。

これはそのとおりかもしれません。気をつけよう。
今回は共同体の話になってしまいましたからね。社会構造・システムを変えることによって女の社会的立場も変える、そうすることでモテたいという話かと思ってしまった。一度、非モテの人の思い描くユートピアというのをとことん聞いてみたい願望もあるんですけど。

●イカフライさん
同意できる部分はあるんですが、その話になるとやっぱりここでは議論が脱線しそうです。
わたしも「ダメ男」について書く時はわざと嘲笑的に書いたりもしますけど、それは特定の個人に対する文章じゃなく一般論なんですよね。今まで出会ったあの人やこの人のことが念頭にあるのは確かですが、誰か特定の人を叩いてるわけじゃない。
だけど今回のように相手がいる場合に、議論の中で人格の問題ばかりつついてると、そこで話がストップしてしまうんです。どう気をつけて書いても「特定個人へのダメ出し」になってしまうから、相手がヘコんでなし崩しに議論が終わるか、お互いに人格攻撃になって泥沼化する。今回もそうだったし、わたしも過去に失敗してますから。

イカフライさんの持ってるテーマ自体には興味はあります。だからるりさんの提案通り、ブログを開設してわたしの記事にトラックバックをくれた方がいいかも。うちのブログからリンクされますから興味のある人は見に行くと思うし、わたしも言いたいことが出てきたらコメントつけると思うし。フリーで簡単に開設できるようなのでどうでしょう。

取り急ぎ言いたいことのみ。ぽいんつさん、るりさん、shujiさんもコメントありがとうございました。ぽいんつさんの記事も見てます。でもまだちゃんとまとまってないみたいね(コメント欄)。


投稿者 : イカフライ at 2005年11月18日 00:02

 いい年をしてたびたび,お騒がせしてしみません。

 ブログ,少し時間がかかるかも知れませんが,開設するつもりです。

 今夜はご報告まで。


投稿者 : ぽいんつ at 2005年11月18日 08:42

きゃー見られてたっ(*ノノ)
というかリンク張っちゃってすみません……。

>社会に出ると嫌な奴ともうまくやってかなきゃならんわけで、恋愛なんかよりそっちの方がずっと問題
はもーそーなんですよーそーなんですよー! こっちは日常的に全く年代も人種もばらばらの人達と英語でコミュニケーションしなきゃいけないんだから、自称「非モテ」男子においては同年代の日本人女子との日本語のコミュニケーションぐらいしていただきたいと思うわけです!

と勢いで女子トイレの会話並みのことを書いてみました。不快だったり変な食いつかれ方されたりしたら消しちゃってください。


投稿者 : えむけーつー at 2005年11月18日 11:42

おひさしぶりです。
覚えてらっしゃったならこれ幸い。
ぽいんつさんのところから飛んできました。
眺めるだけで通過しようかなーと思ってたんですけど、

>全般的コミュ不全より恋愛スキルに重点を置かれているのは不思議な気がします

これです。

前者は責任転嫁しづらい(きょうび「社会が悪い」ってのもちょっとアレなので。つーかそういう話なんでしょうか、今回)けど、後者は「女」という明確な対象に責任転嫁できるからです。たぶん。非モテと自称する人で「恋愛はできないけど、人間関係すっごく上手だよ!」と笑顔で言える人って、きっとあんまりいないと思います。合理化しやすいほうを気にかけてるだけです。
顔がすげえいいとか、金持ってるとか特殊な条件のある人はともかく、一般的に恋愛がヘタな男性というのは、強弱で物事を考えがちです。それは、基本的に人間関係の対等性とか相互性とかいうものが理解できないからです。そういう目で世界を見てる人は「他人は自分になにをしてくれるか」あるいは「自分は他人になにをしてやれるか」でしか人間関係を把握できないわけです。つまり、自分は機能、他人はモノ、です。まあ逆も言えるんですけど。男どうしだと、そんなものに応じるやさしさを相手は持ってないことがふつうです。つーか仕事とか利害関係が絡めばだいたいそうですわね。有無言わさずに支配したもん勝ちですから。
で、彼のそうした考えかたが女性に向けられたとき、まさに彼にとって女性は機能の宝庫です。えーと、僕のお母さんになってよ、とか僕の妹になってよ、とか。癒してくれとかやらせろとか。自分が相手に機能を求めてる場合、相手も自分に機能を求めるものと思いがちです。そこで彼らはそれを具備しようと努力するのですが、無駄ですね。人間モノじゃないし。

まあ、根底にあるものはひとつで、男の場合(女の人はよく知りません。俺非モテだし。つーても同じ人間、メシ食ってクソしてなに違う、って気はしますが)は、その表現形がややこしくなりがちですよ、という話でした。女にモテないのも、極端な話、道歩いてて犬に噛まれるのすら、その人の責任ですよ、というヤツです。責任転嫁なんて、無限に、なんに対しててもできるもの。もう飽きました。なのにまだマニアですけど。

しかしオチは素敵でした。「社会を変えれば自分もモテモテに!」 ありえねえ。てゆうか自分変えたほうが早いです。

長文にて失礼いたしました。


投稿者 : ナツ at 2005年11月19日 02:54

●イカフライさん
頑張って下さい。荒らされないような対策はきちんとした方がいいと思います。普通の議論で荒れるのはどうしようもないですが、コメントスパム対策は必須かと。

●ぽいんつさん
>女子トイレの会話並みのことを書いてみました

給湯室のOLの会話と言い換えてもいいかも(笑)
わたしは「英語ワカリマセーン」と言ってりゃいいですがバイリンガルの人は大変ですね。「英語はわかってもあんたの言い分はわかりたくない」ということもあるだろうし。

●えむけーつーさん
あっえむけーつーさんだ!この話題に首突っ込んでからずっとMK2さんのことを思い出してたんですよ(失礼な)。わたし含め、うちのブログのコメンテイターって女性が多いから何をどう書いても「お前に俺の気持ちはわからない」って言われちゃうんです。もっとなんか言って下さい。
どうしたってわたし達は男にはなれないし一人一人の気持ちになることもできない。「我々の目から見える非モテ像」つまりは客観的印象ですね。それを把握して「こう見えているからこうした方がいいのでは」としか言えないんですが。「ダメ出し」「偏見」としか思われないきらいがあります。

>基本的に人間関係の対等性とか相互性とかいうものが理解できないからです。

これはわたしも感じていたことです。が、非モテを自認するMK2さんが言ってさえ、「それはお前だけだろ。俺は違う」という話になったり、「対等性や相互性を理解できなくても顔がいい奴は恋愛してる(つまり結局顔だろ)」とか返ってきそうな勢いですよ。
わたしにとってはすごい説得力のある文章だったんですけど。


投稿者 : ぽいんつ@ちょー横レスですが at 2005年11月20日 19:15

>しぎこさん
>「女だって恋愛資本主義社会から抜け出すべき、モテるスキルのない女差別反対!!」
ぜひぜひ。微力ながら(ご迷惑でなければ)弊サイトからも応援しますです。


投稿者 : ぽいんつ@ちょー横レスですが at 2005年11月20日 19:17

しまった、レスする場所間違えました……orz


投稿者 : しぎこ at 2005年11月21日 00:17

>ぽいんつさん
私のアジテーション(^-^;)へのご賛同ありがとうございます。
でも、多分やらないと思います・・・(軟弱者!!)
今回こちらで色々コメントさせて頂いて、「自分、こんな風に考えていたんだー」とわかって新鮮だった瞬間が多々あります。


投稿者 : しぎこ at 2005年11月21日 00:28

普段あまり物考えてないのかも私( ̄▽ ̄;)


投稿者 : イカフライ at 2005年11月27日 22:47

こんばんわ。

 まだ形だけですが、ブログを開設しました。

http://blog.goo.ne.jp/ikafurai007

 気が向かれたら覗いてください。


投稿者 : ナツ at 2005年11月28日 00:15

●イカフライさん
ブログ開設おめでとうございます。ゆっくり読ませていただきますね。
(「今夜、すべてのバーで」というのは中島らもだったっけかな〜と唐突に思い出した)



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