loading ...

2005年11月30日

腐敗した世界に堕とされた人々

非モテ問題でコメント欄に興味深い書き込みをいただき、コメントとして流してしまうのももったいないので、記事の方に転載することにした。

MK2さんは厳密には「元非モテ」ですよね。深い自己嫌悪と、世界(女性)への呪詛の泥沼を経験し、そこから這い上がってきた男であるわけで。(なんかカッコイイぞ。Beyond the Graveみたい)
そうなれたきっかけってのは何だったんですか?非モテの人も多分そこが知りたいんじゃないかと。ある日突然目覚めたのか、奥さんと出会ってすべてが変わったのか、もっと他に要因があったのか。
自力で這い上がって人を好きになったから救われたのか、誰かが醜い自分をまるごと愛してくれて救われたのか、というのも知りたい。
さしつかえなければでいいので、回答よろしくお願いします。

というわたしの質問に答えてMK2さんが書き込んでくれたのが、以下の文章。


結局は「自分で気づく」以外に方法はないと思います。実のところ。


俺自身がそうであったような「自分だけがかわいそう」「自分だけが悪くない」という思考法の若者はたまに見かけます(俺の場合逆で「自分だけが悪い」ですが、本質は一緒です)。
自分の経験を踏まえて、本当に全力で説教し、徹底的に愚痴につきあい、正しい(と思われる)ルートのヒントを与え、最後には拳まで振り上げ、相手の拳も食らって本音を引きずり出し、という経験を4回ばかりやりましたが、結果はいずれも同じ。要するに彼がいま安住(当人にとっては苦痛の檻であったとしても)の場所から出たいと願わないと、なにも始まらない、ということです。なにやってもこっちが加害者にされちゃうし。別に気づいてくれるなら、それでもよかったんだけど。


俺が自分で気づいた最初のきっかけは、現実逃避をやるだけやっちゃったからです。フィクションへの逃避も限界超えると、要するにそこに「現実ではない別のリアルな現実」を求めるだけの作業になります。
そんである日、はたと気づくわけです。てゆうか好きだったフィクションのキャラクターが「死んでしまう」というかたちで、強制的に失恋させられた次の日あたりとかに。


「なんだ意味ねーじゃん俺」


なにもできないわけです。死んでいくキャラを目の前にして。あー、フィクションに逃避ってもう無理っぽいなー、でもそうは言っても俺は神の子でこの腐敗した世界に落とされたしなーとか思って、一年くらいフラフラしていたら、いまのうちの奥さまに会ったわけです。
うちの奥さまには、たとえ人間のクズであったとしても、俺のような頭の働きを持つ人間が「必要」であったようです。偏差値38の高校には「神様ってなんでもできるから神様なんだよね。じゃあ人の願いを聞くことも知ることもできるはずだけど、わたしには来てくれなかったから”わたしの”神様はいないんだよ」という話に付き合ってくれる人がいなかったらしく、だれにも話は通じないので、自分は馬鹿だと思ってたそうです。イヤな馬鹿もいたもんですが。
そうは言っても、世界を憎悪でしか把握していない俺としては「必要とされているのは俺の機能でしかない」としか思いません。なるほど人はこうやって利己的に人を利用しつつ自分を支えるだろう。それは当然のことだ、などと思ってました。利用価値があるなら、利用してもらってオッケーよ、ということです。
この考えは、彼女が「あんたは本当にひどい人間だ」「冷たい人間だ」と悲しみと孤独と憤りがごっちゃになった視線で俺を睨むに至っても変わることはありませんでした。なにしろ俺理論にかかっては、それもまた「有効な他人の動かしかた」でしかないですから。無意識レベルでの計算です。


そうしたものが決定的に崩れたのは、彼女と焼肉を食いに行ったときのことでした。自分の意志を主張すれば応分の責任をとらされることを知っていた俺は、逃げ足を残しておくためには他人の意志に従っておくことだ、というのを不文律にしていたので、彼女が焼肉に行きたいといえば行くのです。
無駄にマメな俺は、肉を焼いて相手の皿に乗せるという行為を繰り返していたのですが、気づくと相手に「おいしいか?」という質問を繰り返していたのです。
焼肉はだいたいうまいので、相手は「おいしい」と答えました。
そのとき、俺を覆っていたすべてが一度に瓦解したんだと思います。俺は泣きながら肉を焼き、泣きながら食い、泣きながら「おいしいか?」と何度も質問を繰り返しました。


だからナツさんの質問のうち、部分的には「一瞬にして目覚めた」というのが回答です。
このとき俺が気づいたのは、自分が「たかが焼肉をだれかのために焼く」という程度のことですら、他人にしてやったことがなかったということ。そしてそんなくだらねえことを深夜の焼肉屋さかいで泣き出すほどに切実に求めていた、ということです。早い話が「自分が生きていること」と「他人が生きていること」の接点がまるで見えなかったのが、自分からの主体的な「焼肉を食わす」という行動によって、一気につながったわけです。それほどまでに、だれとの関係も持っていなかったのです。それほどまでに自分をごまかしつづけていたわけです。


てなわけで、俺が自力で気づけた要因のひとつめは、まず俺が15年以上にわたって嘘をつきつづけ、他人との関係を遮断しつづけ、一人の状態であたう限り「絶望」の近似値に到達していた、というのが前提です。
そして、そんなゴミのような物体でも、他人に必要とされる可能性があるということを知ったこと。
そこまで来れば、あとは最後に、自分が他人を必要としていることに気づくまでは時間の問題でしょう。


繰り返しになりますが、前提としては「拒まないこと」です。フィクションへの夢破れた俺は、確かに歪んだ価値観に支配されてはいましたが、自分の29年間を支えたものを失って、なにかを拒む気力すら失っていました。これが現役バリバリのマニアで脳天気に「名雪萌えー」とか言っていられたら、近づいてくる彼女を拒むのは簡単だったはずです。受け入れるフリをして近づけて「すみません。僕は幼女しか好きになれません」とでも言っておけばいいのですから。彼女に嫌われようと、クズ呼ばわりされようと、俺には名雪がいるのですから。
近づいてくる彼女に対して「このクズに近づいてなにやら哲学的なことをしゃべっているこの三流女子校出身の人間はなんだ」と少しでも興味を持ったことが、スタート地点です。


ナツさんの質問とは若干ズレる回答かもしれませんが、端的な回答は以下のとーりです。


きっかけは、逃げることに疲れ果てて、気力を失い、擬似的ユーアーウェルカム状態になっていたこと。
愛する、愛されるの問題については、俺個人の場合は「まずまともな人間関係を形成する」というのが第一段階で、あとはお互い話していく過程で(おそろしいくらいしゃべりました。10時間とかブッ続けで。しかも連日)、互いに「この人間と一生を過ごすことにまったく問題はない」という信頼を醸成していきました。世にいう恋愛とはだいぶ違うケースだと思います。


ちなみにうちの奥さまが俺を見たときの第一印象は「なんだこの物体は」だったそうです。その物体に対する好奇心ですね。それが話すうちに自分の言語が通じることがわかり「自分のことを理解してくれる可能性が高いこの人間とできるだけ長く過ごしたい」と思うようになったそうで、働きかけはとーぜん彼女のほうからでしょう。
だから「本当に」気づくにあたっては、彼女の驚異的な粘り強さがあったからだと思います。
諦めて離れてしまえば、中途半端な状態の俺が、裸でこの世界に立って呆然としていただけでしょうから。つーか俺、結局ぜんぜん自力じゃないって噂。


いちおー理論武装している自覚のない非モテの人たち(モテない理由が、自分が不細工でデブで口下手で性格悪くて最低だから、という部分以外にカケラでもあると思っているすべての人)に言いたいことがあるとすれば、俺の事例は幸運なものに見えるでしょうが、そうではない、ということです。俺は人間関係から逃げるために「どうやったら人間のクズとしてだれにも相手にされないようになれるか」を15年ばかり追求してきました。結論はなにかあったらすぐに泣いて謝ってごめんなさい、と言い、あとで陰口を言うことです。殴られそうになったら土下座することです。簡単です。あっと言う間にだれも相手にしてくれなくなりました。
重要なのは、そんな人間でも、不可避的に他人との関係は発生してしまう、ということです。自分に「拒む」という無自覚な運動さえなければ。


論旨だけつまんで書くかどうか悩みましたが、結局、具体的なエピソードもまじえて書きました。そのほうがわかりやすいかと思ったので。
結果としての長文失礼いたしました。


最後に一言だけ、完全な私事を付け加えておくと、俺は必要とし、必要とされる存在だとなんの疑念もなく思えた日、そして彼女も同様であろうと信じることができた日、見上げた空は異常なくらいに青かったです。


深く自己分析・社会分析してるつもりでいながら結局自慰にしかなっていない非モテ系ブログというのもいくつも見てきたわけで、それらは小難しいことを書いているようではあるけれどまったく心に残らない。そういったブログでも同じ非モテの人にはよくぞ言ったとか絶賛されている場合があったりして、同人誌の内輪褒めを見るようで生温い感覚に陥る。非モテ男性にとって本当に痛いだろうことは書いていないからだ。正直、彼らにとって「心地いい」からこそ支持されているようにしか見えないことが多い。
そういう文章には、たいがい普遍性はない。非モテ内部では共感を受けるだろうけど、そうでない人たちの心を動かす力はない。


だからこそ、非モテ問題というのは何なのだろうと疑問に思ったりもする。非モテの生き方を問う切実な問題だ、と彼らは言うけれど、時に思考を弄んでるようにしか見えないのは問題解決にはまるで役に立っていないからでもある。むしろ、非モテとしてのアイデンティティを強化し、自らをそういう生き物だとかたく規定し、「だから俺たちは恋愛なぞしなくて(出来なくて)当然なのだ」と自分に納得させるための果てしのない言葉遊びだとしか思えない。


そんな認識を強化したところで恋愛や女性という現実からは遠ざかる一方なのだから、やっぱり、問題解決などするより非モテコミュニティ内で結束を深めることが目的なのかなあと思ったりもする。机上の論理をこね回している人より、MK2さんの焼肉屋のエピソードに共感し、「そういう気持ちは確かに感じたことがある」と思える人の方が、ずっと問題解決には近い位置にいると思う。少なくとも心理的な準備は出来ている。
ただ、そういう気持ちは理屈じゃないし、誰かに教えられたところで「何だそれ。どうしてそんなところで泣くのかさっぱりわからない」としか思えない人は思えないわけで。
だけど「そういう気持ちを感じたことがない自分」にショックを受け、何が欠落しているのだろう、と考えることが出来るとすれば、解決の準備の前段階くらいまでは達していると思う。
わたしにとってはとても意味のあったMK2さんの文章も、非モテ諸氏にはまったく無意味なものと映る可能性の方が高いと思いつつ転載させていただきました。


(でもぶっちゃけた話、「外見や容姿にこだわらずお互いの内面だけを理解し合って純愛を育む関係」なんてものを求めているのだとすれば、この程度の普遍的な感情すら理解できないような人間にそんな愛情が得られるわけもないと思いますが。)



追記。
何だか言葉が足りなくて誤解されたっぽいので、追記として、コメント下さった方に思うところをお答えしておきます。


●S.タニムラさん

結局のところ、貴方の知識や経験、およびそれに基づく思考はいわゆる「非モテ」の人たちと相当に異なってしまっているんですよね。ですからこそ貴方も
>そういう文章には、たいがい普遍性はない。
>非モテ内部では共感を受けるだろうけど、
>そうでない人たちの心を動かす力はない。
とおっしゃっているわけで、貴方も「さっぱりわからない」という点では同等なんですよね。(中略)

非モテ系と言っても、大雑把に2種に分けられることを覚えていただけるとよろしいかと。

1.「モテたい」と思っている派閥
2.「モテる」ことを諦めた、放棄した派閥

そして、2の派閥にとっては
>「だから俺たちは恋愛なぞしなくて(出来なくて)
>当然なのだ」と自分に納得させる
と貴方がおっしゃっていること、それこそがまさに目的なのです。いわゆる「護身」ですね。
であるからこそ、「女はこんなに醜い」「女が見ているのは男の顔と金だけだ」という論理をあたかも全ての女性がそうであるかのように主張するわけです。
(もちろん、小生はそこまで極端な例ばかりではないと信じていますが)

あちこちのブログを読んできましたが、「この人の気持ちはわかる」と思える所と、まるっきり理解不能な所がありました。後者を具体的に挙げると「喪男道」というブログです。わたしにはまるで共感できない内容がずらずらと書き連ねてありましたが、非モテの人たちには結構共感されているようですね。
共感できない文章というのはたいてい理屈を重ねてその下にある自分の心理を覆い隠そうとしています。本当は、そんな理屈に頼らなければやっていけない自分の心理の方を解体した方が問題解決には早道だろうし、他人の共感も得られるだろうに、とわたしは考えるんですが、それには見ないふりをして蓋をしている。理屈・ロジックで非モテ同士つながることの方が目的ならば納得がいきますけど。
ただし、記事中で書いたように、そのロジックが「非モテである自分を正当化する」(S.タニムラさん書くところの「護身」ですか。)ことに終始している以上、普遍的な共感は得られません。そういう単なるロジックは非モテでない人たちの心まで動かす力はないと書いたのはそういうことです。


なお、MK2さんの体験談、小生は理解できるような気がします。もっとも、「漫画や小説や映画やゲームで似たようなシチュエーションを見たことがある」といった程度の理解ですけどね。

ということは、それだけその感情やシチュエーションが多くの人の共感を呼びやすい普遍性があるということです。(恋愛系の)映画や漫画や小説というものは出来るだけ大勢の人に感情移入させてナンボなので、みんなが感じたことがあるはずの感覚をなんとか表現しようとしている。そのことはS.タニムラさん自身も多分おわかりですよね。
だから、「あなたに非モテの理屈が解らないのも、非モテにMK2さんの気持ちが解らないのも同じじゃないか」という理屈は無意味です。普遍性があるものとないものとの違いは厳然としてある、普遍性があるものの方が多数にとって理解しやすいのは当然だという話をしたかったわけです。


例えばわたしは非モテの人と理解しあえなくても、感情を共有できる多数派の人と親しくなることが可能ですから何も痛痒は感じません。無理に受け入れてもらう必要はどこにもないのです。
だけど非モテの人は「非モテ論理」にとらわれている以上、多数派に受け入れてもらうことは出来ない。非モテ同士固まることしかできなくて、理解を示してくれる人がたまにいたとしても、遠くから「がんばってね」と手を振るだけです。
それでいいんだろうか、非モテの人は何を求めてブログを公開してるんだろうかという点が不可解なわけです。(まあ、それぞれのスタンスで違うんでしょうが。)


>非モテ男性にとって本当に痛いだろうことは書いて
>いないからだ。
この「本当に痛いこと」、具体的にどんな事実でしょうか?

これは上で述べたとおり、「理屈に頼らなければやっていけない自分の心理の方を解体する」ということです。「護身」をやめて、MK2さんのように、自分がどんなにつまらないことにとらわれて同じところをぐるぐる回っていたか、どんなにさみしかったかに気づき、さみしくなくなるために具体的な行動を起こすということです。自分のさみしさと向き合うことも、ぬるま湯から出ようとするのも本当に痛いことですから。
だけどその方向を目指していない非モテ氏とは相互理解はできない。その人はたぶん完全に「非モテとしての自分」にとらわれてしまってるから。
わたしは「一人の人間」と話がしたいんです。「非モテ」という自ら定義した殻から解き放たれて、世界に自分一人で相対することで、普遍性を獲得した人間とです。
「非モテとしての俺を受け入れろ」と言ってくる人とは、そんなことは不可能だと思う。


●kammy+さん
「恋愛は素晴らしいものなのに,可哀想ね」という「そちら側の感想」にさらされるのはとてもつらいものがあります.しかも,「この程度の普遍的な感情すら理解できないような人間」なんて物言いをされると,結局は「恋愛できないような人間は感性を疑う」的な差別発言として受け止められてしまうのではないでしょうか.それはちょっと乱暴すぎるような気がします.

話が全然違います。
むしろわたしは、非モテの人の求める精神的恋愛を成就するには、感受性や共感能力が必要だと言いたかったんです。恋愛をする気もない人、そこまで「精神的に人と深くつながること」を求めていない人には、必要のない能力でしょう。
例えば非モテの人たちがよく非難する「恋愛資本主義的恋愛」、パッと見の容姿やフィーリングで相手を選び、なんとなくくっついてしまうような。そんな関係ならば、表面的にさえうまくいけばいいので、深い共感能力までは必要ないわけです。(せいぜい、空気を読む能力程度でいい)


だけど非モテの人はそんな関係を否定し、相手の内面を知り、自分の内面を深く理解してもらった上で恋愛したいと考えているらしい。それはライトな恋愛よりもずっと難しいことだと書いたわけです。
MK2さんが初めのうち、「あんたは本当に冷たい人だ」と恋人に非難されたように、「わかり合えない」ままではお互いに側にいても苦しむだけ。その葛藤を乗り越えて真の共感に至らなければああいう関係にはなれない。
だけど、誰ともわかり合う必要はないと思っているなら、それはそれでひとつの生き方です。ただしそれで「求める恋愛関係」が手に入ると思うのは無茶ですけど。


肝心なのは、「自分が何を求め、どうなりたいと思っているのか」を見極め、「そのために自分に足りないものは何か」を認識することだと思ってます。
「これが欠落していると書いてある。そんなことを言うのは差別だ」と思い込まず、「あなたの求めている結果を得るためにはあれとこれとが必要です。それもなく、得るための行動も起こさないのに、結果だけ得ようとするのは無茶です」というだけの話だと思ってもらえたらいいんですけど。
そしてそれは非モテに限らず我々も平等に縛られている現実の掟です。


●鳩子さん
自分が必要とされている・相手も同じように考えていると信じた瞬間に、「見上げた空は異常なくらいに青かった」そうです。自己と相手を信頼した瞬間に世界・社会が美しいものに見えた、ということを「普遍的な感情」と呼んでいるのではないでしょうか?

それと、「焼き肉を焼いてあげた」という話。
おいしいと言ってくれる人のために肉を焼いてあげる側、それをおいしいと言いながら食べる側、そこには何の打算も利用もないわけです。
必要とされているのは俺の機能でしかない」というMK2さんの強固な価値観が崩れ、「相手の言うことに逆らうのが面倒だから」という理由からではなく、自然発生的に「相手のために何かしたい」「幸福にしたい」という気持ちになった最初の瞬間だと思うのですが。
相手が欲するものを与えることができれば自分も幸福。そんな理屈ではない他者とのつながりを欲していたこと、それを持たなくてどんなにかさみしかったこと、そのさみしさに気付けないほど芯から冷え切って孤独だったこと。そういった感情の諸々が「普遍的」であると思いました。恋愛に関係なく、一人の人間の感情としてということです。(まあわたしの解釈ですけども)


MK2さんは「元非モテ」であるわけで、転載のエピソードも非モテ時代からの彼の価値観をまじえて書いてくれたわけですが、そのすべての心の動きが理解できる。それは、逃げないで自分の感情と向き合って来た人の文章だからこそだと思うんです。読んでいる側も非常に痛いんですけど。
「女性やイケメン男性や現代社会を攻撃する」ブログは思いの外多くて、もう辟易してしまいました。(あのタイプの非モテにはMK2さんの文章は完全に無意味だろうなあ、という絶望感すら感じています。)彼らの気持ちは理解したくもない、わたしが共感できるのは「逃げてない」人にだけだ、というつもりで30日の文章を書きました。



 blogランキング参加中

投稿者 : ナツ at 2005/11/30 | カテゴリー : ジェンダー
コメント

投稿者 : S.タニムラ at 2005年11月30日 07:24

はじめまして。半月ほど前からあちこちの非モテ関連ブログを読んでいた者です。
>「何だそれ。どうしてそんなところで泣くのか
>さっぱりわからない」としか思えない人は思え
>ないわけで。
この部分、深く納得いたしました。結局のところ、貴方の知識や経験、およびそれに基づく思考はいわゆる「非モテ」の人たちと相当に異なってしまっているんですよね。ですからこそ貴方も
>そういう文章には、たいがい普遍性はない。
>非モテ内部では共感を受けるだろうけど、
>そうでない人たちの心を動かす力はない。
とおっしゃっているわけで、貴方も「さっぱりわからない」という点では同等なんですよね。
無論、貴方のおっしゃる「非モテ系ブログ」というのが具体的にどこなのか小生は存じませんし、貴方の理解の度合いを小生が完璧に理解しているということでもありません。ただ、このようなブログおよびコメントは異なる思考の人間どうしが少しでも理解を深め合おうということが目的であると解釈しておりますし、小生の認識に誤りがありましたらどんどん反論なさってください。

話が少しずれましたが。
確かに、ブログ・ホームページ・それどころか名の通ったメディアでも「理解を深め合う」ことが目的ではなく、「自分の主張を一方的に押し付ける」「都合のいい事実だけをことさらに言い立てる」ようなものがあります。そして、非モテ系のブログの中にそういった物が時折見られるのも事実です。

しかしながら、非モテ系と言っても、大雑把に2種に分けられることを覚えていただけるとよろしいかと。
1.「モテたい」と思っている派閥
2.「モテる」ことを諦めた、放棄した派閥

そして、2の派閥にとっては
>「だから俺たちは恋愛なぞしなくて(出来なくて)
>当然なのだ」と自分に納得させる
と貴方がおっしゃっていること、それこそがまさに目的なのです。いわゆる「護身」ですね。
であるからこそ、「女はこんなに醜い」「女が見ているのは男の顔と金だけだ」という論理をあたかも全ての女性がそうであるかのように主張するわけです。
(もちろん、小生はそこまで極端な例ばかりではないと信じていますが)

なお、MK2さんの体験談、小生は理解できるような気がします。もっとも、「漫画や小説や映画やゲームで似たようなシチュエーションを見たことがある」といった程度の理解ですけどね。


最後にひとつ質問させて頂いてよろしいでしょうか。
>非モテ男性にとって本当に痛いだろうことは書いて
>いないからだ。
この「本当に痛いこと」、具体的にどんな事実でしょうか?

では。これからも楽しみに読ませていただきます。


投稿者 : ぽいんつ at 2005年11月30日 09:52

こういうのって、本人に準備ができてたりたまたまタイミングが合ったりしない限りは、他人が何言っても何やっても本人の腑に落ちないですよね……腑に落ちてみると世界は美しいのに。


投稿者 : Kammy+ at 2005年11月30日 20:26

私は非モテブロガー「モテたい」派なので,「だから自分は恋愛なぞできなくてもよいのだ」という結論には至っていないのですが,それでもMK2さんのエピソードにはピンとこないんですよ….

そういうのを理解できる感性というのが恋愛には不可欠なんでしょうね.そういう意味では非モテとは恋愛感性音痴なのかもしれません.

「恋愛は素晴らしいものなのに,可哀想ね」という「そちら側の感想」にさらされるのはとてもつらいものがあります.しかも,「この程度の普遍的な感情すら理解できないような人間」なんて物言いをされると,結局は「恋愛できないような人間は感性を疑う」的な差別発言として受け止められてしまうのではないでしょうか.それはちょっと乱暴すぎるような気がします.


投稿者 : 鳩子 at 2005年11月30日 22:14

>Kammy+さま
はじめまして。BLOGの方も拝見しております(ぺこり)。

私も正直、MK2さまのエピソードを咀嚼しきれてはいませんが、印象的だったのは、未来の奥様に対して「可愛いから」とか「お洒落だから」とか「物分りがよいから」と"恋愛"を始めたのではなく、なし崩し的に始まった"人間関係のひとつ"だったという点です。
「必要とされているのは俺の機能でしかない」と思っていながらも、一応人付き合いをしていく。その人間関係の中で、結果として信頼関係が生まれ、MK2さまは結婚まで至ったのだと思います。もし、結婚されなくても、奥様はきっと信頼できる友人のひとりにはなったのだと思うのですよ。勝手な妄想かもですが。

自分が必要とされている・相手も同じように考えていると信じた瞬間に、「見上げた空は異常なくらいに青かった」そうです。自己と相手を信頼した瞬間に世界・社会が美しいものに見えた、ということを「普遍的な感情」と呼んでいるのではないでしょうか?

自分も恋愛音痴なので、その素晴らしさを語るなんてことはできないのですが。どんな人間関係でも(含む恋愛)相手を信頼するという賭けにでないかぎりは、大勝もしっぺ返しもないというのは、ぼんやりと理解しています。

(MK2さまのエピソードに関して勝手な解釈をさせて頂きました。誤読が酷すぎるようでしたらご指摘下さい。失礼な表現もあると思います…)


投稿者 : 空 at 2005年11月30日 23:41

>Kammy+さん
うーん・・・。
私はMK2さんのエピソードを、恋愛云々は別にして、人間って、どんなに一人になりたいと願っても決して一人きりにはなれない生き物なんだなぁ〜という感想を抱いたのですが。
一人になりてーんだよ、あっち行けよ、と一生懸命自分の周囲から人間を追い払ったとしても、結局、一人にはなれない。
厄介で哀しいなぁ、でも、あったかくなるよなぁなんて。
『人間は猫にはなれない』んです。
(神林長平のエッセイのタイトル)
一匹で孤高に生きていきたくても結局誰かと繋がらないと生きていけないんじゃないかと。
だから、それさえ解っていれば、別に恋愛じゃなくても誰かと繋がることは可能だし、そこから始まる関係もアリだなぁ、というふうに私は思ったのですが。

Kammy+さんのコメントを読んでいると、人間と繋がる、寄り添いあう手段が『恋愛』に限定されてしまっているようで、私にはそこが不思議なんですが・・・・・・。恋愛って不意におっこっちゃう穴みたいなモンで、簡単に落ちちゃう人とそう簡単には落ちない人との二通りあるんじゃないでしょうか。
んでもって一生落ちない人もいる・・・んですけど、まぁ、仕方ないかなーとか・・・。
(私は見合いで結婚したクチで、恋愛という穴には一生落ちないな〜と考えた人間です)
そう考えると少し楽になりませんか?
なんつーか、そこまで、恋愛がしたいしたいと叫ばれてもなぁ・・・とちょっと引いてしまいます。
他人とくっつきあうのって恋愛からじゃないとダメですか?


投稿者 : #43 at 2005年11月30日 23:53

はじめまして。

空さんの
>それさえ解っていれば、別に恋愛じゃなくても
>誰かと繋がることは可能だし、そこから始まる関係もアリだなぁ
と言う意見に賛成です。

MK2さんのようなエピソードは、
別に恋愛と言うか男女関係と言うフィールドにおいてのみ成立するわけではなく、
ふつうの友達関係においても有り得る事ではないかと思ったのですが如何でしょうか。

あと、

>非モテとしてのアイデンティティを強化し、自らをそういう生き物だとかたく規定し、
>「だから俺たちは恋愛なぞしなくて(出来なくて)当然なのだ」と自分に納得させるための
>果てしのない言葉遊びだとしか思えない。

実際に恋愛が出来ていない以上、言葉遊びと言われようが何と言われようが、
何かしらの理由付けをしないと自分を肯定できないのではと自分は思いました。
そう言う意味で「生き方を問う切実な問題」なのではないかと。

このような理由付けを失うと、「私は自分が自分であるから恋愛できないのだ」などと言う、
それこそ「何かが欠落している」自分と直面することになります。

それが「非モテ男性にとって本当に痛いこと」だと仰るのであれば、
それは確かに自分で気づくほか無いとは思いますが。

まあ、他の人は知りませんが、自分は、
自分が人として何か欠けている事を直視したくないから
何かしらの理由付けをしていたのかも知れませんね。

突然の長文・乱文にて失礼致しました。
異論などありましたらお返事頂けると有り難いです。


投稿者 : kiya2014 at 2005年11月30日 23:56

一言だけ書かせてもらうと、

MK2さんの当該コメントは僕の心にもとても響いた(ある意味非情に痛い)ものでしたが、
ナツさんがその”交換不可能な”コメントを”交換可能な”ものにし、

>この程度の普遍的な感情すら理解できないような人間に
>そんな愛情が得られるわけもないと思いますが

という他者への攻撃の口実
(あるいは自分がこのエントリを書くことによって大文字の他者から得られる視線の欲望への代償)として
「利用」してしまったことが、まことに残念でなりません。


MK2さんの言葉を、ただあらためてエントリとして「再掲」するだけで良かったのです。
MK2さんの言葉は、ただそれだけで直観的に捉えられるものであって、
第三者によって、交換可能な言説として再利用されるものではあり得ないのです。


投稿者 : しぎこ at 2005年12月 1日 00:32

こんにちは。

私も、MK2さんのお話には普遍性もあるし、とてもいいエピソードだと思いましたよ。
絶望から抜け出した人の言葉には、説得力がある。

ただやっぱり、ぽいんつさんも指摘されている様にタイミングって物もあると思うんですよね・・・。MK2さんご自身、「自力じゃない」とおっしゃっている様に。
これはもちろん、謙遜でおっしゃっている事だと思うけれど(本当に何も努力しない人には気付くチャンスがあっても気付けないと思うし)、ただ、当人が意識的に前向きに努力してる、頑張ってる時に「その瞬間」が来るとは限らない、という事も示していると思います。

個人的には、自分がモテない事に傷ついてしまうような人が感性の鈍いはずがないと思うんですけどね(ナツさんもそうはおっしゃってないと思うし)。

ただ、「非モテ」を主題にしたブログの運営って、よっぽどの事がない限り「モテ」にはつながらない気がしますね・・・。そのためにブログつけてる訳じゃないと思うけれど。
やっぱりガス抜きと、同じ悩みを持つ者同志の
連帯が目的なんでしょうか・・・。

コメントの流れからちょっと外れた内容でごめんなさい;


投稿者 : るり at 2005年12月 1日 00:48

MK2さんのお話、興味深く拝見しました。
>S.タニムラ さん
このエントリの元となった一連の記事を読むと、ナツさんが決していわゆる「非モテ」を一括りに断罪している訳ではないことがお分かりになるのでは。
私は「自分がモテない原因を自分以外の要素にもとめる人」一般への提言ないし分析だと思い興味深く読みました。
「本当に痛いこと」…『自分がもてないのは少なくとも社会や女性が悪いからではない、原因があるとすれば自分の何かが人に容れられないのだ』という事実、だと思います。
それを認めたくないからこそ社会に責任転嫁する訳で。
ただ、逆に原因を自分に求めすぎて自らを鞭打っても、もてるとは限らないのが恋愛の難しさですね。所詮人と人とのめぐり合わせですから、これをすれば非モテ脱出!なメソッドはない。だから社会や自分を呪うよりは、まず老若男女問わず近くの人に何か与えることが重要なのでは…というのがMK2さんのお話からの感想です。MK2さんにはその機会が偶発的に訪れたわけですが。「非モテ内でつるむ」という行為はそういった健全さ(世を呪わず人生を楽しめること)から遠ざかるものの様に感じられます。
傷を舐めあう愉しみも否定しませんけど、結局は恋愛への遠回りに作用しかねないですからね。
>Kammy+さん
「恋愛は素晴らしいものなのに,可哀想ね」という感想はナツさんは述べてらっしゃらないように思えます。
失礼ですが、Kammy+さんが一番「恋愛をしなきゃ人として一人前ではない」という思いに拘っているという意味で、恋愛至上主義に侵されてしまっているのではないでしょうか。
「恋愛を(略)」と言い立てて男女交際未経験者を傷付けるモテ側?の人を見かけないこともないですが、ここにはそういう意見の人はいないようですし、私もそういう人は軽蔑します。私個人には恋愛は重要ですけど、人が恋愛しようがしなかろうが知ったこっちゃないです。それで人の成熟度を測ろうとは思いません。Kammy+さんが恋愛したいと欲するのも自由ですが、それが被害妄想に及ぶようなら注意が必要ではないでしょうか…。


投稿者 : るり at 2005年12月 1日 00:54

今リロードしたらナツさんご自身の的確な追記が…どうも長文を書きなれないもので失礼しました。
ナツさんの分析力や文章力にはいつも感服させられます。


投稿者 : ナツ at 2005年12月 1日 01:07

すみません。たくさんのコメントをいただいたので、追記として元記事の方に返事の一部を書きました。どうかお読み下さい。
個別にお返事できなかった方は申しわけありませんが、ちゃんと全部読ませていただきました。疑問には一応お答えできたと思うんですけど。

●ちょっとkiya2014さんにだけレス。

>他者への攻撃の口実
>(あるいは自分がこのエントリを書くことによって大文字の他者から得られる視線の欲望への代償)として
>「利用」してしまったことが、まことに残念でなりません。

わたしは「自分の欠落から目を背けていながら、欲しいものが得られない原因をなしくずしに外部に責任転嫁する人」が嫌いです。だから常にどうしても、そういう人たちを非難するような文章になってしまうことは否めません。
ですがそれは「この程度のこともわからないでやんの。バーカバーカ」という意味ではなくて、あくまで「あなたの求めている結果を得るためにはあれとこれとが必要です。それもなく、得るための行動も起こさないのに、結果だけ得ようとするのは無茶です」という話でしかありません。

わたしは非モテ諸氏の精神論的純愛観と、人の気持ちに共感できないという現実、理想と現実のあまりの乖離にクラクラしているんです。他人のわたしがそのギャップの果てしなさに呆然としているのに、当人である非モテ諸氏は気にもしないで漠然とした「純愛」を夢見ているように見える。そのギャップを埋めたい、気づいて欲しいという気持ちでうずうずしてしまうわけです。
まあ、完全なお節介なんですけども。


投稿者 : kuranoすけべ at 2005年12月 1日 01:09

非モテと認識している人は、
他者、自分によらず、卑下する事がどう影響
するかを考えた方が良いと思います.


投稿者 : ぽいんつ at 2005年12月 1日 05:28

>わたしは非モテの人と理解しあえなくても、感情を共有できる多数派の人と親しくなることが可能ですから何も痛痒は感じません。

結局はこれだと思うんです、非「非モテ」のスタンス。少なくとも私はそうです。
理解しようとしてみはしたけど、結局向こうのことが理解できない代わりにこちらのことも理解してくれなくても困らないし別にいいか、という。
たとえば彼氏が欲しければわざわざ「非モテ」さんから探さなくても非「非モテ」さんから探せるし。
「モテたい」派「非モテ」さんも、同じ「モテたい」派「非モテ」異性から探せば気が合っていいんじゃないかと思うんですけどね。


投稿者 : Lefty at 2005年12月 1日 09:34

枝葉ですみません。
偶然この記事にたどりついたんですが、
これって、何処から何処までが引用(転載?)なんでしょうか?
「追記」の直前までです?
すみません、読解力がなくて。

でも、他の人のコメントはblockquoteでかこっているので、なおさらぱっと最初読んだときにはこの「焼肉〜」のエピソード全体がナツさんの話なのかと勘違いしちゃいました。


投稿者 : イカフライ at 2005年12月 1日 13:40

こんにちわ。

 詳しい感想は、自分のブログにゆっくりまとめて書かせていただくつもりですが。

 MK2さんのカキコミには感激しました。


投稿者 : Kammy+ at 2005年12月 1日 14:41

>ナツさん
ナツさんの非モテへの言葉というのは本質を突いていると思いますし,それだけにこたえますね.非モテ系のブログなどは,それこそまともにとりあうのも馬鹿らしいひとりよがりな理屈で成り立っているものも多くあります.私のページもみなさんからみれば結局は甘っちょろいことばっかり書き連ねているだけですよね.

それを自覚させてくれる一連のコメントは読んでいると叱咤激励されているような気がします.
だけど私の場合,こんな自分の気持ちをブログにするのは「ガス抜き」の意味合いがあるのだと思います.「オレは間違ってないんだー!」って,誰にも聞こえないところで叫ぶよりか,大勢の人間の前で叫んだほうがスッキリするじゃないですか.最近はそのしっぺ返しで相当やり込められてますが.

>空さん
私が「恋愛」の概念にとらわれているのはどうしてかはわかりません.それに,それを指摘されたからと言ってそこから解放されるものでもありませんでした.
私は他人を理解する能力に劣っているのかもしれません.特に,私にとって女とは人間なのかどうかすら,正直いってよくわかりません.(いや,もちろん人間なのでしょうけど,それを心からは実感できていないということです)
そのような欠陥人間ですから,みなから石を投げつけられて死ねばいいのかもしれませんね.すいません,正直,もう投げやりになってしまってます.

>#43さん
>「私は自分が自分であるから恋愛できないのだ」などと言う、それこそ「何かが欠落している」自分と直面することになります。
ええ,そのとおりです.今日は思いっきりそこに直面しています.だけれども,恋愛がしたいならこのような苦しい思いを経て「多数派(より普遍的なもの)」になるしかないのでしょうね.恋愛しなくてもいいんだからそれは好きにすればよい,だけど覚悟もないのに恋愛できない自分に都合のいい理屈をこねるな,ということなんでしょう.
なんといいますか,小学生が放課後夢中で作った秘密基地が大人に見つかってしまったようなものなんじゃないでしょうかね.秘密基地が非モテブログであり,大人とは分別のある大人の女性に対応しているのではないかと.

>しぎこさん
ここまでのコメントと重複しますが,非モテブログの開設の意図に関する考察は的を射ていると思いますよ.
でも,モテないことを気に病んでいる男の感性は全然鋭くないですよ.鈍感ゆえに相手を理解できないのだと思います.
ナツさんのコメントにもあるように,

>わたしは非モテ諸氏の精神論的純愛観と、人の気持ちに共感できないという現実、理想と現実のあまりの乖離にクラクラしているんです。他人のわたしがそのギャップの果てしなさに呆然としているのに、当人である非モテ諸氏は気にもしないで漠然とした「純愛」を夢見ているように見える。そのギャップを埋めたい、気づいて欲しいという気持ちでうずうずしてしまうわけです。

その治療は当を得ているのですが,いかんせん重篤な副作用も起こしやすいわけで.腐った臓器を新しいものに入れ替えるようなものですが,当然拒絶反応(全身の免疫反応)はすさまじいものがあるので,たいていの人は辟易して途中で音を上げてしまうんですよ.
まるで他人事みたいですいません.

>ぽいんつさん
「モテたい」派「非モテ」異性だって,非「非モテ」異性を探しますよ.むしろ,コンプレックスがある分,手痛いしっぺ返しを受けるんですよ.


投稿者 : byoon at 2005年12月 1日 15:33

>Leftyさん
Firefoxで見てませんか?IE・Operaあたりなら違いが分かると思います。
オレも「あれっ?」って思っちゃったクチです。


ナツさんの非モテ関係の記事、興味深く読ませてもらってます。
個人的には大方の非モテさん達は遅れて青春体験してるなって印象を持ってます。
反非モテ?の人達は、この「遅れて」に対する違和感が意識/無意識に関わらず頭の根底にあるのでお互い議論しても噛み合わないのかなと。
オレは男ですけれども、特に女性がネット上で非モテさんに対して何を言っても行き着くところは無いと考えてます。「悩めよ諸君」て感じで生暖かく見守ってやるのが吉だと思います。

ただ、非モテさん達もネット上で文字のみでやり取りするだけじゃなく、現実でも非モテ同志(!)を見つけて熱く語り合って欲しいです。もうそんなことはやってるよ、っていうならごめんなさいですが...。
またナツさんもコメントで「完全なお節介だ」と言ってますが、現実でお節介してくれる女性を非モテさんは待っているんじゃないかなぁと(「待っている」というのは御幣があるやも)。自分の顔に自信がない非モテさんにお節介してくれる女性はそういないと思うんですが、非モテさんは自分の顔には自覚あるのにそれでも「待ち」状態になってしまう→精神論的純愛観に発展しちゃうのかもしれませんね。
お節介という面では、ぽいんつさんが
>「モテたい」派「非モテ」さんも、同じ「モテたい」派「非モテ」異性から探せば気が合っていいんじゃないかと思うんですけどね。
と書いていますが、オレは鬼嫁タイプな女性が非モテさんには合ってると思います。最近「ツンデレ」という言葉が(ネット上では)有名ですが、実はこれ鬼嫁のことじゃないかと最近思い始めてます。
「鬼嫁」って言われたら実際若い女性は「なんじゃボケ」って感じですけど、「ツンデレ」だったら全年齢対象になるかな〜と。蛇足です。


投稿者 : えむけーつー at 2005年12月 1日 15:51

>腐った臓器 欠陥人間
実は腐ってなんかおらず、ふつうの人となにも変わらない臓器だった件。しかも欠陥人間ですらなく。「自分が劣っている」と判断することを、世間では「甘え」と呼ぶわけですよ。じゃあおまえは本当に全力で生きてきたのか、と。もし全力でなかったとしたら、その理由はなんなのだ、明確に説明せよ。人を理解させられない理由など存在しないのと一緒だ、というのがまー、だいたいのところこの世のルールってやつです。

信じられないかもしれませんが、その「重篤な副作用」ってヤツは、たぶん世のなかのかなり多くの人がすでに経験済みのことです。「たいていの人は途中で辟易して音を上げてしまい、みっともない自分を自覚したけど、結局は逃げなかった」というのが正解です。非モテ界隈ではどうか知りませんけど。ですから、音を上げてそれで終わりにする人のほうが少数派ということです。いや、少数派ってほどでもないかな。6:4くらいで、やや少数派って感じ。まあ、そうである以上「腐っている」というのなら、相当数の臓器が腐ってることになり、そうでないのであれば、 Kammy+さんの臓器が腐っていないということになります。

しかし Kammy+さんのコメントに微妙な好感が持ててしまうのは、トシのせいでしょうか……。うん。悩むのは大事です。悩んで答えを出して、答え合わせをすることが。答え合わせじゅーよー。


投稿者 : byoon at 2005年12月 1日 18:43

すみません自分のコメントですが以下の部分修正します。
>自分の顔に自信がない非モテさんにお節介してくれる女性はそういないと思うんですが、非モテさんは自分の顔には自覚あるのにそれでも「待ち」状態になってしまう

これは「〜女性はそういないと思っている」主体は私ではなく非モテさんです。つまり、非モテさんは自分の顔とか体型に自信が無いことを自覚している(=女性の方からアプローチしてくれる可能性は低いと分かっている)と言いつつ、それでも向こうからのアクションを待ってしまう、これは矛盾してるのでは?という話です。

#自分の先のコメントを投稿した後、Kammy+さんのブログに「オープンリーチ」という記事を見付けました。
#上がり方として「待つ」というやり方はやはり上級者向けじゃないでしょうか。


投稿者 : #43 at 2005年12月 1日 18:59

度々のコメントで申し訳ありません。
記事の主旨から話が脱線しているようでしたらご指摘下さい。

>ナツさん

追記、拝読致しました。

※ナツさんへのレスの部分で私が述べている「非モテ」はイカフライ様が
http://noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2005/1113020039.php
で述べられていた定義に則しています。

1点だけ質問ですが、
文中にある「普遍的な感情」を経験している(なくても共感できる)のであれば、
非モテ(の主張)であっても理解(あるいは共感)できると言う事でしょうか?
MK2さんのエピソードで言えば、たとえ結末が悲惨なものであっても
やはり共感出来うるものであったかと言う事です。

>恋愛に関係なく、一人の人間の感情としてということです。

とあるように、このような経験が恋愛に直結しているようには見えないのですが、だとすると、

>「この人の気持ちはわかる」と思える所と、まるっきり理解不能な所がありました。

これも合わせて考えると非モテが非モテである理由は違うところにあるような気がします。


>Kammy+さん

レスありがとうございます。blogの方は拝見致しております。

>ええ,そのとおりです.今日は思いっきりそこに直面しています.

だとしたらとても辛い状態なのではないかと思います。
卒業を間近に控えた状態でこう言うところで悩まなくてはならないのは、いろいろ辛いかと。
自分も卒論の時に似たような事をしていたので、何となく状況を重ね合わせてしまうのですが。

>恋愛しなくてもいいんだからそれは好きにすればよい,
>だけど覚悟もないのに恋愛できない自分に都合のいい理屈をこねるな,ということなんでしょう.

私はむしろ恋愛を放棄する事に「覚悟」が必要な気がします。
今恋愛できている人たちが等しく「このような苦しい思い」を経験しているようには思えないんですね。


>MK2さん

そんなわけで、

>信じられないかもしれませんが、その「重篤な副作用」ってヤツは、
>たぶん世のなかのかなり多くの人がすでに経験済みのことです。

これは本当に信じられませんね。
ある程度の年になったら自然に恋愛が(恋人が)出来て、自分に対する他者からの承認を自然に獲得して、
何人目かの恋人と結婚して安泰に暮らす、と言うのが多数派だと思っていたのですが。


投稿者 : sakana at 2005年12月 1日 22:39

はじめまして。ponと申します。
こちらのエントリに上げられる前、コメント欄でMK2さんの上記エピソードを拝読しました。

>自分の意志を主張すれば応分の責任をとらされる
仕事でも、人間関係でもそうだよなぁ…などとこの点にいたく共感しました。自分の主張だけ叫んでいる人も多いデスケド。
「1人がいい」って主張すれば、まわりに寄ってくる人もいないし、「男(女)なんてキライ」って主張すれば、寄ってくる人はそうそういないですしね。結果的に応分負担しているわけです。←あ、これ自分(一応女子)のことです。男性に対する拒絶心が近年強すぎて、なんでなんだろうな〜と思いながら、色々拝見してましたらナツさんのところにたどり着きました。

とそこへ。
>気づくと相手に「おいしいか?」という質問を繰り返していたのです。
ワタシ、ここのくだりで、不意に涙が出てしまいました。「1人でいいや」「もうずっと1人かもしれないな〜」って自分では思ってたりもする三十路のこのごろですが、やっぱりそうではないのかもしれませんね、と。>こういう反応を示した人間もいるということで。MK2さま。


投稿者 : S.タニムラ at 2005年12月 1日 22:41

初めて書き込んだコメントに対し、わざわざ本文に追記してまでの丁寧な返答、感激しております。
貴方の返答だけでなく、コメント欄に書き込まれた他のみなさまの文章も読み応えのあるものばかりでした。
小生の疑問や違和感が解消され、理解がますます深まるのを感じました。

言葉を尽くしてお礼や感想を述べたい気持ちは山々ですが、みなさまの文章の前でこれ以上の駄文をさらす愚よりも、一言「ありがとうございました」と書かせてください。


投稿者 : ぽいんつ at 2005年12月 2日 08:39

>MK2さんの
>「自分が劣っている」と判断することを、世間では「甘え」と呼ぶ
という話、「自分が劣っている」と公言することが甘えなのかなぁと思います。ふつうその人の内部の優劣なんかどうでもよくて、何がアウトプットとして出てくるかの方に圧倒的に興味があると思うので。

>Kammy+さん
>「モテたい」派「非モテ」異性だって,非「非モテ」異性を探しますよ.

「非モテ」異性はどのへんがいけませんかね?

あ、個人的には、D論直前の忙しい時期に非モテを真面目に考える方がどうかと思うので、ブログはガス抜きでよいと思います。(私の承認なんて要らないでしょうが)


投稿者 : えむけーつー at 2005年12月 2日 10:23

>これは本当に信じられませんね
まあ、別に信じる必要もないんじゃないかと。
あなたにとってはそうは見えない、俺にとってはそう見える、というだけの違いですし。
まあ、アンケートとって正解出すって性質の話でもないですしね……。
この手の「だれも証明してくれない(ないし他者の証明が本質的には意味をもたない)」系の問題は、結局「人それぞれ」っていう無責任な結論がオチだと思ってます。その考えかたで生きていって、正解だったのかどうかは、ただ自分自身のみが知る、ってやつです。

>「自分が劣っている」と公言することが甘え
あ、そーですね。

>遅れて青春体験してる
ああ、これか。これですね。
なんだ。そのとーりじゃないか。


投稿者 : 満ドリル at 2005年12月 2日 16:27

別に普遍的な意見でもないですが、非モテの一人として少し。

私の場合、「脱非モテ」への努力を始めるにあたっての最大の障害は、自分のこれまでの人生を否定することへの恐怖でした。外見や性格の欠点はこれから変えようがありますから、実は割と些細な問題です。「俺はブサでオタだからモテません」と表明したところで、痛くも痒くもありません。しかし、今いる自分を作ってきたこれまでの人生が世間的には全く無価値なもので、しかもそれは今更変えようもなく、無駄にした人生は取り返しが付かないのだと自覚することへの恐怖は、到底言葉では言い尽くせませんでした。

それでも私は断腸の思いで「脱オタ」をし、「モテる」とは言わないまでも普通に付き合う相手ができたりもしました。ただ、ふと気付いてみると、極端に自己完結的だった以前の私とは逆に、脱オタした私は誰かとの関係性の中にしかいなくなってしまった。行動が極端すぎると言ってしまえばそれまでですが、これはこれで以前にも増して空虚なわけです。

結局、「モテ⇔非モテ」の軸にとらわれているうちは、どっちに転んでも心穏やかにはなれないなあというのが今の私の考えです。モテにしろ収入にしろ学歴にしろ、他人から与えられた規準で自分の価値を決めているうちは幸せにはなれないよな、と。今はただ、自分に恥じないような生き方をして、副次的にモテればラッキーだけどモテなくても卑屈になることはないんじゃないの、と思ってます。

だから、「モテたければ今の自分を捨てて他人に合わせろ」というのも、「自分を捨ててまでモテたくない」というのも、どちらもそれなりに正しいけどそればかりでもないよなと。どっちの気持ちもそれなりに分かるつもりですけど、主観論で叩き合っても水掛け論にしかならないんじゃないかなあと思います。これってぶっちゃけ、「誰かにありのままの今の自分を好きになってもらいたいです」「そんな奴いねーよ」「でもいたらいいな」「いねーよ」ってところに集約する話だと思いますから。前提の違いで「いる」とも「いない」とも言えるので一般的には何とも。少なくとも普遍的な回答は無いと思います。


投稿者 : 満ドリル at 2005年12月 2日 16:28

ああっ。つらつらと気の赴くままに書いていたら、思いがけず長文になってしまっていました。すみません!


投稿者 : Kammy+ at 2005年12月 2日 21:27

>えむけーつーさん
私のことをみて「微妙に好感」をもたれるのは過去の未熟だった自分の影をそこにみるからでしょうか.そう考えると私も今後はそれなりに成長していけるのかもしれませんね….

>byoonさん
オープンリーチの話は半分言葉遊びみたいなものなので,実際には「相手のアプローチを待つ」というやりかたはしてませんよ.
大概が機が熟す前に動き出して失敗に終わってますよ.いや,そもそも機が熟すのかすらわからないんですが.
>「悩めよ諸君」て感じで生暖かく見守ってやる
それしかないでしょうねえ,ブログ界隈には「しょうがないわね,ちょっとワタシが付き合ってあげるからイイ男になりなさいよ」ってな女性はいませんからねえ.(三次元にはそんな女性はいない? な,なんだってー(AA略))

>#43さん
私の拙いブログにお付き合いいただきありがとうございます.
>今恋愛できている人たちが等しく「このような苦しい思い」を経験しているようには思えないんですね。

これは恋愛に限らず運動や勉強でもそうですよね.「一定ラインまでに必要な努力量とその苦痛は誰でも等価なのか」
とりあえずいえることは,自分の経験からそれがたやすいことだと思ったとしても,それが誰にでも適用できるものではないということでしょう.ここにコメントしている方々はそのようなひとはいないと思いますが….

>ぽいんつさん
忙しい時期ゆえに現実逃避しているという情けない状態なんですが,さすがに切羽詰ってきました,時間的に.
>「非モテ」異性はどのへんがいけませんかね?
これは私のコメントで性別を限定しなかったのがいけなかったのだと思いますが,「モテたい」派非モテ女性だって,非「非モテ」男性を探しますよ,と言いたかったのです.
それはナツさんもご指摘のとおり,非モテ女性がわざわざ「非モテ」男性なんてめんどくさい相手をわざわざ相手するか?ということでして,更に私の印象ではむしろ非モテ女性のほうが非「非モテ」女性よりも嫌「非モテ男」率が高いように思います.非モテ女も非モテ男と同様,恋愛における自己マーケティング力が弱いため,異性から忌避されるような「高望み」を無意識のうちにしている割合が多いように思います.

>ナツさん
Leiermannさんがトラックバック先で読み応えのある記事にしておられたこと,私も気になっておりました.
「普遍性があるものの方が多数にとって理解しやすいのは当然」
ナツさんの共感できなかった非モテブログからは普遍的なものを感じられなかったと書かれています(追記のS.タニムラさんへのところ)が,ナツさんが「感じなかった」ということと「普遍的かどうか」というのは分けて考えていただきたいと思いました.これでは「非モテ」という状態が正常ではない状態であり,そこには普遍的なものはない,という「多数派のエゴ」を感じずにはいられないんですよ.まるで「多数派の感性のことを普遍的と呼ぶ」みたいな.
わかりやすくいうと「差別のニオイを感じる」んですよ差別されてる側からみると.
もちろん,だからといってナツさんの「お節介」を否定するものではないです.本当に有難く思っています.ナツさんのように慎重な方でもこのようなことがあるのですから,普通の非「非モテ」男女の言説が日常からどれだけ非モテを圧迫しているか想像していただければさいわいです.


投稿者 : ナツ at 2005年12月 3日 08:18

出かける前の絨毯爆撃レス。
追記後にもたくさんのコメントありがとうございました。この記事については、Leiermannさんから反論およびTBをもらっていますので、それに対する反論を書いています。UPは仕上がってから。

●kuranoすけべさん
ぽいんつさんがいうところの「自分が劣っている」と公言することで何が起こるか、ですね。それには同意です。

●Leftyさん
すみません。ブラウザによってはフォントの色が変わってるの見えないみたいですね。長文引用だったのでblockquoteがウザイと思って使わなかったんです。紛らわしいのでblockquoteしました。

●イカフライさん
記事を書いたらトラックバックを下さい。そうすれば自動的にうちのブログからリンクされますし。あと、コメント書く時にブログのURLも入れてくれたらみなさん飛びやすいかと。

●byoonさん
>オレは鬼嫁タイプな女性が非モテさんには合ってると思います。最近「ツンデレ」
>という言葉が(ネット上では)有名ですが、実はこれ鬼嫁のことじゃないかと最近思い始めてます。

ツンデレってよく聞くんですけど、いまいちピンと来ない。鬼嫁はまあわかりますね。でも鬼嫁タイプが非モテ諸氏に合ってるとはわたしには思えないなあ。ダメ出ししちゃうでしょ鬼嫁って(笑)「だからそこがダメなのよ!」とかハッキリ相手に言っちゃうタイプ。
それも愛情だと聞き流せる人とか、「お前だってここがダメじゃん!」と言い返して仲良くケンカできる人ならうまくやっていけるけど、非モテはダメ出しに弱い人が多いんじゃないかな。深刻に受け止めて落ち込んだり、「差別された〜」と思っちゃったりとか。わたしの印象ですけどね。

●えむけーつーさん
文章転載の許可をこころよくいただき、ありがとうございました。すみませんもう好き勝手に肴にしてる感じで。わたしとしては大好きなエピソードのひとつになったんですけど。

>信じられないかもしれませんが、その「重篤な副作用」ってヤツは、
>たぶん世のなかのかなり多くの人がすでに経験済みのことです。
>「たいていの人は途中で辟易して音を上げてしまい、みっともない自分を自覚したけど、結局は逃げなかった」というのが正解です。

ええ、音を上げて逃げ出したこともあれば、踏みとどまって欲しいものを勝ち取ったこともあり。連戦連勝とは行かないのが人生です。トータルでは負けの方が多いのかもしれない。ただ、途中で逃げてしまったことにより失ってしまったもの、あるいは獲得できなかったもののことを考える時、どうしてもう少し勇気がなかったんだろう、もっと大切な物があったはずなのに見えてなかった、という後悔があふれてきます。それに比べれば「重篤な副作用」ごときナンボのもんやねん、という。
それにいろいろ理由はあったにせよ、放り投げて逃げ出した自分を正当化するのも虚しい。まあ次こそ逃げないぞと教訓にするしかないんだと思います結局は。

●#43さん
>MK2さんのエピソードで言えば、たとえ結末が悲惨なものであっても
>やはり共感出来うるものであったかと言う事です。

結末には関係ないですね。MK2さんの文章の場合(焼き肉の場面)は、追記で述べたように非常に心に訴えるものでした。そこからのちに二人の関係がうまく行かなくなったとしても、MK2さんが「気づいた」事実には変わりがない。それがあればこそ、結末が悲惨でもそれは不運だっただけだと考え、世の中や誰かのせいにしようとは思わないだろうと。彼の文章からそれがよくわかったから共感できたんです。
あと、必ずしも恋愛に直結してはいないかもしれませんが、「さみしい」という気持ちや、それを自覚すること、相手に何かしてあげたいという気持ちは、誰かと寄り添って生きていきたいという願望を呼び覚ましますから、恋愛につながることもあるんじゃないでしょうか。(MK2さんのように)

>「この人の気持ちはわかる」と思える所と、まるっきり理解不能な所がありました。

これは何度も書いているように「社会や女性に責任を求めて攻撃している非モテ」の気持ちは理解・共感できないということです。


投稿者 : ナツ at 2005年12月 3日 08:20

●sakana(pon)?さん
>「1人がいい」って主張すれば、まわりに寄ってくる人もいないし、
>「男(女)なんてキライ」って主張すれば、寄ってくる人はそうそういないですしね。

まさにそうですね。非モテ系ブログには女性叩きも多いです。女性に寄ってこられたくないと考えているならばあれはあれでいいのでしょうが。
あー、そういえばわたしはブログで「男尊女卑男大嫌い」と公言してるので、そういう人はやっぱりあんまり寄ってきません。

●S.タニムラさん
理解して頂けてよかったです。わかってもらえるとすれば、非モテの人と相互理解は可能なんだ、という自信がつくし。まあ、全部の人とそうできるとは思っていませんが、少しでもいてくれたら、まるっきり無駄な文章を書き連ねているわけじゃない、と思えますから。

●ぽいんつさん
>ふつうその人の内部の優劣なんかどうでもよくて、何がアウトプットとして出てくるかの方に圧倒的に興味があると思うので。

これ同意ですねー。でもまあ自虐芸というのもあるし、わたしも時にはやってる(笑)「ダメな自分をそのまま全部受け入れてくれなくちゃヤダヤダ」とか言い出さない限りは、「自分が劣っている」と公言することもいいんじゃないでしょうか。自嘲が芸風、だから叩かれても気にしない!って人なら。

●満ドリルさん
>「モテ⇔非モテ」の軸にとらわれているうちは、どっちに転んでも心穏やかにはなれないなあ
>というのが今の私の考えです。モテにしろ収入にしろ学歴にしろ、他人から与えられた規準で
>自分の価値を決めているうちは幸せにはなれないよな、と。

これには同意です。そこらへんのことはわたしも次のエントリで書くつもりでいますが。(途中までは書いてる)
あと、「普遍性」という言葉について誤解を受けてるようなので、それについてもきちんと書きたいと思います。つまり、わたしが何を普遍的だと思っているのか、について、一部ちゃんと伝わっていないらしいので。

●kammy+さん
Leiermannさんと同じ部分で引っかかっておられるのでしたら、kammy+さんにも意図が伝わっていないということなので、次のエントリを読んでみて下さい。それを読んで判断してもらえたらいいかと。


投稿者 : えむけーつー at 2005年12月 3日 11:21

>Kammy+さん
好感を持つのは、未熟であるからとかそういう問題ではなくて、単に素直だからです。「未熟だった自分」を想起するなんて、絶対にできません。俺の二十代前半のころなんて……もう。あははははーですよ。実はいまでもえへへへへーですよ(なにゆってるのか)。
素直なのは、自分にとっていいことです。少なくとも素直じゃないことよりもずっと。同時につらいことでもあるんですけど。自分に対して正直に悩んでいく限り、いつかそのことは絶対に自分にとって意味のあることになります。



投稿者 : いづる at 2005年12月 3日 15:00

 初めまして。

 このエントリとコメントを読んで率直に思ったことを書きます。

・そんなに恋愛が大事なのか?

・そんなに自分が大事なのか?

 私は以前ある女性とトラブルに巻き込まれたことがあります。その顛末を知人(女性です)に話したのですが、その方は私が巻き込まれたトラブルを「恋愛」だと語ったのです。まあ、自分に自覚がなくとも「恋愛」と定め得る人間関係は生まれる可能性がある、ということでしょう。

 逆に言えば、「恋愛」なんていうものはそうした偶発的なもの、些細なきっかけで発生するかもしれないもの、自分がそう自覚しないと生まれようがないものであると思っています。
 だとすればそうした人間関係に過度に重い意味を置く理由が私には全く分かりません。普通に他人に接するように、異性と接してそれが親密な関係に発展するのを楽しめばいい――もしくはそれが破綻するのを受け容れればいい――としか思えません。

 だから私は一部で喧伝されている「純愛」というものが画餅にしか映りません。極論を言えば、恋愛といっても様々な形があるし、その多様な関係をあらかじめシャットアウトして自分が理想と考える関係を結ぶことのみに固執するのはひどく馬鹿げている、と私は感じます。

 そうした関係に拘泥するのは多分その方が「恋愛はこうでなくてはならない」「恋愛がこうでなかったら私の意に反する」という固定観念があるからでしょう。その観念はその方が過ごしてきた人生において築き上げた理想の境地であるのでしょう。ですが、そんなものが本当に大事なのか? とは思います。
 一部の方によって、型に嵌った理想を守り抜くことがアイデンティティを保証することなのであればそれは端的に勿体無いとも思うし、また時間と労力の無駄でもあると思うのです。そもそも、そんな強固な自分がぶっ壊れる体験こそ、本当に自分を再確認させられる素晴らしい体験ではないですか、と。

 モテるために、例えば服を買ったりお洒落をすることは――これはモテるというより、世間のドレスコードに順応することであってかなり拒絶してしまう営みであることは実体験から理解出来ますが――実は誰にも強制する権利はありません。拒否するならそれはそれでいいのです。ですが、それほどまでに強固な自我を保っているなら、あくまで「もののためし」に様々な経験をしてみるべきだし、それをしないのは実に勿体無いな……というのが私の正直な感想です。
 その感想はMK2さんが肌で感じられた実感と決して相反するものではない、と思います。

>kiya2014さん
日記拝読しました。別にF_W氏のコメントだけが退会の理由だったのではないのですが、あの指摘を読んで励まされたことをこの機会にお伝えしたいと思います。それでは、また。


投稿者 : イカフライ at 2005年12月 3日 20:12

ナツさん

トラックバック、試みたのですが、上手く出来ません。きっと、どっかで初歩的な間違いをしていると思うんですが。

一応、記事のURLはこちらです。
http://blog.goo.ne.jp/ikafurai007/
この世界の中心で愛を叫んでもノケモノって記事が、まあコメントなんですが。


投稿者 : ぽいんつ at 2005年12月 4日 21:49

>kammy+さん
なるほどなるほど。
「非モテ」女子さんの趣味はなんとなく想像つきますが(自分をさて置いて「高望み」する方が私なぞは恥ずかしいと思ってしまうのですが、そういう恥はないんですかね)、そいえばモテへの攻撃的なトークをあまり見かけない気がします。目立たないだけかなぁ……。

>ナツさん
自虐を免罪符に使おうとするのが嫌いなんですよ、芸だと自分が自覚しているのなら全くかまわないです。

ちなみに私はLeiermannさんの文章は長くてわかりにくいので読めない(パワーポイントにまとめるとか図示するとかしてほしい)んですが、皆さんちゃんと読めてるもんなんでしょうか。
私だけではなく、興味ない非「非モテ」さんが見たら「何言ってんのかわかんない」の一言で終わっちゃうと思うんですが……。

>いづるさん
横レスですが、モテにも恋愛にも人それぞれの定義と経験と感情があって、皆それぞれの立場からしか言えないと思います。
自分なりに面白いと思えれば大事にしたらいいし、面白くなければ面白くするか気にしなければいいんじゃないでしょうか。
自分にとって誰かがいないと成り立たないように、自分も第2者になり得て、自分の面白さと合わない異性に近づかれると嫌になることもあるでしょうが。
ていうかそういう時に私は嫌になりますが……まぁそれはそれ。面白い限りは大事にしていていいと思ってます。


投稿者 : ぽいんつ at 2005年12月 4日 21:52

>モテへの攻撃的なトーク
は、「「非モテ」女子さんのモテへの攻撃的なトーク」です。すみません。


投稿者 : Leiermann at 2005年12月 4日 23:39

本題と関係のないことで申し訳ないのですが、少し。

>ぽいんつさん
> ちなみに私はLeiermannさんの文章は長くてわかりにくいので読めない(パワーポイントにまとめるとか図示するとかしてほしい)んですが、
読みにくさは自覚しております。文章が下手で申し訳ありません(一部ではむしろ「読みやすい」と言ってくださる方もいらっしゃいますが)。
ただ、私は恐らくぽいんつさんとは逆で、自分自身が PowerPoint や図で示されると話が全く理解できず「文章で書いて欲しい」と思う性質なので(ちなみに私の業界では PowerPoint は余り用いられません)、とてもご期待に添える能力がありません。ごめんなさい。


投稿者 : ナツ at 2005年12月 5日 07:36

●えむけーつーさん
新記事でも書きましたが焼き肉フラグ(笑)として評判ですよ。ひそかに有名なんですよねMK2さんって。リンク先にも機会があれば行ってみて下さい。

●いづるさん
はじめまして。「俺はおまえのパパじゃない」さんつながりで以前のブログは拝見してました。消されてしまったようで残念です。

>・そんなに恋愛が大事なのか?
>・そんなに自分が大事なのか?

恋愛については、新しいエントリで書いたとおりわたしは特に大事だとは思っていません。それよりも恋愛に関係なく誰かと信頼関係を築き上げる方が重要です。
自分が大事かどうかについては、大事だと答えますね。大事じゃない人がいるのでしょうか。大事だからこそ誰かの言葉に傷つき悩むのだと思います。わたしも非モテもその他のあらゆる人が。まあ、大事にしすぎるのもまた問題なんですが。
上記の問いはわたしにされたものだと最初は解釈しましたが、もしかしたら非モテ諸氏に対してのものだったのでしょうか?<そんなに〜が大事なのか?

>だから私は一部で喧伝されている「純愛」というものが画餅にしか映りません。
>極論を言えば、恋愛といっても様々な形があるし、その多様な関係をあらかじめ
>シャットアウトして自分が理想と考える関係を結ぶことのみに固執するのはひどく馬鹿げている、と私は感じます。

非常に同感です。今回の記事で言いたかったのもまさにそこなんです。恋愛の形なんて人それぞれなのに、恋愛資本主義や恋愛至上主義をあれほど批判し、軽蔑する非モテがいるのはなぜなのか。「純愛」も本当に得られれば幸せになれると思いますが、それにこだわる必要はないですよね。理想とは違ったけれどそれでもとても幸せだ、と思える経験なんてものは、この世には山ほどあります。

>例えば服を買ったりお洒落をすること
>あくまで「もののためし」に様々な経験をしてみるべきだし、それをしないのは実に勿体無いな……というのが私の正直な感想です。

これも同意。一部の非モテ系ブログを読んでいると、「自分がこれをしない理由」「これにこだわり続ける理由」のみ延々と書き連ねてあったりするんですが、それを読むたびにいづるさんと同じ感想を抱きます。
その「理由」が自分を納得させるためのものであるならとやかく言う必要もないですが(わたしもよくやるし)、赤の他人には理由やポリシーなんて関係ないんですよね。だから、他人に対する「やらない言い訳」であるとしたら無意味だなあと思います。どんなポリシーを持っているかより、ぽいんつさん言うところのアウトプットされたものしか他人にとって興味はないものですから。(自分にとっても厳しい法則ですけどね・・・)
それと、「もののためし」でやってみても、何も変わらなかったらそれこそが恐しい、という「未然の恐怖」から「もののためし」すら実行できないという可能性もなきにしもあらずですね。

●イカフライさん
記事拝見しましたよ。コメントしたかったんだけど、自分のところでちょっと手一杯なので、もう少し暇になってからおじゃまします。
自分のブログだけでなく、こちらにもまた気が向いたらコメントして下さい。

●ぽいんつさん
>自虐を免罪符に使おうとするのが嫌いなんですよ

わたしもです。言い訳ばかりして、自分が言い訳してることに自覚があるならいいんだけど、「それって言い訳だよね」と指摘されると逆ギレというのが一番始末に負えないというか。


投稿者 : 満ドリル at 2005年12月 5日 21:39

>「もののためし」でやってみても、何も変わらなかったらそれこそが恐しい、という「未然の恐怖」から「もののためし」すら実行できないという可能性もなきにしもあらずですね。

自分語りになって申し訳無いですが、私の場合、むしろ「もののためし」でやってみて無様な結果になることが怖かったですね。今までお洒落なんてしたことがないわけですから、少なくとも最初のうちはいくら気張っても珍妙な格好にしかならないのは想像が付くわけで…。お洒落な兄弟や友人でもいれば話は別ですが。

要は新しいことに失敗して笑いものになる、ミジメな自分を見たくなかったのです。精一杯お洒落した姿を笑われたら嫌ですし、恋愛がらみで言えば、異性のいる場に入っていってうまく振舞えずに浮いたら嫌だとか、気になる女の子に話しかけて拒絶されたら嫌だとかいうのもそうです。ただ、それは非モテ(というか私)が特別自意識過剰で後ろ向きの言い訳野郎だからというわけではなく、程度の差はあれ多くの人が持っている感情だと思います。

あと、これも言い訳じみて聞こえるかもしれませんが、非モテの考える「純愛」が画餅と言うなら、恋愛至上主義の若い女の子が男に期待する役割もかなりの勢いで画餅だと思いますよ。どっちも異口同音に「どうしてあなたは○○じゃないの」「どうして分かってくれないの」と言い合ってる状態です。どっちもどっち。ただ、非モテはそのままなら内向きの理論武装に縛られる一方でしょうが、恋愛至上主義の女の子はいずれ失敗を通じて現実を受け入れていくんでしょうね。もちろん、高望みしたまま「負け犬」になっていく可能性も少なからずありますけど。


投稿者 : hot at 2006年4月21日 00:12

つーか、これって「罪と罰」だよな。パクって体験談捏造したんじゃないかと思うほど。
世界的文学の主人公レベルの例外的心的転回を果たさなければならないという時点で駄目だろ。こんなのを引用して非モテ一般を語ると言う思考自体が

駄目

ここのblogの主は、非モテの言論の全てを「モテないことに対する不満」の表出ということに意地でもしたいという願望が強すぎ。


投稿者 : yaya at 2006年5月 3日 08:17

なんとなく読んでいてなんとなく感心してしまった者ですが

>世界的文学の主人公レベルの例外的心的転回を果たさないとダメ
全ての人が同様の経験をしている、とは言い切りません。
けれど、そういった経験を経たことで「普通に生きて行けるようになった」人々、というのは、
然程珍しいものではないと思います。

無償の愛どうこう、というよりも、「おいしいか?」と問うて、「おいしい」と答えられた。
渇望しながらも獲得できず、一度諦めた自己肯定が成立した瞬間ですよね。凄まじいけれど、
これってありふれた光景でもあるように思うなぁ。
運や運り合わせひとつの問題でもなく、相手と諦めずに関わったことが、
この領域に辿りつく切掛けだったのではないでしょうか。

罪と罰はこの時点ではひとかけらも思い出しませんでしたが、他の方も述べているように
これが「普遍性」と呼ばれるものだし、
故にドストエフスキーは偉大なんじゃないかと。
けれど、ソーニャのように聖母じみた女性を相手にしなくても、人間は自己肯定を獲得できるわけで。
(発言者の奥さんは「全ての罪を許せるわけでもない」普通の人間ですよね?w)
事実は小説よりなんとやら。だと思いました。



コメントする


トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:

トラックバック

[非モテ][blog]「恋愛は普遍」だなどと誰が言ったのか from Niemals-Gasse
 最近、カントの「道徳形而上学原論」(ISBN:4003362519) という本を読んでいる。無知なことにこの本の存在は今まで知らず、書店で見かけて衝動買いし... [続きを読む]

Tracked on 2005年12月 2日 13:00

[その他] みんなカレーと恋愛が好き from rangelife
私カレーライスが嫌いなんですよねぇ。あの臭いと味、見た目も含めて兎に角嫌い。子供の頃から苦手で、家で出てくるときは私だけ焼き魚。給食のカレーなんて地獄。教室中... [続きを読む]

Tracked on 2005年12月 3日 12:50

コメント反省会 from 23:43
★ 電脳ポトラッチ: 腐敗した世界に堕とされた人々 http://noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2005/1130005... [続きを読む]

Tracked on 2005年12月 3日 15:11

百人紐手 from 螺旋胞
 「あんまり非モテには関わらない方がいいと思う」と云われたりもしてるんですが、もう一寸だけ。  いや……僕もしかしてすごく根本的なとこで認識が違ったりして... [続きを読む]

Tracked on 2005年12月 5日 15:02