前回エントリのjackさんのコメントへのお答え。(というわけで引き続き非モテ話ですが。)
あー、そうか。 ナツさんは、「俺達(非モテ)がモテなくて苦しいのは差別されているからだ」と仰っているんですね。「モテない」ことが問題だと思っていらっしゃる。私はそうではなくて、「俺達はモテないからという理由で差別されていて苦しい」だと思っていたもので、それは確かに話が全然違いますね。
Leiermannさんの定義によると、非モテとは
「非モテ」というのは「モテ」の否定ではなく、「モテない」状態およびその状態にある人のことなのである。
恋愛に関するある程度の強さの欲求を持つ、あるいは持っていたにもかかわらず、それが過去現在にわたって全く充足されていない人
であるそうです。
これを非モテの基本像と考えるとしたら、「モテたいという欲求があるのにモテないことが苦しい」というのがまず先に来ると思います。あるいは誰かも書いてましたが「モテていると見られたい(のにモテないと見られるのが苦しい)」ということですね。
わたしは部外者なのでひとまずこの定義を信じるしかないし、こういう状態に見える非モテが多いのは確かです。わたしが初期に出会った非モテ系ブログであるKammy+さんのところもそうでした。
(いろいろ例外があるのはわかるけど、定義に則らない限りは何も論じられない。Leiermannさんもそこを考えて敢えて定義したんだと思う)
しかし例えば喪男道の人くらいになると、完全に恋愛放棄した上で女性や社会を叩いているようなので、こういう非モテもいるというのはわかる。問題は、社会が悪いんだーとか恋愛資本主義に毒されたバカな女が悪いんだーとか言いつつ恋愛したくてたまらない非モテ。
「恋愛に関するある程度の強さの欲求を持つ、あるいは持っていたにもかかわらず、それが過去現在にわたって全く充足されていない人」でありながら、女性と接するという具体的行動を取るよりネットで十把一絡げに、「女が馬鹿なヤリマンばかりだから馬鹿なイケメンにばかり引っかかる(つまり俺を見てくれない)」とか騒いでいる人。
こういうのは全然問題解決になってないので、モテ・非モテ問題から少しは離れて、女の子とチャットでもしてみたら?と前回のエントリで書いたわけです。「女は馬鹿なヤリマンばかり」という先入観がほどけるくらい感じのいい女の子と出会う可能性があるかもしれないじゃないですか。
そういう女性が現実に存在する可能性がもうないと考えているなら、本田透氏の主張するように二次元萌え世界にサクッと避難すればいいと思う。そうすれば現実の女性に対する無用な期待も怒りもなくなり、精神的に楽になるだろうし。
まあとりあえずこんなタイプに見える非モテもいるので、喪男道の人くらいに「一人で生き一人で死ぬ。誰に憎まれても構わない」という覚悟が座ってない限り、ネットで社会・女性・モテる男性への憎しみを公言するのは反感を抱かれるだけだよ、そんなことしても何も変わらないし、大勢の人間の反感を引き受ける覚悟がないならマイナスになるだけだ。ってことです。
非モテ同士で話している時は「そうだそうだ」「その通り」としか言われない理屈だと思う。だから安心してサラッと書いてしまう人もいるんでしょう。
だけどそれを非モテ以外の人のところに持ち込んだ時には思いっきり引かれるということだけは認識しておいた方がいいと思います。
覚悟さえすれば何を言ってもいいって問題でもないけど。
ちなみに、まりねこさんのブログ(*1)でも、まのさんが
ただ、非モテを自称する方々のサイトのうちの幾つかをみたときは、けっこう「ずしん」とくるものがありました。
ああ、攻撃されてるなあ私、女に生まれた時点でクズと断罪されているんだなあ、と思いましたよ。
冷静になれば
「別に女に生まれたという理由でマザー・テレサまでクズだと斬って捨てる非モテはいないようだ」
ということや
「仮に女に生まれたというだけの理由で断罪する人間がいたとしても、そういう人間がこの広い地球でひとりもいないわけはないんだし、気にしなければいいんだよ」
ということに気付くわけですけど、それでも最初に受けた衝撃はきつかったというか、非モテを自称するブログの幾つかは、私には読めません。
本当は自分が攻撃されているわけじゃないんだろうけど、読めないのです。
というコメントをされています。わたしはこれに非常に同感です。わたしもその手の非モテ系ブログは隅から隅まで全部は読めない。ものすごい憎しみの負のオーラでうんざりしてくるからです。
そして最後には強い反感を抱いて終わる、と。
それはさておき。
たとえばわたしのブログはオタク系だから、ほとんど恋愛話なんか出てこないし、客層もそんな雰囲気です。
こういう(非モテ系以外の)コミュニティはネット上に山ほど存在すると思うんだけど、そこで受け入れられ、普通に友達をつくったとしても、多くの非モテは満足しないような気がするんですよ。満足するものならばとっくにどこかに属して「とりあえずネットでは安住の地を得た」と考えるはずです。こういうコミュニティでは「モテないからという理由」で差別されたりはしないのだから。
でも非モテはネットでも常に眉間にしわを寄せて非モテ問題を論じ続け、非モテ以外の人と「普通に」友達になることを拒んでいるように見える。普通に友達になる、というのは、モテ・非モテにこだわらず、恋愛問題もどこかへうっちゃって、全然関係ない趣味の話でもして仲良くなることです。これが何度もいうように「モテ・非モテの枠から解き放たれる」ということ。
わたしやうちのブログのお客の多くにはそれが可能ですが、非モテの多くの人はできないような気がする。
なぜかといえばそれはやっぱり、「恋愛に関するある程度の強さの欲求を持つ、あるいは持っていたにもかかわらず、それが過去現在にわたって全く充足されていない」からだと思うんです。
それが解決しない限りは友達同士のほほんと趣味の話なんかできないんだろうと推測するんですね。何を話しても「恋愛で充足していない自分」を常に意識し、考えがそこへ戻って来てしまうだろうから。
ここでは「モテないからという理由で差別される」ことはありませんが、「モテる」ことも絶対にないわけです。性別も年齢も未婚・既婚も無関係なコミュニティなので、男として意識されることもない。問題にされるのは話が合うか、気が合うかどうかだけ。
逆に言えば、こういったコミュニティである程度満足できるならば、「モテたいわけじゃない。ラブハラスメントが苦しいだけだ」という結論になると思います。
まあ、現実社会の問題は残っていますが、逃避と癒しの場としてその人たちにとってネットは最適になりうるし、世の中には「恋愛資本主義」じゃない人もたくさんいるんだ、ということを理解することによって、多少は楽になると思います。
・・・でもモテたい非モテにはどこにも安住の地はないんだよねと以下ループ。
というわけで、非モテが何を求めているのか
(A)女性と恋愛し、付き合うことが最終目的
(B)女性と付き合わなくても、一生恋愛しなくても、誰にも何も言われず放っておかれ、一人で生きていくことが最終目的
どちらを本心では求めているのかをはっきりさせてくれたら語りやすいと。人によって違うと返ってくるだろうけど、だったらわたしと対話しようと思う時には、「自分は(A)の非モテに相当します」「自分は(B)です」というスタンスを明確にしてからお願いします。
自分のスタンスもはっきりさせずに、「あんたのいう非モテ以外にもこんな非モテもいるしあんな非モテもいるし心療内科に通ってるような非モテもいる」と細分化されてもらちがあきません。
目的で分別すれば大体上記二種類にすっきりまとめられるのだから、あまりよけいな細分化をしても意味がないと思います。
そしてラブハラスメントの問題を第一に訴えたいなら、やはり「非モテ」という言葉は不適切に見えます。モテるモテないを一番の問題としているように受け取れますので。
ところで、ナツさんは自分を「強者」のくくりで語られるのは心外だという風に仰ってますが、例えば他人がどう思おうと自分の価値眼を不安に思ったりしない程度には、「強い」方なのだと思います。
でも、周りの人間のほとんどの価値観が自分の価値観と違うもので、自分の価値観は少数派だという場合、どうしたって、人は不安になるものなのではないでしょうか。と言うか、私は不安になるので、ナツさんって強い方なんだなーと、尊敬してしまうわけですが。
うー、ナツさんも恋愛に関して何らかのプレッシャーを受けた経験がお有りだと書かれていたと思いますが、ナツさんの経験と私の経験とほかにもたくさんいる非モテの方々のひとりひとりのうけたプレッシャーやストレスの経験はそれぞれ違っているのでしょう。
そしてそれぞれの人のそういった状況への耐性も(これも一種の才能ですよね、熱湯がかかっても赤くなっただけですむ人もいれば、皮膚がべろんべろんになっちゃう人もいるように)やはり一人一人違うので、「私だって同じような経験はしたけれどもそんなのどうってことない」と言ってしまうのは、「もしかしたらその人の受けたプレッシャーは私の受けたのより強いかも知れない」「もしかしたらその人は私よりずっと耐える力が弱いのかも知れない」という可能性を切り捨ててしまった「強い人の理屈」になってしまいますよね。
多分、ナツさんが「強者」だと呼ばれるのは、ナツさんが上で書いたようなことをいっているかのように聞こえてしまうからではないでしょうか。誤解だとは思いますが、そのように受け取られる余地があった、と言うことで。
どうってことないとは思いません。プレッシャーは感じます(恋愛問題に限りませんが)。でも本当の意味でダメダメになってしまうことはない、ならないように気をつけていると言うのが正しいですね。ダメだと自己嫌悪することもありますから。
時々鬱っぽい気分になると、自己肯定がうまくできない、不安になる場合もあります。感情の波が激しいので。だからその気持ち自体は本当はよくわかるんです。不器用さでは同じなんだと言いたい。(つーかわたしだって何度も書いたけどモテるわけじゃなし。ただモテ・非モテというカテゴリに自分を押し込める気がないだけで)
だけど、そこでとどまっていたら結局のところもっと苦しいんです。「こんなことで自己嫌悪になってる自分が鬱」「自分を変えることも出来ないのに何かが手に入るのを待ってる自分が嫌だ」という方向に自己嫌悪して、最悪な状態になっていきます。そこはもう、自分で断ち切るしかない。少数派でいいと開き直るか、ある程度他人に合わせるかも、自分で決められるはず。合わせれば不安にならないというならば、そちらをとるべきでしょう。
わたしは素人ですからメンヘル系はどうしようもない。だから鬱病などの人はどうするんだ!という話なら(拒食症でも同じ)、「まず治療して下さい」というしかない。とりあえずカウンセリングを受けなくて済む程度に健康で「強い」人ならば、強く生きる以外に方法はないです。
他人だけにでなく自分に言い聞かせる意味でも言ってるんですが、これが強者の理屈でしょうか? ただの「この世の理屈」だと思うんですけど。
わたしとjackさんの違いをあえて挙げるとするならば、この世の理屈を一応は受け入れているかいないかだと思います。ひとまず納得しないともっともっと生きにくくなるだけだから仕方がないのです。
これで無理をしすぎて神経を病んだとしたら、わたしもすみやかに心療内科に行きます。ブログで「自分がこうなったのは社会や他人のせいだ自分は悪くない」と喚くよりその方が建設的だし、他人の無用な反感も買わずに済みますから。他人にはわたしの個人的事情など、結局のところ何も関係ないので、そんなことをして叩かれたとしたら、やはり自分が悪いのです。どんなに神経を病んでいても。
例えばメンヘル系のサイトを見ていると、世の中への憎しみや鬱憤を喚き散らして閲覧者の反感を買い、反論が飛んできて鬱や神経症が悪化し、よけい心を病んで閉鎖、というパターンがかなり多いです。
「好意的な人や甘やかしてくれる人ばかりが見ているわけじゃないのに、なぜそんな発言をするんだ?」とハラハラしていたら案の定反論が来てドツボにはまって閉鎖。あーやっぱり、と何度も思いました。
メンヘルだからと言って公の場で何を発言しても許されるというわけじゃなし、病状を悪化させたくないならネットから足を洗うこと、とカウンセラーはよくアドバイスします。
メンヘルでないならばなおさら、「自分が不幸なのは他人や社会が悪い」という発言には反論・反感がともなうことを覚悟すべきです。
これとはちょっと関係ないのですが、閲覧者のちょっとした言葉に悪意を感じとって傷つけられた差別だ、と過剰反応し、掲示板が荒れて閉鎖、というパターンもメンヘル系ではよく見ました。
精神的に不安定なのだから仕方がないと言えば仕方がないのですが、やはりそこまで不安定ならネットにつなぐのをやめるか、パスをかけて会員制のサイトにし、メンヘル系の人だけが閲覧できる状態にすべきだと思う。非モテ系でも同じ感想を抱くブログはあります。
いつもいつも「傷つけられた、差別だ」ということばかり訴えるような人はつきあいにくいので人がどんどん離れていきます。その人の側にいるといつも加害者にされてしまうので、精神的に参ってくるのです。
だからわたしは、「あ、じゃあこれ以上あなたを傷つけたくも差別したくもないので、おつきあいしません。今まで嫌な思いをさせてごめんなさい」と言って、そういう人からは即離れます。離れてしまえば相手を傷つけることもないし、加害者にされることもないわけだから。
これは自分が被害者意識の強かった時代にも逆の立場で経験したことです。精神的に不安定になり、周りの人が自分を馬鹿にしているような気分になったことがありました。
悪意がないと分かっているのに、相手の言葉に常に嘲笑や憐れみを感じとって反応してしまうわけです。
面白いように人が離れていきましたね。その時はなぜなんだと苦しみましたが、精神的に安定し、逆の立場になってみればすぐに得心がいくことです。誰も加害者として罪悪感を強制され続けたくはないのです。
というわけでわたしのこの文章を読んで「傷ついた」と感じている人にも、おつきあいはご遠慮しますといいたい。わたしは多分その人を傷つけることばかり書いてしまうだろうし、お互いにとって不幸だから。相性が合わないというのはよくあることです。
蛇足ですが、わたしが被害者意識や弱者などについて、以前からどのようなスタンスで考えていたか、ということが書いてある文章がありますので、よければ参考にして下さい。
ちなみにこれらの文章は「非モテ」という言葉や関連問題をまったく知らなかった時期に書いたものです。だから「非モテ」には直接関係がないことをご理解ください。
◆無意識の悪意(多少関連しているテキストとして)
理解は別にどうでも良いですが、嘲笑われたり蔑まれたりするのは、嫌ですよ、私は。
価値観が違うのは良いんですけど、価値観の違いを理由に笑われたくないです。傷つきますもの。しんどいですもの。笑われ続けると、自分の価値観に対する自信なんてだんだんなくなっていっちゃいますもの。
だから、世間の人がみんなナツさんみたいに他人の価値観を認められる人になって、「価値観の違いで人が人を笑いものにしたり劣ったものとして蔑んだりするのはよくないことだ」というのが共通認識になって普遍的な理屈になればいいのにな、と思いました。
jackさんのおっしゃるとおり、社会の価値観がもっと多様化しないと生きにくいのは確かです。(そもそも最初のエントリはこれがテーマだったし、わたしも価値観を中心にして考えたかったんだけど、いつの間にか非モテが中心に・・・。)
今は過渡期なんだと思っています。少し前までは価値観が一元化しすぎて、男女とも生き方の幅があまりなかった。今はそこから少し多様化したけど、マスコミ主導の価値観を鵜呑みにしている人が多く、少数者は胡乱な目で見られてしまう。これがさらに多様化すればマスコミも制御できなくなって「みんなバラバラ」という概念が普遍的になると思うんですが、そこまでいくにはまだまだでしょう。
人の価値観を否定することなくむしろ尊重し合い、「(人権侵害しない範囲の)全ての価値観を認める」方向を目指すべきですね。非モテも一般人も。
blogランキング参加中もうこの話はやめにしませんか?語れば語るほどに,「ナツさんは強い人間だ.自分の弱さを受け付けようとしない.」と恨みを強力なものにしている「自称弱い人間」のはらわたを煮えくり返らせてるわけですから.
「そのような方はこのページは見ないでください」というのも,そりゃ完全に強者の理論ですよ.その物言いで納得できるほど,みなさん強くないと思いますよ.
「自称弱い人間」からすれば,ナツさんがひたすら謝罪してようやく五分の引き分け,という気持ちなのではないでしょうか.どうしてここまで自分の非を認めたがらないのだ,とイライラしているかもしれません.
なのでこれ以上,ナツさんはこの件に関わるのはやめするのが得策ではないかと思います.このレベルにまで話が及んでしまうと,非モテ云々といったところではなく,人間性の否定にもつながりかねませんから.ネットでその手の話をするのは危険です.ナツさんも相手の言い分には納得できない部分がまだあるかもしれませんが,ここはナツさんから一歩引いてはもらえないでしょうか.
横から,余計なお世話ですいません.私が「非モテ」の話をするのはせめてそういう話でもいいから「恋愛」につながっていたいからであり,私の話題をきっかけに恋愛につながりたくない人たちにまで「非モテ」を語らせてしまったことについては,まことに不本意であり申し訳なく思っています.この話を続行したい方もいるとは思いますが,どうか,もうやめにしてもらえませんか.よろしくお願いします.
>Kammy+氏
横槍ですが、ご自分がどれだけ恫喝的な物言いをしているか自覚しておられますか?
>私の話題をきっかけに恋愛につながりたくない人たちにまで「非モテ」を語らせてしまったことについては,まことに不本意であり申し訳なく思っています.
きっかけになったのはKammy+氏かもしれませんが、話題を展開したのはナツ氏や記事にコメントしている人達(私含む)で、Kammy+氏が申し訳ないと思う理由は何一つありません。また「語らせてしまった」という表現は、この話題に参加しているjack氏をはじめとする非モテ諸氏に対して失礼だと思います。
おせっかいながら、私からも一言。
また荒れてしまうかも知れませんが、今は自身のブログもありますので。
>Kammy+さん。
あなたになんの権利があるのでしょうか?鳥蛇さんもおっしゃっていますが、言葉は丁重でもあなたの言っていることはおどしです。
>自分の弱さを受け付けようとしない.」と恨みを強力なものにしている「自称弱い人間」のはらわたを煮えくり返らせてるわけですから.
>「自称弱い人間」からすれば,ナツさんがひたすら謝罪してようやく五分の引き分け,という気持ちなのではないでしょうか.どうしてここまで自分の非を認めたがらないのだ,とイライラしているかもしれません.
あなたのブログを見て、同じようにはらわた煮えくり返している人間がいるかも知れませんよ。あなたが謝罪してようやく五分のひきわけと思っているかも知れないですよ。
けれど、あなたに向かって「てめえのブログは腹立つからもてない、もてないもてないとグジグジ泣き言いうのはやめろ」と言われたら、あなったは「はいそうですか、ごめんなさい」と謝罪してひっこめますか?
あなたが言われているのは、そういうことです。
>ネットでその手の話をするのは危険です.
これは脅迫にしか取れません。また「危険」と言う言葉を使うことによって「非もて」といわれている人々が、ネット上の感情をリアルに持ちこんで危険行為をするあぶない人達と言う偏見を助長させることにも成りかねません。
>「そのような方はこのページは見ないでください」というのも,そりゃ完全に強者の理論ですよ.その物言いで納得できるほど,みなさん強くないと思いますよ.
強者の理論でも何でもありません。
日本にガ言論の自由が法律でも保証されているのですから。いちいち自分が気に入らないサイトを止めろというどんな権利があなたにあるのでしょうか?
「弱者」だと自分を称すれば、どんなわがままでも許されるのですか?
個人的な意見をいうと、私自身もこの話題はちょっとへきへきしています。というより、言っても無駄だな、という気持ちもあります。もともとオタなんで、むしろオタク的趣味の話題のほうが好みでもあります。けれど、ここは他人のサイトです。それこそ管理人であるナツさんががしたい話をする場所であって、誰であれどうこういう権利は無いのではないでしょうか?
なお、ご注意までに、もし私個人に言いたいことがある方は、場を荒らさないためにも出来ましたら、ご面倒でも私のブログのほうにお返事をいただければ、と思います。
こんばんは。
一連の記事を読んでいますが、読んだ瞬間は非常に腹が立つのですが、
何度も読んでいると「あー正しいこと言ってるかも」と納得させられています。
図星突かれているのかもしれません。
自分のところでも書きましたが、
(A)女性と恋愛し、付き合うことが最終目的
(B)女性と付き合わなくても、一生恋愛しなくても、誰にも何も言われず放っておかれ、一人で生きていくことが最終目的
反則かも知れないのですが、現時点では「どっちつかず」としか答えようがありません。
いちおう自分なりの目的はあります。言えと言われたら答えますが。
で、
>いつもいつも「傷つけられた、差別だ」ということばかり訴えるような人はつきあいにくいので人がどんどん離れていきます。その人の側にいるといつも加害者にされてしまうので、精神的に参ってくるのです。
非モテ批判の記事をみるとカチンと来るのは事実ですが、
逆に「俺が嫌うような人種」を批判するような記事に対し、
そう言う人種の人たちが差別だのなんだの喚いているのを見ると、
構造的にはそんな変わらないのかなあと反省させられます。
どこら辺までが相手の被害妄想で、
どこら辺からが自分が本当に傷付けた・差別した事なのか、
そこら辺の見切りをどう付ければ良いのかを知りたいなと最近は思ってます。
自分はしょっちゅう間違えているようなので。
自分の中でラインを作っていくしかないんでしょうかね。
>これがさらに多様化すればマスコミも制御できなくなって「みんなバラバラ」という概念が普遍的になると思う
以前読んだ本にもあったのですが、
こう言う概念が広まり過ぎるとお互いが不干渉になりすぎて、
結局自己責任論がまかり通ってしまうとも言われていますね。
要はバランスって所でしょうか。
はじめてコメントさせていただくというのに、横レスで申し訳ないのですが、
なぜ議論で謝るとか謝らないとかいう話になるのか理解に苦しみます。
歩み寄れない考え方の違いというものは存在するでしょうし、
議論の上でそれが浮き彫りになったからといってそれで何の不都合があるでしょうか。
例えばいわれのない誹謗中傷をしたならば謝罪ということもあるでしょうが、
ナツさんは突き放しているだけのように拝見します。
私はこちらのファンですし、ナツさんの考え方のほうにより深く共感しますが、
だからといって議論のお相手に謝れと要求するようなことは決してありませんし筋違いだと思います。
●kammy+さん
>「そのような方はこのページは見ないでください」
見るのも見ないのも強制はできません。ただし「傷ついた傷ついた」と言ってくる人と親しくやりとりなんかできないってことです。レスするたびにその人を傷つけてしまうからです。
わたしは自分の生き方も考え方も変えられないし、相手も同じ。そうすると、「傷つく者と傷つける者」という構造が成立し、そこから抜け出せなくなるんです。だから、そういう人とはコメントのやりとりをしない方がいいってことを言ったわけです。「自分の弱さを受け入れてくれる」相手と対話した方がいいと思う、と。
相性が合わないというだけで、どちらがいいとか悪いとかの話じゃありませんよ。
>非モテ云々といったところではなく,人間性の否定にもつながりかねませんから.
あのー、わたしが誰かの人間性を否定しているでしょうか。それならば非処女はクズだの今の女は馬鹿なヤリマンだのと書いているブログはどうなるのでしょうか。
わたしはその手の非モテ系ブログを見てまさしく「人間性を否定されている」と感じました。それでも「傷ついた。書くのをやめろ」とは言いません。反感を覚えるとは書きましたが、結局のところ他人の発言する権利に口出しはできないです。
わたしも一部の非モテには反感を買っているでしょう。それは公で発言している以上は当然です。その覚悟はあってやっています。
だけどわたしは「非モテ」というグループと闘っているつもりはありませんし、コメントが来たらそのつど自分の意見を返しているだけです。これは勝ち負けの問題じゃなくてただの議論、対話です。個人個人の意志による意見の応酬でしかない。
それを分かってくれている人もいますから。その人たちと意見の交換をするだけの話です。
●#43さん
>そう言う人種の人たちが差別だのなんだの喚いているのを見ると、
>構造的にはそんな変わらないのかなあと反省させられます。
わたしはよく記事を読んだ人から「フェミだ」と言われるんですが、あまりにもバカバカしいことで差別だと主張する先鋭的なフェミにはうんざりするし、反日運動の「謝罪と賠償」もウザイと思う(だからって自由主義史観にもうんざりですが)。
差別って言えばいいってもんじゃないよなー、ということはわたし自身も人の振り見て何とやらです。そこはおんなじ。
>こう言う概念が広まり過ぎるとお互いが不干渉になりすぎて、
>結局自己責任論がまかり通ってしまうとも言われていますね。
>要はバランスって所でしょうか。
それは以前のコメントでも書きましたがindividualism、自分の道徳に各々が従うという意味の個人主義と利己主義とは違うものなのに、日本では利己主義=個人主義と解釈されているせいか話がおかしくなっている気がします。個人の尊厳を重んじることと完全な不干渉とはまた別の問題だと思うんですけども。
>ナツ様
す、すみません、エントリでまでお返事頂いてしまって、
しつこく食い下がってしまったことでお手数をお掛けしたようで恐縮です。
丁寧にお話し頂いたおかげで、ナツさんの仰ることに納得は出来た気がします。
やはり私の価値観?考え?とは大分違うな、とは思うのですが。
ええっと、ちゃんとお返事したいのですが、ちょっと調子が良くないので、
取り敢えず、拝見いたしました、ありがとうございました、とだけお伝えしておきたく思います。
>Kammy+様
ええっと、語っている人は自分で語ることを選択したのだと思います、と言うか、私はそうです。
それに関して申し訳なく思われると自分の選択の責任を持ってかれたような状態になってしまうのです……。
そこは多分「申し訳ない」と言うよりも「居たたまれない」とかじゃないかな?とも思うのですが……違うかな、違ったらすみません。
それで、やめて欲しいって部分に関しては続けたい人もいるだろうから申し訳ないけれども、と言う話、でしょうか……。
すみません、これは「自分だったら」って解釈ですね、失礼しました。
多分私も自称弱者の一人なんですけれども、そもそも勝ち負けじゃなくて自分が納得できるか出来ないかだけに興味があったので(って、そんな自己満足的な理由でKammy+さんに申し訳ない思いをさせてしまって申し訳ないなぁ、と思います)、私は謝罪させるまでどうこうとか思っていないです。
って、そもそも私について仰ってるかも判らないのに、ぐだぐだ言い訳してしまってすみません(汗)
>烏蛇様
> jack氏をはじめとする非モテ諸氏
これは私も誤解をしていたのですが、私はLiermannさんの定義を採用すると「恋愛に関するある程度の強さの欲求を持つ」と言う部分に当てはまらないので(有ったとしても恋愛経験がないことで非常識扱いされるのはいやだなぁ、と思った程度なので……我ながら、酷いなぁ)、非モテの筆頭にあげて頂くのはちょっと不遜かな、と。と言うか、ちゃんと調べずに思い込みで名乗ってしまったので、落ち度は私にあります。申し訳ありません。
「語らせてしまった」が失礼というのは、私に関してはむしろそういうふうに感じさせてしまった自分の方が申し訳ないなぁ、と思っているのですが、お気遣い頂いてありがとうございます。
>(A)女性と恋愛し、付き合うことが最終目的
>(B)女性と付き合わなくても、一生恋愛しなくても、誰にも何も言われず放っておかれ、一人で生きていくことが最終目的
ええっと、これは恋愛関係に関してのみで、友人関係などのその他の関係に関しては述べておられないですよね?
女性とつきあわない=一人で生きていくって、一瞬友達もいない状況なのかと思ってぎょっとしてしまいました。
私だったら、異性とつきあわなくても、友達とか家族とか仕事関係の人とか、そういう人たちに蔑まれずに普通につきあっていけること、ってのが理想かな、と思います。
>jackさん
>そこは多分「申し訳ない」と言うよりも「居たたまれない」とかじゃないかな?とも思うのですが
ああ,そのほうがずっとしっくりきますね.先ほどのコメントはそのいたたまれなさから出た呻きのようなものだったのですが,「恫喝的」「あなたの言っていることはおどし」ととられたのであれば,きっと私はもうこの場には場違いなのだと思います.
>イカフライさん
>「危険」と言う言葉を使うことによって「非もて」といわれている人々が、ネット上の感情をリアルに持ちこんで危険行為をするあぶない人達と言う偏見を助長させることにも成りかねません。
これは非モテの人々を対象としているわけではありません.ナツさんの言葉のなかに
>これが強者の理屈でしょうか? ただの「この世の理屈」だと思うんですけど。
というのが出てきてますけど,この物言いにショックを受ける人間が必ずしも非モテであるとは思えないのですが.
>ナツさん
ごめんなさい.今回のエントリーは私にとっては「強者の屁理屈」そのものに感じています.言っていることは的を射ていると思います.しかし今もう十分に強いナツさんが,なぜそうでない人にも聞こえるようにその話をするのかが,私には理解できないのです.ここまでは「この世の理屈」なんだから耐えるべき,という線引きがしたいのでしょうか?なぜ,わざわざそんな話をして読者をふるいにかけるのかがわからないのです.きっと今の私にとってそれは触れられたくない話題であり,今は黙って離れておけばよかったのだと思います.
たまたま一連の流れの中で私への言及から始まっていたこともあったので,「白旗」サインをあげましたが,そのことが諸氏の議論に水をさしてしまったのは間違いないことのようです.申し訳ありませんでした.
>jack氏
あががが…
出しゃばったことを言ってすみません。
>Kammy+氏
まず、私からはこれ以上非難するつもりはないことを断っておきます。
私が「恫喝的」であると言ったのは「他人の心情を慮るような装いで相手を攻撃する」態度のことであり、ご自身の不快感の表明であればそうは考えません。
Kammy+氏が「居たたまれない」と感じられたのは「自分のせいで喧嘩が始まった」ような感じを持たれたからだと想像しますが、話題はすでにKammy+氏への言及の時点からは離れたところに拡がっていますし、jack氏もおっしゃっている通り不要な心配だと思います。
こちらもやや感情的な物言いになってしまってすみません。
> Kammy+さん
んー、純然たる疑問がひとつあるんですけど。これは Kammy+さんの答えに興味があるので質問してみます。まあそれこそ「よければ答えてください」って話なんで、もし「答えたくない」ってんであれば「じゃ、しょうがないですね」っていうことですんで。
んーと、ナツさん(に代表される「強者」)が、「自称弱い人」のはらわたを煮えくり返させてはいけない理由っていったいなんなんでしょう。俺にはそれがまったくわからないのですが。
ちなみにこの質問の裏側には「そんなにいやなら読まなければよいのでは」という定番のセリフがくっつくわけですが。
不思議といえば、それほどイヤで不快で恨みまで持たせるようなテキストをわざわざ読むことがいちばん不思議ではあります。
あー、あともうひとつ。
>なぜそうでない人にも聞こえるようにその話をするのか
俺には、なぜ「強者」が「弱者」に気づかわなければいけないのかがわかりません。「強者」が「強者」であるなら、やりたいようにやってよくて、それを掣肘することはだれにもできないと思うわけですが。もしそうでないとしたら、その理由もやっぱり俺にはわかりません。もし「強者」を止めてくれるとして、その役目はだれがやってくれるんだろう、というのも疑問ではあります。
あと、これは個人的な意見。
精神的なことで他人に対して「強い」というレッテルを貼ることは、おそらく侮辱です。
精神的に強いということは、まったく先天的な条件ではなく、ただ当人の努力の賜物だからです。「強者」といわれがちな人は、おそらく自分が「強い」などとは微塵も思っていないはずです。それはたぶん「自称弱者」が「あなたは強い」と言われることと同じくらいに心外なことであるはずです。
侮辱というのは、それをした当人に「侮辱してやろう」という意志があったかどうかは問題ではなく(意志がある場合は論外だけど)、ただ侮辱された側の問題です。それは日常「非モテ」の人たちが感じているところでしょう。相手にとってはなにげない一言であっても、受けた側には深刻な被害になりうることもあるわけです。
ですから「自称弱者」が「強者」に対して「あなたは強い」といったとき、弱者が加害者で、強者が被害者です。裏返していえば、その一点において弱者は強者に対して復讐することができる、とも言えるかもしれません。
どーでもいいことなんですけどー
えむけーつーさんと「喪男道」の覚悟さんって考え方が似ていますね。
>俺には、なぜ「強者」が「弱者」に気づかわなければいけないのかがわかりません。
>「強者」が「強者」であるなら、やりたいようにやってよくて、それを掣肘することはだれにもできないと思うわけですが。
>もしそうでないとしたら、その理由もやっぱり俺にはわかりません。
>もし「強者」を止めてくれるとして、その役目はだれがやってくれるんだろう、というのも疑問ではあります。
この思考の裏返しとして、喪男道では「弱者が強者の内実に気を遣わずに攻撃しまくって何が悪いの?
俺たちは俺たちに通用するモラルに従って行動しているだけ。
喪男を止めて(救って)くれる存在は現実には誰もいないじゃないか。だからやりたいようにDQNやクソ女を罵倒する。
それを止める権利も誰にもねえよ」と息巻いているワケです。
おそらくえむけーつーさん的に「DQNやクソ女を攻撃しているキミたちこそ強者だ」と
反論したとしても、彼らは当の論理を使って「では今宣言された『キミたちこそ強者』という言説こそ我々への侮辱である」
と切り返すだけに終わるでしょう。
僕は「喪男道」周辺のやり方はずっと理解できないし大嫌いだったんですが、
えむけーつーさんの書き込みを読んだり、
「喪男道」周辺と一時大変な抗争を繰り広げていた「純粋なココロ」のMasaoさんが
「喪男道の人は主張そのものは異なるけど別に嫌いじゃないですよ」と話すのを聞いたりして、
なるほどな、と少しは彼らの行動原理が理解できたような気がしました。
脱オタ的な”強者理論”と電波男過激派の”弱者理論”は根っこが同じだということに。
まあ、いけ好かないのは相変わらずですけどね。
あ、あと、
>侮辱というのは、それをした当人に「侮辱してやろう」という意志があったかどうかは問題ではなく
>(意志がある場合は論外だけど)、ただ侮辱された側の問題です。それは日常「非モテ」の人たちが感じているところでしょう。
>相手にとってはなにげない一言であっても、受けた側には深刻な被害になりうることもあるわけです。
これは、その通りだと思います。
>それを止める権利も誰にもねえよ
うん。だから、ないと思うわけです。
だから結局は噛み合わなくて「強いものが勝つ」というだけのことだと思います。
そういうのをニスリズムっていうんだってこの前教えられました。なるほどって感じです。
まあ問題があるとすれば、俺の世界観はそのようであるのに、俺はそんな世界が大嫌いだ、ということくらいなもんですね。だから「世界はそのようなものではない」という証拠を探しているし、見つからないなら捏造しちまえといわんばかりの勢いで、フィクションを書いたり読んだりするんだと思います。でも結局、フィクションのかたちであれ「信じてる」ってことは、きっとこの世のどこかに「美しいもの」があるんだって信じたいんだと思います。
えーとですね、ひねくれものの理想主義者です。この世のどこかには甘いぶどうがあって、みんなでなかよく「おいしいねえ」って笑ってる場所があるべきだと信じてます。
なるほど。
僕はその意味では認識が真逆なのかもしれません。
自分の場合、表面上はブサヨクみたく「自由平等!モテ資本打倒!よりよい社会に!」などと叫びながら、
その実、世の中は美しくなんてなり得ないし、究極的には価値など存在しないし、
真理も恣意的なものでしかあり得ない、世界はどうしようもなく理不尽なものである、
という諦観に似た感覚が根底にあるような気がします。
強者強者って言うけれど。
例えばここではナツさんやえむけーつーさんは強者のように見える。けれど、強くなるためにどれだけ痛い思いをしたのか、どれだけ血を流したのか、お二人のコメントを読んでいると、勿論具体的なことは解らないまでも、それまでに辿りついた痛みを、涙を、感じてしまうんだよね。
本当に傷ついた人間は、ネットでトラウマ博覧会なんてやらないと思うんだけど。なぜなら、それで同情を引けるほど、世界は甘くないことが骨身にしみて解っているから。
自称・弱者の人は、そのあたり、考えてみたほうがよいのでは?とか、思ったりして。
>えむけーつーさん
>精神的なことで他人に対して「強い」というレッテルを貼ることは、おそらく侮辱です。
あ、なんかすごいしっくりきた。
だから「強い」と言われると腹立つのか。
以前から伺っているものですが。
自分で自分を弱者って言って、自分で弱者の立場を選択してるのに、「強者は遠慮して欲しい」って何だか勝手なように思えます。
「だってあなたは強いから」みたいに言うことには、自分の弱さにつけこんで優位に立とうとする感じがします。充分強かな感じ。
…横合いから失礼しましたー
今回のナツさんのエントリを読んで、昔のオノレの失敗を思い出しました。
女を殴る男は全てにおいて自信がない『弱い男』だというヤツです。
『俺って死んじゃったほうがいいのかな?』と卑屈に顔色伺う自称弱い男に散々暴力を振るわれた経験が、私にはありまして。
そんでも、その男から離れたら、この男はどうなっちゃうんだろうって思って、色々引き受けようと頑張ったけど、やっぱり駄目だったことなんかを久しぶりに思い出しました。
私は私で、必要とされたい、みたいなスケベ心がありましたし。
↑
うわぁ典型的な馬鹿女だ!救いようがねぇぞ昔の私!!とツッコんでみたり。
(あれは恋愛じゃなくて共依存、という関係だったのだんだなぁとしみじみ)
『この男は弱い男だ、私が何とかしてあげなくちゃ』とか迂闊に思ってしまうと、もうアウトなんじゃないかと、今の私は思いますです。結局、どっかでその男を見下してると思うんですよ。
大の男を弱者認定して優しくしてあげなくちゃ、とか考えるのって、凄い傲慢なんじゃないのかなーと。
その弱者認定をして、私は、物凄く間違った『母親』になっちまったような気がします。
男じゃなくて息子にしてしまったんだなーと。
そういや『俺の欲しいのは母親じゃない女なんだーっ』とか言ってました。あの時は意味が解りませんでしたが、今になってみるとなんとなくですが解ります。
多分、相手は男としてちゃんと尊敬されたかったんだろうなってことです。
だけど私といる限り、ちゃんとした男になれなくて、同情とか哀れみとかそういう小馬鹿にされてる視線を敏感に感じ取って、暴力振るったんだろうなぁ。
私では結局相手の望むような女にはなれなかったんだよなぁ。
・・・とか、そういうことです。
とりあえず周囲から気を使ってもらえて無条件に優しくしてもらえるのって、幼児か老人だけだと思うんですけども。っていうかそれ以外のオトナに間違った母性、振りかざしちゃ駄目です。自分もしんどいし、相手だってしんどいです。
●Kammy+さん
>ここまでは「この世の理屈」なんだから耐えるべき,という線引きがしたいのでしょうか?
>なぜ,わざわざそんな話をして読者をふるいにかけるのかがわからないのです.
「理屈を飲みこまなければもっと世の中が生きづらくなる」とは思っていますがそれを強制はしてません。生きづらい道を歩むのもやはりその人の生き方ですから。
だけど自分でその選択をしてから「生きづらい生きづらい世の中や他人が全部悪い」と言ってるならばどうにもならないし、少なくともわたしは聞きたくありません。
「かわいそうね、世の中が全部悪いよね」と同意すれば満足するってものでもないでしょうし。わたしはどうしたって「そんなことを言っていても何も変わらない」としか言えない。これが正直な気持ちで、嘘はつけないからです。
わたしとそのことについて対話すると何度やってもそういう結論になります、それで傷つくとしたら相性が悪いんだ(価値観が違うんだ)、ということです。jackさんからたまたまコメントをもらったのでそれに答えて自分の見解を話してみました。
「読者をふるいにかける」・・・うーん。先日のエントリで「読むな」と言ったつもりはないですがそう取られたのかな。ただ、わたしのテキストは好き嫌いやスタンスをはっきりさせることが多いです。それはあくまでわたしのスタンスであって、わたしが嫌いだと言ったとしても結局それはわたしの判断に過ぎません。
まあ、昔から常にこういう文章の書き方をしてきたので、非モテ問題でも「差別せず」同じ書き方をしてしまいます。
わたしは「ある種の人間」が嫌いなので、非モテ・モテに関係なく、そういうタイプの人たちを文中で突き放しているのは確かです。ですがそういうタイプでない非モテも大勢いるので、非モテ全体を拒否してるわけではない。
「人間として嫌い」な人がいる。それは昔のテキストから一貫して書いてきたことで、非モテであること、つまり恋愛弱者であることとは全く無関係です。
(ちなみにわたしもKammy+さんの先のコメントには脅されていると感じました)
あと、「的を射ている」のに屁理屈とはこれ如何に。全然的外れなら屁理屈と断言されてもしかたないですが。
で、誰にともなく追記。
前にも書いたとおり、安易な責任転嫁とは別に社会的要因も多少あるのかもしれないとは考えているし、本当に恋愛差別、ラブハラスメントはそこまで深刻なのか、ということにも興味ある。それについては被害者意識の激しくない非モテさんと冷静に客観的に話したいと思っていたんですが(なんか本当にマジで疲れてきました)。
わたしとしては烏蛇さんとか#43さんあたりとならそっち方向で話せるかもーとか思っていたんですが。もちろん冷静に話してくれるなら他の方でもいいんです。「お前はモテ側なんだからお前も悪」みたいなオーラを感じない人、って意味で。
もう「殴った殴られた」みたいな話はしたくないです。出来ないなら非モテ話はやめようと思ってます。
●ふにさん
>自分で自分を弱者って言って、自分で弱者の立場を選択してるのに、「強者は遠慮して欲しい」って何だか勝手なように思えます。
同意です。それを「弱者の論理」というのだと思う。弱者とか強者とか規定した時点で、そのカテゴリを駆使して何らかの「力」を振るおうという意図がある。そこで自らが断罪した強者と同じ穴の狢になってると思うんですけどね。
●空さん
>『俺って死んじゃったほうがいいのかな?』と卑屈に顔色伺う自称弱い男に散々暴力を振るわれた経験が、私にはありまして。
>そんでも、その男から離れたら、この男はどうなっちゃうんだろうって思って、色々引き受けようと頑張ったけど、やっぱり駄目だった
あああ、共依存ですね。身近で実例が結構あります。一番身近な例はわたしの父と母です。暴力までは振るってないしもう離婚してますが。だから共依存関係が家庭をもぶち壊す恐ろしい病だというトラウマがあります。
>大の男を弱者認定して優しくしてあげなくちゃ、とか考えるのって、凄い傲慢なんじゃないのかなーと。
>その弱者認定をして、私は、物凄く間違った『母親』になっちまったような気がします。
そうです。激しく同意。母も何だか同じようなこと言ってました。自分の子供の母親にはなれるけど、夫の母親にはどうやってもなれないし、なっちゃいけないみたいなことを。
だから対等な人間として非モテ諸氏とも接したいんです。「弱者」ではなく自立した大人の人間として。しかしそれをしようとすると「強者が弱者をいじめる」とか「差別している」「弱い者を切り捨てている」みたいに受け取られてしまう。非モテがそこまで「弱者」だとはわたしには到底思えないんですよ。
>とりあえず周囲から気を使ってもらえて無条件に優しくしてもらえるのって、幼児か老人だけだと思うんですけども。
>っていうかそれ以外のオトナに間違った母性、振りかざしちゃ駄目です。自分もしんどいし、相手だってしんどいです。
ええ。母とか知人の姿を見ていてそのへんは固く決意してますから。つーかそういう一方的な母性は猫とちっちゃい子にしか感じませんからわたし。彼氏とか友人には甘えたり甘えられたり対等で適度なのが気持ちいい。そうできない人、つまり精神的に自立してない人とは仲良くなれないし。
>ナツさん
このエントリ最初のコメントが脅しのように思われたとのことですが,とても残念です.
私を含めナツさんのコメントに反発した方々が,どれだけナツさんの好き嫌いの表明のために侮辱され,みじめな思いをしたか,思い至らないようで残念です.
結局さんも指摘していますが,ナツさん自身が,無意識のうちに一部の人間をボコボコに殴ってしまっていた,という可能性にきちんと目をやってくれていないということが,ものすごく残念です.ナツさんの味方には,同じようにナツさんの発言が「殴り」にあたらないと感じている方々がついていますね.
そしてこちらが「殴られた.その発言はないんじゃないか.」と物言いしたところ,「これを「殴り」と感じる人間は読まないでください」「言葉をいちいち取り上げて批判してこないでください」etc...要はこちらの「反撃」を「いわれなきもの」としてしか認識していないことが問題なんです.その果てに「もう「殴った殴られた」みたいな話はしたくないです。」では,結局殴られた側の泣き寝入りじゃないですか.それをさしてナツさんの側を「強者」と言っても,こちらのニュアンスがそちらに伝わらないのは目に見えているのかもしれません.
好き嫌いの特に「嫌い」を表明することが,どれだけ他人との心理的な衝突を招くかについて,もう少し慎重になっていただきたいのです.少なくとも.このようにお互いの対立が顕在化してしまった場で話を続けるのは難しいと思うのです.それを含めての「やめにしませんか」だったのですが,私の一方的な言論封鎖要請のように思われてしまったのは残念です.
>空氏
>『俺って死んじゃったほうがいいのかな?』と卑屈に顔色伺う自称弱い男に散々暴力を振るわれた経験
あー…
私も間接的にですが同じような話を聞いたことがあります。
一見自罰的な人間が「自分は弱い」ということを楯に暴力を振るうことは往々にしてあるみたいですね。
結局のところ、自分が弱者であることを声高に主張するというのは「だから自分は悪くない」という責任逃れなんですよね。弱いからといって自分の行為の責任を取らなくてもいいということにはなり得ません。
>ナツ氏
ラブハラスメントがどれほど深刻なものか、という点については実のところ私もよく分かりません。私自身、深刻な恋愛差別を受けた経験がない、ということもあります。他の方の体験を参考にする位しかないんですよ。
ただ、それが仮に深刻な社会問題であるとしても、だからといってどうしようもない問題であることも確かです。やや繰り返しになりますが、当事者としての非モテにとって重要なことは「恋愛できなければ疎外される」という強迫観念から逃れることではないかと私は考えています。エントリーの中で「女性と付き合いたいのか、恋愛から放っておかれたいのか」をはっきりすべきだ、と述べておられますが(これ自体は全くの正論です)、この「本心」が強迫観念のせいで分からなくなってしまっているのが非モテであるとも言えます。逆に言えば、この「本心」が明確になれば、当人にとっての非モテ問題は8割方解決したも同然、とも言えるかもしれません。
ちなみに私自身は選択肢では(B)のタイプにあたりますが、どちらを選択するにせよ、自らが選択した結果を引き受け、受容することが大事だと思います。これが無いかぎりはたとえ「恋愛差別」があろうと、それに抵抗することもままなりません。非モテ問題に限らず、何にしてもそうですが。
>Kammy+氏
「普遍的な道徳」などとして主張されているならともかく、単なる「好き嫌いの表明」をもって即攻撃とみなすのは筋違いではないかと思います。
個人的には、Kammy+氏が今回のナツ氏のエントリーに対してなぜ「傷ついた」と言われるのか、あるいはどの点で「対立が顕在化」しているのか全く不可解なので、何を問題としているのかについてもう少しはっきりした説明をお願いしたいのですが…
>ナツさん
調子に乗って己の恥を曝してしまったと今更ながらに赤面する私です。
>だから対等な人間として非モテ諸氏とも接したいんです。「弱者」ではなく自立した大人の人間として。しかしそれをしようとすると「強者が弱者をいじめる」とか「差別している」「弱い者を切り捨てている」みたいに受け取られてしまう。非モテがそこまで「弱者」だとはわたしには到底思えないんですよ。
私、こーいうところがナツさんは優しいなーと思うのです。
一部非モテの方々は『ボ、ボクは傷ついたんだからな』と目に一杯涙をためてる小学生の男の子のよーに見えてしまって、私、弱ります。
だから、つい「ごめん、ママが悪かったわ。沢山辛い思いをしたのね」とか、また暗黒の母性を発揮しそうになって、私なんかは危ない、危ない、と呟いちゃうんです。
(暗黒の母性・・・男を癒し、許すようでいながら、その実、男の沽券とプライドを奪い去り、股間を踏みつけて去勢し、可愛い可愛い愛しのボクちゃんを製造しようとする闇の魔法。しかし
成功率は低く、出来上がるのは大概、駄目男である)
『弱者になっちゃ、いけないよ』と言うのは厳しいし、優しくない。でも私は『不幸になっちゃ、いけないよ』に聞こえます。
>烏蛇さん
>結局のところ、自分が弱者であることを声高に主張するというのは「だから自分は悪くない」という責任逃れなんですよね。弱いからといって自分の行為の責任を取らなくてもいいということにはなり得ません。
件の男は、結局ママのスカートの後ろに隠れるという、究極の駄目男ぶりを発揮し、私を悪者にしたまま去りました。
責任取りたくなくて最後まで逃げ切る弱者もおりまする。ここまでくると立派なツワモノです。
・・・・・・つくづくあの頃の私は目玉が腐っていたとしか思えません。うー馬鹿馬鹿っ!なんであんな男が可愛く見えたのよぉぉ!過去の私!!
>烏蛇さん
今回は私はほとんど傍観者だったので,深く傷ついたとかそういう立場じゃないです.だから私が口を出すこと自体が筋違い,黙ってたほうがよかったのかもしれません.不用意に,投げなくても良いパイを投げてしまった気もしています.
個人的には「普遍」うんぬんの話のあたりから,ナツさんの言っていることがわからなくなっていたので,よくわかっていない話に口を出してしまってごめんなさい,それについては弁解のしようもありません.自分は自分で,自分の理解できる範囲のことを書いていこうと思っています.おそらく私のほうがナツさんよりも次元が低くて,ナツさんが見えているものが見えていないのではないかと思います.振り返って見えないものが見えるようになったら,またコメントしたいと思います.
>kammy+さん
>ナツさんの味方には,同じようにナツさんの発言が「殴り」にあたらないと感じている方々がついていますね.
あー、これってもしかしてナツさんの意見に好意的な解釈をしている人や、前々からこのBLOGを楽しんでいた人を「ナツさんの味方」と呼んで、グルになってるとか思われてます?まるでそれじゃあ、自分の意見も無いままにナツさんを崇めて徒党を組んでいるみたいなんですけど…。そういう発言によって、無意識のうちに一部の人間をボコボコに殴ってしまっていたという可能性にきちんと目をやってくれていないということが,ものすごく残念(以下略)。
あと、ご自身はBLOGで愚痴ということで、研究室での悩みを書いていらっしゃいますけれども…私は学生でして、元々女子が少ない分野なので、男性研究生との関係で悩んでいるところなんですよ。そういう人間にとっては、kammy+さんの「議論のまともにできない女が研究室に紛れ込むと,研究室は上へ下への大騒動なのです.」とかいう発言は、あなたの好き嫌いの表明のために傷つく人がでると思うのですが、如何でしょうか。
…合う合わないの問題です。私は随分昔に、ナツさまのテキストで言語化できなで自分を責め続けていたぐだぐだとした悩みが軽く思えた時期があったんですよ。そのテキスト(今ログあるのかなぁ)でも、きっと読む人にとっては「傷つき」ます。ナツさま、皮肉もたっぷりだから(笑)。でも、私はそれで救われたんですよ。
あなたの文章で傷つく人も、すくわれる人もいるでしょう。それは、相性です。その時の自分に合う言葉の傍にいればいいのではないですか?
あと「このようにお互いの対立が顕在化してしまった場で…」と仰いますが、お互いって誰ですか?ナツさまと誰ですか?別にここは「ナツVS非モテ〜因縁の対決2005〜」とかの会場じゃないです。ひとりひとりの人間同士が対話をしようとしている場所です。
●Kammy+さん
>要はこちらの「反撃」を「いわれなきもの」としてしか認識していないことが問題なんです.
「殴られた」つまり傷ついたと感じている人がいることは理解してます。誰かに反感を抱かれ、誰かの賛同を得る。それって当然のことだと思いますよ。
誰一人傷つけないように生きていくことも、何かを主張することも不可能です。
もしかして、わたしが非モテ系ブログやらここに書き込まれたコメントの一部を見て何ひとつ傷つかないと思っていますか?先のKammy+さんの憎悪と恫喝の感じられるコメントに傷つかなかったと?
「強者」と断定することは侮辱だ、とえむけーつーさんがおっしゃっていますがその通りです。「反感」「怒り」という言葉を使っていても内実は同じです。精神的に傷つけられなければ反感も怒りも生まないです。
発言し合うたびにKammy+さんもわたしも他の誰かも傷つけ合っている。わたしは「殴られた。傷ついた。文章を書くのをやめろ」と言わないだけの話です。だからといって傷つかないわけではない。「強者」だからどうせ傷ついても大したことないんだろ、とでも思われているとすれば残念です。
「公に発言してる以上はお互い様。他の人は傷ついたといちいち言わないだけ。自分ばかりが傷つけられた弱者・被害者だと思っている人は嫌い。自分の傷には敏感なのに他人の傷には鈍感な人は嫌い」という話です。
わたしは自分を嫌っている相手からは離れ、好きになってくれる人を探します。他人の心は他人の領域なので、どんなに心が痛んでもどうしようもありませんから。
そして一部非モテ系ブログも。エントリで書いたとおり、ザッと読んで論旨を把握したあとは近づいていません。自分の心を傷つけ反感を抱かせるブログに執着する理由は何もないからです。
だからえむけーつーさんと同じ質問なんですが、「それほどイヤで不快で恨みまで持たせるようなテキストをわざわざ読み続けるのはどうしてですか?」とお聞きしたいです。
「読むな」という意味で言ってるのではありません。純粋に疑問なんです。他に傷つかないブログはいくらでもあるのに、どうしてわざわざ執着するのか。(恨んでいると言われれば傷つきますよ。でも、仕方ないことですね。相性が合わないんだから)
何年か前にも似たようなことがあったなーそういえば・・・その人にも同じ質問をしたけど答えてくれませんでした。メールでただ執拗に「傷つくからもう書くな」と言われ続けた。無視していたらやっと止まりましたけど。
●烏蛇さん
>それが仮に深刻な社会問題であるとしても、だからといってどうしようもない問題であることも確かです。
そうですね。わたしだって彼氏のいるいない・結婚の予定はあるのか等をいちいち詮索するタイプの人には辟易するので、ラブハラスメント自体がどんなに不快なものか、しかしこれといった対策法がないということはわかります。
ただ、セクハラと同じでもう少しマスコミなどでクローズアップされてもいいと思う。非モテもやっぱりラブハラを中心に訴えていった方が、絶対賛同なり理解なりを得られると思うんですけどね。この問題なら性別無関係だから。
>「女性と付き合いたいのか、恋愛から放っておかれたいのか」をはっきりすべきだ、と述べておられますが(これ自体は全くの正論です)、
>この「本心」が強迫観念のせいで分からなくなってしまっているのが非モテであるとも言えます。
烏蛇さんのように「自分は恋愛放棄型だ」と自覚できた非モテは、それまでよりかなり楽になると思うんですが、逆に恋愛したい非モテはどうなんでしょう。「したいけど恋愛は一人ではできない」という現実が、他人から差別を受けなくても自分で自分を疎外してしまう原因になると思う。
そうするとはっきり自覚しない方がその人にとっては楽なのかもしれない。「人から疎外されているだけなんだ」と思っておいた方が。
強迫観念だけでなく、それが自覚を妨げる一因かもしれないなあと。
まあ今後はコメント欄で話が続くならそれはいいとして、エントリの方はなんか別のオタク臭い話でもしようと思ってます。さすがに疲れてきたからパーッと気分でも変えて。
弱者っていうけど、
弱者ほどがんばっていると思う。
それがいずれか強者になるんじゃないかな?
つまり、弱者であればこのサイトは見ていないと思う。見ていても書き込みはしないと思う。
●空さん
>「ごめん、ママが悪かったわ。沢山辛い思いをしたのね」とか、
>また暗黒の母性を発揮しそうになって、私なんかは危ない、危ない、と呟いちゃうんです。
空さんはわたしと正反対のキャラですなー(笑)
まあ、猫くらい可愛くて寄る辺ない存在ならいくらでも甘やかしてしまうのですが、対等な人間同士のつきあいで「ママが悪かったわ」的母性愛なんか感じたことがないなあ。だいたい、エラそーなことばかり書いてますがわたし自身精神的に強くなんかないしむしろヘタレだし。自分のことで精一杯です。
責任取らずに逃げる男か・・・どこにでもいるもんですね。結婚して子供まで作った後でそれをやっちゃ本当に最悪です。
●鳩子さん
>…合う合わないの問題です。私は随分昔に、ナツさまのテキストで言語化できなで
>自分を責め続けていたぐだぐだとした悩みが軽く思えた時期があったんですよ。
同じ内容のメールを今回の件でいくつかもらいました。嬉しかったです。「お前の文章は俺を傷つける」と言われるのは、それを覚悟して書いてはいてもやっぱり傷つきます。でも自分の意志で書いていることなんだからしょうがない。そういう時に「逆に私はあなたの文章で救われたんだ」と言われると勇気づけられるもんです。
現実社会では嘘をつきすぎてストレス溜まってるので、ブログでくらいガーッと本音を晒したいっつーのが、公開で文章書いてる一番の理由だけども。それにはメリットもデメリットもあるということは昔から承知してます。
誰も敵を作らないテキストってわたしには多分書けないし。敵と味方を常に作り続けるんでしょう。
>ナツさん
>「それほどイヤで不快で恨みまで持たせるようなテキストをわざわざ読み続けるのはどうしてですか?」とお聞きしたいです。
「イヤで不快で恨みまで持つ」のは私のことですか?どうもそう思われているみたいなのですが,違うんですよ….
私はナツさんの一部の非モテをとことん嫌う一貫した姿勢に,「それが逆に「自分は弱い」を盾にしている人間にはたまらなくキツイと思う.ここは(ウソでもいいから)その人たちを思いやってあげれば建設的な議論ができるかもしれないのに」と思っていたわけです.そこで想像も交えながら「もうやめにしませんか」と提案するに至ったのですが,私は場の雰囲気が読めていなかったということに,その直後に気づいたのです.
恨みに思っているわけではないので,このページをみることは何もおかしなことではありません.自分のコメントに対してレスもついていくことですし.
>わたしだけが好き嫌いを表明してはいけない理由が何なのかもわかりません。
いったんキライになった人間の言葉は,悪意をこめて解釈される,その危なさにもっと留意すべきでした.前のコメントで,
>好き嫌いの特に「嫌い」を表明することが,どれだけ他人との心理的な衝突を招くかについて,もう少し慎重になっていただきたいのです.
と書きました.それは,「嫌い」と言うな,ということではなくて,「軽々しく出してはいけない」という老婆心からのものです.子供のときから親には「他人の前で,キライって言っちゃだめですよ.みんなと仲良くなれなくなるから」と言う教えが脳裏にあるからかもしれません.もちろん,自分も他人のこと言える立場じゃないかもしれません.だけど今回は見ていて「ああ,これは辛くなってる人いるよなあ」と思ったのでこのスレ最初のコメントとなったわけです.今回は完全に私のおせっかいでした.調子にのって正義の味方ぶろうとしてました.申し訳ありませんでした.(今後自発的に書き込むことは避けたいと思います)
そーいや非モテの当事者としてラブハラだかなんだかっていうものを食らったかどうか書いてませんでした。
とはいえ俺現在35歳ですし、こういうのは世代的なものもあると思うので、参考まで。
あるなしでいえば、微妙にあります。
とはいえ、二十代後半までくるともはや「あれ、別の国の人だし」という扱いになってしまい、腫れ物に触るような雰囲気でした。ガチホモとか思われてたフシもあります。主に二十代前半くらいのころを。
要は「彼女いない歴=年齢」に対して「おまえマジありえねーんだけど」というやや嘲笑的な物言いですね。二十五くらいからは「あの人ホモ?」みたいな噂もついてきました。ふだんは親しく話している人であっても、女がらみの話になったとたん、やや嘲笑的な態度に出る、くらいの感じですね。
もっとも、それよりも深刻なのは童貞かどうかってことのほうみたいです。恋愛の有無より性体験の有無。
二十歳越したあたりから、そのへんが顕著になってきますね。二十三で童貞とかいうと「ちょっとヤバくね?」っていう雰囲気で、ついでに「包茎?」みたいな部分もついてきます。俺のナニがどうであろうとおまえに関係あるのか!とか思いますが「違うぼくそんなんじゃないっ☆」とか必死になって言っても「でもおまえ童貞だし」みたいな。
この部分の壁は、たとえ対人関係を円滑にできる人であっても、ちょっと超えがたいものがあります。差別というに近い視線かと思われます。「おまえ、どっかおかしい」という雰囲気もありました。ちなみに童貞の男子は猥談になったときに(そして若い男の会話なんて、車か女かパチンコばっか)、どうしても挙動不審になりがちで、結局男どうしの人間関係全般に自信を失う、という結果になりがちです。より劣等感スパイラルが加速する、という結果です。ちなみに風俗のみの経験は「素人童貞」とゆって、やっぱ軽い侮蔑の対象です。
個人的には、というただし書きつきですが、恋愛どころか人間関係そのものを諦めてた俺でも「彼女いない歴29年だよ☆」は言えても「29年ものの熟成チェリーだよ♪」は言えませんでした。職場でカードキャプターさくら大好きさくらさんはにゃーん☆がバレてて(しかもその事実はごくあたりまえのこととして、人間関係に亀裂を入れることなく受け入れられていた)、開き直ってた俺ですら、です。そのほうが、より致命的に「馬鹿にされる」ということを知っていたということでしょう。
やっぱ男社会のなかには「童貞=使えねえ。つかダメ」っていう価値観はありますし、それはわりと露骨なかたちで表現されやすいと思われます。少なくとも二十代半ばで女性経験がない=ホモ、と半笑いで噂を立てられるくらいには、それは特殊なことだと思われるようです。
しかし自分で書いてて思ったですけど、だめじゃないでしょうか、この人生。
●Kammy+さん
>いったんキライになった人間の言葉は,悪意をこめて解釈される,その危なさにもっと留意すべきでした.
ああ・・・、そういう側面は確かにありますね。自分もやっぱり、「嫌いだ」と思った人の言葉は素直に受け取れませんし。
だけどそういうデメリットを越えてもスタンスを明確にしたい時があるんです。今回の場合だと、「自分は傷つけられた被害者」「弱者なんだから強者は俺を気遣え」的な意識の強い人と関わることによって被るデメリットの方が大きいと思いました。いつもいつも加害者、つまり悪人にされることはとても心が「傷つき」ます。そういう人に過去、粘着されたことがあるのでどういう状況を招くかよくわかってるんです。昔の失敗を繰り返したくはないです。
だけどそれだけでなく、「絶対的な被害者でいる」ことがどんなに人を遠ざけるか、嫌われる原因になるのか、その危うさを逆に知って欲しいと思った。自分もそういう被害者意識が原因で友人を失ったことがあったって話は、エントリの中でも書きましたけど。失ってから呆然とするより、早く気づいてその泥沼から脱出するに越したことはないです。
(その最中にいる人には難しいとは分かってるんですけど、こっちもそれは老婆心ですね)
Kammy+さんに恨まれているのでないことがわかって、それにはとりあえずホッとしました。やっぱり「うらむぞー」ってのは心理的に来るものがありますから。
●えむけーつーさん
いつもながら、悲惨な状況を軽く卑屈にならず書けるえむけーつーさんの文才には感心します。しかもとっても参考になる。
>「あの人ホモ?」みたいな噂
>ついでに「包茎?」みたいな
>「でもおまえ童貞だし」
>「おまえ、どっかおかしい」
うーん・・・。明るく書いてあるから惑わされるけど、かなりキツイもんがありますね。こうまで露骨なラブハラが続くと、心が荒んでいくのはわかる気がします。
というか男同士では必ず「童貞か否か」って質問をされるわけですか?それに答えなきゃいかんのでしょうか。でも答えたくないっ!とか抵抗すると、「やっぱ童貞なんだ」と判断されるわけですな。どちらにしても。
友人のある男性は、別に童貞じゃないんですが彼女とあーしたこーしたという露骨な話をするのは俺は嫌だ、酒の席になると男はすぐこれだから困る、なんてことを言ってました。自分の彼女(過去にしても)の性的なエピソードまで何で披露して酒の肴にせねばならんのかと。
そういう男性は全体から見ると少ないんでしょうかね。ついつい余計なことまで自慢ぶっこく男性の方が多いようで、童貞か否かに関わらずその手の話につきあわないとノリが悪いと見なされて困ることはあるようです。女でも、場合によっては似たようなことはありますけど、男性よりは少ないと思う。
こういうのは時と場合と人によっては嫌がらせになるんだよー、という社会的認知はある程度必要だなあと思ったり。でもだからといって「腫れ物に触る」ような態度も傷つくよな。難しい。
>ナツ氏
>ただ、セクハラと同じでもう少しマスコミなどでクローズアップされてもいいと思う。
むしろラブハラは一部マスコミによって作られている(あるいは強化されている)と思われるフシがあります。恋愛経験を以って良好な人間関係や性格のバロメーターとみる考え方は、80年代以降にマスコミ主導で広まったものではないかとも考えています。あまりはっきりしたことは言えないんですが…
>逆に恋愛したい非モテはどうなんでしょう。
これは確かに難しいところではありますが、これこそ「どうしようもない」んですよね。
しかし、「自覚」といってもこれは予め決定されているようなものではなく、気付いた時点で修正を試みることも可能なわけですから、それほど「救いようのない話」だとは思いません。結局は自分がいかに選択するかの問題ではないかと。
>MK2氏
このエピソードなどははっきり「男性に対するセクハラ」だと思うんですが、日本ではセクハラ=女性に対するものと思われちゃってるからなぁ…
私自身は童貞であることを特に周囲の人に特に隠しておらず、それによってはっきり差別を受けた経験もないんですが、こういうのも周囲の環境に大きく左右されるんですね。
(性的な存在としての)女性を媒介として男性同士の同調をはかる文化を「ホモソーシャル」と呼びます。非モテはこうしたホモソーシャル的な男同士の関係から弾き出されることが多く、また、私の知る限りほとんどの非モテ(私も含む)はホモソーシャルへの何らかの嫌悪感を持っています。MK2氏の場合も、こうしたホモソーシャル的価値観により差別を受けた例だと言えるでしょう。セクハラないしラブハラとホモソーシャルとは不離の関係にあります。
この話、まだ続いてたんですね…。
遅ればせながらコメント全てに目を通してみましたが、これってお互いに理詰めで議論してもやっぱりなかなか難しいんじゃないかなーと思いました。
と前置きした上で非モテとしての私の思いですが、以前sociologicさんのところで紹介されていた以下のサイトで引用されていた文章が感覚的にかなりしっくりきました。
http://d.hatena.ne.jp/naozane/20051203
>不当に何かを奪われたという自己認識を持つと、強い自己不安を抱えたり、他人に対する攻撃性を持ってしまう。優しさとか、人当たりのよさを身につけにくいのです。
私の場合、オタ趣味のせいで軽蔑されていた(少なくとも私はそう感じていた)ことがまさにこれです。「オタ趣味がそんなに悪いことか?俺に言わせれば、お前らの夢中になってるものこそくだらないぞ。俺は不当に差別されてる!」と思ってしまい、それが中学高校大学とずっと続いてしまいまして…。その状態からのモテ批判って、ある意味「復讐」なんです。自分を実際に傷つけた人だけでなく、その人に自分を傷つけさせたものにまでさかのぼって「私が間違ってました、あなたの言うとおりでした、ごめんなさい」と言わせて自分の傷と相殺してようやくイーブン、その上で尊重されうる一人前の男として清純で可愛い女の子に好かれたい、みたいな(なんか、自分で言ってて凄くイタいですが…)。
もちろん非モテの全てがそんな風だとは言いませんが、少なくとも私の中には「確かに俺にも原因があるけど、それってここまで蔑まれなきゃいけないほどのことか?」って思いがずっとありました。だから「現時点で既にお互いイーブンである」という前提で話したり、「それはお前に原因があるから自分で何とかしろ」とか言ってもあんまり意味が無いんです。それだと、立ち位置の違いを際立たせて「敵認定」する材料になるだけなんですよ。
(因みに、ここで「敵認定」する相手が実際に自分を迫害した相手でなく、「自分を迫害したのと同じタイプに見える人間」でしか無いのがまた話をややこしくさせます…。)
じゃあどうすれば良いのかって考えると、これはもう本人がこれまでに受けた(と感じている)傷を誰かの信頼や愛情で埋め合わせてもらう以外に根本的な解決は無いんじゃないかという気がします。甘えと言えば甘えかもしれませんが、自分が受けた以上の愛情をひとに与えられるほど強い人ってなかなかいないですし。非モテ同士の傷の舐め合いも、まずは似たような境遇の者同士で信頼を与えあう効果があるんじゃないかなーと思ってます。まあ不毛なんですけどね。
長っ。投稿して気付きました。すみません。どうせなので蛇足の追加を。
強い人が強くなれたのって、本人の努力もあるでしょうけど、「強くなる機会を与えられたから」ってのも多分にあると思います。当然のことながら、周りに信頼されて育った人って、馬鹿にされて育った人よりも根っこが強いなと常々感じるんですよ。たとえ一時的に誰かに嫌われても、これまで受けた信頼の蓄積で自分を信頼することができるからでしょうね。
ということで、「非モテは弱者だ、優遇しろ」とはさすがに言いませんけど、「気持ちは分かるよ?」とか生暖かく同調しつつ、優しく優しく欠点を指摘してくれたり導いてくれたりしながら、やんわり見守っててくれると有り難いな、などと思ったり思わなかったりする所存であります。
…って、「私はあんたの母親じゃない」とか言われそうな気がしてなりませんが(笑
>満ドリルさん
しかしですね、
>生暖かく同調しつつ、優しく優しく欠点を指摘してくれたり導いて
とか言い出すとそれは往々にして空さんのように、
>『俺って死んじゃったほうがいいのかな?』と卑屈に顔色伺う自称弱い男に散々暴力を振るわれた
みたいなことを招くわけです。
ぐっと我慢して優しくしてもらうのではなく、具体的なエピソード(えむけーつーさんのみたいな)を話したりして
「うわー、そんなこと言われるの!? 言う奴最悪!」
と目の前でそのエピソードについて怒ってもらう(別に同調してもらってるのではなく勝手に怒ってるのがポイント)、とかの方がいんじゃないですかね、お互いのために。我慢はいくない。
>ナツさん
さすがに直接聞かれたりはしないです。
要は「経験していなければ知りようがないこと」っていうのがあるわけで(知識として持っていても、やはりメッキは剥げるものです)、それをもって探りを入れるわけですね。猥談のときとかに。あるいは、相手もとーぜん性体験があるという前提で話をしていて、それが微妙に通じない。ん? ちょっと待て、っていう……なんつーか、微妙な違和感の蓄積ですね。違和感が一定レベルを超えるようだと「こいつひょっとして?」みたいな感じで噂されるとか。そして飲み会のときとかに爆裂するわけですよ。そういった違和感の集積が。
ちなみに、自慢ぶっこく男性は少なからずいると思いますよ、確かに。そういうタイプの人間が、探りを入れたりしがちなタイプです。
男にとって性欲というのは「だれしもがまっとうにあるはずのもの」という共通の認識があるので、話題にもなりやすいし、その話題に乗れない=まっとうではない、という流れになりやすいらしいです。実際おそろしくまっとうではなかったので、後ろ暗いことこのうえないし(←蛇足)。
烏蛇さんの仰るホモソーシャルですが、その世界の住人が男性の主流派であることはまずまちがいのないところかと思われます。
なんでそんなことで人間の価値決めたがるかなあ……。
>満ドリルさん
>「気持ちは分かるよ?」とか生暖かく同調しつつ、優しく優しく欠点を指摘してくれたり導いてくれたりしながら、やんわり見守っててくれると有り難いな
うう、この際だから言っておきますけど、若い女の人にこんな高度な技は無理です(涙)。
若い女の子にはもっと無理。
女の人も色々大変だし若いと色々余裕ないし。自分のこともわかってないのに、他人の欠点を優しく指摘するなんてとてもじゃないけど
無理無理無理〜っ。
やろうとして大失敗したんですから、二十代だった私は。
劣等感だらけの男の人って何がNGワードになるのかわからないし、いつ地雷踏むかってビクビクしながら生活しなくちゃならなくなります。
「完全に赤ん坊になって、女の人に育てなおされたいなv」
なら、うんと年上の小金持ちのマダムにお願いしたほうがいいです。
(「空ちゃん、コレ言うと男は怒るから古い女は黙ってるけど、女だって若い方がいいって思ってるのよvだって古い男なんて、所詮自分の母親が死ななきゃ女房の言うことなんて聞きゃしないしさー。古い男は、女だってだけで見下してそのくせ甘えたがるんだからやってられるかっつーのよ」「そーそー、だったら若くて可愛い男の子を可愛がるほうがいいって!」
「だからね、空ちゃん!経済力つけて女磨いて今度は若くてかーいい男の子捕まえればいいのよv」
↑
男に捨てられてヘロヘロだった私を励ましてくださったおば様方のありがたいお言葉。60年代ウーマンリブでブイブイ言わせてた職業婦人ってなんであんなに元気なんでしょか)
「息子のように優しく愛されつつ、でも男として尊重して尊敬して欲しいなv」
なんてムシのいいこと要求しちゃだめだぞ☆
満ドリルさん、とても簡潔でイロイロ興味深いことが伝わってきました。
kanoseさんのblogの記事↓
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20051216/minomonta
と合わせて読むとまた面白いです。
アドバイスする側は良かれと思ってするのですが、それがそもそも相手の欲求と大いに食い違っていることもあるのかなと。
>ぽいんつさん
>>『俺って死んじゃったほうがいいのかな?』と卑屈に顔色伺う自称弱い男に散々暴力を振るわれた
>みたいなことを招くわけです。
それは非モテというより、いわゆる「だめんず」寄りの領域みたいな気もしますが…。非モテの場合は、肉体的な暴力よりも精神的に追い込んでしまうようなのが多そうな感じが。イメージ的に。無意識に相手の罪悪感を煽って自滅させたりとか。
ともあれ確かに、過剰な我慢はお互いのためにならないだろうと思います。
>空さん
>うう、この際だから言っておきますけど、若い女の人にこんな高度な技は無理です(涙)。
>若い女の子にはもっと無理。
言ってはみたものの半分冗談です。私もそう思います(汗
「そういう方向を目指してくれたら非モテも楽になるな」とは思いますけどね…。
「自分のダメなところを全部受け入れて優しくして欲しいな」っていうのはさすがに無茶ですけど、「こっちも努力するから、もうちょい寛容になってよー」というのが本音のとこです。あらかじめ持ってた「理想の男性像」と比べて「どうしてあなたはそんな人なの」とか「どうして変わってくれないの」とか言われるのは結構辛いので。
そんなわけで、非モテも女性も互いに仲良くスクスク成長していけるといいですね、とか言ってみたいなと(笑
>劣等感だらけの男の人って何がNGワードになるのかわからないし、いつ地雷踏むかってビクビクしながら生活しなくちゃならなくなります。
相手のことをよっぽど深く知ってないと、そういうのは難しいですよね。
ただ非モテの側も、女性と話すときは爪先立ちで地雷原を歩いてるような気分だったりしますよ(笑)。自分にしてみればほんの些細なことで、急に「キモい」「無神経」「気が利かない」なんて思われたりするので。要は経験不足ってことだとだと思いますが、なかなか難しいです。
(例えば私の場合、「私、目が小さくて嫌だなあ。もっとぱっちりした目が良かったのに」「ふーん、そうなんだ」という会話で一発アウトになった経験があったりします。このゲーム難易度高すぎ…(笑)。誰か無敵コマンド教えてください。)
●満ドリルさん
>不当に何かを奪われたという自己認識を持つと、強い自己不安を抱えたり、他人に対する攻撃性を持ってしまう。
>優しさとか、人当たりのよさを身につけにくいのです。
これはわかります。わたし自身もこういうところありますから。わたしの方が救われたいわ!とか言いながら非モテに負けずうっかり不幸自慢大会とかしてしまいたくなるくらいなもんで。
つまり、強く見える人も実はそれほど強いわけじゃないし、色々問題を抱えていても表に出さないだけの人がごまんといる、ということが重要なんです。非モテの多くの人はこの辺を誤解している気がする。他人を救えるほどの強さを持った人に出会える確率なんて奇跡に近い。みんな自分のことで精一杯。だから一方的にすがろうとか、相手は強者なんだから弱者の自分は依存していいんだとか考えている人は、敏感に見抜かれて引かれてしまう。「支え合う」ならともかくとしても。
>じゃあどうすれば良いのかって考えると、これはもう本人がこれまでに受けた(と感じている)
>傷を誰かの信頼や愛情で埋め合わせてもらう以外に根本的な解決は無いんじゃないかという気がします。
確かにそうかもしれませんが、それを得るのは前述のように奇跡に近いことでしょうね。
それでも可愛く生まれついたりイケメンに生まれたりすればその傷を積極的に癒してくれようという人も世の中にはいるわけですが(不公平なことに)、そうでない場合は性格的魅力で、つまりは優しさ・明るさ・許容力・前向きな思考などで誰かの信頼や愛情を勝ち取る以外にない。(他にも色々あるでしょうが「人好きのする性格」ってやつ)
ということは傷を抱えたまま他人に攻撃的になっている人はいつまでたっても「誰かに愛してもらう」ことはできないわけです。
自分の傷を埋め合わせるために誰かに傷を付けようとしていた自分を認め、無差別的な攻撃性を捨てる。そこまでは自力でやらなければならない。「今のダメな自分をまるごと誰かに受け入れ救ってもらいたい」と考えているうちは満ドリルさんもおっしゃってるように無理なんですよね。
ご紹介URLの引用元「封印された不平等」でもそのあたりのことが述べられていますね。
>自分が何かを不当に奪われているとか、社会からはじき出されていると思うことが、それ自体で何かをさらに失ったり、
>はじき出される原因になってしまう。たとえ恵まれていないと感じても、
>それを他人のせいだ、
>社会のせいだと考えるより、運だと考えてしまうほうが、一人ひとりの人生設計としては合理的なんです。
「まあそんなにイライラしないで」「いつかきっとあなたを愛してくれる女の子が現れるよ」という言葉をかけることくらいはできますが、それで本当に癒され満足するのか、という疑問もあるな。誰かも書いていたけど、「そんなこと言うくらいならお前が愛せよ」って思ったりしませんか?わたしはそう思ってしまう。
最初は優しい言葉だけで嬉しいかもしれない。だけど、付き合いが長くなるにつれて不満が鬱積していく。しょせんは「言葉」だけなのかと。優しいからこそその先を期待してしまう。それをいつまで経っても与えてくれない「優しい人」に対して筋違いの憎しみがわいてくるかもしれない。「結局お前も哀れんでるんだろ!蔑んでるんだろ!」みたいな。
わたしはこういう危険性の方を考慮してしまうので下手に優しくできません。期待を持たせたって本当に欲しい物は絶対に与えることができないんだから残酷なだけ、という気もする。
・・・というわけで、じゃあ何ができるのかと考えた結果がラブハラスメント問題の考察だったりするんです。これは自分も含め誰にでも降りかかる問題だし、「今の女が悪い。女はこうあるべき。こうしてくれるべき」みたいな「あるべき論」とは違うから、性別を超えて論じやすいと言えます。
非モテもこうした「あるべき論」(あるべき男とか、あるべき恋愛とか)に追いつめられ、それを撤廃しようと動いているはずですが、その代償に「あるべき女論」(処女であるべきとか、母性的な無償の愛を持つべきとか)を女に押しつけるとすれば、対立構造は永遠に解けないでしょう。これを解決するにはお互いに「あるべき論」を捨てなければならない。その第一歩としてラブハラ問題(あるべき論が嫌がらせになった顕著な例)は手頃だと思えます。
満ドリルさんも非モテということで、ラブハラに遭遇することもそれなりにあると思うんですがどうでしょう?
●烏蛇さん
>むしろラブハラは一部マスコミによって作られている(あるいは強化されている)と思われるフシがあります。
トレンディドラマの隆盛等で、ですね。これが事実だとしたらマスコミは火消しの方も論理的にはできるはず。マッチポンプだけど、ラブハラスメントがいかに深刻なものかについてもっと言及しろと。(でも「恋愛しなくてもいいんだよ」「したくない奴は放っておけ」的な価値観が広まるのは消費社会的にはまずいのかもしれない。)
ホモソーシャルと言えば「非モテ」コミュニティもホモソーシャルの一種ですよね。女性嫌悪を軸とした。しかもどんどん保守化している(一部は)。・・・この辺でなんかもー、モテるモテない全く関係ないじゃないか、女を敵視したり抑圧したり何らかの役割を押しつけたいなら、男尊女卑の保守男性とどこが違うんだって話になってしまう。昔ながらの保守男性は「強者」として君臨し、非モテ保守は「弱者」を売り物にしているというだけの違いで中味は同じだ、ってことになっちゃうんですよね。
●MK2さん
>男にとって性欲というのは「だれしもがまっとうにあるはずのもの」という共通の認識がある
これが諸悪の根源だな。女性より男性の方がラブハラがキツくなる原因。女の子同士だとあけすけに話す人も話さない人もいるけど、話さないからと言って「まっとうではない」「異常だ」とまでは言われなくて済みますからね。
MK2さんは「ホモじゃないか」とまで言われたとの話ですが、これが実際に同性愛者だった場合も非常に困難な状況に置かれますね。「女の話を共有できない」、それだけで、本来ならば知られなくていいはずの性癖が無関係な人に知られてしまう危険性がある。自分の意志で信頼できる相手にカミングアウトするのとは違いますから。
そういう形で「女の話を共有できない男は異常」と考えているような人種に知られてしまうのって、冗談じゃないだろうなーと思います。
●空さん
>「息子のように優しく愛されつつ、でも男として尊重して尊敬して欲しいなv」
うわーそれはぶっちゃけ「死んでください」とか言いたくなるほど都合のいい願望。てか、「劣等感だらけの男の人相手にいつ地雷踏むかってビクビクしながら生活」ってわたしは絶対出来ないから気がついた時点でトンズラするなあ。ビクビクしなくていい男を探した方が早いもん。
まあ自分も劣等感を克服してるとは言いがたいけど。男も女も劣等感が強すぎると面倒くさがられても仕方ない、という話ですね。
>ナツ氏
>ホモソーシャルと言えば「非モテ」コミュニティもホモソーシャルの一種ですよね。女性嫌悪を軸とした。
そうなんですよ。おそらく非モテの人達はもともと「従来のホモソーシャル社会から弾き出され、ホモソーシャルを嫌悪する」人達だろうと思うんですが、そのコミュニティがまたホモソーシャル的なものになってしまう。その結果は、おっしゃる通り「旧態依然の男尊女卑思想」と同じところに帰着してしまうわけです。
なぜこうなるかと言えば、「強者として君臨する」ことと「弱者を売り物にする」ことが同じコインの裏表だからでしょう。保守思想とは、強者にせよ弱者にせよ、自分の行為の責任を他人に負わせたい人にとって都合のいい思想なんでしょうね。
>これが事実だとしたらマスコミは火消しの方も論理的にはできるはず。
あー、確かにそうですね。しかし、個人的にはマスコミにはあまり期待できない気がします。セクハラというがマスコミ経由で流通したのも、要はホモソーシャル的な文脈で解釈(曲解)された上でのことですし。
>MK2氏
>男にとって性欲というのは「だれしもがまっとうにあるはずのもの」という共通の認識
実際には、性欲の強さも対象も人によって全く違ったものだったりするわけですが、ホモソーシャル社会においてはそんな事実は当然のごとく黙殺されます。性欲を「まっとうにあるはずのもの」ということにしないと、それをベースにした連帯を作れなくなってしまうんですね。
非モテコミュニティにおいてもナツ氏の指摘のとおり、「女とは醜いもの」という共通認識をベースに連帯を作ってるわけです。これをやっている限り、非モテ差別は自分達自身によって再生産され続けるでしょう。
>男にとって性欲というのは「だれしもがまっとうにあるはずのもの」という共通の認識
しかも実際には「まっとう」じゃない人ってけっこう多くいるので、より強制的に「みんな同じ」とかいう方向に向かおうとしたりします。
いかんいかん、嘘はいかん。
もちろん嘘じゃなきゃなに言ってもいいのかっていうと、それはまた別の問題ですけど。
初めまして、ナツさん。
24歳の元ホステスです。
痴漢騒動の頃を想起しちゃいましたけど
なんか今回は粘着の質が濃いわぁ〜。
メンズ正直鬱陶しい。
●烏蛇さん
>なぜこうなるかと言えば、「強者として君臨する」ことと「弱者を売り物にする」ことが同じコインの裏表だからでしょう。
俺は強者だ、というツラでのさばっている男尊女卑男の方がずっとタチがいいですけどね。「憎まれてもかまわない」という潔さが見える分だけ。
非モテ保守は、対立者に憎悪すら許さず自分たちは保護されるべき人間だとアピールしつつ最終的には「女性より優位に立ちたい」と志向する・・・こんな保守は初めてじゃないですか?弱者の拠り所って、今までの例だと大体左翼系でしょ。他の弱者の権利を侵害しては、弱者たるおのれの立場も危ういから、強者の一人勝ちにもっていこうとする保守とはふつう相容れない。
しかし非モテ保守は「俺たちが弱者になったのは女が弱者の地位におとなしくしてないからだ」と思っているらしい。ピラミッドの構造自体を変える気はなくて、順番を変えろと言ってるんですね。おもしろいなー(棒読み)
●銀座七丁目さん
粘着にからむ人はいなくなりましたよ。今やりとりしてるのはちゃんとした話ができる人だけなので大丈夫。
忘年会シーズンなのでちょっと体調くずしてしまいました。更新遅れるかもしれません。
みなさんもお体に気をつけてー。
>doidoiさん
>アドバイスする側は良かれと思ってするのですが、それがそもそも相手の欲求と大いに食い違っていることもあるのかなと。
所詮は自分の基準で「良かれ」と思ってるだけですからね。
私もちょっと反省。
>銀座七丁目さん
私も鬱陶しいでしょうか・・・。そろそろROMに戻った方が良いかな。
>ナツさん
体調の方は大丈夫ですか?年末の忙しい時期に大変ですね。お大事に。
>これを解決するにはお互いに「あるべき論」を捨てなければならない。その第一歩としてラブハラ問題(あるべき論が嫌がらせになった顕著な例)は手頃だと思えます。
ああそうか、私は「お互い相手に求める理想像があるのは仕方ないから、ある程度は相手の理想像に近付く努力をして歩み寄ろうよ」と言おうとしていたのですが、その時点で既に「あるべき論」に囚われてるのかもしれないですね。
「あるべき論」を捨てる、ですか。うーん、「お互いにあるがままを受け入れる」なんてことができれば理想ですけど、なかなか難しそうですね…。少なくとも非モテは「お前よりマシな奴は他にいくらでもいる」って思われてそうですし。
>>「息子のように優しく愛されつつ、でも男として尊重して尊敬して欲しいなv」
>うわーそれはぶっちゃけ「死んでください」とか言いたくなるほど都合のいい願望。
この辺は重々承知しております(笑
逆の立場で、女性から「何も言わなくてもいつも私と同じ気持ちでいてくれて、私のして欲しいこと全部先回りして叶えくれて、毎日お姫様扱いで幸せにして欲しいなv」とか言われるようなものでしょうしね。はい、「サタンよ出て行け」とか言いたくなりそうです(汗
>満ドリルさんも非モテということで、ラブハラに遭遇することもそれなりにあると思うんですがどうでしょう?
うーん、実はそんなに無いんですよ。女連れでないと行きにくい場所が色々あって嫌だなあ、という程度です。私はたまたま人間関係に恵まれてるのかもしれませんが、良識ある大人なら普通ラブハラなんて(少なくとも意識的には)しないものじゃないかと…。
(因みにオタ差別やダサ差別はしょっちゅう感じますけど、それはラブハラとは別問題だと思ってます。)
それと私の周囲の仲間内では、高校くらいまではむしろ非童貞を自慢してるような奴の方が馬鹿にされてた気がします。「学生の分際で性欲に歯止め効かないのがどうして自慢になるんだ低脳」くらいの勢いで。ただ、そうやって見下してたDQNの一人が、当時私が片思いしてた女の子を遊びで抱いてたことが分かった時はさすがにショックでした。それに比べたらラブハラなんて大したこと無いです(笑
●満ドリルさん
体調は今はよくなりました。北海道在住なので外気温と室内の温度差が激しく、この時期風邪ひく人多いんですよね。あー去年の今ごろは沖縄で水遊びしてたのに。
>「お互い相手に求める理想像があるのは仕方ないから、ある程度は相手の理想像に近付く努力をして歩み寄ろうよ」
結局はそれと似たようなことです。わたし自身も「理想の男性像」ってのは持っているし、それを捨てるわけではない。でも理想と現実が違うことが当然なのはわかっているし、「理想」と「あるべき論」とも微妙に違う。理想から外れていても他に「あ、この人のこういう所はスキ」と思える所があれば、それでわりと簡単に親しくなったりするもんです。(恋愛に発展するとは限りませんが)
でも非モテの人ってAll or Nothingな人が多いというか、例えば「俺は処女しか愛さない。中古は売れ残ってろ」と書き捨てて行った人がいますけど、これって「処女にあらずんば人にあらず」って意味ですよね。「非処女=肉便器」なんて呼称も非モテ界隈ではよく聞くし。
一事が万事こういう物の考え方をしていたら、そりゃ彼女なんかできっこないし、ぶっちゃけモテるわけがない。女友達作るのすら難しいです。
リアル女性と接点がほとんどない男性は、女性のイメージが極端になりがちです。そういう脳内だけで醸成したイメージが強固になってる男性ってちょっと接するとわかってしまうので、どうしても女性には引かれる。ここでいう「あるべき論」というのは、そうした強固な「脳内女性イメージ」のことです。
脳内イメージと違うからと言って「現実の女は不完全で醜い」とか言われてもなあ・・・あんたも現実の自分をよく見ろよ、という話になってしまうわけで。
理想があってもそれに振り回されていなければ、「あるべき論」にはならないってことですね。「理想と違ってがっかり。現実はダメだ」と全否定じゃなくて、「理想とは違ったけどこれはこれで結構いいじゃん?」と思えるかどうかが、人生を楽しめるかどうかの分岐点だと思うんですけど。(それを妥協としか思えない人は無理かも)
>良識ある大人なら普通ラブハラなんて(少なくとも意識的には)しないものじゃないかと…。
いやそれが結構あるんですよ。話す方はそれが「良識に反する」とは思っていないから困るんです。俺たちって何だかんだ言ってスケベだよな、みんな同じだよな、ということで安心する(性的な話の共有によって男同士の連帯を深める)、これっていいことじゃん、と思っている。そんな連帯の中では非モテはさぞ居心地が悪いだろうと思う。そして、そういうタイプの男性は女性に対してはセクハラな話を振ってきたりします。手に負えません。
(酒の席だからって何言ってもいいわけじゃないんだよこっちは下戸だから全部覚えてるからなあんたのろくでもない話は他の女子社員にもチクっといたからなざまーみろK!!)
すみません。つい我を忘れて職場の愚痴が。
>見下してたDQNの一人が、当時私が片思いしてた女の子を遊びで抱いてたことが分かった時はさすがにショックでした。
あー。いいなあと思っていた男性がイヤな女に落とされていたことが発覚した時のショックを思い出しました。「ブルータスお前もか」という・・・。やっぱり男はみんなあんなタイプの女に弱いのよね!どーせね!みたいな(笑)
そういうことは性別・モテ非モテ関係なくよくあることです。同性に嫌われるタイプの人は異性には受けがいいという法則もありがち。(ポンポンと肩を叩く)
あと、満ドリルさんは鬱陶しくないですよー全然。蛇足ながら。
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