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2007年12月 5日

よってたかって分析

はしごたん騒動まとめ
という便利なものをつくってくれた方にトラバいただきました。わたしはさすがにこれ全部には目を通していないなあ。ご苦労様ですとしか言いようがない。


弱者だのPTSDだの虐待の話から、(なぜか)出会い系ネタの様相を呈してきたので、そろそろ観客席に戻ろうと思っていたら、ここにきてhashigotanさん本人が面白い記事を投下。


だから失敗するとかしないとかじゃなくて、何でもやってみればいいんですよ。何もしない、何もないのが一番怖いですから。

あとね、やろうとしている人を止めるのは良くない。やらせてみればいいんですよ。いや、「やらせてみる」という表現も可笑しいな。俺は俺の意思でやろうとしているんだ、この先にあるのはお前の未来じゃないんだから、余計な口出しをするなよって話。

お前の過去を俺の未来に勝手に重ね見て絶望したり突き放したりするのはやめてくれ


すげーーーー。わたしも批判対象の一人に入るという自覚はありながらも、これには思わず同意してしまったよ。だって数年前まではわたしもこれとそっくりなテキスト書いてたもん。 (旧サイトの2002年の雑記だった。引っ張り出してきてみた)
本当に、この記事だけ読んだら、はしごたんのファンになってしまいそうなくらい、確固たる意志と自我、自己責任感に満ちあふれている。弱者だのPTSD(*1)だの、俺に気を遣えだのと、なにかと言えば自己憐憫と怨嗟をまき散らして他人を攻撃していたのがウソのようじゃないですか。


自分が不幸なのを世の中の責任にせず、全力で生きている人間は、たとえ端から見て滅茶苦茶な方向に突っ走っているとしても、美しい。「不幸も幸福も俺自身が選び取ったものだ!」と叫ぶためには、やるだけのことはやってみるしかないのだ。



数日前に、わたしはこちらのコメント欄でこう書いた。

彼女が「愛してくれ」とは言わず「セックス」を求めるのは非常に合理的だと思うんです。
「男が女に『相談に乗るよ』と声かけるのは体目当てだと思ってたけど違うんだね」と、どこかで述懐してるのを見たんですが、すごい割り切りだなと。愛情が簡単に得られるものではないということはよくわかってるんですね。
「どうせ体目当てなんだろ。それを担保にして少しでも関心と同情を得てやる」という、絶望的な現実認識と肝の据わり具合が凄絶です。
これ、男性の非モテではまず見ないですよ。「どうせ金目当てなんだろ。それを担保にして少しでも関心と同情を得てやる」なんて。
「搾取されるのは嫌だ。池鶴関係は嫌だ。愛だけをよこせ。よこさないならお前ら肉●器!」これでしょ。


上記の「はしごたんの述懐」については、これがソースである。

2007年11月28日 hashigotan 被言及*
男が相談乗るよ、みたいに声かけてくるのってセックスが目的だと思ってたけど違うんだなってのが今回わかった
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/TsumuRi/20071127/p1


hashigotanさんは、他者からの承認や純粋な愛情が簡単に手に入るとは最初から思っていない。その意味ではむしろ、我々より、現実に絶望しきっていると言える。
「友達になろう」と手を差し伸べたMasaoさんに対してさえ、「セックスを担保にしなければ承認や依存は無理だろう」と彼女が考えていた(考えている)ことは確かだと思う。
どうせ人間はみなそうなのだろう。だったらこっちもどうせだから楽しむだけ楽しんでやる・・・、概ねこういう心理だろうと推察する。
その厭世観と人間不信にわたしは薄ら寒くなるのだが、同時に、ほんとうに欲しいものをつかみ取るためには自分から動くしかない、「彼女の居る男に利用される頭悪い女」になろうとも、最初の一歩がなければ何も得られない、という自覚には感心せざるを得ない。今まで見てきた非モテ(*2)には、まずなかったものだ。やはりこの強さは女性ならではなのだろうか。



だけど、今までの彼女はどうだったか、といえば。


たとえ過去に不幸な事件があり、それがその人をゆがめてしまったにしても、自分で自分を変えられる道、回復する道はいくらでもあるはずなのに、それを自ら放棄して、「俺より幸福な奴等が憎い・許せない」と叫んでいる姿は醜い。それが無差別爆撃となって、こっちにまで八つ当たりの矛先が向くともなれば、「あんたの言ってることはおかしいよ」と指摘したくもなる。
「それは正論の暴力だから、弱者の発言は暴言でも批判してはいけない。配慮してやれ」などというおためごかしは、暴論を上回るほどのタチの悪い害毒である。そんなろくでもないおためごかしを喜んで、弱者特権を貪っている人間も最低だ。
わたしがこの騒動に首を突っ込んだのも、「"暴論"はハイハイと物分かりのいい人ぶって許容するくせに、"正論"は何とか言わせないように持って行こうとするねじくれた正義感」にムカついたからだ。ぶっちゃけ、おおもとの暴言そのものよりも気持ちが悪いと思った。



「選択責任」から逃避し、「発言責任」からも逃避している人。
わたしにとって、hashigotanさんの印象はこうだった。
はてなのブックマークに限ってみれば、発言責任を免れさせようとするファンにも事欠かない有様なので、ますます彼女の暴走は加速し、初めての子供ができて喜んでいる罪もない人のブログを閉鎖させてしまったり、虐待経験を持つ養護施設出身者のブログをも、言いがかりで攻撃する始末。


そういう姿を自ら晒している以上、「セックスオフ会」とやらが失敗に終わったときに、荒れ狂ったはしごたんが今度はどこのブロガーを攻撃するのか、と心配する人間が出てくるのは、当然の展開である。
あるいは、ある種の人々のように、「男はみんな肉鉄砲(*3)だ。ヤリたいだけのケダモノだ。こんな男ばかりだから女が搾取されるんだ!」などと、全男性を憎むようになってしまう可能性もある。助言をくれる人はそこらへんも心配してるんじゃないですかね。(*4)


また、自分でPTSDだと主張し、痛み苦しみを延々と訴え、カップルや夫婦連れに殺意を覚え、刃物まで持ち歩いているという人がいれば、「本当にPTSDなら治療が必要なのだから、早く病院行って診断してもらった方がいいよ」と、見ている方が一言言いたくなるのもあたりまえ。「俺の苦しみがお前らにわかるか!!」と吠えられた日には、「だから、しょせん赤の他人に完全に理解しろって方がムリ。専門家に助けを求めるしかないじゃん」としか言いようがない。


そういった助言だの説教だのがムカつくのもわかるんだけど(*5)、わたしもこればっかりはダメ押ししておきたいです。
もう二度と、自分が不幸なのを幸福な他人のせいにしないでね」と。



何も選択しない人間は、「選択をしない」という選択をしていることによって、不幸な現状を自ら選び取っていることに気づかない。俺は何も悪くないのだ、世の中のしくみや異性や「俺より幸福な奴ら」が悪いのだと、いつまでも責任転嫁のぬるま湯に浸かっていられる。そして現状は一生変わらない。
そのぬるま湯からhashigotanさんはとうとう這いだした。自分で自分の人生を引き受けて生きる道を選択した以上は、どんな結果が待っていようとも、「不幸も幸福も俺自身が選び取ったものだ」と、甘んじて受けるしかない。
そういう人の書いたブログをわたしも読みたいと思う。



● そしていつもの追記というか余談ですが。
「私と同じ失敗をしないでほしい」「貴方を見ていると昔の私を見ているようで辛いから」というメールがhashigotanさんの元にたくさん届いたとのことなんだけど、その中にPTSD持ちとか、性虐待・性暴力体験者が果たして何人いたのか、というのが気になる。
彼女の言葉が真実ならば、彼女の根本をかたちづくっているのはまさにその酷い体験であるわけだから、性暴力体験のトラウマから、無茶なセックスをして自分を痛めつけた経験のある人の言葉こそが必要だろう、と思う。「愛のないセックスをして傷ついた経験がある」というだけでは、「同じ失敗」とは言えない。


前述のように、「Masaoさんなら無条件で受け入れてくれると期待した」と言いながらも、「優しい言葉をかけてくる男はセックスが目的であると思っていた」と後から述懐しているのを見れば、hashigotanさんの男性観、人間観がおのずと見えてくる。本当の意味で「恋愛」したいと思っているのかどうかすらあやしい。
恋愛やセックスへの欲求や幻想(あるいは恐怖)に振り回されているのが苦しいから、いったんそれをすべてぶち壊しにするために、何らかの体験を必要としているだけ、とも取れる。


そうであるならば、彼女の行動が破滅的なのも、「見ていて辛い」のも、当然といえば当然なのだ。



*1: 病院で診断はしてない。自称
*2: 池鶴関係になるくらいなら死んだ方がマシ・現代の日本女は搾取しか考えてないから醜い、等と発言している一部の非モテ男性を指す
*3: 肉●器の対義語だと思ってください
*4: まあ男性読者やファンが多い以上、それより可能性が高そうなのは、やはり「愛されている幸福な女性」がとばっちりを食うことの方であるのだが。
*5: そういえば、わたしも以前、「上から目線」とか叩かれたことがあったな〜。


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    投稿者 : ナツ at 2007/12/05 | カテゴリー : 心理 , ネットウォッチ
    コメント

    投稿者 : Nine at 2007年12月 5日 02:51

    はしごがどんな道選ぼうが勝手だけど、それ以前に「おいおい、今までお前が傷付けてきた被害者に対する謝罪と償いはどうした?」と言いたくなるのは私だけかな。


    投稿者 : イカフライ at 2007年12月 5日 14:37

     私もハシゴタンの上記の記事だけは尤もだと思いましたが、これはTB先の大野さんのエントリーがあたりにも痛すぎだったせいもあるかな、と。
    いや、大野さんだけに向けているわけではないのでしょうが。


    投稿者 : ナツ at 2007年12月 5日 21:00

    ●Nineさん
    >今までお前が傷付けてきた被害者に対する謝罪と償い
    それはずっと先の段階の話じゃないでしょうかね。
    で、心から後悔したときには、憑き物が落ちたようにブログ熱も冷めてるんですよ、大概の場合。つまり、謝罪する気になったときには彼女はもはや「この世界」にいないと。

    ●イカフライさん
    「説教(?)される側」の本音として秀逸ですよね。これくらい自我がしっかりしているところを継続的に見せていれば、「説教」もなくなると思います。

    まあ自分がどういうつもりで書こうとも、読み手に「上から目線」「説教」と断罪されてしまえばそれまでだということもいえる。「こういうつもりで書いたんですが」と説明しようとも聞いてはもらえない堂々巡りのデジャブ。furukatsuさんの時を思い出しました。



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    Tracked on 2007年12月 7日 07:17