● 前回エントリの続き。Masaoさんがプライベートモードに入ってしまい、現在ブログが見られない状況になっておりますが、ウェブ魚拓で保存されたキャッシュを見つけたので、彼の最後のエントリへのリンクは貼り替えておきました。
例によってはしごたん関連なので興味ない人はスルースルー。
彼のかつてのid:hashigotanさん擁護をもってして、「自業自得だ」「ダブスタだ」と攻撃している皆様は、攻撃者を容認するという点に於いて以前のid:Masao_hateさんと似たような場所に自ら降りちゃってるように見えるんだけど、そんなこと無いの?
正義は錦の御旗
話がすり替わってるよー。ブログで発言している以上、主張の内容に対する反論や叩きのリスクはつきもの。わたしだって誰かの主張がおかしいと思えばガンガン突っ込んでるんだから、ツッコミ返されるのは覚悟している。
でも、「てめーは俺より幸せそうでムカツクから死ねや」などと不条理な理由で攻撃されたり、それを見ていた第三者から、「あの人は虐待体験者だから情状酌量されるべき。反論するお前はいじめっ子」と悪者扱いされるいわれはない。
つまり、対等な立場でやり合えない状況がムカつくのだ。自称弱者は相手に共感などしていないのに、攻撃された方が一方的に共感や配慮を求められるなど理屈に合わない。叩かれるリスクを自分だけが免れたい、という虫のいい要求がむしろ問題なのだ。
しかもその自称弱者様が雑魚ならともかく、なまじコミュニティ内で発言力がある「ネット強者」だともうおしまい。理不尽攻撃が雨あられとなって降り注ぐ。
ブログを持っている限りこうした圧力が避けられないなら、少しでも状況を改善できないもんかとわたしは思う。
コミュニケーション 自分の正義を疑わない人、正義によりかかって安心して他人を叩く人は大嫌い。まさおを一生懸命叩いてる人は自分の正しさを微塵も疑っていないように見える。きもちわるい。
はあ?皆自分なりの正義に依拠してるだけなのは当然でしょ。自分の正義が社会的コンセンサスがあるみたいに振る舞ってて気持ち悪いって言ってるの。この村の空気をどうにかしたいとかさ。おれの正義は皆のためと。
これも何だかなー。確かにわたしは、『はてな村」の異常な空気をいいかげんに改善した方がいいと思うのです。Masaoさん自身が脅迫者に怯えて暮らさないようにするためにも。』
って書いたけどさ。これは、Masaoさんが天馬さんに脅迫されたことをネットに公開して(一種の)復讐をしようとしてる以上、Masaoさんの「はしごたん擁護論」を暴論と認めないと、あなたを脅迫してる人にも正当性を与えることになりかねないよ?って話をしてあてつけてるだけで、一番はもちろん自分のために決まってるじゃないか。そこまで利他主義じゃない。
わたしはジェンダー問題に昔から関心があるので、その関連で非モテ問題にも首を突っ込んでいる。その非モテの中の「自称弱者様」から、「強者の論理で弱者を抑圧するな/ルサンチマンによる女叩き・リア充叩きくらい認めろ/批判は弱い者いじめだ」などと言われ続けてきたので、一条さんと似たような状況はすでに経験済みなんだよね。(*1)
ミソジニー系&自称弱者男性にとっては、わたしは完全に強者認定され、「弱者の敵」として悪の権化扱いなもんで(*2)、いいかげんうんざりしてたんですわ。
「自分の正義」を「錦の御旗」に先に掲げて他者を非難したのは、id:Masao_hateやid:hashigotanの方な気がするわけだが。/だから、「その正義はさすがにおかしいだろ?」と周りから反発喰らったわけで。/視点の違いか。
そう。Masaoさんが弱者正義を振り回して被害者叩きをしなければこっちも突っ込みはしなかった。
まあ、誰にだって自分の正義はあるに決まってるから、「正義」を持つこと自体を否定してるわけじゃないけど。「正しいことなど何もない」と頑固に言い続ける人ほど、「相対主義・メタ化こそ正義」と思ってるんだよね。「俺は好き嫌いしか言わないが、お前は自分の正しさを信じてるから駄目」などと言う人にすら、「『好き嫌い』で物を言うのは正しいが、『正しいか間違いか』で物を言うのは間違っている」という無自覚な信念がある。
人間誰しも自分の主張が自分にとって正しいと思うから主張するのだ。その程度の自信もない人は最初から黙っているっつーの。
とりあえずわたしは、「俺より幸せそうに見える」とかいう理由でいきなり攻撃されるのはまっぴらだし、それに対して反撃したらしたで、「正義を確信しているように見える。オナニーだ。気持ち悪い。加害者がかわいそう」とわけのわからんバッシングを受けるのはもっと嫌なので。(*3)、「自称弱者様にだけ優しい」はてな村の異様な空気を払拭したいと言い続けるだろう。
本当に改善できるかどうかは実のところ二の次で、「改善したいと思うほどそういう空気が気持ち悪いです」と言いたいからそうしてるだけです。
わたしはMasaoさんの、「脅迫を受けています」というエントリを読んで、「俺の被害は切迫している。はしごたんの攻撃はプロレスだしお遊びだけど、天馬さんの俺への脅迫はガチだ」みたいな、「差別化」を感じたんだよね。他人の痛みには鈍感なのに、自分の痛みばかりをことさらに喚き立てる心性が非常に気持ち悪かった。これははしごたんとも共通するんだけど。
だから「それが脅迫ならあれも脅迫だろ」という意味で、Masaoさんに倣って言葉を使ってます。Masaoさんはリアルでも身の危険があるから別だと言いたいかもしれないけど、警察行きもせずいきなりネットで敵を晒し上げという対処からして、そこまでの切迫性があるかどうかはいまいち疑問だし。(*4)
一条さんの名前を出したのは、Masaoさんが直接叩いていたのが一条さんだったからだけど、前回のエントリの脚注で書いたとおり、そのつもりはなかったにせよ一条さんの代弁者気どりみたいな状況になっちゃって、当の一条さんとしては迷惑だろうなあと気にしてましたです。(全然かまわないよーと言ってもらってホッとしたけれど)
でも結局のところ、Masaoさんははしごたんのすべての言動(→はしごたんのステキコメント引用参照)を免罪しよう、共感して見守ってやろう、と呼びかけていたわけから、一条さんばかりか、全リア充(?)に「はしごたんのやつあたりのサンドバッグになれ」と要求してるのと同じことなんだよね。今も「情状酌量すべき」という主張の根本はみじんも変わっていないらしいし。(*5)
(最初に彼女に絡まれてから)2年近くもよく我慢したね、って言ってもらったら涙が出た。
言いたいこと言ったんで後悔もしてないし削除もしませんけど
これを読んで、一条さんがかなり参っていた状態だと思ったので、心理的なプレッシャーとしては「Masaoさんが天馬さんに受けた脅迫」とどっこいだと推察してました。
わたしははしごたんを「はてな村のヒール」と思っている。ぶっちゃけた話が「狂犬」であり、言いがかり、いちゃもんを付けて無関係な人や無実の人に害をなす存在。蠅声(さばえ)なす禍つ神、祟り神、這い寄る混沌、ナイアルラトホテップである。大和神ではないのでいくら畏れ敬おうと鎮まらない。擁護や賞賛を得ればますます調子に乗って荒れ狂うだけ。
そういう人を駆逐しろとまでは思わない。「ヒール」としてのスタンスが守られる限りは、見ていて面白い存在だと思っている。
「スタンスを守る」とは、コミュニティ内で「こいつの言ってることはいちゃもんだ」というコンセンサスが構築され、どんな暴言を吐いても、「またこいつ人に言いがかりを付けてる。いーかげんにしろよ」という目線で見られること。「暴言を吐いている以上、叩かれまくることは必然」という認識も必要。
間違っても言いがかりをつけられた被害者に、シンパが「狂犬」と一緒になって噛み付くようなことはあってはならない。それはヒールに攻撃されたベビーフェイスを、観客が一緒になってボコってるようなもんだ。
野次馬が面白がって囃し立てたとしても、「この人の言葉は言いがかりだ」という認識さえきちんとしていれば、行きすぎたときは「もうやめろよ」と止めることができる。被害者側に「てめーは『強者』だから、かわいそうなはしごたんに大人しくやつあたりされてろ」と我慢を求めるような理不尽も起こらない。
被害者としても、「あんたの方が正しい。あいつは因縁を付けてるだけだ」とみんなに言われれば、いきなり攻撃された苦しみを軽減することができる。
いちばん苦しいのは、確かに自分の方が被害者だったはずなのに、いつの間にかおかしな詭弁で白を黒と言いくるめられて、「噛み付かれたお前が悪いんだろ。『子供が出来て幸せ』なんて書くからだ。読んだ者の苦しみを考えろ。幸せなお前が反撃するのは弱者への暴力」という結論になってしまうことだ。
この状況はへたをすると「狂犬」による攻撃そのものよりも辛く、被害者にとっては地団駄踏むような悔しさである。
これは予定調和の崩壊を意味する。本気で「狂犬」を保護・保全したいなら、こんな頭の悪い擁護だけは絶対に避けるべきだろう。
僕の視点ではid:hashigotanさんの暴言やid:Masao_hateさんの妄言は、馬鹿にされこそすれ本気で断罪するにも値しない物だと思ったから冷水ぶっかけてみただけで、攻撃する事を非難してる訳では無いのです。
人は過つ
妄言が妄言としてコミュニティ内で合意されているなら本気で断罪する気は起きない。皮肉と嘲笑の対象になることはあったとしても。
ところがはしごたんは、村民の共感と自己投影を一心に喰らいまくり、肥えすぎ、「虐げられた弱者の正統な代弁者」としてモンスター化してしまった。Masaoさんはそんな彼女の攻撃に正当性を与えようとした。
俺は、お前を消すつもりで前記事を打った。
俺はこのブログで何人かのブログを葬ってきた。今回もお前を葬るつもりだった。
俺の想いが届いたならば、お前は今、消えていなければならない。俺の想いを受け止めた者達は、潔く消えてくれたのだからな。
(はしごたんの過去ログより)
こんな言い分で気に入らない人間に粘着して、ネットから「排除」しようとしているのがはしごたんだ。(*6)
ヒールが弱者正義を得、無差別攻撃の正当性を与えられてしまっては、「排除」される可能性のあるその他大勢が本気で断罪したくなってもしょうがない。まったくの逆効果である。
悪役は悪役として存在するからこそ、予定調和が保たれて、誰も本気で排除しようとはしないのだから。
さらにこのさい言いたいことをぶっちゃけると、「はしごたんは文学」などという気持ちの悪い美化が行われ、加害者と観客が共同幻想と自己陶酔の渦に巻き込まれ、無実の人がとばっちりを食らうのも見ていてうんざりする。はしごたんの文学性とやらのために、無関係な人間がやつあたりの犠牲になってもいいなどという法があるわけがない。
だからそういう妄想に浸りたいなら仲間内だけでやればいいんですよ。はしごたんの擁護者の中で、いちばん幸福そうな人をそのつど見つけて「disごっこ」をするわけ。
お前は不幸な人の気持ちを考えてない。お前の満足そうな文章がどんだけ俺を無気力にさせるか少しは考えろ。就職したなんて書くな病気で仕事できない人のことを考えろ。家でテレビ見てるとか書くなネカフェ難民の気持ちを考えろ。以下ループ。
はしごたんの「言いがかり文学」のための礎にされるなら信奉者としては文句はないと思う。とにかく関係ない人を「“俺がいちばんの弱者だ気を遣え”ゲーム」に巻き込むのはやめて下さい。
はしごたんとこのブクマを見たらもうすでにそんな状況になっているのが怖ろしいんだけども。
とりもなおさず、はしごたん自身がセックスオフ会(?)に成功して「リア充」になりつつある現在では、ルサンチマンの対象と主体が逆転してるのが皮肉というか、想定の範囲内ともいいますが。
はしごたんに、リア充に対する恨みつらみを代弁してもらって溜飲を下げていた自称弱者たちは、他人を心の代弁者とし続ける限り、こうして常に裏切られ、置いてけぼりにされることを覚悟しなければならない。
つーかいいかげん関係ない他人にやつあたりするのはやめて、自分の足で立ち上がって欲しいものをつかみ取りに行けばいいと思うよ。自称弱者様は。はしごたんのその姿勢にだけは素直に感服してるです。
blogランキング参加中●こたろうさん
「世の中を呪ってやる!」というタイプの自称弱者ブロガーで、自分で行動起こして幸せになった人って他にいます? わたしは寡聞にして知りません。はしごたんみたいにわけのわからんエネルギーのある人は特殊だと思う。
このエントリーのトラックバックURL: