● 以前、BSマンガ夜話で夏目房之介が、「女性はこの漫画すごい好きだろうな、と想像はつくが、どこがどう受けるのかは具体的にはわからない」と語っていたことがあった。わたしも女の端くれなので、だったらどこがどう琴線に触れるのかと、あえて「ジェンダー的」視点から考えてみました。
巨大な剣を振るい、襲い来る魔物の群れと戦いつづける狂戦士・ガッツ。彼はその首筋に刻まれた生贄の烙印ゆえに、常に狭間の世界で、魔物たちに付け狙われる宿命にある。
ガッツに烙印を押したのは、無二の親友であったグリフィスである。グリフィスは、「蝕」の際、ゴッド・ハンドに転生する代償として、ガッツと仲間達を生贄として魔物たちに差し出したのだ。
恋人・キャスカとともになんとか蝕を生き延びたものの、以来彼は「魔に捧げられたもの」として魔物たちの標的となってしまった。しかも、烙印の魔力が幽界を引き寄せるため、ガッツたちの周辺には常に現世と幽界の境界「狭間の世界」が形成されてしまう。つまり、彼らの周辺にいる人間も魔物の襲撃に巻きこまれてしまうのである。それゆえに、ガッツはあえて他人を遠ざけ、孤独に戦ってきた。だが、パックとの出会いやキャスカの救出などを通して、その心境にも大きな変化が訪れようとしている。
(ベルセルク Official Cornerより引用)
というわけで、「ベルセルク」は闘争的な戦士を主人公に据えたダークヒロイック・ファンタジーである。
しかし、この主人公のガッツは単純に強いだけの狂戦士ではない。「母性本能をくすぐる」とか言われて女性に人気がある(らしい)のは、「オラはもっと強くなりてぇんだ!」としか考えてない少年漫画によくいる頭カラッポの主人公に比べて、激しく苦悩したり後悔したりしているからだろう。
その端的な例がガッツの幼児期に起こった性的搾取のエピソードである。
ガッツは赤子の時、戦場に仮死状態で放置されていたところを精神遅滞の女性シスによって拾い上げられる。シスは傭兵団の団長の妻であり、そのままガッツはその傭兵団で戦場から戦場へ渡り歩きながら育つことになる。
シスが死んで後、団長ガンビーノはガッツを厄介者扱いし、虐待的なスパルタで剣を仕込む。ガッツは少年期から命がけで戦場に出、大人と同じように戦って自分の食い扶持を稼がなければならなかった。
女の不足した戦場暮らしで、ある夜、ガッツはドノバンという大男に寝込みを襲われる。激しく抵抗するガッツにドノバンは言う。
「オレは今夜一晩お前を買ったのさ。銀貨三枚でよ。お前は売られたんだよ、ガンビーノに」
単純な暴力による圧力なら男でも経験するが、普通の男なら一生理解も想像もせずに済むはずの性的暴力を、育ての父親に売られるという形で経験する。
レイプを許せないと語る男性でさえ、「もし自分がそうされたら」という想像をしてみることは難しい。生まれながらに搾取する側に立っている以上、その視点でしか哀れむことが出来ないからだ。
たとえば刑務所を舞台にした青年漫画では、主人公が他の受刑者に強姦される、というシビアな展開になることがないではない。しかし、その場合でも作者はあくまでレイプを、「刑務所という男性原理の支配する世界における暴力の一環」と考えている。雄同士の勝ち負けの問題だからある意味仕方がないのだ、という認識レベルに留まってしまい、レイプ(搾取)された側の心情を克明に描くことはまずない。
しかし「ベルセルク」においてはそうではない。そのことは、ガッツが「背後から覆いかぶさってくる巨大な黒い影」というイメージによって繰り返しレイプを追体験(フラッシュバック)することで理解できる。
また、少年期が終わるまで他人との接触に過敏に反応し、徹底的に触れられることを拒否した。これらは完全に性暴力被害者の女性の反応と同じだ。
女性読者はこれに本能的に共感し、ガッツがいくら造形的には搾取する側でしかない成熟した強い雄の姿をとっていても、魂の核の部分に搾取された傷が永遠に刻み込まれ、それゆえにきっと生涯、一方的に他人を貪るような男にはなれないだろう、ということを感じとる。
「弱い者は踏みつぶされるしかないんだよ」と大人になったある日、ガッツは暗い笑みを浮かべて語る。それは強者としての自分に驕った言葉ではなく、「一度魂まで踏みつぶされた弱者としての自分」を絶対に忘れられない者の自嘲だった。
ガッツは虐待被害者でありながら強くなることによって生き残った者(survivor)であり、女性が背負うべき苦悩をも背負ったことによって女にとってもヒーローになった。生まれてから一度も性的に搾取されたことがない(あるいは搾取の対象と見られたことがない)普通の“男性的”ヒーローとは、そこが違う。
人生の初期に彼は一度、「男としての自意識や誇り」をバラバラにされ、自分でそれをかきあつめて、再構築しなければならなかった。何の疑問も持たずに男に生まれ抵抗感なく女を抱き自然に男に育った「男」とは決定的に違うのだ。
このヒーロー像は『BANANA FISH』の主人公、アッシュにも通じるものがある。
こういう男性原理の支配するストーリーで、美貌の青年グリフィスならばともかく、主人公の肉体派の男に「犯される側の苦悩」を背負い込ませてしまう男性漫画家というのは、まず見たことがない。(“BANANA FISH”ではあっさり到達した境地だが、いうまでもなくそれは作者である吉田秋生が女性だからだ。)このエピソードをとってみても、三浦建太郎が決してとおりいっぺんに「男の立場で男性原理を描く」漫画家ではないことがわかる。
そしてガッツの恋人、キャスカ。彼女は傭兵団「鷹の団」でガッツとともに闘ってきた女剣士だったが、「触」を境に精神に異常をきたし、完全に幼児退行を起こしてしまう。
「触」とは、ガッツの親友でありキャスカの初恋の相手であったグリフィスが、かれらを自分の野望のために魔物の生贄に捧げた呪われし日のことだ。その裏切りはガッツの心を凍らせ、キャスカの精神を破壊した。
ガッツは、キャスカが自分の背を守って対等に闘える「仲間」であった時に愛し、完全な保護の対象になった時に置き去りにした。知人の家に彼女を預け、一人、復讐の旅に出たのである。
お荷物になったから、足手まといだからそうしたのではない。最後に残ったかけがえのないものを失いたくないからだ、と訴えるガッツをゴドーは厳しく断罪する。
「そのかけ替えのないものをおっぽり出して お前は一人で行ったんだ。
かけ替えの無い者の傍らにいて 一緒に悲しみに身を浸すことに堪えられずに
お前は一人 自分の憎悪で身を焼くことに逃げ込んだ。違うか?」
戦いに身を投じることは強さではなく弱さだ、悲しみに精神を破壊された愛する者と向き合えない人間の逃避だとゴドーは言う。男性原理的な「闘う強さ」があっても、女性原理的な「悲しみと向き合い癒す強さ」がなければ人間は欠けたままだと。「致命的な亀裂の入った折れかけた剣」。ゴドーはガッツをこう表現する。
次々と迫り来る敵を戦いで打ち破ることで成長していく「男性原理主義漫画」の根本を揺るがす主題だが、こうした作者の価値観が常に根底に流れていることも、「パワーインフレーション」型漫画とは一線を画し、作品に深みを与えている理由のひとつだろう。
これだけの作品である以上、もちろん女性キャラの心理描写も生き生きとしている。わたしが特に好きなのはファルネーゼだが(*1)、こういう複雑な女性キャラは、他の青年漫画・少年漫画ではまず滅多にお目にかかれない。
類型的で底の浅い女性観には付き合ってらんねーよー感情移入できねーよーとうんざりさせられる「男性原理主義漫画」(*2)も多い中で、「ベルセルク」は女性にも一押しの青年漫画といえるでありましょう。」(*3)
● 蛇足だけどついでに最近読んでる漫画を列挙しておく。
林田球『ドロヘドロ』、真鍋昌平『闇金ウシジマくん』、幸村誠『ヴィンランド・サガ』、岩明均『ヒストリエ』、菅原雅雪『暁星記』(*4)、弐瓶勉『BIOMEGA』(*5)、山田芳裕『へうげもの』、よしながふみ『大奥』、惣領冬実『チェーザレ』(*6)
見事に青年漫画ばっかだな。最近少女漫画はほとんど読まなくなったし、BLもごく一部の作家のしか受けつけないので、こんな読書傾向に。(本は本で別に読んでるけど) 機会があったら個別に紹介&感想を書きたいものです。
あ。あとハンタ忘れてたわ。冨樫信者というよりヒソカ信者。幻影旅団編がなつい。
blogランキング参加中>造形的には搾取する側でしかない成熟した強い雄の姿をとっていても、魂の核の部分に搾取された傷が永遠に刻み込まれ、それゆえにきっと生涯、一方的に他人を貪るような男にはなれないだろう、ということを感じとる。
言っちゃ悪いけど、こういう虐待を受けた人間こそ、虐待を受けてない人間よりも、他人を虐待したり、また新たな連鎖を生み出す人間が多いんじゃないでしょうか。
性的虐待をして刑務所に入ってる人間の多くが、幼少時にそういう経験を受けた割合が多いみたいな話も聞きますし。それこそ某梯子たんみたいに。
無論、全ての虐待被害者が他人に危害を加える訳じゃないし、立派な人もいるのでしょうけど。
一時期、みていたことがあったのですが・・・
主人公にはそういう過去があったとは知りませんでした。
もう一度読む機会があったら、自分と重ねてしまいそうです
(父親のを舐めさせられたこともあります。飲み会で男に襲われそうになったこともあります)
>nine
そうなのかもしれませんね・・・
こっちも、一時期、なりかけたことがありましたし・・・
初めて書き込ませていただきます。
ジェンダー的視点からのベルセルク論、興味深く読みました。
ガッツが虐待の連鎖にはまらなかったのは、鷹の団という擬似家族に受け入れられ、居場所を持つことができたからなのかと思います。
そういえば昔読んだベルセルクの評論系同人誌に、強烈な男性原理主義なのがありましたっけ。結団してひとつの理想に向かうグリフィス達こそ男のありうべき姿だとか、女性にこういうのは理解できないとか…
挙句に「その主張、男の僕にもわかりません」という手紙に「あなたも真の男になればおのずとわかるでしょう!」と返してました。ふー
●Nineさん
>こういう虐待を受けた人間こそ、虐待を受けてない人間よりも、
>他人を虐待したり、また新たな連鎖を生み出す人間が多いんじゃないでしょうか。
一般論で言えばそういう人もいるでしょうね。でもわたしの言ってるのは漫画の主人公の話なんで・・・。
一般論で言っても「サバイバー」というのは、「自分の受けた傷と真正面から向き合って克服して生き延びた人」という意味合いがあると思うんです。克服できなかった人が虐待の連鎖にはまりこむのではないかな。
自分の受けた虐待を不当だと感じているのに、それをはっきり認めたら自分の生い立ち、過去までも全否定することになる。その恐怖から「あれはたいしたことではなかった→しつけだった→自分も自分の子にやっても良い」という結論を導き出す。そういう場合が多々あるようです。
でもそういう人間はもはや「サバイバー」とは言えない。単なる加害者ですから。
ベルセルクの主人公は、そういう卑劣な弱さだけは持ってない真の「サバイバー」なので、読んでいてとても感情移入できました。ま、一度読んでみて下さい。
●彗星虫さん
>ガッツが虐待の連鎖にはまらなかったのは、鷹の団という擬似家族に受け入れられ、居場所を持つことができたからなのかと思います。
それも含めて彼の強さだなあとわたしは思いました。いくら受け入れてくれる人がいても、自分が誰も信じることができなければ、永遠に疎外感からは逃れられませんから。その意味でグリフィスは弱かった。
女性はグリフィスファンの方が多い(らしい)けどわたしはガッツ派です。室伏広治好きだし。
>「あなたも真の男になればおのずとわかるでしょう!」
なんだかなー(笑) そんな安直な男性原理主義じゃないのにねベルセルクは。小池一夫じゃあるまいし。そういう人はきっと「ナウシカ」(漫画版)読んでも、「クシャナの軍勢が一丸となって戦う場面に国を守るヒロイズムを見た!女にはわからんだろ!」とか言い出して、本質的なテーマをガン無視しそうな気がする。ナウシカは女性原理崇拝の最たる作品ですからね。
戦争シーンが好きなだけなら小林よしのりの「戦争論」でも「のらくろ」でも読んでろと言いたいです。
>最近読んでる漫画
玄人好みだよねぇ。残酷で、心理描写が細かくて、アンチ勧善懲悪なのばっかりだ。
つか、「闇金ウシジマくん」には笑ったわ。クロ過ぎだっつーの(笑)
ウソでもいいからその中に「よつばと」とか、可愛い系も忍ばしとくのが乙女のたしなみ♪
そいや誰のかは覚えてないけど「ベルセルクは少女漫画だっ!あと北斗の拳も!」って
言い切ってた評論を読んだ覚えあるな。出版が白泉社ってのも関係してたりして?
三浦建太郎って成長期に少年漫画よりは少女漫画を多く読んでたそうですよ。影響を受けたのも少女漫画だって言ってたような。大島弓子とか。
(まんが夜話の書籍化されたやつで読みました)
「ベルセルク」に登場する子供は皆過酷な環境に生きていますね。チャイルドアビューズの見本市みたいな漫画です…。
どうも失礼します。ベルセルクを読んだとき痛くてしんどくて強烈に面白くて興奮したものが、今回の論でああなるほど、とスパーっと弾けたような気分です。
北斗の拳の主人公のようなマッチョな彼が、子供時代の性的搾取の傷を引きずっているというのは当時驚きました。高熱でうなされた彼が、裸で暖めるキャスカの肌に徐々に拒絶反応を弱めていくのも印象的でした。キャスカが戦闘中、生理痛に苦しむ場面も、女性が日常的に負っているそういう身体的な苦痛(ハンデ)を無視せずにきちんと描いた戦闘漫画も初めて読んだような。
…ただ、グリフィスが魔物と化すに至るエピソードあたりからあまりにしんどくて、キャスカが壊れた以降は読んでいなかったのですが、ガッツがキャスカを置いていったのは、「やっぱりそうだろうな」と思いました。
実際、男は他の部分でめっぽう逞しかったとしても、そういう事態には向き合えず、逃げることが多いと実感してますんで。それが悪いというのではなく。ただそういったメンタルな部分は弱いんだ、ということで免罪されているんですよね。だから誤魔化すために何か理由を付けてカッコつけるのも定番で、そこでゴドーの容赦ない台詞は鋭いし痛い、響く人は多いでしょうね。
(ところで室伏選手のあのぶっとい首、健やかな笑顔は知性的で可愛いですね。見た瞬間、かっけえええ(≧∀≦)と。アクション映画ファンなので鍛えた男性のぶっとい首とか丸い肩に弱い…そしてスキンヘッドフェチです)←言ってどうする
はじめましてというかお久しぶりですというか。NC-15のmasashiと申します。はてなIDはmuffdivingですが、一応正式なHNはmasashiと申します。その節はどうもです。
前のサイトでsalvageというHNで何度か書き込んでました。
「ベルセルク」は元々興味あったんですが、このエントリ見て今度読み始めようかなと。元々は同じ掲載誌に載ってた「ホーリーランド」が好きで、作者同士が同門ということで興味はあったんですが。「ホーリーランド」も主人公がサバイバー(そっちのほうはいじめによるものだけど)で、そして闘争的でありながら自分の立ち位置に疑問を持って居場所を捜し求めてるっていう感じなのがすげえ似てるというか。個人的にオススメだったりします。
>最近読んでる漫画
惣領冬実は俺、すごく大好きでほぼ全作品持ってます。少女漫画に掲載してた頃から。
個人的には「ES」と「MARS」がオススメだったりします。前者は心理描写が半端なく緻密なのと、後者はお互い虐待によるココロの傷を持つカップルがサバイバーになるまでの過程が緻密に描かれてるのがすごくいいなと思います。
長くなってすみませんが、こんごともよろしくお願いいたします。
はじめまして。
いつもコラム(?)を拝見させていただいております。
今回、ベルセルクの面白さについて詳しく解説されており、とても納得がいきました。
私は感覚で読んでいるので、なかなかこういった分析をすることができません。
なんだかスッキリしました^^
ところで私自身、父親からの暴力(性…は未遂です)があるのですが。
そういった経験を他人に言わなければならないとき、ときどきNineさんのような指摘を受け、とてもがっかりします。
(悲しいとか、悔しいとかいうよりも、なんか、身体中から力が抜けるんです)
そういった連鎖を引き起こすのは己に負けることなのでしません、と思うのですが。
ええと、うまく表現できませんが、つまり、負は連鎖を引き起こす、という話ではなく、こういった重荷を克服しているガッツに魅力を感じる、という話ですよね?
散文気味で申し訳ありませんが、今後も楽しみにしています〜^^
平日の真っ昼間から3時間にわたって働きもせず、たくさんの記事を読んで的はずれなコメントを大量投下してくれた東京の同一IPの方、ありがとうございました。
でもくだらないコメントで荒らされても困るのでお掃除させていただきました。スッキリ♪ がんばってたくさん書き込んだのにゴメンね。
こういうウザイのは今後も相手にしませんのでよろしくー。
良識的な皆様にはあらためて後ほどじっくりレスします。時間がないので今はこれにて。
ベルセルクは前に読んだことありますが、主人公は繊細だと感じました。北斗の拳とか(読んだこと無いけど)より油ぎっしゅじゃないので読みやすかったな。後半はグダグダ感がするので読んでませんが。
三浦健太郎にはもっと色んなジャンルの漫画を書いて欲しいと思いました。
●うるちゃん
>残酷で、心理描写が細かくて、アンチ勧善懲悪なのばっかり
少女漫画には最近そういうのないんだよねー。だから青年漫画漁るしかないの。あと世界観が確立してるのは必須。歴史物にしてもSFにしてもこれでもかってくらい設定が作り込まれてるのが好きだ。
「よつばと!」は絵を見ただけでお腹いっぱい。「ヨコハマ買い出し紀行」も肌に合わなかったもんなー。「終わりなき日常」系の話はどーもダメみたい。
「ウシジマくん」は絶対ドラマ化されないだろうなあ。「新宿スワン」はOKでも、消費者金融がTV局の大スポンサーになってる時代、あの漫画だけは無理。できればやってほしいんだけどね。サラ金の恐ろしさをもう一度日本人の心に刻みつけるべきだよ。
●すとっぱさん
>三浦建太郎って成長期に少年漫画よりは少女漫画を多く読んでたそうですよ
聞いた覚えがあります。というか、ベルセルク読んでると「ああ、少女漫画の文法に忠実だなあ」というのがよくわかりますよね。絵は濃いしグロいし、一見ハードで硬派な男の漫画なんだけど、作者の少女マインドがそこかしこに見える。売春婦の心理描写の緻密さ・公平さには拍手喝采を送りたい。
しかし、大島弓子に影響を受けてて、アウトプットされた作品がアレって・・・。パックか?パックがチビ猫なのか??
●taiyanさん
>キャスカが戦闘中、生理痛に苦しむ場面
「これだから女は面倒なんだよ」とガッツに言わせつつ、本気で性的偏見持ってるわけじゃないんですよね。作者の目線が。「男とは違う体を持った一人の人間」として見ていることがよくわかる。描き手の女性観って、女にとっては読んでれば丸分かりですから。
>男は他の部分でめっぽう逞しかったとしても、そういう事態には向き合えず、逃げることが多い
嫁姑問題とかね・・・精神的葛藤、静かなる心理的抑圧による闘いには弱いですよね。逃げることしか考えられなくなるらしい。でもそういう「弱さ」を容赦なく暴き立て、リッケルトのような「仲間の死を受け入れ、弔い、今生きている者を守る」ことで前に進んでいく柔軟な強さを賞揚する。そうした厳しさが「ベルセルク」の好きな部分でもあります。人間自分の弱さを直視しないことには克服できませんから。
>アクション映画ファンなので鍛えた男性のぶっとい首とか丸い肩に弱い
ジャン・クロード・ヴァン・ダムとか好きですか? わたしの場合、身近に格闘技ファンがいるので格闘技も見たりしますが。その影響もあってか格闘技漫画にけっこう手を出してます。
●masashiさん
どうも、例の件ではお疲れさまでした〜(お互いに(笑))。「ホーリーランド」わたしも読んでますよ。あの漫画は格闘に関するウンチクが面白いですね。
ついでに、三浦建太郎のもう一人の同門・技来静也の「拳闘暗黒伝セスタス」も好きです。古代ローマを舞台にした拳奴(拳闘を見世物にする奴隷)の物語なんですけど、ボクシングに関するウンチクが一杯で、古代ローマの設定描写も緻密なのでおすすめです。これも「負けたら死が待っている」過酷な拳闘奴隷の世界でどう生き延びるかという「サバイバー」ものと言えます。同門だけあって、この三人の描くテーマはなんとなく似てますね。テーマだけなら割と古典的な少年漫画なのに凡庸に堕してないし。
惣領冬実も好きです。「ES」と「MARS」はどちらも読みました。「チェーザレ」は久々にリキ入ってるので次巻が楽しみで仕方ありません。
●みやんさん
>そういった連鎖を引き起こすのは己に負けることなのでしません、と思うのですが。
一般論で言えば「虐待の連鎖」は割と頻繁に起こる現象ではあります。が、それは「加害者になっているのに無自覚な元被害者」に対して指摘するべきことであって、もう誰も自分のような被害者にしたくないと考えている人に対してはいうべきことではないですよね。(はしごたんはその点加害者でしたが)
>負は連鎖を引き起こす、という話ではなく、こういった重荷を克服しているガッツに魅力を感じる、という話ですよね?
「克服しようともがいている」「どんな過酷な目に遭っても踏みつぶされず、人を信じ、前進しようとする」そこに魅力を感じますね。まさにサバイバー。
わたしも普段はいちいち分析などせず、このキャラ萌え〜♪とか言いながら感覚で漫画を読んでます。今回のは、「どこが面白いのか、自分の心理と作品をあえて分析してみたらこんなん出ました」というお話。きちんと分析してみると、無自覚だった魅力の発見もあって興味深いですね。
●Qさん
>ベルセルクは前に読んだことありますが、主人公は繊細だと感じました。
同意です。ガッツだけでなく、メインキャラのすべての描かれ方が繊細な漫画だと思います。シールケなんか完全に少女漫画の主人公ですよ。あの濃ゆいストーリーの中で、ちゃんと思春期の女の子の心理描写ができてるんだから三浦建太郎すごすぎ。
カトゆーさんから来ますタ。
のらくろは、児童・小学生(男児)向け漫画で、田河水泡氏の原作を読めば立身出世・当時の世情の理想論を語ってい、単純な戦争・戦闘賛媚漫画でなく、今回のエントリーには不似合いな比喩だと思うのですが。また、あえて釣という視点でも相応しくないと思います。
ご存知かと思いますが、のらくろは孤児(野良犬)が、軍という設定の擬似家族(女性はほとんど描かれませんが、軍がネタであり、男児向けの漫画のため省かれたと推測します)で大人になる話とも言えます。乱文失礼いたしました。
>一般論で言えば「虐待の連鎖」は割と頻繁に起こる現象ではあります。
ロルフ・デーケンによる俗流心理学批判の書「フロイト先生のウソ」によると、そいうった類の「児童虐待の連鎖」は学術調査では確認されたことがないそうです。
虐待被害者が虐待者になる確率は、虐待を受けてない人が虐待者になる確率と殆ど同じだそうな。
「児童虐待の連鎖」というのは「親の因果が子に報い」と同レベルの迷信みたいですね。
サバイバー=虐待経験のある人、だと解釈していたので、誤解の有る表現で一緒くたにして、何人かの人を不快にさせてしまった事をお詫びします。
この漫画も、内容は良く知らないのですが、そのうち本屋で見かけたら読んで見ることにします。
タイトルが”『ベルセルク』が女性にウケる理由(わけ)”だから『男性原理』とか『女性原理』とか使っているいるんだろうけど・・。
それ意識し過ぎると「某田○女史」みたいな詰まらない大人になると思いませんか?
「女性だから分かる」って単純な言葉で良いじゃないですか・・。
変に硬い表現使うのはどうかと。
それに性別関係ないでしょ?最後は個人の感受性の問題なのですから(これ言ったら話題自体が成り立たないけど・・)。
申し訳ないです、上記の言葉がなければ「へ〜そういう視点で読んで無かったわ・・」って感想で終わってたと思いますが・・。
正直「男性○○」とか「女性○○」とか下らない言葉だと思いませんか?
>ジャン・クロード・ヴァン・ダムとか好きですか?
(えーと返答しても…いいのかな。しちゃう→)いえいえ。どうも西洋系のマッチョは苦手で、ジェット・リーとかチョウ・ユンファです。もうほんとに夢中でした。でもユンファ映画は、こういう「男の世界」が女にわかるわけない、と以前言われて(女と共有したくない世界観なのかと)普段はうっかり口にしないようにしてます。
以前、爆笑問題の太田光が松田優作の探偵物語を「女なんか観ていない」と言っていて、その手の偏見と似たような感じ?女に人気がある、支持されているというだけで価値が低い、下がると思っている人は案外多いんですよね。その手の暴言吐くのは大体子供なのですが。
あとついでに。ナツさんもおっしゃっていましたが、私もBL漫画、決まった数名の作家さんしか読まなくなりました。飽和状態になった今でも名作秀作はたえず生まれていると思いますが、どうもお手軽に恋愛の最終地点が性器結合、みたくなってて。そんな誰かが作り上げた恋愛観に支配されなくてもいいのにな、と年喰ってきたせいかちょっと寂しいです。
はじめまして。
ベルセルクは好きな一つなのですが、
こんな解釈があるのかと、勉強になりました。
なんやかんや考えている内に、「それぞれの
人の生きる事への執着とは?」、「女性はな
ぜそこに興味を持つのか?」(自分は男だから)
と思いつつ。
欲求の前提は生きることで、その次に、食欲
、性欲、生の安全感・・・、人それぞれ優先
順位があるわけで、・・・
結局、ガッツにとってグリフィスは何で、
キャスカは何なのか。(自分が理解していない
ことがわかりました。)
女性は人と人との関わりに、より興味が向いている
と感じます。
男はといえば、物や事柄(目標、夢)に向いている
と感じる。
(なんか違うか)
ということで、独り言でした、それでは。
基本的には興味深く読ませてもらいましたが
ちょっと女性を持ち上げすぎかな^^;
たとえば「悲しみと向き合い癒す強さ」を女性原理的とかね。
あと男性原理主義漫画の注釈に萌え漫画を入れたりしてますが、
キティちゃんとかキャラの可愛さだけで売るなんてたぐいのはほぼ全て
女性向けだったりするわけですが、”キャラ萌え”で売るのは男性原理…ですか…。
そういや少女漫画の男女転換するとあれ?主人公の周りを美少女が囲んでいる作品が割と…
そういった点が気にはなりましたが、このエントリを呼んで
ベルセルクは女性向けの作品のような精密で繊細な
キャラクター描写と男性向け作品のような豪快で爽快な戦いや
ストーリーを併せ持った稀有な作品と言えるのかも知れないと感じました。
>パワーインフレーション」型漫画とは一線を画し〜
のとこに、また少女漫画ではみられないかっこよさも味わえるので〜
みたいな文章を入れるなどすれば女性を持ち上げてばっかみたいな
印象を薄めることができたのではないかなと思います。
ちょっと一般的な青年漫画との違い、とうい点ばかり気にしすぎたため、
ベルセルクが持つ女性的な点が男性向けのものより上等だみたいな
誤解を与えかねない文章になってるのかも。
議論っぽい話題が多かったり荒らしまででてたみたいですが。
女性の視点で、ということなので仕方ないかもしれませんが、自分が共感するものを女性向け、共感できないものを男性向け、と書いてしまうと、価値観が似てる男性の反発を買うのではないでしょうか。
自分が面白いと思ったものが女のもの、つまんねーって思ってるものが男のもの(男性原理主義)なんて書かれたら、価値観の違いとはいえ男としてやっぱり少し悲しい。
ジェンダー論の難しい所ですね。
こんにちは。
このエントリを、「女性を持ち上げている」と解釈している人がいますが、
ナツさんは男性原理を“悪”とする判断は入れていない、と思う。
2chの「男性論・女性論」板にずっといると、漫画から雑誌の広告、テレビCMまで
全てが「女を持ち上げ、男を貶している」と見えてくるんですよ。
それが偏見なのに、自覚がないからコワイですね。
ナツさんも低レベルの言いがかりに惑わされませんよう^^
はじめまして、ですが。
なるほど、と読ませていただきました。
女性の視点でベルセルクを読み解くと
そういう解釈もあるんですね。
最後に書かれていた今読んでる作品群が
笑えるほど私と同じだったので
勝手に親近感を抱きましたよ。
出かけてる間にもにぎわってますなーコメント欄が(笑)
●名無しでつ さん
あーすみません。のらくろは全体的には出世漫画ですね。戦局の激しい時期には「のらくろ総攻撃」など戦闘描写の激しい巻も出てますが。「銀英伝」か「皇国の守護者」あたりの方が例としては合ってましたか。
●木村さん
>虐待被害者が虐待者になる確率は、虐待を受けてない人が虐待者になる確率と殆ど同じだそうな。
数年前に調べた資料では、「子供への性犯罪で収監されている青少年の70%が性的虐待を体験していた」(アメリカ)となっていました。まあサンプル数はそんなに多くないんですけど。元資料が見つからないので、昔引用した記事。
http://noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2003/0920202700.php
このことから「加害者(犯罪者)が元被害者であったことを主張し、結果として『虐待の連鎖』になっているケースはよくある」という認識でいたのですが、どうなんでしょうね。性的虐待とほかの虐待では異なるのかもしれませんが。
●Nineさん
女性だと「絵が受けつけない」という人もいますが、そこを我慢して読み進めるとハマりますよー。<ベルセルク
●男だろうが女だろうがそんなに関係ね〜 さん
>正直「男性○○」とか「女性○○」とか下らない言葉だと思いませんか?
言葉尻をとらえて噛み付くだけの人の方が下らないです。「フェミっぽい」臭いを嗅ぎつければすぐに田嶋だの上野だの印象論で決めつける人にもウンザリ。「男だろうが女だろうが関係ない」のに、書き手のわたしが女だというだけでそういう反応をしている自分に疑問が湧きませんか?
男性原理や女性原理についてはユングでも読んでから来て下さい。
●taiyanさん
>女に人気がある、支持されているというだけで価値が低い、下がると思っている人
たまにいますね〜そういう男性。逆に「男が少女漫画読むなんてキモイ」とか言われたらどう思うんだろ。(わたしは少女漫画に造詣の深い男性は好きだけどなあ。萩尾望都とか大島弓子とか)
でも経験から言うと、「女の人がコレの良さをわかるとは思わなかった」と喜ぶ男性の方が多いんじゃないかと思うんです。そういう人とだけ仲よくして、バカはほっとくしかないですねー(笑)
●Imayさん
>女性は人と人との関わりに、より興味が向いていると感じます。
>男はといえば、物や事柄(目標、夢)に向いていると感じる。
そうかもしれませんね。キャラ同士の関係性、そこに生ずる心理的葛藤などに心惹かれます。わたしはそれを「関係性萌え」と言ってるのですが。
キャラそのものよりも、相互の関係のしかた(主従関係とか強い友情の絆とか)に魅力を感じる女性は多いんですね。「ガッツとグリフィスがセットで好き」などという人は、キャラ自体より関係性に注目しているということじゃないかな。
●kkrkさん
>ちょっと女性を持ち上げすぎかな^^;
>たとえば「悲しみと向き合い癒す強さ」を女性原理的とかね。
わたしが勝手にそう言ってるわけではありません。実際、哲学・心理学的に「女性原理」というのはそうした意味合いを持っています。(融合や癒しなど)
だからもちろん、男性の中にも女性原理があり、女性の中にも男性原理がある。それをアニマ、アニムスというのですが。知らない人に脊髄反射で噛み付かれても・・・。
>あと男性原理主義漫画の注釈に萌え漫画を入れたりしてますが
これは誤解です。偏った女性観の漫画には「男性原理主義漫画」もあれば、「萌え漫画」もある、という話です。
●Kさん
>自分が面白いと思ったものが女のもの、つまんねーって思ってるものが男のもの
>(男性原理主義)なんて書かれたら、価値観の違いとはいえ男としてやっぱり少し悲しい。
完全な誤読あるいは曲解で悲しがられてもコメントしようがありません。
●大袋さん
>2chの「男性論・女性論」板にずっといると、漫画から雑誌の広告、テレビCMまで
>全てが「女を持ち上げ、男を貶している」と見えてくる
あー。2chのコピペでできてるようなコメントしか書けない人は、時々いますね。
わたし的にはレポート等で男性原理・女性原理という言葉はよく使用していたので「今さら何?」という感じですが。古代母系社会の女性原理主義、キリスト教の男性原理主義など、宗教・哲学の歴史を語るとき、この用語無しでは語れない。そこに良い悪いの単純な価値判断は入っていないのは大袋さんの仰るとおりです。
ともあれ、正しい解釈をしてくださってる人がいると安心します。
●ぴゅんぴゅんさん
「グリフィス萌え」とか「女性キャラが少女漫画みたいに繊細」という感想は他の女性読者からはけっこう出てると思うので、それとはまた違う「女の意見」を書いてみたんです。まあ、こういう見方もあるってことで。
読書傾向同じですか? それはホントに親近感だなー。他にオススメあったら教えて下さいな(笑)
●るさん
今気がついた。本当にすげーでたらめ。ご指摘どうもです〜(笑)<綴りミス
誤読ね。火の無い所に煙は立ちませんよ。
本旨とは外れてるのは承知してます。ベルセルクの話で終わっておけば良いところを、蛇足つけるから余計な感情を煽ると申しております。
理解できないならドラゴンボールや男性心理になんて言及しなければいいのに。
●kさん
>自分が面白いと思ったものが女のもの、つまんねーって思ってるものが男のもの
>(男性原理主義)なんて書かれたら、価値観の違いとはいえ男としてやっぱり少し悲しい。
↑これが「本旨と外れてる」と承知してる人の言い草かなあ。「蛇足つけるから余計な感情を煽る」なんて今はじめて言い出したんじゃないですか(笑) 言ってることが前のコメントと全然違う。
他の議論の件で何か気に食わないことがあるのかもしれませんが、説得力のない言いがかりはほどほどにしてください。
はじめまして。
ベルセルク、わたしも愛読させて頂いていますが・・・
実はこちらの記事を読ませて頂くまで、女性に受けが良いとは全く知りませんでした。
(ちなみにわたしは大剣つながりでクレイモアが好きだったり・・・。だからどうした。という話ですが)
(女性の形をした、男性漫画ですねー)
記事を読ませて頂いて、ベルセクルを読んでるうちに、新鮮で、奇妙で(?いい、言葉が上手く思いつきませんね)、
印象に残ったシーンには、そのような、ほほう、そのような・・・。
と、とても感心しました。
うん。漫画最高。老若男女皆読め!!
>火の無い所に煙
社会学者ジャン=ノエル・カプフェレによれば、これは間違いだとか。
(だったっけ?しかも、これは噂やデマに対して使うものじゃありませんでしたっけ・・・)
これこそ、本当の蛇足。
失礼いたしました。
初めまして。
ベルセルクは大好きな漫画でしたが、こうした読み方はしたことがなかったので、次読むときは是非取り入れてみたいと思います。
最後に読んでから少し経つのでうろ覚えではありますが、ガッツに関しては、女性っぽいイメージがありました。(勿論、内面的なことですが 笑)
繊細ですし、鷹の団に入ってからはグリフィスに対しての尽くしっぷりが凄かったので。(しかも、グリフィスが夢(しかも「国」という俗な)を追いかけるという「男性的」なイメージを強く出していたので)
ガッツがいなければ、「自称、女を捨てている」当時のキャスカがそのままそのポジションにいるのではないかというほどモロに被っていたので、嫉妬するのも無理ないな〜と読んでいた記憶があります。(確か、嫉妬の理由は自分のポジションが取られること+グリフィスが自分より興味を持っている=自分の存在の危機!と感じたためと読んでいました)
虐待については、なるほど男性的な視点はそうとれるかもと納得しました。ガッツの場合、性の固まりきらない幼少期であり拠り所であった父親に売られたショックもあったことを考えると、どう認識するかは結局のところよくわかりませんが。(笑)
宗教・哲学などについて不勉強なため、良くわからない用語もいくつかありましたが、作品をより楽しむための一つの道標になりました。
貴重な意見をありがとうございます。
長文失礼いたしました。
相当本筋からそれてますが、男性原理主義の漫画だからなんだというのですか?女性原理主義漫画がなんだというのですか?
ナツさんが男性原理主義漫画の作者を批判しているのは事実ですが(そこの浅い女性観がそうです)、そんなのいちいち目くじらを立てても仕方ないでしょ。いい加減諦めて、受け入れたらどうですか?こっちも噛み付いてましたが、消されないためには受け入れるしかないので受け入れました。受け入れられたいなら、尻尾を振るしかないです。そういう人しかこの世界にはいないんです。どいつもこいつも父親と同じです。
>レイプを許せないと語る男性でさえ、「もし自分がそうされたら」という想像をしてみることは難しい。
>生まれながらに搾取する側に立っている以上、その視点でしか哀れむことが出来ないからだ。
この、生まれながらに男は搾取する側、女は搾取される側と決めつける様な書き方はどうなのでしょう。
たしかに歴史的にも男は搾取する側、女は搾取される側であった事が殆どです。身体能力的にも男性が有利ですし、攻撃的な面も持ち合わせているので、搾取する側に立ちやすいのは事実です。
でも男性だって、身体能力に優れた「搾取しやすい側」に生まれたくて生まれた訳じゃありません。
さらに、女性が男性を搾取しないかと言えば嘘になりますよね?
数は少ないですが、女性が男性をレイプするという事件もあるにはあります。
男性でも、哀れむだけでなく搾取される側の立場を想像し、悲しみを共有したり癒してあげる事は、必ずしも女性と比べて特別に難しい事ではないと思います。
・・・と思いたいです。
まあ結局の所、男女関係なくレイプされた人の気持ちは本当にレイプされた人じゃないとわかんないと思いますけどね。
と、細かい所に噛み付いて申し訳ありません。
難しい事は抜きにベルセルクはおもしろいですよね。最近だれてきたけど。
はじめまして。
非常に感銘を受けました。ベルセルクを愛読してはいましたが、このような深い分析をしたことは無く、
また、男性である自分からは(無教養なのもありますが)、ジェンダー論的に作品を読み解くことは出来なかったと思います。
新しい視点を与えていただき、お礼を申し上げます。ありがとうございました。
●ほうほうさん
わたしは青年誌系を中心に読んでるから、ベルセルクだのヘルシングだのが好きなのは当然といえば当然なんですが、普通に少女漫画好きな女友達も妹も「ベルセルクは面白い」って言ってますね。意外に女性に人気があるのは確かだと思います。
クレイモアは途中までは読んだんですが今どうなってるんだろ。
>火の無い所に煙は立たず
>実際には,噂の大半は具体的な根拠なしに発生している.
>「火」と呼ばれるものは,うわさを流す人間達の「情念や,時として豊かな想像力」でしかないのだ.
>誹謗せよ,誹謗せよ,さすれば常に,何らかの誹謗が残ることになろう!
と、カプフェレさんという学者は主張してるんですね。ググってみました。勉強になるなー(笑)
●ともさん
>ガッツに関しては、女性っぽいイメージがありました。(勿論、内面的なことですが 笑)
>繊細ですし、鷹の団に入ってからはグリフィスに対しての尽くしっぷりが凄かったので。
野球のバッテリーでいう女房役みたいでしたね。でもガッツは、「他人の夢にすがって生きている自分」を自覚して、グリフィスと対等な存在として真の友人になるために離れることを選んだ。そこがやっぱりキャスカとは違うなあと。
>拠り所であった父親に売られたショックもあった
そう、これが二重にトラウマになってますよね。親(信頼する人間)に裏切られるのと他人に裏切られるのとでは、受ける傷が雲泥の差ですから。
●リルファさん
いーかげん曲解だらけのわけわからん粘着をされるのには飽きました。これ以上書き込むのはやめて下さい。言いたいことがあれば御自分のブログで思う存分どうぞ。言及エントリからわたしのブログにリンクを貼れば、どんな悪口雑言を叩こうが消されないですよ。
ハンドル変えて別人になりすましたり、人のブログを2chに晒しておいて被害者ぶるのは大概にして下さいね。
●jackさん
これ読んで下さい。価値相対主義
http://iwatam-server.dyndns.org/column/18/
>例えば「インドの人々は貧しい」と言ったとする。するとこう反論される。
>「いや、インドには富豪だってたくさんいる」と。そして「インドには富豪だって
>いるし貧しい人だっている」という結論に落ち着いてしまう。
>そんなの当たり前だ。これで結局何が言いたいんだ?
原則的にはこうである、ということは、例外があることを否定するものではありません。
>男女関係なくレイプされた人の気持ちは本当にレイプされた人じゃないとわかんないと思いますけどね。
これこそ酷い決め付けというか矛盾じゃないのかな。わたしは「・・・という想像をしてみることは難しい」と書いているのに、jackさんは経験のない男女には想像できない、気持ちがわかるわけがないと全否定してるんですね。
わたしは必ずしもそうは思いません。それに、レイプされた経験があるか無いかなんて外側からじゃ誰にもわからないし。
ところで、jackさんて「恋愛経験のない非モテには恋愛はわからない」という言説の支持者でしたっけ?
●ぽんきちさん
わたしも深い教養などはないですが、ベルセルクの世界観は中世キリスト教時代がモチーフになっているので、その時代背景、「女性原理」への反動としての魔女裁判などを重ね合わせて読むと、またいろいろと考えさせられたりもします。
価値相対主義、読ませていただきました。
>>原則的にはこうである、ということは、例外があることを否定するものではありません。
私が言いたいのは
「例外はあるが、男性は生まれながらに搾取する側に立っている」
コレ自体を否定したいのです。例外の有る無しではなく。
コレはつまり極端に言うと、
「俺たちは生まれながらに搾取する側である。つまり過去搾取して来た男達の罪を背負っている」
と言われていると感じたのです。
たしかに歴史を紐解けば、男による搾取ばかりです。しかしその「男は搾取する側」という考えを現代まで持って来てほしく無いんです。
上に書いた「搾取して来た罪」俺は、男は皆その罪を背負うべきだとは思います。
しかし罪は自分たちで償いきって、後世に伝えるべきではないと思います。
そういう意味で、自ら背負うのは良いが、背負わせるのは違うと思います。
ナツさんが書かれた「原則として男は搾取する側」これは男に罪を背負わせる言葉です。
ナツさんは自分の息子に「お前は過去の人たちが行った罪を背負って生まれて来た」と言えますか?俺にはとてもにはそんな事は言えません。
本当に、ちょっとした事にここまで噛み付いてとても恥ずかしい事だとは思いますが、「搾取する側」でなく「搾取して来た側」と言ってほしいんです。
とここまで書いて、ベルセルクってどう見ても中世ヨーロッパ風だよなーと、搾取する側と言いきってもおかしく無いなーと思ったり。
つづきます
長いので2つに分けました。連続投稿ごめんなさい。
つづき
あと、レイプ経験のくだりですが、俺は基本的に想像が経験を超える事はないと思います。どんなに恋愛シュミレーションゲームを頑張っても実際の恋愛が上手くいくとは限らないのと一緒です。
つまり
レイプされた経験>レイプされた事を想像
だとすればレイプされた事がない男女が描くレイプされた人の心情は同じレベルだとは言えませんか?つまり
>>レイプを許せないと語る男性でさえ、「もし自分がそうされたら」という想像をしてみることは難しい
というのは間違いで、レイプされた事のない男女両方にとって「もし自分がそうされたら」という想像をしてみることは難しいということです。
実際、男性でもレイプされた人の心情を深く掘り下げた作品は他にも沢山あると思います。(具体例は思いつきませんが・・・まあそれは俺が無知なだけということで)
しかし残念ながら、
レイプされた経験のある女性>レイプされた経験のある男性
なのは間違いないので、そういう意味では圧倒的に女性の方がそういった作品を描くには有利(という言い方はしつれいかもしれないが)だと思います。
・・・俺こんなにレイプって単語書いたの初めてだ・・・
と、長文粘着本当に失礼しました。多分頭に血が上ってるのでちょっと冷やしてきます。本当に失礼しました。
あと、どなたか別のjackさんと勘違いしてませんかね?俺はここにコメントさせていただいたのは初めてです。問題があれば名前を変更します。
えーと、このレビュー自体に関しては「言いたいことは何となく分かるのだけれど、説明付け方にちょっと違和感を感じる」という感じなのですが、それはちょっと置いておいてjack氏に横レス。
> レイプされた経験>レイプされた事を想像
> だとすればレイプされた事がない男女が描くレイプされた人の心情は同じレベルだとは言えませんか?
単純に「経験がないという意味で同列だから同レベル」と言い切ってしまうのもまた乱暴ではないでしょうか? 「レイプ経験のある人」は現代ではそこまで多くないでしょうから、女性でも「実際にレイプされた経験に基づいて」レイプされた人のリアリティについて語れる人はそう多くないでしょう。しかしながら、ここでナツ氏がしているのはそういう話ではありません。なぜなら、フィクション作品を読む上でのリアリティとは「自分の体験と正確に合致するかどうか」ではなく「それらしく感じられるかどうか」だからです。
従って、ここで考えなければならないのは、「実際にレイプ経験があるかどうか」ではなくて、「普段から『自分がレイプされる可能性があるかもしれない』ということを一定のリアリティを伴って想定(実感)できているか」です。これに関しては(個人差はあるにせよ)男女でかなり明確に開きがあると思います。このことについて書かれた記事をひとつ挙げておきますね。
wHite_caKe - 地球上の誰かが、ふと思った
http://d.hatena.ne.jp/white_cake/20060624/1151111589
要は、男性のかなりの割合は、「悲しみを共有したり癒してあげる事」はできたとしても、「自分がレイプされる立場に陥る」ということを「実感を持って想像」することは困難であることが多いわけです。(もっとも、「実感を持って想像」できるからといって、それが「実際のレイプ」と同じである保障はないわけですが、ここでの趣旨とはあまり関係ないでしょう。)
従って、「(男性は)生まれながらに搾取する側に立っている」という言葉も、「過去搾取して来た男達の罪を背負っている」と解釈したのでは意味がおかしくなります。ここで問題にされているのは「搾取される側に立って想像(実感)できない」ということだからです。
ただまぁ、「生まれながらに」という表現はちょっと勇み足だし、誤解を招きやすい表現ではあると思いますけどね。でも、「体験の差」と「実感の差」を混同して語るのもそれはそれで問題だと思いますので。
>ナツさん
お返事ありがとうございます。キリスト教とイスラム教の対立を初めとして、
ベルセルクという作品に流れているのは「断絶」ではないかと思った次第です。
性別や年齢、職業、宗教、夢…様々なものを杖に自らを支えなければ人は生きていけない。
しかし、その杖…アイデンティティがゆえに人と人は断絶せざるを得ない。
その断絶に橋をかけるには、互いの立場に立って気持ちを思いやるほかは無い。
その為に、人間は学ぶべきなのでしょう。
作中、魔女裁判によって一方的に断罪された人々にモズグズが抱いていた感情は何だったのか?
私は「愛」ではないかと思うのです。もちろん一方的なものですが。
ナツさんのこの批評、私にとっては断絶の暗闇の向こう、その距離を測る
貴重なともし火となりました。
>Jackさん
横レス失礼します。
残念ながら、女性たちから「完全な安心と自由」を奪っているのは我々です。
例えば、夜道を一人で「安心して」歩く事は出来ないのですから。
我々が搾取者としての罪から逃れるには、全ての男が一切の性欲を捨て去るしかありません。
それが不可能な以上、我々は罪と無知を自覚すべきではないでしょうか。
●jackさん
ごめんなさい。jackさんという女性がいるので、その方と勘違いしていました。できれば少しHNを変えていただけると区別が付けやすいです。
わたしは女ですが、「お前は生まれながらに搾取される性」と、前後の文脈もなしにいきなり言われたら、「搾取される*べき*性だ」と肯定されたような気がして反発を覚えると思います。jackさんの感じている反発も多分、そういうことじゃないのかと思う。
だけどわたしは、文脈によっては「女は搾取される性だ」ということがしっくり腑に落ちる場合があるんですよ。「搾取される性」としか表現できない現実は、どう否定しようとも実際にあるから。
わたしの書いた「(男性は)生まれながらに搾取する側」というのも、「搾取したがっている側」という意味ではない。そういう「性質」を持った性だ、という意味です。(「搾取できる性」という方が近いかも)肉食獣が草食獣を喰らう「性質」があるからといって、そのこと自体は罪でも悪でもない。ただ人間の場合、その「性質」を疑問もなく駆使した者だけが罪を犯すのです。
そのあたりは文脈を読んで欲しい、としか言えません。
>レイプされた事のない男女両方にとって「もし自分がそうされたら」という想像をしてみることは難しいということです。
女性ならわかると思うのですが、「夜道で見知らぬ男に拉致されて強姦された」という、どこからどう見ても「レイプ」と呼べるような体験をした人は少なくても、似たような状況を心理的に体験することは、男性と付き合っているとある意味避け難いことなんです。それの最たるものを「デートレイプ」と言います。
性欲と腕力が男女で非対称である以上、女にとってこうしたリスクは常にあるのです。それをある程度割り切るか、許せないと言って別れるかは人それぞれであっても。
デートレイプの実例体験談
http://anond.hatelabo.jp/20071111205453
http://anond.hatelabo.jp/20071209013512
「男なんだから罪悪感を感じろ」などと言っているのではありません。誤解しないでください。これはそういう話ではないのです。
ただ、罪悪感を感じたくないばかりに「現在進行形で女が被りうる性的搾取」から目を背けるとしたら、それはとても危ういことだと思います。
●烏蛇さん
>「実際にレイプ経験があるかどうか」ではなくて、「普段から『自分がレイプされる
>可能性があるかもしれない』ということを一定のリアリティを伴って想定(実感)できているか」
>「搾取される側に立って想像(実感)できない」ということ
その通りです。わたしよりわかりやすいまとめありがとうございます。
ケイキさんのエントリには同意ですね。男性は好きでもない女性に熱烈にアプローチされたとしても、「レイプされること」を想定はしない。女の場合は常にそういうリスクについて想像し、回避のための努力をしなければならない。
『「ああ……このひとは私よりもずっと力が強いんだ」と気付くたびに心の奥を、つめたい何かが横切りました。』という言葉には非常に重みがあるのですが、ある種の男性には、そういう「草食獣が肉食獣の側で感じる恐怖」を想像できないのかなあ、と思いました。生きてる限り、女はそれから逃れられないんですけども。もちろん常に意識しているわけではないし個人差もあるけれど。
「生まれながらに」は語弊があるのかな? 前述のように、「持っている『性』の性質」の問題として書いたつもりだったんですけど。
●ぽんきちさん
>魔女裁判によって一方的に断罪された人々にモズグズが抱いていた感情は何だったのか?
>私は「愛」ではないかと思うのです。もちろん一方的なものですが。
一方的な愛は「独善」という悪に変わりうる。それに対する無自覚さがキリスト教(イスラム教も)の、異教徒への不寛容を生み出したということは言えますね。「愛から発したものならばすべてが善きことである」というのは幻想だと、宗教的対立を見ていると特に感じます。男女間の愛にもこうした問題はつきまといますけど。
>それが不可能な以上、我々は罪と無知を自覚すべきではないでしょうか。
うーん。「男性に生まれたから罪がある」とは思ってないのだけれど・・・「自分の力」と、「それを恐れている女という性」が存在する事実については自覚して欲しいなと思いますね。
ぽんきちさんのように自分の性を自然に受け入れている男性なら良いのですが、そうではない男性にとって、「性」への「過剰な」罪悪感が、反動で異性への憎悪を生むことがままある。それは男性にとっても女性にとってもいいことではないなあと思ってます。
ナツさんのお気遣いに感謝しきりです。正直、「罪」という言葉だと重すぎるかな、とも思ったのですが、他に適切な表現が
思い当たらなかったもので…。
ただ、「暴力での優位性を持った相手から性的対象にされるプレッシャー」を、自分が与えられることを思えば
これは、「罪」というほか無いと思うんですよ。
ゲイの人たちには申し訳ない例えですが、彼らが武器を持ってたり、体格が大きかったりすれば
やはり恐怖を覚えますから。
それを考えれば、男子一同自重を肝に命ずべきかと。
とはいえ、過剰な罪悪感を抱いたり、それを同性に押し付けるのは確かに愚の骨頂ですね。反動を生む、納得です。
う〜むむ…何事も、適量というのは難しいですね。反省…。
>ナツ氏
>「生まれながらに」は語弊があるのかな? 前述のように、「持っている『性』の性質」の問題として書いたつもりだったんですけど。
「生まれながらに」という表現を使うと、「その人の一生消えない性質」という受け取られ方をする場合が結構あるので、この場合にはあんまりいい表現じゃない気がします。もちろん、ここで言われてるのは遺伝形質じゃなくて社会状況を含んだ話である、というのは分かるんですが、それでもちょっと危ういかなぁと。私なら絶対使いません。まぁ、こういうのは語感の問題になっちゃうんですけどね。
ついでに、先のレスで「違和感を覚える」と言った部分についてちょっと書いておきます。
>戦いに身を投じることは強さではなく弱さだ、悲しみに精神を破壊された愛する者と向き合えない人間の逃避だとゴドーは言う。男性原理的な「闘う強さ」があっても、女性原理的な「悲しみと向き合い癒す強さ」がなければ人間は欠けたままだと。
「ベルセルク」が単純な男性原理主義の漫画じゃない、というところは同感なんですが、そこでなぜ対立項として「女性原理」が持ち出されるのかなぁ、という点が疑問なのですよ。ゴドーの件のセリフは「戦いに身を投じることのナルシシズム」を指摘したものではあっても、別に「女性原理」に基づいたものではない気がするのですね。(ここでの男性原理・女性原理はユングの意味で理解しています。)
ゴドーのセリフは、確かにある種の「男性原理」の危うさを露呈させる言葉ではありますが、だからといってそれを「女性原理」の中に位置づけるのは単純すぎるというか、「男性原理か女性原理か」という二項対立に囚われすぎた考え方に思えます。こうした二項対立に回収してしまう考え方そのものが、ある意味では「男性原理主義」的な社会を支えてきたとも言えますし。
元jackです
ご要望があったので名前を、ベルセルクにちなんでイシドロにしました。
>>ぽんきちさん
>我々が搾取者としての罪から逃れるには、全ての男が一切の性欲を捨て去るしかありません。
性欲を捨てたら・・・人類は滅亡しますよね。性欲を否定したら、自然界の動物の生の営みまで否定する事になると思うのですが。
罪なのは性欲それ自体ではなくて、それを押さえきれず、暴力的な行為に走る弱い精神の方だと思います。
>>鳥蛇さん
>>ナツさん
えーと、私の文章を読んでいただけばわかると思いますが私は文章を書きなれていません。そしてたったアレだけの文章を書いただけで限界が迫っています。
じゃあ何でコメントなんか書き込んだんだよと思われるでしょうが、
失礼だとは思いますが、本当なら個別にレスすべき所をまとめてレスさせていただきます。
あなた方の言っている事は全面的に正しい。
ごめんなさい。逃げます。
いや、本当にもう書くべき事が思いつきません。
ご指摘の用に
「生まれながらに搾取する側に立っている」
この一節を見た時に
生まれながらに、女は搾取される側で男は搾取する側
↓
生まれながらに、女は被害者で男は加害者
↓
生まれながらにして男は罪人
と、言われているような被害妄想を抱いた訳です。ちゃんと読めばそのニュアンスがわかるのに。そしてその妄想である被害を根拠に「男が攻められている!」と勘違いして「ここは男として立ち上がらなければ!」と訳の分からん使命感で噛み付いただけなんです。
>wHite_caKe - 地球上の誰かが、ふと思った
>デートレイプの実例体験談
読ませていただきました。とても参考になりました。が、ここで1つ疑問が。
女性はどちらかと言うと強い男性に引かれたりしますよね?少なくともヒョロヒョロなガリ勉よりは身体能力に優れたスポーツマンの方がモテるような気がします。更には少しワルっぽいのに引かれたり。
身体能力に優れた方を選ぶという事は、いざという時守ってもらえるというメリットはありますが、その分もしかしたら抵抗も出来ずに殺されたりレイプされたりするかもしれないと言うリスクを背負っていますよね。身体能力に優れた男性を、時には恐怖すらするのに。これは矛盾すると思うのですが。
そしてそこで、俺ですよ。俺。俺はいかがですか?ヒョロヒョロですよ。いざという時守ってもあげられないけど、襲いかかって来ても女の力で一蹴できますよ。というか襲いかかる度胸もないですよ。人畜無害ですよ。リスク無し。俺。今ならお安いですよ?
・・・と、もう既にベルセルクとは全く関係ないですね。ごめんなさい。目障りなようならもう来ません。コメントしてごめんなさい。本当ごめんなさい。
●ぽんきちさん
>「暴力での優位性を持った相手から性的対象にされるプレッシャー」
そう、これは本来すごく怖ろしいことですね。日常的に怖がっていたら男性と一緒に働けもしないから大概の女性は普段意識してないけど。この恐怖を想像できない男性がたまにいるのが悲しい。
性への罪悪感による反動は、わたしも昔は認識してなかったんですが、ここ数年、ネットでミソジニーやらバックラッシュやらの事例を実際に見てるうちに、気をつけなければならないなあと思うようになりました。
●烏蛇さん
>そこでなぜ対立項として「女性原理」が持ち出されるのかなぁ
わたしにはガッツの対比として出されたリッケルトの立ち直り方が、「女性原理的」に見えたんですよね。柔軟に、静かに運命を受け入れ、今生きている者を優先し、地に足の付いた現実生活を一日一日こなしていく。それは時に諦めにも繋がる。運命に逆らえない弱い者の処世術かもしれない。それでもこれもひとつの強さである、という観念はベルセルク全体を貫いていると思うんですよ。
作者はかなり意識的に、「男性原理的」シーンと「女性原理的」シーンを織り交ぜているという気がします。それは後のルカたち売春婦の地を這うがごとき生き方や、魔女フローラの母性的な描かれ方を見るとわかる。まあこれはわたしの解釈なんですが。
あと、彼は男性原理の否定じゃなくて、男性原理と女性原理の融合(調和)こそ理想としていると考えます。バランスが崩れればどちらかの弱さが露呈する。そこは烏蛇さん仰るとおりで、「女性原理」を神聖視しすぎることは危うい。そのへんのバランス感覚が優れた作家だから好きなんですが。
●イシドロさん
誤解が解けてよかったです。
>身体能力に優れた方を選ぶという事は、いざという時守ってもらえるというメリットはありますが、
>その分もしかしたら抵抗も出来ずに殺されたりレイプされたりするかもしれないと言うリスクを背負っていますよね。
ネタにマジレスしますが、ヒョロヒョロでも女性よりは強いのです。わたしは女としても小さいので、どんなヒョロヒョロ男性でも本気で押さえ込まれたら到底敵いません。どっちにしても同じことならあとは趣味の問題になるかと(笑)
それに、ヒョロヒョロで自分勝手な男性とマッチョで気が優しい男性では、後者の方がどうみてもリスクが少ない。たとえば本ばかり読んでる弱そうな男性が「女は肉●器」と平気で見下していることがある。そんな人、女にどんな扱いをするかわかったもんじゃありません。身体能力だけの問題に帰することはできませんよね。
本能の問題として考えると、「強そうな男性」に惚れた場合、「好きでもない男性」のアプローチから守ってもらえるメリットがあるんじゃないでしょうか。女にとって最大の恐怖は「自分が選びもしない男にレイプされる」ことですから、強そうな男性を選んでおいて、「選んでいないその他大勢の男」から守ってもらうと考えれば矛盾はしません。これが当たってるかどうかは知りませんけど。「本能論」は、話半分に聞くもんだと思うし。
>いざという時守ってもあげられないけど
ダメじゃん!・・・いや、まあ、そういう人は一緒に走って逃げてあげればいいかもしんない。イシドロ風に(笑)
ベルセルクは、「鷹の団」のあの疑似家族的な空間が、読んでてやたら楽しくて仕方がなかったですね。あそこの連中の生き生きとしたやり取りを見てるだけでなんかこう妙な多幸感が。
漫画の「エマ」なんかも、エマとウィリアムのロマンスそっちのけで、メルダース家の人たちがわいわいやってんのを見て、幸せすぎて布団のうえでのたうちまわってた記憶があります(笑)。
●げぇさん
こっちにコメント付いてるの気づくの遅れた。ゴメンね。
げぇさんは「関係性萌え」の人かもしれないですね。テーマとか主人公の目的とか戦闘シーンなんかより、「人と人との関わり合い」や、大勢のキャラがそれぞれ確立してる様子に魅力を感じるわけでしょ。
わたしも普段はそういう読み方で漫画読んでます。特に登場人物が多い作品は。ジュドー好きだったなあ・・・。(苦労性・調整役のキャラを見るとポンポンと肩を叩きたくなるタイプ)
エマは終わっちゃったけど、「黒エマ」(?)とも言うべき船戸明里の「Under the Rose」(あんだろ)がありますぜ。ロウランド家の人々がわいわい・・・というには陰鬱すぎるけど。あの一家は。
>げぇさんは「関係性萌え」の人かもしれないですね。テーマとか主人公の目的とか戦闘シーンなんかより、「人と人との関わり合い」や、大勢のキャラがそれぞれ確立してる様子に魅力を感じるわけでしょ。
「関係性萌え」なのかな。非モテ&非コミュなんでああいう擬似家族的なものへの憧れがるのと、単純に幸せなひとを見てると幸せになってくるっていうのがあるかもしれません。
>エマは終わっちゃったけど、「黒エマ」(?)とも言うべき船戸明里の「Under the Rose」(あんだろ)がありますぜ。
情報ありがとうございます!本屋にいったら、
ナイスメガネが表紙の三巻しかなかったんで、
明日もうちょっと大きめの本屋で全巻探してみます。
●げぇさん
わたしも昔から友達少ないので、学園モノなんかで友達の大勢いるポジキャラがわきあいあいやってると、悔しさと憧れがないまぜになりますねー。「有閑倶楽部」とか大好きなんだけど。(ドラマは見てない。男性キャラの配役が許せねー!)
「あんだろ」買うんですね。ヴィクトリア朝漫画として「エマ」と共通するし、メイドさんもメガネのストイックな女家庭教師も出てきて萌え要素もタップリなんですが、わきあいあいじゃないので覚悟を(笑)・・・それどころか横溝正史みたいにある意味陰惨です。体面を整えた旧家の裏側の、ドロドロした心理的葛藤や人間関係を描いているという意味で。そのせいで「エマ」のようにはメジャーにならないんですが。
でもわたしは「エマ」より断然「あんだろ」の方が好きなんだなー。
あんだろ5巻発売記念ということで。結論からいいますと、滅茶苦茶はまってしまったわけですが(笑)。
ちょっともう萌えどころがおおすぎますよこのマンガ(特に5巻)!アルとライナスとか、レイチェルとアグネスとか、レイチェルとメアリとか。特にアイザックとレイチェルがよかったなあ。アイザックのレイチェルに対する堅い信頼と敬意の念には参っちまいましたよ。アイザックもしっかり成長してるし。
あと、レイチェルとウィリアムは「レイプで相思相愛オチ」になりそうでなんだかなーというかんじ。
絵柄は萌え文化圏とはかなり違っていて面白かった。男オタの性的な視線(笑)が入ってなくて。大槍葦人なんかわりと少女漫画寄りの絵柄なんかなあとも思ったり。
●げぇさん
いつの間にか5巻出たんだ。まだ買ってないんですよ。お薦めした漫画にハマる人がいると嬉しいですわ。
>レイチェルとウィリアムは「レイプで相思相愛オチ」になりそう
5巻でどういう展開になってるかはわからないけど、4巻からその兆候はあってムカムカしてました。「レイプから始まる愛」は嗜好に合わない。わたし的にはウィリアムが自殺してわび入れて初めて許す気になれる、くらいの感覚だし、そのくらいの罪悪感を一生背負っていく覚悟がない限りは愛情も好意も湧くはずがない。とはいえ、片方が負い目を感じながらの関係性なんて、共依存的で不幸のもと。
一組でいいから幸せで真っ当な恋人(夫婦)関係を見たいよー。全部グチャグチャじゃんこの漫画。
キャラが全員強烈な個性があって、それぞれの人生や背景があって「生きてる」感じがするし、どんどん成長していくので面白いんですが、今のとこ手放しで好きになれるキャラがいないのがネック。みんなどこかしら歪んでるもんで。あー、アイザックは強烈な個性がないかわり、まともで子供らしい子供ですね。
>絵柄は萌え文化圏とはかなり違っていて面白かった。男オタの性的な視線(笑)が入ってなくて。
レイチェルの描写はストイックに色っぽいと思う。女性の描き手だけあって、萌え目線を含まず、客観的に突き放して描かれているからこそ色っぽいという。
強烈な萌え目線が入っちゃうと、「わたしはキャラをこんな目では見ない」のに、作者の性的視線に強制的に同化させられる感覚があって、そこに生理的嫌悪感を感じる。ストーリーに集中できないんですよね。
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≫ ジェンダー的視点からのベルセルク from ぽんきち日記
これは面白い。いろいろ考えさせられた。
ジェンダー論といえば田嶋先生を連想する程度の知識だったが、
ジェンダーレスとジェンダーフリーは違うのね。勉強に... [続きを読む]