● 夏バテとPCのトラブルでお休みしてるうちに、書こうと思っていたことが飛んでいってしまったので、前回エントリに「続く」とか書いて引っ張っておきながらぜんぜん違う話になっております。
● わたしは非モテネタを取り上げることが多い。非モテの一部におかしな主張をする人たちがいるので、「言ってることがおかしいんだけど」と何度か突っ込んできた。
それに対して真正面から、「いや、非モテの主張はおかしくない。こういう理由で筋が通っているし、正当である。逆にあんたの主張の方が不当だよ」と反論されるのは問題はない。
ところがおかしなことに、
「お前が非モテを叩くのってつまりは同族嫌悪だろ? 真の“モテ”ならば非モテがどんなことを言おうが気にならないはずだ。無視できないということは、お前もモテない人間の仲間だからだろ。つまりは同族嫌悪なんだよ」
とかなんとかいうわけのわからん決めつけをされることが頻繁にある。ブクマとかコメント欄とか、遠回しの言及エントリなどでですが。
何の意味があるのかなー。これって。モテるとかモテないとか、そんなことこのさい何の関係があるんだろうか。
たとえばわたしが「わたしはこんなにモテるのよ。だから非モテを批判する資格があるのよ」というポジションから非モテ批判しているならばともかく、そんな論法を使った覚えは一度もない。まったくわけがわからない。
わたしが突っ込み入れたくなる類の非モテというのは、俺がモテなくて不幸なのはなにもかも女が悪いとばかりにルサンチマンを募らせたり、女性と見るや口汚く罵倒したり、自分の理想通りの女性と恋愛や結婚ができないことを、現代日本の社会システムに責任転嫁している人であったりする。
前回エントリに取り上げた、秋葉無差別殺傷事件の加藤なんかもまあそのひとりですね。
だけどこんなもの何も「非モテ」に限った話ではないんだよね。石原慎太郎だの森喜朗だのという政治家先生の偏見に満ちた女性観にも、ムカッとしたら取り上げてきたし、徳保さんというネット論客との間で、「痴漢論議」(*1)を行ったこともある。
「女性が痴漢に遭うのは派手な服装をしているからだ。自業自得だと責められるのは当然である」という徳保氏の言説にむかっ腹が立ったので反論したわけですが。
政治家の発言に突っ込んでいる時も、徳保さんと議論している時も、賛同者ばかりではなく反発・反論する人は当然いたけれども、だからといって一度たりとも、「お前が政治家を叩くのは同族嫌悪だろ!」だの、「徳保氏を叩くのは同族嫌悪なんだろ!」などと言われたことはなかった。相手が「非モテ」の時だけこういう現象が起こるのである。
一部非モテの女性観は、電波ウヨ政治家や徳保さんの主張とよく似ているのだ。
だから当然、相手が非モテでなくてもたまたま目につけばわたしは同じようにエントリに取り上げていただろうと思う。
つまるところ、政治家も徳保さんもミソジニー非モテもわたしにとっては全く同じ、「おかしな理屈で女叩きしてる人たち」でしかない。その意味ではモテるとかモテないとか全然関係なし。ただ「女叩き」する時の動機や心理の違いがあるくらいなものだ。
● 政治家その他の勝ち組コンサバ男性は、自分が「強者」であるという強烈な自負を持っている。
したがって、かれらの差別感情に対して女性が何を反論しても、「お前ら女はもともと男より劣った存在なんだから黙ってろよ」と歯牙にもかけない体なのだが、それだけにある意味、おのれが「悪役」であることは明確に自覚していると思う。
「女を抑圧してなぜいけない? 男の方が優越しているのだから当然だろう。バカな女は黙って強く賢い男に従っていろ」という、弱肉強食のジャイアン理論である。
女にとっては自分は憎まれるべき悪玉かもしれないが、それがどうした。男より感情的で非論理的ですべての能力面で劣っている女どもの怨嗟など知ったことか。憎いならいくらでも憎めばどうよ?と思っているわけだ。
これは保守的強者(マッチョ)の特質とも言えるものであり、女性に限らず弱者男性に対しても、かれらの基本的な態度は同じである。
女の立場としては小面憎いことこの上ないが、スタンスとしては首尾一貫していると言えるだろう。とりあえず女性に敵視されることはきちんと受け止めているわけだから。(*2)
ところがミソジニーの「自称弱者」男性は違う。
強者(マッチョ)男性と同じ、偏見にいろどられた女性観をまきちらしているくせに、いざそのおかしさを突っ込まれたら、女に酷い目に遭わされて生きてきてただ愚痴っているだけなのに、不当に説教されている。自分は被害者だという主張をするわけである。
つまり女性から憎まれてしかるべき事を公の場で書いている自覚、自分が「悪役」であるという自覚がないようなのだ。
ジャイアンと似たようなことを言っている人たちがいるので、「バカを言うのはやめなよ。あんたってジャイアンと同じでひどい人だね」と非難したら、
「ボクはのび太だぞ!お前のやってることは弱い者いじめだ」
「でも実はお前ものび太なんだろ? 出来杉やシズカならのび太が何を言っても気になるわけがない。同族嫌悪なんだろ」
などなど、わけのわからん反論が返ってきてボーゼン、という図式。
強者認定したかと思えば弱者(同族)認定してみたり、何がなんだかさっぱりわからない。
そしていつのまにか、偏見に反論しているはずのこちらの方が悪者にされていることを発見するのである。
ジャイアン理論を押し通すジャイアンは悪者だが、ジャイアン理論を押し通すのび太は正義になれるらしい。
はっきり言って、これ、ある意味でマッチョ男性よりずっと迷惑な人たちですよ。
● ミソジニー非モテ(or喪男)男性を知る以前は、ひどい女性蔑視感情を持っている男性は、おおむねマッチョ系の男性ばかりなのだろうとわたしは考えていた。
アンチ・マッチョ男性は、女性を思い通りに服従させたいとか処女を所有したいとか、逆に思い通りにならない女にキレるという心理もないのではないか、と。
「そういうことはしたくない」というリベラルな人間だからこそ、あえてマッチョになることを拒絶し、「強い男性像」に反発しているのではないか、と漠然と考えていたわけである。
過去ログを読んでもらえればわかると思うが、だから昔は、石原慎太郎に代表されるような男尊女卑的マッチョ男性の発言ばかりを取り上げてきたものだ。
ところが、いつの頃からかネットでは、「保守系マッチョと同じ女性観を持って女性を叩いている自称弱者男性」が増え始め、いまではその存在は珍しくもなくなった。2chなどではそれがデフォルトのように見えるほどだ。
かれらはマッチョになりたくないからマッチョを憎悪しているのではない。本音ではマッチョと同じように女を服従させたいのに、マッチョになれないから女性を逆恨みしているらしい、という事情がだんだんに透けて見えてきた。
「お前も“強い男”になれ。この世は弱肉強食だ。負け組男は黙ってろ」とマッチョから言われると狂ったように反発するくせに、「強い男」がやっているのと同じやりかたで女を従わせたいと夢想し、「強い男」に服従する女を憎む。
わたしの視線はマッチョから「ミソジニー非モテ」に移行した。昔ながらの保守系マッチョ男性の方がいまだに多ければ、当然のことながらそっちをエントリに取り上げていただろう。
弱者を標榜する男性の方が強者男性より攻撃的であるというネットの皮肉。
この現象については非常に興味があり、なぜこういうことになってしまったのか、どうすればいいのか、社会心理学的に詳しくアプローチしている人が誰かいないものかと探しているのだが、「女が優遇されて女ばかりが得するようになったから弱者男性の心がすさんでしまった。つまり今の若い女とフェミナチと女性優遇社会が悪い」というバックラッシュ的分析しか読んだことがない。(*3)
「女」という属性が社会的にも精神的にも完全に「男」の下位に位置してこそ、「男性差別のない正しい社会」になる。弱者男性を救うためには、日本社会が昔に戻るしかないのだ、と言わんばかりなのだ。こんな言説を弄されたところで賛成できるはずもない。
ある種の男性は「下位者としての女性」を絶対的に必要とするものなのだろうか。
つまりは「恋愛ができないこと」が問題なのではなく、「自分より愚かで弱い女」が手に入らないことが本質的な問題なのではないか。そういう、「服従する存在としての女」が入手できない限り、劣等感が克服できず、人間として男としての自信が持てず、精神的に不安定になるということに過ぎないのではないか。
という疑問すら抱くに至った。でなければ、あそこまで女性全体を、三次元女はビッチだスイーツだ非処女は中古だ三十路女は萌えないゴミだ何もかも女のせいだと、執拗に貶める理由がわからないからだ。
● というわけで、女に生まれたというだけで、「男の劣等感を補償するためのアイテム」にならないことを逆恨みされたくはないなー、とわたしは考えた。
色々ムカつくことはあれど、批判は一時棚上げにして、「じゃあ、どうすればいいんだろうね?」と考えたわけだ。なにせそういう男性が増えているように見えるのだから、いわば女としての自己防衛意識のためでもある。
その一環として、ジェンダー問題ではなく自己救済の方向性から非モテ問題にアプローチしてみたりもしている。「異性からの承認や社会の救済などに頼らず、自分で自分自身を立て直すべきではないか」という話。
それは「非モテはひとりで生きて行けよ」という話ではない。「それさえ手に入れれば自信がつくはずの万能アイテム(=女)」を与えられなくても、精神的に自立できてはじめて、「救済アイテムとしての異性」ではない「絶対的他者」との、対等で親密な関係性を構築できる準備が整うと考えるからである。(*4)
まあ、これはわたしの持論なんですけども。
と、いうようなことをつらつらと書きつづると、「非モテ問題に首を突っ込むのは同族嫌悪だろ」だの、逆に「弱者に対する強者の暴力やめろ」みたいなことを言われるので、ウンザリしていっぱい皮肉を書いたりもしました。反論は甘んじて受けるけど、いいがかりはやめてもらいたいよなあ。反論できないから論点をそらしてるのかと思うですよ。
「勝ち組モテ男の女性蔑視はムカつくから反論するけど、非モテ男のミソジニーなんてちっとも気にならない。モテない男は勝手に吠えていればいいじゃない。キモイから読む気にもならないわ(笑)」
という扱いかたをされる方が、よっぽど侮蔑的で無礼な話だとわたしは思うのだけど。そうは思わないんでしょうか。「非モテの発言に反応するのは同族嫌悪。本当にモテる男女は俺たちがどんな酷いことを言っても、ちっとも関心を持たないんだからな!」と腹を立てるような人々は。
(しかしこれってすごい自虐だ。ここまで自分を貶めてでも批判されたくないものか、と思ってしまう)
いい方に解釈すれば、意図的に批判をそらしているわけではなく、「弱者叩き」という視点にはまり込んでしまって逃れられない人の振り回すメソッドだと思うんだけども。
「弱い者」を叩くのはふたつにひとつ。「強者」がおのれの力をさらに誇示するためか、「弱者」が自分よりもさらに弱い「弱者」(同族)を叩いてストレス解消しているか、そのどちらかしかない、と真剣に信じているためなのだろう。
たとえ部落の人や障害者であっても、言っていることがおかしければ批判される。弱いからいじめられているわけではなく、言動にツッコミどころ満載なら反論が返ってくる。「部落(障害者でも何でも好きな言葉を入れて下さい)は黙ってろ!」と、発言の内容に関係なく言葉を封じ込められてしまうケースとは、根本的に違う。
そのことがわからない人とは話が永遠に平行線です。非モテが弱者かどうかはこのさい置いておくけど。
まあ、このエントリで説明した通り、わたしには電波ウヨ政治家もミソジニー非モテも似たようなもんだとしか思えないし、かれらの発言を目にするたびに、「男性のイヤな部分を濃縮還元ジュースにした言説」としか思えないから突っ込み入れたくなるだけの話です。あしからず。
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先生!「可愛い」「若い」「性愛の体験に乏しい」が抜けているように思います!
つまり。
「自分より愚かで弱いだけじゃなく、見た目が可愛く若くて、性愛体験が自分よりも乏しい女」という条件をクリアしていないと、という意味なんですが。
アメリカの保守系地域なんかだと、マッチョタイプの男性が多いんですが、日本との文化的な違いとして、かれらは日常的に騎士道精神みたいなのも披露したりするんですね。そこに惹かれる女性が出てきても、べつにおかしいとは思わないんですけど。ただ、いったんこじれるとカッコつけるための騎士道精神なんか吹っ飛び、ただのジャイアンになってDV問題起こしたりってのはすごくあることです。ま、マッチョ系のスタンスとしては首尾一貫していると思います。
いわゆる非モテの人達は、
相手(女性)を偏見に満ちた仮想敵(憎むべき存在)に仕立て上げることによって、
「自分が自分であるがゆえにモテない」という現実から逃げ回っている
のではないでしょうか。
・俺のことを否定する(俺の魅力を理解しない)お前らがおかしい
・お前らみたいな○○にモテてもしょうがない
と女性を否定(逆ギレ)することによって、
相手女性を「どこにでもいる普通の人」と認識したが最後、自分のことをその「ありふれた人」
にモテない「普通じゃない人」と認識しなければならないわけで。
モテないと言いつつ、実は自分のことをモテないと思ってないのでしょう。
もし自分のことを「モテない」と認識できていれば、女性を攻撃することは
ないわけです。
文章下手ですみません・・・
●まりねこさん
>「自分より愚かで弱いだけじゃなく、見た目が可愛く若くて、性愛体験が自分よりも乏しい女」
その条件はデフォだと思っていたので、あえて今回書きませんでした。「保守系マッチョ」と、「マッチョ願望のあるミソジニーウィンプ」の目的は女を完全支配下に置くことではないか、ということを考察したかったので、「愚かさ」と「弱さ」が最重要ポイントだよなあと。
>アメリカの保守系地域なんかだと、マッチョタイプの男性が多いんですが、
>日常的に騎士道精神みたいなのも披露したりするんですね。
それはミソジニー文化では「馬鹿マッチョ」と呼ばれて忌み嫌われています。かれらにとっての「真のマッチョ」とは、女を完全抑圧しわがままを一切言わせず必要とあらばDVでもなんでも駆使して女を支配してこそだと。女に甘いマッチョは女をつけあがらせるだけの敵だそうですよ。
で、いくら自分がそういうマッチョになりたくてもなれないから、欲求不満で発狂してるらしいんですけども。
マッチョ願望のあるミソジニーウィンプは、「そうなれない自分がふがいない」とは絶対に考えない。「俺をマッチョとして扱わない女が悪い。女のせいでマッチョになれない」と来るから開いた口がふさがらない。どんだけ他人に責任転嫁して生きれば気が済むのかと(笑)
●スカラベさん
>相手女性を「どこにでもいる普通の人」と認識したが最後、自分のことをその「ありふれた人」
>にモテない「普通じゃない人」と認識しなければならないわけで。
これもあるでしょうね。「モテない」ことが、男として、人間としての自分に対する全否定だと感じているような人ほど陥りやすい認識です。こういう人に告られたときに、「友達じゃダメかな」というとキレられる。
「好きだから友達として側にいるのは辛い」という気持ちならよくわかるけれど、そうじゃなくて、「友達では男として承認された気になれない。俺を異性として認めないお前は悪である」と恨まれてしまう。彼女だけではなく女友達もいないという非モテの場合、そういう部分が女性を遠ざけている一因かもしれない、と推測します。わたしには非モテの友人がいるけれど、彼らにはそういう部分がないですから。
で、そういった女友達が多い非モテは、女性とプライベートで接する機会が多く、女性を紹介される機会もあり、いつのまにか彼女もできてしまうと(笑)
同じく恋愛経験がないのに救いようがなくこじれている人と、まずまず自分とも他人とも折り合いをつけている非モテとの落差が激しすぎる。それは承認欲求・支配欲求の強さの差なのかなと考えています。
無視される可能性が高いですが、変なほうに勘違いされるので書きます。
女性とみるや罵倒をするのは性犯罪の被害にあった女性が男性を怖がるのと同じような気がしてなりません。
女性にひどい目にあわされた(ナツさんがかつて言ってたキモイ。セクハラだといわれ嫌われる。あいつ持てないよね〜と陰で言われるなど)。すごくムカついたけど、女性が口がたつので、何も言えなかった(ナツさんがいい例です)。その後、自分にとって都合のいい女性に逢えばいいけど、そういう女性はまずいない。心の傷がいえぬまま、女性すべてを憎むようになる。女性が非モテの批判を始めた。自分がかつてされたことを思い出し、プッツン切れ、お決まりの展開に。
ご無沙汰してます、お邪魔します。
>ある種の男性は「下位者としての女性」を絶対的に必要とするものなのだろうか
私はそう感じています。「ある種の男性」じゃなくて『男性』というものはそういう存在なのかなーというふうにですが。
単に「感じている」だけなので説明できないですけど…イヴが「アダムの肋骨から創られた」というはなしや結婚の儀式の時「イザナミが先に歩くことは正しくない(正常な子供が生まれない)」はなしなどからも、古くから「そう」なら「男性ってそう」なのかなー、と。
ただ私としては創造者やこういう男性(下位者としての女性を必要とする男性)のおもわくなど「知ったこっちゃない」ので、そのためのアイテムにならないことを逆恨みされるのはやはりイヤです。
>「真のマッチョ」とは、女を完全抑圧しわがままを一切言わせず必要とあらばDVでもなんでも駆使して女を支配してこそだと
ひゃー。こわー。それって、昔の看守と囚人みたいじゃない。そんな人いるの…私は遭遇したことないけど。幸運にも。
男と女って、惹かれあうのが自然だと思ってた。精神的、肉体的、いろんな意味で、自分の持っていない要素を補完しあうために。なんでこうなっちゃうのかなぁ。にしても、
>精神的に自立できてはじめて、「救済アイテムとしての異性」ではない「絶対的他者」との、対等で親密な関係性を構築できる準備が整う
その通り。でも現実…難しいでしょうね。何気にすっごく高いハードルだもん。最初に支えてくれる人がいればいいんだけど。
●つるさん
こちらこそご無沙汰してます。最近、雑談もできませんが、暫定掲示板の雑談スレには、独り言でも何でも書きたい時に書いて下さいね。わたしも突っ込み入れたくなった時に突っ込みますから(笑)
>イヴが「アダムの肋骨から創られた」というはなしや結婚の儀式の時「イザナミが先に歩くことは正しくない
>(正常な子供が生まれない)」はなしなどからも、古くから「そう」なら「男性ってそう」なのかなー、と。
うーん。確かに強者から弱者までそういう男性ばっかり(に見える)と、思わず「男ってこれだから・・・」とかぼやきたくなるけど、実際は、その国や時代の文化によって意識は変わっていくものだと思います。
男性が「女は支配するモノ」と考えていた時代には、女性も「男に服従して守ってもらうのが当然」と考えていたことでしょう。だからといって「女は古くから男に服従していた。本能的にそういう生き物なのだ」と決め付けられるのは心外ですよね。
そして文化は生活に根差しているものですから、女が男に、群れが強力な指導者に完全に従わなければ生き抜けない厳しい環境・時代であればあるほど、性的抑圧は厳しくなっていくんですよね。「女は男に服従すべき」という抑圧ばかりではなく、「男らしくない男は男の資格なし」というマッチョ的抑圧も同様。
逆に食べ物の豊富な南国では、大昔から女性上位社会が多い(日本でも沖縄はそういう傾向がありますね)。これは男も女も「生まれつきそういう存在」というわけではない証左だと思います。少数民族では「一妻多夫制」なんてのまであるんですよ。一人の女性が複数の夫を持つ慣習が大昔からめんめんと続いてる母系社会なんです(ナシ族)。民俗学はおもしろいですよ。
●まりねこさん
>男と女って、惹かれあうのが自然だと思ってた。精神的、肉体的、いろんな意味で、自分の持っていない要素を補完しあうために。
そうであったらある意味話が早いんですけど。好きな人が「異性だ」というただそれだけで自分を好いてくれるなんて、ドリームですぜ(笑)
まあわたしも自分の持っていないモノを持っている男性にばかり惚れてますけど。自分と似たタイプには反発が先に立っちゃってダメ。(理屈っぽいのとか嫌味で攻撃的なのとか。これこそが同族嫌悪だ(笑))
性別に関係なく「自分と似たタイプ」ってのもいますから、「男と女なら正反対だから惹かれ合うのが自然」ってわけにはいかないですよ。
>その通り。でも現実…難しいでしょうね。何気にすっごく高いハードルだもん。最初に支えてくれる人がいればいいんだけど。
うん。「これが正論」なんだけど、人間弱い生き物だから、「救済・自己承認アイテムとしての異性」を求めてしまうこともあるんですよね。ただしどんなに欲しくてもやっぱりそれは異性にとって迷惑な話だし、「アイテムになってくれない」という理由から他人を逆恨みするのも論外。そっちの方向には「自分と無関係なすべての人間を恨む」ことになる加藤への道が・・・。
大変興味深い記事でした。非モテDQNの病理がよく理解できました。
ナツさんの言うとおり自称弱者男性は女性蔑視でどうしようもありません。あいつらがモテないことは自己責任であるはずなのに、社会や女性に責任を転嫁するのは見苦しいを通り越して害悪ですらあります。あいつらが魅力がないことは完全に自己責任ですし、であれば周囲の人間に嫌悪されるのも当然です。もっと言えば、そのような状況で自己変革しモテるようになるか、それともモテなくてよいと考えて周囲に迷惑をかけないようにあきらめて今のポジションで生きるかを選ばなければなりません。そのようなこともせずに勝手に他人や社会を憎悪するなどというのは犯罪です。社会や女性が悪いのではなく自分が悪いという当たり前の事実に直面することが怖いのではないかと私は考えていますが、自己責任をわきまえないでこういうことから目をそらし続ける連中を世の中ではガキと呼びますね。
そして、女性蔑視だけでなくああいう連中の自分勝手な憎悪は加藤のように社会に不満をぶつけ、結果大惨事を産みかねません。加藤は写真で見るとおり不細工ですし借金から逃げてきた貧乏人です。学歴も低いし、どうしようもない人間のクズですから、身の程をわきまえず彼女ができるとか考える方がおこがましいとしか思えません。ああいう自己変革もできず自己責任を感じることもできない社会不適合者は厳然と隔離、排除、差別が必要です。そうしなければ、ああいう連中はのさばり、ナツさんのようにまっとうな女性が不快な思いをし、また通り魔事件が起きると思います。私の会社にも不細工で空気の読めないデブの非モテが居ますが、本当に存在そのものが迷惑です。ああいう連中はどうにかならないもんですかね。
連中が自己救済ができずに苦しむのは勝手ですが、それで迷惑を被る側はたまったものではありません。ああいう連中は助け船を出してやる必要もないですし、勝手に苦しんで自殺しろと思う限りです。あいつらに迷惑をかけられるのは反吐が出ます。そもそも、自分が苦しんでると言って人様に助けてもらおうなどというのが間違っているのであって、ああいう他人や社会による救済などと言うことを考えるのは自己責任も自己変革も考えない在日と同じ日本社会の寄生虫であると言えましょう。ああいう寄生虫を粉砕し隔離し排除しなければ健全な社会を築くことはできません。
フルカツがなんかブックマークコメントをつけていますが、あんな卑怯者のクソ野郎なんかに負けずにがんばってください。あいつこそ死ねばいいし死ぬべきです。
ナツさん
>「モテない」ことが、男として、人間としての自分に対する全否定だと感じているような人
>ほど陥りやすい認識です。こういう人に告られたときに、「友達じゃダメかな」というとキレられる。
非モテの人達は、実はガチガチの「恋愛至上主義」なのだと思います。
人には個体差があり、その恩恵にあずかれない人・恋愛市場からあぶれてしまう人は
必ず発生してしまう。これはもう残念ですが仕方のないことです。
しかしいわゆる「非モテ」の人達にとっては
モテない=全ておしまい(自分が全否定される)
なので、自分が「恋愛できない側の人間だ」などと断固として認めるわけにはいかない。
だから、相手が自分を受け入れないことを認められない上に逆恨みするのだと思います。
そしてこれが悪化するとストーカーになるのかなと。
相手が好きなようでいて本当は自分が一番好きなのだろうなと想像します。
ドイツで極右政党を支持する人(いわゆるネオナチかな)は、元東ドイツ地域の低所得、または失業中で独身の30代男性が中心だ、という報道を読んだことがあります。ぶっちゃけ、負組ですね。ドイツは東西統合は比較的上手くいったとは言え、元東ドイツだった地域はどうしても経済的に振るわなく、その結果として若者が学歴や技術を身につけ、景気の良い都会(元西ドイツの)に出てしまう。で、旧東ドイツ側は女性の方が男性より高学歴が多い(理由は解らないのですが)ので、必然的に西に行って西の男性と結婚する女性が多く、結果、東側の低学歴、低所得男性がアブれる、という構図があるそうで。
こういう男性が極右政党を支持するのは、自分たちがよすがに出来るのは「人種」という属性しかないんでしょうね。自分はドイツ人だからトルコ人よりえらい、みたいな、ドイツ人の中では下なんで、より下を探す心理。
これって日本の右翼やネウヨやバックラッシャーに共通しますね。というか、弱者を叩く弱者ってこういうものかも。
>ある種の男性は「下位者としての女性」を絶対的に必要とするものなのだろうか
男性社会の中の弱者であるほど、自分より下位の女性を欲しがるもんだと思います。個人的な話で申し訳ないですが、私の父親もそうでした、母が自分より絶対的にバカだと思ったから結婚した、で、いざ、結婚してみるとそのバカさ加減に腹立っている、みたいなw
こういう男性は、ただ、かつては多かったと思います、うちの両親なんぞも戦前生まれなんですが、「男は女よりえらい」と同時に「男は強く男らしくあらねばならぬ」というマッチョな抑圧を与えられた男性が、賢かったり自と同等の仕事が出来る女性を嫌い、愚かな女性を求める、みたいな。
だから、男女平等やフェミニズムが悪い、という意見には、アホとしか思えない。男も女も同じ人間なんだ、と解れば、自分より賢い女がいても、平気な筈なのに、と、幼い頃からずっと思っていたんですげ、結局、これって、制度ではなく個人の意識の問題なんですよね。
ナツさんなりの主張の首尾一貫性を改めて確認させていただきました。大変興味深かったです。
僕は、言及したかや、釣られたかどうかは些末な問題でしかないと思います。「どんな風に言及したのか」が問題だと思います。その点において、ナツさんの言及には、いくらかの執着は確かにあるにせよ、今回のエントリのご指摘を通して、それが非モテ同属嫌悪的な構図をあまり含まない(ゼロとは言いません。ですが、微弱に含まれるぐらいのほうが、自然だとも思います)と改めて確認しました。
>>なぜこういうことになってしまったのか、どうすれば
>>いいのか、社会心理学的に詳しくアプローチして
>>いる人が誰かいないものか
僕は僕なりに、一応、この辺りについて社会心理学的にアプローチしている最中ですが、非力過ぎて、コケちゃうかもしれません。コケなければ、私なりに、ナツさんの疑問に一視点を提供出来るのでは、と思います。はてな界隈で色々と巡り会っていくなかで、僕なりに、非モテのメンタリティの問題は、ある程度形がみえてきた、と感じている昨今です。
僕個人は、非モテ、または非モテに近いような怨嗟的コーピングの男性がここまで増大したことには、相応の要因の蓄積や必然性を感じずにはいられません。
もちろん、だからと言って彼らの態度や主張を無条件に“承認”出来るわけではありませんし、悪いことは悪いし迷惑なことは迷惑だとも思います。また、ダブルスタンダードな論法を自己正当化するような振る舞いがあるとしたら、ダブスタ相応に取り扱うのが適当だろう、とも思います。
<逆に食べ物の豊富な南国では、大昔から女性上位社会が多い(日本でも沖縄はそういう傾向がありますね)。これは男も女も「生まれつきそういう存在」というわけではない証左だと思います。少数民族では「一妻多夫制」なんてのまであるんですよ。一人の女性が複数の夫を持つ慣習が大昔からめんめんと続いてる母系社会なんです(ナシ族)。民俗学はおもしろいですよ。
西サハラのトゥアレグ族も女系社会ですね。非常に厳しい環境のなかで生きてきた人々なんですが、男系社会ではなかったりします。最近では、音楽方面での活躍が有名です。
<自己承認うんぬん
「自分には生きている価値があるか」よりも「この世には生きる価値があるか」どうかに意味がある、っていうブクマコメントを最近みてすごく納得したんですよね。他人から承認がえられないっていう寂しさとかつらさとか、確かに俺もわかります。ガキのころとかよくいじめられてて、精神的にひどかった時期もありますし。自己否定的な考えにも囚われていたこともありました。で、そんなろくでもない状況から、どうやって自分がマシになれたかって考えた時に、よのなかの持ってる豊かさに目をむけることができたって部分が大きかったなあと思うんですね。豊かさってのは、例えば音楽であったりお話であったり世界中の数えきれない人が長い時間をかけて生み出してきたあれやこれやっていうのかな。そういったものの持ってる力強さにふれることで、いまこのよのなかで自分が生きている、ただそれだけで十分に幸せだってこと、「この世には生きる価値がある」ことを確信することができて、その時点で自己の承認に拘泥することがなくなったんですね。
あーなんか、とりとめのない文章になってしまったなあ(泣)。つまり、自己承認で苦しんでる非モテの人は一旦そこから離れて、違う方向に目を向けるといいかもという話です。
●スカラベさん
>モテない=全ておしまい(自分が全否定される)
furukatsuさんなどがそうなのですが、かれらはこの抑圧が外部から来ていると思っています。「恋愛できない人間を全人格否定しているのはお前らだ」と社会を断罪している。そのあたりの認識で常に食い違うんですね。
そういう偏見を持った人も中にはいるけれど、社会全体の価値観ではないとわたしは考えている。「ここが問題だよ」と、ある側面を指摘されただけで、全人格の否定だと感じる人に対しては何をか況んやですが。
スカラベさんは「どうやっても女性にモテない」と仰っていましたが、どうですか?
社会全体からの抑圧を感じて苦しまれたりしますか?
●p_shirokumaさん
よく記事を拝見させていただいてます。今回の「近づくなオーラ」の話も興味深かったです。
>非モテ同属嫌悪的な構図をあまり含まないと改めて確認しました。
非モテに言及するたびに属性問題に還元されるのが不思議だったんです。他のエントリではそんなことはないのに。
わたしは恋愛はしてきてますが昔からコミュニケーション能力低めなので、その点では非モテに共感する部分が多くあります。逆に、同属嫌悪的な部分も全くないとは言えないでしょう。
けれど、かれらが「男」の属性の立場で「女」の属性を攻撃している部分については、共感できる面がありません。そしてわたしが批判しているのはまさにその部分なんです。かれらが男として女と社会を語ろうとする時に、どうしようもなくにじみ出るバイアスについて。
属性の対立構造に敏感な人ならばその点は明確でしょうに、都合よくスルーして「同属嫌悪」というレッテルを貼るのが不可思議です。
>私なりに、ナツさんの疑問に一視点を提供出来るのでは、と思います
期待してます。バックラッシュに陥ることなく、要因分析的に書いて下さる方がもっと増えてくればいいなあと思ってます。
あまり高度に専門的だと汎用性が薄れちゃうと思うけど、シロクマさんの記事はその点わかりやすいし。
●げぇさん
「トゥアレグ族」のことは初めて知りました。あのへんは大抵が厳格なイスラム男尊女卑社会ばかりなのに、こんなイレギュラーがあったんだ。おもしろいなあ。
>よのなかの持ってる豊かさに目をむけることができたって部分が大きかった
>例えば音楽であったりお話であったり世界中の数えきれない人が長い時間をかけて生み出してきたあれやこれや
>「この世には生きる価値がある」ことを確信
同意です。こういう目で世界を見られるっていいですね。
世の中は自分みたいな小さい人間が測りきれるほど狭くはないし、人間だって千差万別。それを「生きる価値のない世界」と断罪するだけの資格が自分のどこにあるんだよということに気づかないうちは、世の中本当に灰色だし。
ただ、世の中を「腐ってる」と常に糾弾している人々は、「世の中の豊かさ」に目を向けたら、逆に自分が惨めになるのではないかと思うんです。この世には優しくて思いやりのある人もいて、尊敬できる人もいて、きれいな絵と心を打つ音楽と人間の魂が凝縮された思索や物語とがある。だけどそのどれもが自分の手に入らない。見えない壁の外側から見ているだけ、という疎外感に打ちのめされてしまうだけの人は、「世の中の豊かさ」に気づくことは逆に苦痛なんじゃないでしょうか。
自分を不幸な被害者だと感じている人にとって最大の敵が、「豊かで美しく平和な社会」だとすれば、それこそが最も不幸なことですが。
非モテとの大バトル、いつも楽しく拝見させてもらっています。高度な話ですが、なんとかついていきたいと考えています。
オタクの人に提案したいのですが、気の合う仲間との関係性を絶ってみるのが、一つのいい方法だとおもいます。自分がどんなストーリーを生きているのか、客観的に見つめなおすという意味で。
やはり共有してる幸福感とか、ステレオタイプだと思うのです。
民俗学の話が出ていましたが、オタクの人こそ自らフィールドワークに行ってみるというのはどうでしょうか? 新しい視界が開けると思います。(インタビューの時にはあまり自分のことばかり話さないようにネ)
>この世には生きる価値があるか
ああ。あーーー。
そうですね。そうです。
例によって自分の経験からしか語らない俺がまた自分の経験を語ると、俺、どんなに自分が最悪だった時期でも、なんだか知らないけど「それでもなんとかなる」っていう無条件な信仰みたいなものがあって、「最悪死ななきゃどうにかなる」と思ってた節があるんです。
その根拠がどこにあるかっていうと、たぶん「この世界は美しい」という信仰にあったんじゃないかと。たとえどんなに俺が人間の屑で、最悪で、まったく不要なゴミのようなものであるにしても、「そんなこととは無関係に」、この世界は存在しているのだ、という。
俺は何度も、この世界は腐っていると思おうとしたし、たぶんそのほうが当時の俺にとっては楽な選択肢だったんですが、無理でした。空が青くて美しいということと、人はみな懸命に生きているという事実を否定することがどうやってもできなかった。おまえらみんな二次元の愉悦を知らない愚民だとまで他人を見下していても、それでもこの空の青さと人の笑顔を否定しさろうとしている時点で、自分が絶対にまちがっているいきものだという思いは消せなかったです。世界が腐っていなければ、腐ってるのは俺だったです。
人に与えられた世界は、ただこれひとつで、それだけは、ほんとに覆しようのない絶対的な現実です。でも、たったひとつなら、隅々まで舐めるように味わいつくしてやるとか思います。自分が男性であるとか社会的にどこの階層にいるとか、ほんと邪魔です。なにどうやったって世界は芳醇なので、自分の視野を狭めることはしたくない。他人にそれを勧める権利は俺にはないですが、あんがいこの場所も居心地は悪くない、ということくらいは主張したいです。承認されないと人はけっこう死にそうになったりしますけど、肉体が死なない限り、とりあえず生きてます。そんで、そういう場所からしか、人は始まらないんじゃないかなー、と。それはもう、世界は残酷なまでに美しく、また多様です。
いつもながらテンション高くてすんませんです。
お久しぶりです。
男同士だと同じ条件で勝負するしかなくて実力が明白にわかっちゃうから、全く同じルールが明白に適用できないから勝負自体が成立し得ない「女性」をとりあえず下に見ておけば、男性同士で争って自分が明白に負けることもないし都合よいのかな、と思うことがあります。
対象が女性である必要はなくて、下に見れる人間の種類が女性しかいないんだろうなあと。
誰かを下に見なければ自分が保てないというのはまあ貧しく哀れな精神構造だ、とは思いますが、その哀れな精神構造によって他人に危害を加えるに至ったところで誰も許しちゃくれないのにな、と思います。
ナツさん
>スカラベさんは「どうやっても女性にモテない」と仰っていましたが、どうですか?
>社会全体からの抑圧を感じて苦しまれたりしますか?
私個人に限って言えば、社会の抑圧は特に感じないですね。
社会に普通に出れば「女性にモテる」というのはその人の価値の一要素でしかないことを
認識できるからです。非モテの人達が強調するほど、社会は「モテるモテない」を重要視
してないことに気づかされます。
モテないことで相手を叩く(偏った考えで相手を断罪する)人間もいるにはいるでしょうが、
社会に自然淘汰されると考えています。テーマはどうであれ「極論」をゴリ押しする人は
社会に敬遠されるものと考えます。で、その「変な人」が自分を否定してきたところで律儀に
否定される必要も無いのかなと。
ちょっと前に「Blog読者」の名前で投稿したものです。ブログにコメントしたことが無いので名前を決めあぐねておりますw
***
自称弱者の人のファシスト傾向というのは確実にありますね。国家のような巨大なアイデンティティを用いておぼつかない自己を補完しようとするという。だから財界保守マッチョ人間みたいなやつらと価値観が合致してしまう……。社会が右に寄れば寄るほど、最初に割を食うのはそういう弱者の人達自身のはずですが……「首輪の自慢を始める」奴隷根性というか。
***
スカラベさんがおっしゃるとおり、モテないことによって本当に社会から抑圧されてしまうのか。その前提自体に、私も疑いを持ちます。
「加害非モテ」の人達からは、あまり、社会や文化との接点のようなものを読み取る事ができないのですね。どうも、社会経験の無い大学生や浪人生であるとか、あるいは仕事と家を単調に行ったり来たりしている人であるとか、そういう人物像を、どうしても想像させられてしまうのです。
この世の中、少し目を向ければ、女性にモテるモテないとは全然関係の無いところで、豊潤な文化がいくらでも待っていてくれるはずなのですが。
平和に暮らしているところに「お前はモテない」といきなり攻撃してくる通り魔みたいな人って、そうそういないんじゃないかな。それはもう個人の人格の問題であって、それこそ、
平和に暮らしているところに「お前はモテだ。俺に謝れ」といきなり攻撃してくる通り魔みたいな人……と、割合的にはたいして変わらないんじゃないですかね。w
<「トゥアレグ族」
下の映像の7:00頃にでてくるのがトゥアレグ族の代表的な音楽グループのひとつ―「砂漠のブルーズ」と呼ばれるジャンルにカテゴライズされることが多い―タルティットですが、男性が顔を隠し、女性が顔を出しているのがわかりますね。空色の民族衣装が実に美しい。
http://jp.youtube.com/watch?v=NvS9v4cmM7k&feature=related
<だけどそのどれもが自分の手に入らない。
おそらく、自分とそれらを所有と被所有の関係で捉えていることがあやまりではないかと思います。換言すれば、支配と被支配の関係といえるかな。大事なのは、そういったものを読んだり、聴いたりしたことで自分の「魂」がどう揺さぶられ、変わったかということです。人は文章や音楽を、本やレコードといった形で、「所有」できますが、それはあくまでも法律の上での「所有」でしかない。本棚を、レコード棚を目いっぱいに埋めたところで自分自身の存在が大きくなるわけではない。というか、人間は自分の肉体以上に大きなものになれない。人間が年をとり、死ぬ存在である以上、永遠に「〜である」ことはできません。より大事なことは、なにを「する」かであり、「しない」かあるのではないでしょうか。だから、あんまり自分の内面が汚くあるでことで悩みなさんなと、自分の内面の問題を理解したうえでどう生きていくかが肝要なんだといいたいです。
なんか、スピリチュアル(笑)みたいになってきたので、ここらへんでやめときます(笑)。
Tron at さん
>「加害非モテ」の人達からは、あまり、社会や文化との接点のようなものを読み取る事ができないのですね。
>どうも、社会経験の無い大学生や浪人生であるとか、あるいは仕事と家を単調に行ったり来たりしている人
>であるとか、そういう人物像を、どうしても想像させられてしまうのです。
確かに。女性と接点が無いために「女性に関する情報」をネット等で仕入れることになり、
偏った情報(ネットには真っ当な情報もあるのでしょうが、加害非モテの人達は何故か自身の
偏見を補強・補完するようなフィクションを好んで選択しているような気がします)に
影響され、情報との照らし合わせをするリアル女性との接点がこれまた無いために、偏見だけを
増幅させていくのでしょう。必ずしも モテない=女性と全く接点を持て無い では無いのですが、
加害非モテの人達はこれを誤解しているフシはありますね。まさに0か100なんですよ
女性と普通に(恋愛関係でない)コミュニケーションをするだけでは満足できない気持ちは、同じモテない
身として非常〜に良く分かりますが、女性を選択的に遠ざけ・意識的に偏見を持つべく行動している
点には全く同意できないですね・・。
●イカフライさん
すみません。レスが抜けてました〜。
>男性社会の中の弱者であるほど、自分より下位の女性を欲しがるもんだと思います。
そういう男性は弱者に限らないと思うんですよ。「本質的な強さ」の面から鑑みれば「服従者」がいなければ精神が安定しない人間なんて弱いに決まってるんですが、社会的な強弱にはあまり関係がないような気がします。
石原慎太郎みたいな男尊女卑男がいることもそうだし、アメリカなどでは、警察官や保安官、社会的に地位の高い男性のDVが問題になっているとか。しかもかれらは社会的に信頼されているために事件が隠蔽されるケースも多いそうです。
それはネオナチが下位者を求めるケースとはまた位相が異なる気がします。
>私の父親もそうでした、母が自分より絶対的にバカだと思ったから結婚した、
>で、いざ、結婚してみるとそのバカさ加減に腹立っている、みたいなw
一昔前は多かったらしいですね〜。わたしの母の時代にも結構いたそうです。母は看護師で一生バリバリ働いていこうという自立心があったため、そういう抑圧的なマッチョ男がウザくてしょうがなかった。だから絶対にえらそうにふるまわないインテリでリベラルな男を結婚相手に選んだら、頭はいいが生活無能力者だった(わたしの父)→離婚、というケースもあります。両極端すぎやん(笑)
今はそれに比べて大分マシ・・・になってるはずなんですが、ネットの大量のミソジニーを見てると、本当にマシになってるのか不安を覚えたり・・・。
●ぺろこさん
>オタクの人に提案したいのですが、気の合う仲間との関係性を絶ってみるのが、一つのいい方法だとおもいます。
??? オタクの話はどこにも出ていないのですが・・・。非モテとオタクとは違います。層が重なっている場合もありますが属性としてはまったく違うものです。前者は異性にモテないことをアイデンティティにしてる人、後者は趣味の属性です。
わたしもまあオタクなので、わたしに言われているのかなとも思いましたが、それにしても意味がわかりません。
●MK2さん
>自分が絶対にまちがっているいきものだという思いは消せなかったです。
>世界が腐っていなければ、腐ってるのは俺だったです。
同意。わたしも昔は相当に厭世的な人間だったと我ながら思います。今も精神状態によってはドス黒い世界観が浮かび上がってきますし。
でも、「それって本当は間違いだから。あ〜自分がキモイ」という自嘲は常にどこかにあった。だからオウム信者みたいな人々が不思議でしょうがなかった。
「この世界は腐っている。みんな物質主義のDQNだらけだ。自分たちだけが選民であり、ハルマゲドンの後に最終的に生き残れる“ステージの高い”存在である」なんて、どういう自己暗示をかけたらそんな風に思い込めるのかさっぱりわかりませんでしたね。
●pointzさん
お久しぶりです。
>全く同じルールが明白に適用できないから勝負自体が成立し得ない「女性」を
>とりあえず下に見ておけば、男性同士で争って自分が明白に負けることもないし都合よい
わたしも同じことを感じることがあります。「ヤリチンマッチョ」に尽くしてヤリ捨てられる女性がいた場合、かれらがボコるのは常に「マッチョに利用される馬鹿な肉便器」、つまりは女性なんですよね。そのヤリチンの方が最低だと思うんですが、めったに男性側は糾弾されません。
表層的にはマッチョを馬鹿にしつつも結局マッチョ的な価値観を内面化してしまっているがゆえに、「男として負けている」という意識が消去できず、マッチョを「完全に否定」することができないのではないか、と考えます。
まあ、逆に「ヤリマンのビッチ」に尽くして捨てられる男性がいた場合は、やっぱり「搾取した女」の方が叩かれてますけど(笑)
●スカラベさん
>テーマはどうであれ「極論」をゴリ押しする人は社会に敬遠されるものと考えます。
>で、その「変な人」が自分を否定してきたところで律儀に否定される必要も無いのかなと。
ですね。一部のおかしな人に言われたことに対して「あんたの方がおかしい」と反論するのは自然だと思うんですが(わたしがミソジニーに対してやってるように)、そうではなくて、相手に否定されたら表面的には逆ギレするのに、内心では「自分への否定」をそのまま素直に取り込んでしまい、アイデンティティがズタボロになっている人たちが不思議でしょうがない。
それが好きな人からの否定であればともかく、自分が嫌ってる人や無関心な相手に否定されても、本質的な部分は傷つかないんです。わたしはね。一時的に腹は立つし傷つくこともあるけど、そんなの好きな人に否定された時の比じゃないですよ。
●Tronさん
>平和に暮らしているところに「お前はモテない」といきなり攻撃してくる通り魔みたいな人って、
>そうそういないんじゃないかな。それはもう個人の人格の問題であって、それこそ、
>平和に暮らしているところに「お前はモテだ。俺に謝れ」といきなり攻撃してくる
>通り魔みたいな人……と、割合的にはたいして変わらないんじゃないですかね。w
後者の通り魔はネットにはけっこう大勢いるから怖ろしいんですよ。
このブログでも、漫画の中のイケメンやキモキャラの話をしただけで「ブサイク差別」みたいなコメントが付けられて驚いたことがあります。男性が美少女キャラを好きなように、女のわたしだってイケメンキャラ大好きなのに決まってるじゃないですか。イケメンと美少女と美女しか描きませんよわたしは!
際限のない劣等感でからまれるのはウンザリだと思いました。
●げぇさん
>大事なことは、なにを「する」かであり、「しない」かあるのではないでしょうか。
そのあたりが非モテの人の主張の中でいつも見えてこない部分かなあ。自分がどうするか、どうありたいかをスルーして、社会がどうあるべきか、女性がどうあるべきかばかりを語っているんだもん。
あと、非モテの人の多くって、スピリチュアル(笑)や精神論はダメだと思う。MK2さんは特殊で昔から感覚型だけど、概ね理屈っぽいというか理論武装の激しい人が多いですね。漠然とした現象や傾向まで、「恋愛資本主義」という「主義の問題」に回収して仮想敵と見なしたり。
いくら理屈で説明づけようとしてみても、恋愛問題だけは理屈で測れるもんじゃないので、どうやったって破綻するんですけど。好きなモノは好きで嫌いなモノは嫌いなんだし。
●hogeさん
ええ〜〜〜。わたしはジャイアンは嫌いだけど、のび太はもっと嫌いなのにー。他力本願キャラは一生昼寝して目覚めなければいいとですよ。しずかちゃんはのび太にかまってあげすぎです。
というわけで、モテカワ愛されキャラのしずかちゃんと違い、わたしなんか「容赦なく金的狙いをされて残虐にフルボッコにされる」とか「みのもんた」とか「もうやめて!非モテのライフは0よ!」とか言われて蛇蝎のごとく忌み嫌われてますぜ。
ナツさん
>相手に否定されたら表面的には
>逆ギレするのに、内心では「自分への否定」をそのまま素直に取り込んでしまい、アイデンティティがズタボロに
>なっている人たちが不思議でしょうがない。
私の想像でしかないのですが、他者の否定がアイデンティティクライシスに直結してしまう
人はおそらく、
「モテる才能が欠如している現実を自分につきつける要因となりうるもの」全てが、自分を否定する
材料になってしまっているのではないでしょうか。
タイプをざっくり分けると、「好きな相手に承認されればok」という人と「とにかく大勢の相手に承認されたい」人
の2種類に分けられると思います。ナツさんはタイプ的に、多分前者に該当するのではと想像します。
否定に過剰反応してしまう非モテの人達は後者に該当するのではないかと思います。
後者の人は、対象が「全女性」となってしまっているために、例外(否定)を認められないのでしょう。
(到底実現し得ない事ですが)無意識に全女性からの承認を求めているのではないでしょうか?
だから、どうでもいい人からのどうでもいい「否定」に打ちのめされてしまうのではないのかと。
うまく説明できないですが・・。
もともと自己否定的な感情の強い人たちだからってことかもしんないっすね。
誰からのものであろうが、もともと持っている自分への否定感を補強する意見には、それを無意識にすんなり受け入れてしまうみたいな。
正直非モテの人たちは、「それさえ手に入れれば自信がつくはずの万能アイテム(=女)」を実際に手に入れられたところで、あるいは恋愛資本主義だかの社会を変えたところで、自分自身の中に存在する自己否定の感情をどうにかできない限りは、結局同じじゃないかなぁとか思わないこともないかなぁ。
初めまして。
ネットを巡回してナツさんのブログを発見し
思わず膝を打ってしまったので書き込んだ次第です。
>ところが、いつの頃からかネットでは、「保守系マッチョと同じ女性観を持って女性を叩いている自称弱者男性」が増え始め、
>いまではその存在は珍しくもなくなった。2chなどではそれがデフォルトのように見えるほどだ。
いや、全くその通りです。
いくら仮想敵相手に論破(笑)したとしても、アイデンティティが弱者なのにプライドが満たされる訳無いだろうと。
それで本当に優越感(強者感と言いますか)や自信獲得に繋がるのだとしたらどれだけ屈折してるんだって感じですよ。
思うのですが、男性は女性が「男らしさ」の幻想を持っていないと男らしくなれないのかもと…
つまり一度女に「あなたって強いわね。男らしいわね。」と言われて、そのようになろうと努力する。
このプロセスを経ないと彼らの思う真の男性性は得られない。
だから自称弱者ミソジニー非モテの人達は、自分を男として賞賛しない女性を平気で恨めるし、その事を指摘されてもさして気にならない。
「だってぼくたちはまだ"男らしく"なる前段階だもん。お前等が褒めればぼくたちだって"男らしく"なるけど、
褒めてくれないからお前等が悪いんだ」と。
以上は私の仮説ですけれど、ちなみにこう思うに至ったのは「ゴーマニズム宣言」です。
近頃の男達は弱体化している!オカマみたいで気持ち悪い
↓
彼らが男性性を放棄しているのは、それを許容する女がいるからだ
↓
と言う訳で女達こそが日本を弱体化させる諸悪の根源だ!
何せ小林せんせ、いつもこんな論調ですから。
批判の矛先はその情けない男単体でなく常に女になる訳です。
>ナツさん
>あそこまで女性全体を、三次元女はビッチだスイーツだ非処女は中古だ三十路女は萌えないゴミだ何もかも女のせいだと、執拗に貶める理由がわからないからだ。
手に入らない・思い通りにならない(なれない)から八つ当たりしてるっていうのは間違いなくあると思うんだけど、それはどちらかと言えば後から併発した問題で、それが原因であんなにヒステリックに女性の存在自体を攻撃する人っていうのはそんなに多くないような気がします。
やっぱり人間嫌な思いをすればその対象へのマイナス感情は強まるものだし、それが強ければ強いほど執拗に攻撃するモチベーションになるわけで、その発端になった原体験がヒステリックな非モテの原動力になってるような気がします。
俺自身を例に挙げれば、中高とモテるべくそれなりに頑張ってましたが彼女できなかったし「目つきがこわい」とか「なんか無理」とか笑われたりもしました。だけど女友達はいたし姉とも比較的仲良く育った方だと思うので、嫌なこと言ってきた当人に悪感情を持つことはあってもそれが女全体への悪感情には繋がらないわけです。
ところがここで俎上に載せてるような最も過激な非モテの人たちは、多分過去にルックスなり性格なりをさしてキモいとかキショいとかの否定的な反応をされてきたケースが多く、またそう言われた場合にその悪感情を補填できる様な女性との良い経験が乏しいために、「女=自分を蔑む存在」って概念を持ってしまったんじゃないかと感じてます、現に何で女性を敵視するようになったのかといった話題になったとき学生時代の理不尽な被害体験を挙げる人は少なくないし(自己申告なので被害の真偽や因果関係はわからないけど)
そして、それを払拭できないまま大きくなると今度はナツさんが指摘してるようにバックラッシュを持ち出して(でも本当に復古的なわけではなく、男に生まれたというだけで尊重されたいだけだから「男はこうあらねばならない」といったマッチョ理論には反発する)男であるというだけで自分を肯定し、女であるというだけで相手を否定して自尊心を保とうとしてるように見えます。
その結果、個別のケースを指して女全体を悪く言ったり、好意的な相手まで無茶苦茶な論法で貶めたりすることにも疑問や呵責を覚えずにどんどん反社会性を強め、ますます女から(さらには男からも)敬遠されるキャラクターになって実生活は充実しないままネットの中で共感し合える仲間うちだけでさらに捩くれた方向に先鋭化してるのが現状なんだと思います。
仮に「自分も人から(特に異性から)否定されてばかりで、一時期異性の存在自体にいいイメージを持てずに恨んだこともあったけど今は良好な異性関係が築けてるよ」って人がいれば解決への一つの手立てになるかもしれないけど。。。
もっとも問題の解消ではなく女叩きだけを目的にしてる非モテには何言っても無駄ですが。
http://deztec.jp/design/03/molester02.html
「女性が痴漢に遭うのは派手な服装をしているからだ。自業自得だと責められるのは当然である」というナツさんの要約に、私は同意できません。
発端の記事を私が要約すると「(事実とは関係なく)派手な服装が痴漢を誘発するとの社会通念があるので、服装次第で世間の対応が変わるのは仕方ない」となります。
その後、ナツさんの指摘を受けて「そのような社会通念はない」「事実として服装は関係ない」この2点を私は納得しました。
ナツさんの要約で不満なのは「(事実として)女性が痴漢に遭うのは派手な服装をしているからだ」「原因を作ったなら痴漢にあうのは自業自得だ」と私が主張したように読める点です。
多くの方が、私の文章をナツさんと同様に解釈されました。それはわかっています。それでも、実際の私の記述へも、できればリンクしてほしいです。お願いします。
http://deztec.jp/design/06/07/01_logic.html
3年後に書いた補足記事です。これを読んでも「原因を作ったなら痴漢にあうのは自業自得だと徳保は主張した」と解釈されるなら、もう諦めます。
ナツさん、こんにちは。
ミソジニー的な非モテの人たちって、ジェンダーに強く囚われている人たちなんだろうなぁ、っと思っています。
「オトコトハツヨクタクマシクナラネバアラヌ」と言う呪縛があるけど、自分は全くそうじゃない。
だから、自分を「オトコ」として肯定できない。
一方で最近の女性たちは古臭い「オンナラシサ」から逃れ、自由に振舞っている。
(様に思っているだけで、ほとんどの女性はそんな事もない)
自分たちだけがジェンダーに縛られ不自由な思いをしているのに、女たちは好き勝手やってる!
と言うひがみなんじゃないでしょうか?
だから、「オトコラシイ」マッチョ達は否定しないで(ジェンダー的には正しいから)、女性だけを叩くんじゃないかな。
女性もジェンダーに縛られてくれていれば、自分が「男」と言う性であるだけで、従属的に振舞ってくれるのに、と言う願望もあるのでしょうね。(自分たちは「オトコラシク」無いくせにねぇ)
ちなみに、同じ非モテでも男女でスタンスの差が見えるのは、やはり女性の方が精神的に大人の人が多いからでしょうね。
これは別に女性の方が優れているから、と言うのではなく、お互いの育ってきた環境のためだと思っています。
男性は年代によって異なりますが、色々な面(顔、運動神経、トーク、頭脳、金・・)で評価(モテ)されますが、女性はほぼ一面(顔)での評価です。(子供同士もそうですが、大人たちも同様のスタンスで接しますし)
しかも、子供の頃から。
そのため、早くから自分の限界(=現実)を突きつけられ、それとの折り合いを付けるために精神的に成長するのだと思っています。
ちょっと脱線していますが、本日は夏季休暇直前の仕事納めでアルコールが入っていますので、ご容赦ください。
少しだけ追記させてください。
http://noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2006/0703011134.php
こちらで指摘されたことなどは、私も身に沁みることが度々あり、
http://deztec.jp/design/08/03/06_logic.html
近年はこのように思っています。
●徳保さん
徳保さんの追記記事には一理あるんです。泥棒と被害者の行動の因果関係という一般論として考えれば。
ですが「痴漢問題」あるいは性犯罪は、それほどわかりやすい構造をもっていません。女の体を自由に触りたい、と考える者が一定数存在することを社会のリスクとしてあらかじめ織り込んでおいたとき、実際に犯罪が起こる原因は被害者の服装ではなく、「触りやすい環境(満員電車)」の方にあるのではないのでしょうか。徳保さんは「痴漢論議」において、そのあたりをスルーして語っていた。わたしはそれを「どうしても性犯罪被害者を糾弾したい心理の現れ」だと感じました。
「痴漢は被害者の服装の問題ではない」ということを納得してなお、被害者に原因があるというスタンスを保ち続けるならば、最終的には「女であること」そのものが原因だった、という結論に辿り着きます。そのことも徳保さんはスルーして、あくまでも「泥棒と鍵」の一般論にこだわり続けていました。
徳保さんが「原因と責任」の違いを啓蒙するために痴漢論議を利用したのであれば、わたしはその当時、そんな目的にはまったく興味がありませんでした。あくまで「痴漢という性犯罪の問題」について論じたかっただけですので、平行線になるのも当然だと思われます。その主張を広めるために「痴漢」という問題は不適切だとも考えます。
一般論において正しかったことが全ての問題に敷衍できるとは限りません。そのことを徳保さんが認識されているようには思えないのですが、どうでしょうか。
全レスは無理なので気になったところだけ。すみません。
●tigerさん
>女達こそが日本を弱体化させる諸悪の根源だ!
>何せ小林せんせ、いつもこんな論調ですから。
>批判の矛先はその情けない男単体でなく常に女になる訳です。
男性読者に反発を買わないようにか、「男をそんな風にした女が悪い」と最終的にいつも「女禍論」で済ます安易さこそ、都合の悪いことはすべて女のせいにして自尊心を維持する心理的弱さ、すなわち小林氏が糾弾するところの「男性の弱体化」を招いている気がするのですが。そこらへんに無自覚なのも小林氏らしいですよね。
だって女が悪いなら変わるべきは女であって、自分が変わる必要はないという結論になるもの。小林氏の求めている「父権の復活」なんて1000年先でも実現しませんわな。
●山中馬のすけさん
わたしは「トラウマから来るミソジニーそのもの」を糾弾したいわけじゃないんです。それを理由にして他人を攻撃し、反撃を受けると「自分こそが一方的な被害者だ」と主張する自意識を問題にしています。
それが許されるなら「虐待の連鎖」だって通ってしまう。「自分は虐待されて育ったから、子供を虐待しても仕方ないんだ」という理屈ね。わたしはあれがどうしても許せない。
トラウマがあろうがメンヘルだろうが無差別攻撃は悪。悪の権化になり、人々から忌み嫌われる覚悟がないなら、通院でもしてトラウマを克服するか回線切って寝てた方がいいと思ってます。
>モテとオタクとは違います。層が重なっている場合もありますが属性としてはまったく違うものです。前者は異性にモテないことをアイデンティティにしてる人、後者は趣味の属性です。
「ネット上で女性叩きに夢中になるような人って、粘着でオタクみたいだな〜」といつも思っていたので、非モテ=オタクと主観で脳内変換して書きました。
(僕の中では、オタクは「趣味=アイデンティティの人」です。趣味にたいして距離感がある人はオタクではなくマニアだと思っています。)
あと、言いたかったことを書き直してみます。
彼ら(非モテ)はいつも慰めあっているようで、お互いの首を絞めあっていると思います。非モテのだれかがもし「モテなくてもいいや〜」なんて思おうとしても、ほかの仲間が「イヤそれは逃げだから」なんて言って、チキンレースから仲間が逃げないように、いつもお互いを見張りあっているのだと考えます。
これはある人とイジメについて話してる時、その人が「いじめられる人の気持ちはわかる。でも学校を休んだり、辞めたりするのは逃げだから。戦わなきゃヤツらと。」と言っていたことから、なんとなくそう思いました。プライドが高いというか、優劣を決めるものさしを、かれらは一つしか持っておらず、それを無意識のうちに味方(敵にも)当てはめてしまう。そうやって仲間を鼓舞するのが正義だと思ってるのです(ボクチンは高校辞めて通信で大検とりました)。
必ず優劣のつく世界を内面化させられるのは、苦痛です。楽になりたいなら、そういう価値観を固定化させようとする味方からこそ、まず距離を置くこと。それが重要だと思います。
(このエントリの本筋から外れている気もします…)
2ちゃんねるのスレッドでこのブログを知って来ました。まだ最新のとこれしか読んでないですが、つまり非モテの馬鹿と戦っているのですね。
>「勝ち組モテ男の女性蔑視はムカつくから反論するけど、非モテ男のミソジニーなんてちっとも気にならない。モテない男は勝手に吠えていればいいじゃない。キモイから読む気にもならないわ(笑)」
という扱いかたをされる方が、よっぽど侮蔑的で無礼な話だとわたしは思うのだけど。
そんなことないですよ。むしろそういう女性の方が好かれます(分からない?)。当たり前ですが、モテ男性からも非モテ男性からも好かれますよ。その辺が分からないのかなぁ。
>よっぽど侮蔑的で無礼な話
正面から相手をして反論する場合において礼儀が必要なのであって、相手にしないこと自体は別に無礼でも侮辱でもなんでもありませんよ。
逆に相手をしておいて、そのせいで苛立ち(いや先に苛立っちゃうんでしょうね)、しかも成果を出せない女性というのは滑稽なので、それで非モテから笑われているのでしょうね。
馬鹿女と馬鹿男は一緒にならなければいいけど、それが許される社会になるのが重要ですね(非婚容認&女性の職場進出など)。負け犬女と非モテ馬鹿男は永久的に罵りあってればいいし、そういう側面をキープし続けることが自由な社会に成熟する条件です。
罵る&無視するはOKですが、存在を許さずに成長させようとする&成長前の現状を否定するはNGです。無数の負け犬女と馬鹿男の中から、良い相手を見つけて一緒になればいいし、それ以外は一生独身でいてください。「全員こうでなきゃ許せない」と思うのなら、あなたは先進国には合わない人です。
●ぺろこさん
>必ず優劣のつく世界を内面化させられるのは、苦痛です。楽になりたいなら、
>そういう価値観を固定化させようとする味方からこそ、まず距離を置くこと。
そういう意味でしたら納得です。脱落したら呼び戻す、という方法ではなく、「お前は仲間じゃない」と切り捨てることで一種の連帯感をはかっている非モテは存在します。
具体的には、「喪男(モテない男)」と「鯛男(モテたい男)」と呼び分けたり、それと非モテとはまた別だとする説もあるし、とにかくちょっとした女性観・価値観の違いで「お前は別の属性だ」と判断しているようです。
これもまあペろこさんの仰るとおりで、自分で自分をがんじがらめにしたり、価値観を完全統一し夾雑物を排除することによる「縛り合い」だと言えるんですけど。
●ななしさん=とおりすがりさん
なに言ってんだかさっぱりわかんないんですけど。別にわたしは戦ってるわけでもなければ、非モテの皆さんに好かれようと思ってエントリ書いてるわけでもありませんので。「蛇蝎のごとく嫌われてます」と何度も書いてるんですけどねえ。
>逆に相手をしておいて、そのせいで苛立ち(いや先に苛立っちゃうんでしょうね)、
>しかも成果を出せない女性というのは滑稽なので、それで非モテから笑われているのでしょうね。
成果ってなんだろー? わたしは自分のためにブログやっているわけでして。非モテもジェンダーも虐待も性犯罪も心理学も平等に、わたしが自分の考えをまとめるための材料でしかありません。換言すれば、記事を書いたり、色んな人の反応コメントやブログを読んで、ある程度自分の考えがまとまれば、それがわたしにとっての「成果」です。
それで行けば少しずつでも成果が上がってますよ。非モテ問題に関わり始めた数年前は、これほどまでに女性に憎悪と執着を抱く弱者男性がいるとは知らなかった。あの頃に比べて色々なことを知りましたしね。
>存在を許さずに成長させようとする&成長前の現状を否定するはNGです。
>無数の負け犬女と馬鹿男の中から、良い相手を見つけて一緒になればいいし、
>それ以外は一生独身でいてください。
???見えない敵と戦ってませんか。「独身でいて下さい」って誰に言ってるんだか。
わたしはミソジニーの無差別攻撃の対象になりたくないだけなので、それさえなくなれば非モテが成長してもしなくてもどうでもいいです。彼らの勝手です。
石原慎太郎の女性蔑視がウザいのと同じように、過激派非モテの攻撃的な発言がウザいだけです。成長すれば苦悩も薄らいで社会や女性への攻撃もやむだろうと思ったので、色々と提案してみただけです。
平安な気持ちでいられるなら、独身でも既婚でも何でもいいですよね。もちろん二次元にハマって生きるのも良し。人それぞれの勝手ですよ。
しっかし大笑いなのが、あなたが色々なことを他人に強制していること。「●●はOKで××はNG」だの「それ以外は独身でいろ」だの、これって、「全員こうでなきゃ許せない」って話とどう違うんですか。
世の中にはあなたとは違う考え方の人が大勢います。「全員こうでなきゃ許せない」と思うのなら、あなたは先進国には合わない人です(笑)
>なに言ってんだかさっぱりわかんないんですけど。別にわたしは戦ってるわけでもなければ、
>非モテの皆さんに好かれようと思ってエントリ書いてるわけでもありませんので。
でもこれだけ「非モテ」を題材として取り上げてれば、そう誤解されても無理ない気はしますけどね。
>色んな人の反応コメントやブログを読んで、ある程度自分の考えがまとまれば、それがわたしにとっての
>「成果」です。
その割には相手の意見に聞く耳持たず、少しでもおかしなことを言う人をもの凄い勢いで
全否定してますけどね。
そりゃ「おかしな」(電波な・的外れな)発言なんて無意味ですもん。無意味なだけじゃなく、他の有意義なコメントを流すだけだから邪魔なので、「どこがおかしいのか」指摘して引き取ってもらってます。
これはおもしろい、有意義な意見だ、と思えば身を乗り出して耳を傾けますよ。
まさか「おかしなことを言う人も否定せず受け入れろ」とでも? いくらなんでもそんなの無理でしょ(笑)
スカラベさんのコメントも最初のうちはバランスの取れた意見だなあと思って読んでいたんですけど、数ヶ月たった今、人が変わっちゃいましたね。何か嫌なことでもありました?
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