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● 論争相手だった徳保さんのBBSがおもしろい展開になっている。(03/07/05現在)
No.394 徳保式【痴漢防犯方法】のススメ
西国 2003/07/02(Wed) 10:52
徳保さんはどう考えても「性犯罪被害者の落ち度も追求する」と言う過去の方法が根本的に間違っているとは思えなくて、そのルールを捨てられない。
そこで私が常々違和感を感じていたのは、徳保さんが【「セカンド・レイプ」推進派】の人達がして来たような努力を、「性犯罪被害者の落ち度も追求する」と言うルールを広めもう一度世間に認めさせる為に全く何もせず、いつまでもダラダラ不満ばかり言っておられたからですよ。
温故知新的な発想に最初は驚き注目しましたが、それなのに徳保さんはマイノリティである事に胡坐を掻いて、いつまで経っても「性犯罪被害者の落ち度も追求する」と言うルールの素晴らしさを教えてくれない。
私は本当に【性犯罪の防犯効率や検挙率】が上がるのであれば、いつでも「性犯罪被害者の落ち度も追求する」と言うルールに鞍替えします。
性犯罪被害者にばかり努力を押し付け、その実何もしてこなかったのは徳保さんあなたの方です。
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「私は性犯罪被害者なのだから落ち度を責めないでもらいたい」
「私は少数派なのだから多数派は公平に扱わなければならない」
前者の言い分は、「克服すべき弱さ」と切って捨てた徳保さんが、少数派という「多数派の圧力に屈する被害者」の皮をかぶった時には、後者の言い分を主張しつつ無力な被害者ヅラをしてはばからない。
その自己矛盾をとうとう西国さんに突かれてしまった。
さてどうする、という感じで、興味深く成り行きを見守っているんだけど。
徳保さんが少数派を名乗るとき、「傷ついた」という言葉は使わない。
だが、言葉を使わないだけで、実際にやっていることと言えば「少数派という弱者の権利」をいたずらに振り回しているだけだったりするのだ。
たとえば、徳保さんは忠告者が被害者より優位だと言う。それに従って徳保さんの主張をまとめてみるとこうなる。
(1)忠告者>被害者・・・なので、忠告者の主張に根拠がなくても被害者が落ち度を責められ冷たくされるのは当然。忠告者は忠告者に従わないものに同情しない。
(2)多数派>少数派・・・だけど、多数派の主張に根拠がないなら少数派は黙らない。
(黙らせようとするなら「忠告の誤りを証明する」手続きが必要だ、ということです。)
多数派は少数派を平等・公平に扱うべきだ。(多数派に従わなくても)
こういう図式にしてみると、エライ手前勝手な理屈に唖然としてしまう。赤字が徳保さんの立場だ。(1)→(2)で強者から弱者に見事に入れ替わっている。
そして、少数派の皮をかぶった途端、「自分は被害者に対して一切認めなかった権利」を多数派に向かって主張しだし、優位に立つ多数派の圧力を批判するわけだ。
「弱者の立場に甘んじて被害者ヅラをし、弱さを克服する努力もしない」と、忠告者の立場では被害者を批判し圧力をかける。
だが少数派になったときの徳保さんは、多数派に一方的に公平さとやさしさを要求するだけである。
こういうのを「被害者ヅラ」ならぬ「少数派ヅラ」と呼ぶんじゃなかろうか。
● 徳保さんは「私を黙らせるにはデータを持ってこい」といって、痴漢被害者たちの経験談も一顧だにしなかった。
それなのに被害者を責める側に立つ時にはデータが要らないというから矛盾しているわけだ。
自分を黙らせるにはそれ相応のデータをよこせと要求するのに、自分以外の人間の反論を封じるのにデータを持ってこないままやろうとする。
どうやってそんな無茶を通すのか?といえば、不可能を可能にする唯一の武器が、「少数派たる弱者の権威を笠に着る」ことらしい。
議論で追い詰められるたびに、(たいていは落ち度を責めるための説得力のある理由を示せず進退窮まるのだが)
「多数派なら根拠がなくても何でも言えるじゃないか。なぜ少数派が同じことをやったら批判するんだ」
という話に強引に持っていくからおかしくてしょうがない。
これが出てくれば、「ああ、追い詰められてるんだなあ徳保さんてば」という目安になる。
数の問題じゃなくて、性犯罪被害者の落ち度を責めるのに、無根拠でもいいという主張は暴論どころの騒ぎじゃないだろう、だから批判されているんだと言われても、「少数派だから公平に扱われないだけだ」と言い張ることで反論を封じようとする。↓
>私にいわせれば、多数派は触れ幅が大き過ぎるのです。ある人には気持ち悪いほど優しく、またある人には鬼のように冷たい。もっと平等に、公平に扱ったらどうか、と思うわけです。
おのれの価値観によってその行為が正しいか正しくないかを逐次判断し、批判したり同意したりする権利は、多数派と少数派、双方に等しく与えられているはずだ。
しかし徳保さんの言い分では、「多数派に属する人間はおのれの価値観でものをいう権利はない」ということになる。
多数派に属することが判明した時点で自分の価値観を押し殺さない限りは、「すべての意見を公平に・平等に」扱うことなど不可能だからだ。
少数派たる徳保さんは、自分の価値観に合わない性犯罪被害者に冷たくする権利を有しているのに、たまたま多数派に属してしまった人間は、自分の価値観に合わない徳保さんに冷たくする権利はないというのである。
そんなバカな。
痴漢被害者どころの騒ぎではない図々しい弱者根性に、ボーゼンと口を開けるしかない。
● ところで。徳保さんのセルフイメージは、いったい強者と弱者、どちらなのだろうか。
どーもこうして外から見ていると、被害者に対して強者としてふるまいたかったのに、世論がそれを許さないので、頭に来ているように思える。
日頃感じている多数派への恨みつらみを、忠告者という「強者(?)」の立場に立ったことを利用し、被害者をいたぶることによって晴らしているとも受け取れる。
そういう感情的問題だと類推しない限り、この執拗な被害者攻撃の理由が分からないわけですが。
それにしても、現状認識を被害者に促すためだけの論旨展開(世の中はこういうものなんですよ)であるうちはまだ良かったのだが、「被害者(多数派)は〜するべきだ」という行動強制に走ってしまったため、自分自身も行動を伴わない主張は批判されるという泥沼に陥ってしまったのは徳保さんにとって失敗だったと思う。
(いや、他にもいっぱい失敗はあるんだけど。つーか、正直全理論失敗だと思うんだけど)
わたしも徳保さんが、『責められるべき』落ち度とは痴漢犯罪においていかなるものかを具体的に提示してくれるならば、ついでに西国さんの提案どおり、落ち度を責めることが防犯に役立つと証明してくれさえすれば、徳保さんに賛成するつもりでいる。
というより、それ以外に徳保さんの主張を衆人に認めさせる方法はないだろう。
これが不可能ならば、徳保さんは被害者の落ち度を責めることを諦めねばならない。
だが多数派もわたしも聞く耳を持っていないわけじゃないし、少数派だからという理由で不当に徳保さんを叩いているわけでもない。証明さえすれば事態は逆転するのだから。
● 「鬼が言葉を語り、相手に納得させようとするならば、相手の道具を換骨奪胎して利用する他ない。」
徳保さんの言葉だ。真である。
多数派の理論(道具)を換骨奪胎して納得させる努力を今の徳保さんは怠っている。「少数派だから叩かれるのだ。不公平だ」という安易な結論に逃げるのは議論放棄であり、甘えであり、到底他人に納得させるつもりがあるとは思えない。
もっとも、
「勝てない議論は、どこかで謝って逃げなければならない。議論なら、それでも何回負けたっていい。だがこちらが既に行動を起こしてしまっていた場合、多数決で制裁が下ったら、もうお終いである。謝って生き延びることを赦されるか、そうでもなければ鬼を殺されるまでだ。」
と述べていた徳保さんが、とっくに裁決が下っているのに被害者を責め続けることがそもそも不思議な話だよなあとは思うのだが。
最近はこうして、痴漢論議そのものより、徳保さんの詭弁の解体と分析とに興味がシフトしている。いいたいことがあったらここでツッコミ続けようと思うけど。
徳保さんちのBBSの論客たちには煽りや荒らしに走らず論理的にがんばってもらいたいです。
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