痴漢被害とその被害者に
対する世間の対応などに
ついて、他サイトの管理人さん
と議論を交わした記録です。
そのさん。まだ続く編。

 

2003/6/12・・・さらなる反論。

● 痴漢論議06それから〜見慣れた論理展開 より
>もし可能ならば、「おとなしそうに見える」「通報しなさそうに見える」状態は改善すべきです。可能なのにそれをしないとすれば、無防備だといわれても仕方がありません。ただしここで問題となるのは、果たしてそれは可能なことなのか、でしょう。不可能なのであれば、被害にあってからの対応が重要になってきます。被害にあったら、できる限り犯人を警察へ突き出さねばなりません。捕まって当たり前の痴漢が実際にどんどん捕まることが、新たな痴漢被害を予防することにつながります。

後半から話がすり替わっていますね。「被害者の落ち度の追求」とは、前もって自己防衛すべきことをしなかった、お前のここが悪いから痴漢されたのだ、と言って責めることであり、被害にあった後の話は別問題です。
「被害者の落ち度を責めることに意味があるか否か」を話しているのに、「被害者が何も悪くない場合でも痴漢を捕まえなければ事後の落ち度はある」という話にまで発展していくと、論点がさらにずれます。どうやったら被害を防げるかではなく、落ち度を追求すべきか否かが現在の争点ではないでしょうか。

わたしは当初から主張しているとおり、「おとなしそうに見える」「通報しなさそうに見える」状態がたとえ改善可能であるとしても、その改善をしなかったお前が悪い、自業自得だと「落ち度として責める」ことはすべきではない、と考えています。改善可能か不可能かの問題ではないのです。
まあ、改善なんか無理だと思ってますが。


それはともかく。徳保さんが最も固執しているロジックは、なによりも「リスク回避論」ですよね。
リスク回避などという視点より他に問題とすべきことがある、とわたしが主張しても、徳保さんは常に多数派の圧力によるリスクの有無だけに論旨を絞ってきた。(論点を逸らされて苦しみましたが) だから当然、
(1)痴漢被害確率と女性の服装には関連がある
(2)(1)を理由に、被害者の落ち度を責める者が社会の多数派=常識である

この二つの前提どちらも崩れた今となっては、多数派の偏見によるリスクは雲散霧消しますから、ここで話は終わるだろうと思っていました。
それなのに、今度は「被害者への圧力は、必要悪だと思います」「被害者に優しい社会は、必然的に被害者の防犯意識を低下させます」という論理で落ち度追求を肯定している。
それともこれもやはり「リスク回避論」の一環なのでしょうか。

(※「被害者への圧力が必要悪」か否かについては前回のまとめ2で述べました。圧力なしでは防犯意識を持てないほど被害者は馬鹿ではないと。被害にあっただけで充分、意識向上につながります。)

で。それじゃあというわけでリスク回避論に従って考えてみると。
被害にあったら、できる限り犯人を警察へ突き出さねばなりません。捕まって当たり前の痴漢が実際にどんどん捕まることが、新たな痴漢被害を予防することにつながります。
これが真なりとすれば、被害者がどんどん犯人を捕まえて警察に突き出しやすいような体制を整えねばならない。警察に駆け込むたびに落ち度を細かく調べられいちいち責められるとして、果たして被害者が積極的に訴えようと思うだろうか。これは前回にも書きました。

実際に、セカンドレイプあるいは被害者非難(victim blaming〜ヴィクティム・ブレイミング)の害悪が説かれるようになるまでは、性犯罪被害者は、根拠のあるなしに関わらず無理矢理に落ち度をほじくり返され、おとしめられてきた。近年、痴漢・強姦といった性犯罪の告訴数が上昇してきたのは、こういった傾向に対する社会的反省があったからに他なりません。

(※ 総理府の平成12年度、犯罪被害者に関する世論調査によると、犯罪被害を警察に届けない理由として、性別で見ると、「被害が小さい」を挙げた者の割合は男性で、「自分にも落ち度がある」を挙げた者の割合は女性の方で、それぞれ高くなっている。
女性の方が男性より落ち度を責められることが多いか、あるいは責められることを恐れたり、自責の念に駆られたりして、訴えることをあきらめる傾向にあると言える)

被害者がセカンドレイプを恐れて訴えなくなり、犯罪者が野放しになる社会的リスク、泣き寝入りせざるを得ない被害者個人の心理的・物理的リスク。それと天秤にかけても、「被害者への圧力は必要悪」と言い切れるのだろうか。
被害者の落ち度を責めることと責めないこと。果たして、どちらのリスクがより大きいのか。

前提が変わったいまでは、被害者を追求することの方がどう考えてもリスクが大きい。社会的に見ても、落ち度を責める者に対しては、「責めるのはやめるべきだ」という圧力がかかる(セカンドレイプという言葉の存在がそれを表している)。
多数派や常識に従っておけという徳保さんの論理で行けば、どうして今に至ってこれらすべてのリスクを無視しても被害者を責めるべきだという話になるのか解らないわけです。

● 同ページ。データだけの誤り? ロジックも誤り? より
>「先頭車両に乗っていて」痴漢の被害にあった人に、「乗り換えに不便でも今度からもう少し後ろの車両に乗りなさい」と忠告することは何ら間違っていない。わざわざ危険の多いことはしない方がいい。こうした忠告が、被害者の落ち度を調べた結果として生まれてきていることに注意すべきです。

そういった「忠告」や「被害にあった要因の調査」と、「落ち度を責める」こととは別です。落ち度を責めるということは、「お前がこんな事さえしなければ、まず被害になど遭わなかったのに。自業自得だ」という視点から被害者を断罪することです。ずっと、その意味でわたしは論じてきました。
現に徳保さんも、5月24日の備忘録ではその視点から被害者を断罪している。(「馬鹿」「悪党を責めるばかりで無防備を正当化するな」という言葉で)

ことほどさように、大した根拠もないまま、つまりは防犯にも無関係なのに、こういった断罪をする人は未だ存在しています。わたしはそれが問題だと思っている。
たとえば、「被害にあった要因の調査」をして要因が判明したとしても、それはたぶん要因のひとつだろうということがわかるだけで、これだけが唯一絶対の原因だと判明するわけでもない。被害者側の複数の要因、加害者側の複数の要因が複雑に絡み合って犯罪が起こるからです。
それなのに、「この落ち度のせいでそんな目にあったのだ」と決めつけて被害者を責めるのは馬鹿げている。ファクターはあくまでファクターでしかなく、唯一絶対の原因でもなければ責められるべき落ち度でもありません。

これは他の犯罪被害者についても同様であり、他の犯罪だからと言って「落ち度を責めてもいい」と思っているわけではない。要因と落ち度は区別するべきだと思っている。
ただ、それでもなおかつ性犯罪被害者が特別だと思うのは、責められた時のダメージが他の犯罪被害者に比べて重すぎるからです。まとめ2でも書きましたが、性犯罪被害者への落ち度追求は、性的・人間的におとしめ、蔑む側面を孕んでいる。だからこそセカンドレイプと呼ばれるのでしょうが。

>女が挑発さえしなければ、男は犯罪を犯さずに済んだかもしれない」という視点から被害者の落ち度が責められてきたというのは多くの犯罪に当てはまることだと思いますよ。

「挑発」を字面どおりにだけ解釈すればそうかもしれません。しかし挑発の意味が違う。
故意に挑発的な服装や態度で男を挑発した」という理屈で、性犯罪被害者は責められる、ということ。その服を選んだ時点で、男性の気を惹くことを目的とし、電車の中で身体を撫で回されることを意識していた・予測していた・場合によっては望んでいたのではないか、と責められてきたわけです。
それにたまたま無辜の市民である男性が「つい、魔が差して」(徳保さんも書いてましたね)引っかかってしまったのだろう。男性もある意味、犠牲者である、と。

スリや万引きや置き引きの被害者は、ここまでのことは言われない。「本当は望んでいたのだろう」なんて。不注意だったため結果として犯人を挑発してしまったというのと、チャラい格好をした性的に放埒そうな女がわざと無辜の男性を引っかけた、というのとでは、まるで意味が違うでしょう。

最後に参考として。落ち度の追求がどれだけ被害者に精神的苦痛を与えるかという証左。
沖縄タイムス<2001年8月5日>朝刊〜報道被害/問われる人権感覚/偏見と二重の苦しみ/姿勢次第で支援にも


● 次に。痴漢論争とは関係ないので本当はスルーすべきかと思ったんですけど、いくらなんでもあんまりなので。 6/10付備忘録より。

>あのですね、根拠なしに発言することを外道といっているわけじゃなくて、根拠がないならそれなりに抑えた表現にしてみてはどうか、ということ。自分の正しさを十分説明できないのに、反撃されることはないだろうと思って安心すると強気で人をくさす……日記にムッとしたのでテキストを一通り読んだのだけれど、たいていそんな感じの印象。愚痴を書くにしても、もう少し書きようがありそうなものだと思ったわけです。

前回の「こゆさんとのやりとり」を読んだ限りでは、こゆさんに根拠がなかったことだけが問題のようにしか読めませんでしたが、程度や表現方法の問題だったんでしょうか。
わたしは一人で愚痴ってる人よりも、慇懃無礼な文体で、赤の他人にいきなり自分の価値観で押しつけがましく説教をはじめる人の方が嫌いだし、非常に不愉快だと思うんですが。それと同じで要するに徳保さんの主観においてこゆさんの文章が気に障ったというだけでしょう。

元のこゆさんのログが参照できない状態のまま、反論の機会も封じられて一方的に彼女がくさされることはフェアじゃないとわたしは感じました。
で、ちょうど9日の夕方に彼女からメールをもらっていたので、「こゆさんにとって不利益だから、ログを公開した方がいいと思う。同意してくれるなら送って欲しい」とお願いしたわけです。
こゆさんは信用してわたしにログを送ってくれました。それをこちらにアップしておきます。 →痴漢の言い訳

今、読み返してみても、わたしには特にひどい文章だとは思えないし、彼女は実際に痴漢の被害にあってむかついているわけだから、このぐらいは書くだろう、という感じ。痴漢犯罪に苦しんでいる女性の共感は得たでしょうね。
そのへんの判断は閲覧者の方それぞれに任せます。わたしの主観では、「気持ちはわかるし、外道とまでいわれて責められねばならない文章ではない」というところです。